45・裏話
消えたアリスを見て、アリスの側近だった二人が叫びながら俺に武器を抜いて襲いかかって来た。
余程頭に血が上ったのか、横にいるクレアに目もくれず俺に凄い勢いで突撃をしてくる。
「よくもアリス様を許さん!」
「配下の分際で主になんて事を!」
ここに来た頃の俺だったらこの二人は脅威だったろう。どちらか一人でも勝てなかったと思う。
だが今では……。
「うがっ!」
「がはっ!」
こちらにはアンデッドに特攻を持つ聖剣がある。いくらヴァンパイアでも抵抗は無駄だ。俺と彼等の上官であるヴァンパイアロードのアリスでさえ身体に触れられれば灰と化すのだ。加えて彼等の戦闘力はアリスの分体よりも弱い。
身体は灰と消え、頭部だけがゴロンと床に落ちた。
序列上位のレベルの高い者なら全身が一気に灰になる事はないようだ。
生首のような状態になっても二人は生きていた。
やはりヴァンパイアも頭をやられない限り死ぬことはないみたいだ……今更ながらアンデッドが死ぬって表現はおかしいけど。
うっ、ギロリと二人に睨まれるが正直気持ち悪いので、こっちを見ないでほしい。
「あ~私達の負けだ……そいつらを殺さないでいてくれると助かる」
「「ア、アリス様?!」」
うん、そう。
アリスは消滅していない。
最後に倒したアリスCは最初に倒したアリスAと同様に消えてしまったが、アリスBは頭部から肩にかけて残っていた。
……アリスBが本体だったのか。正直アリスCかと思っていた。
俺がアリスBに突っ込んだ時に壁にめり込み、崩れた瓦礫も盾となってアリスCのブリザードの影響をあまり受けなかったのだろう。
そう言えばアリスCが魔法を放つ際に何故か僅かに移動していた。
今思えは、あれは威力が大きくなる魔法の中心からアリスBを外すように動いていたのか。
そのお陰で俺もブリザードの中心から外れ、アリスCに肉薄できたんだろう。
「元よりこちらに敵意がないのに襲い掛かってきたのはそちらでしょう、アリス様?」
「あのなぁ、命令に従わん部下に……はぁ、もういい……」
肩から上しかない胸像の様なアリスが大きく溜息をついていた。
一悶着あってぐちゃぐちゃになった謁見の間でオロオロするクレア。
「あわわ、これってやっぱり私のせいなのかな……」
目の前で俺とアリスが戦闘をしているのを見て、どうしようと悩んでいたクレアだが、戦闘が終わりアリス達が面白い状態……もとい不便な状態になってしまっていて、どうしたものかと困っていた。
頭だけの状態で生きている側近の二人に気付いて、咄嗟に抱き上げたが、聖女である彼女に触れた瞬間、二人は大声で悲鳴を上げていた。
聖女に触れられ何か凄く痛かったらしい。驚いて頭を床に落としてしまったクレアは必死に彼等に謝っていた。
身体を灰にされても、頭を床に落とされても痛くなさそうなのに不思議なものだな、アンデッドて……俺が言う事ではないが。
まぁ俺は触られても多少ピリッとする程度だ。特異種のエンシェントゾンビの成せる業なのだろうか。ステータスがおかしいくらいに上がっているからな。
ちなみに側近の二名とこれだけ聖属性に対する耐性力が違うが、ステータス画面のスキル欄には聖属性耐性の記載は無い。
以前クレアに抱きつかれた時にも思ったが、恐らく完全耐性を手に入れたらスキル欄に記載されるシステムなんだろう。日光耐性の時がそんな感じだったし。
まぁゾンビなので聖属性の完全耐性は無理だと思うが。
それはともかく、クレアは生きてる(?)とはいえ、生首状態の二人によく触ろうと思ったよな。
動けないアリスと側近二人を何とかしてあげたいと考えているようだが、触れないので困っているクレア。君が何かしてあげる必要はないのだけどな。
「お取込み中失礼します、アリス様。実は……あ、あああ、ああああああっ!」
「お、おい待てブラン!」
部屋に入って来て、よもやの惨状……特にアリスの姿を見て慌てて冥将の間を出て行った魔族のブランだ。
現序列四位、俺がロダンを倒したので序列が繰り上がり、タナボタで序列五位から上がったのに、俺には態度が悪い男だった。
俺がアリスの配下の魔族共を倒しまくってしまったのが悪かったのか……でも、俺から手を出したわけじゃないからな。
ブランは待てと言ったアリスの言う事も聞かずに、部屋を飛び出して行ってしまった。
……まぁいいか、早かれ遅かれ城の者にはバレるだろうしな。
しかし俺がここへ来てから随分序列の入れ替えがあったな。
一位、二位は目の前で生首になってるし、三位のアインバッハは迷宮で倒した。今部屋から出て行ったのは四位のブランで、現在の五位、六位は俺が十位に入った時に八位、九位に繰り上がったエルフのアンとロロだ。
そう言えばあの二人は、魔の森より冥王国側にあったアルグレイド王国から奪い占領した町に赴任したままだ。
あと俺が現在序列七位で新しく入った八位以下は少し力量が足りない者が多い。主だった序列候補者はロダンと一緒に俺に突っかかって来た時に全員いなくなってしまったからな。
新たな八位から十位の序列将は冥王の息のかかっていない配下なので、アリスはちょっと嬉しそうだ。
成り行きとは言え余計な序列将を倒し、入れ替える原因を作った俺を褒めてもいいんだよ? とアリスに言ったら、本当なら組織として不問にできない程の不祥事だと怒られてしまった……納得できぬ。
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アリスと戦った謁見の間は壊れた場所はそのままだが、一応は清掃されそこそこ綺麗な部屋に戻っていた。
アリスは部屋の奥の一段高くなった床の上に設置された、玉座の様な椅子の座席の上に居る。その姿はまるで置物の胸像のようだ。
……凄くシュールな光景である。
アリスはもう俺と敵対する気はないみたいだ。
「なぁアリス様、身体は治るんですか?」
「無論だ。元々この城は冥王城だったからな。死者の迷宮並みに魔素が濃い。しかも迷宮より魔力力場が安定している為、質の良い魔素を吸収できるから身体の復元も早くなるぞ。まぁ流石に首だけになったあの二人は私より時間がかかるが」
「へぇ、流石はヴァンパイア……って、は? 元冥王城?」
「ああ、今の冥王様がな、『大ボスたる者、もっと奥地でドンと構えているべきだ』とか言いおってな、数十年以上も前に今の場所に遷都しおったのだ。確かセシリアの前の勇者の時代だったかな」
そんな理由で遷都って、意味が分からない。
まぁ今となってはアルグレイド王国が冥王国に侵攻して、魔の森周辺がアルグレイド王国の実効支配となっていたので、冥王城が冥王国の奥に移った方が自然に思える。
「まぁそのお陰で人間達……アルグレイド王国が冥王国は怖気ついている、と勘違いしたようだがな」
アリスは肩を竦める。まぁ頭から肩までしか身体がないから表現が限られるよな。
「加えて魔の森周辺からアンデッド兵を撤退させた事で、余計にそう考えたのだろう。アルグレイド王国の大半の場所は何十年も前に聖女が張った結界が既に効果を失っているのに、何故冥王国がアルグレイド王国を恐れなければならん? 普通に考えれば分かる事だ」
セシリアの前勇者の時代の聖女が張った結界のせいで、冥王国は長年アルグレイド王国に攻め込めないでいた事を以前に聞いたことがある。
結界は徐々に弱体化して、今では王都周辺にしか展開されない程に小さくなったと聞く。しかもその残された結界も穴だらけだとか。
「今回の作戦は馬鹿王子の手引きで魔の森にアルグレイド王国の主力を誘いこみ、その間に魔の森を迂回した別の二将が率いる冥王軍部隊でアルグレイド王国に攻め込む手筈になっていた。我が赤の冥将軍は敵を誘い込み守りに徹するだけでいい筈が、敵をほぼ壊滅できたのは冥王国にしたら嬉しい誤算だ。余程人間共は平和ボケをしていたと見える」
まぁ寿命の長い冥王軍の者と違い、人間は数十年も経って世代が変われば、熟練の者は減るだろうし、油断や慢心、過信もしやすくなるだろうしな。そうなるように冥王軍が誘導したみたいだけど。
「ところでアリス様。アルグレイド王国に攻め込む二将の部隊は魔の森を迂回しても結局、昔の国境である二つの砦を攻めないといけないのでしょう? まぁ大部隊だから最終的に攻め落とす事は可能でしょうけど」
俺がちょっと気になっていた事を聞いてみた。
まぁ今居る赤の冥将軍が被害を受けないなら、他の冥将軍にどんな被害が出ても構わないけどな。
アルグレイド王国軍は魔の森でかなりの戦力を失ったようだし、黒と灰の冥将軍は攻めやすくなってるだろうしな。
「……は? セシリィ、お前何も聞いておらんかったのか?」
「……何をです、アリス様?」
俺が知らないのが意外だったようだ。
「いやだから、上位序列将から作戦の全容を知らされていなかったのかと聞いている」
「う~んと……出撃前に側近の二人やアインバッハとブランにも聞いたんですけど、『お前はただ命令に従い、魔の森からのこのこ出て来たアルグレイド王国の兵共を根絶やしにするだけでいい』とかしか言われませんでした。他には何も教えてくれなかったし」
「……あの、馬鹿共。」
眉間に皺を寄せて額に青筋を浮かべているアリス。
「……よいかセシリィ。そもそも今回の作戦はな、何十年も前から立てられていた作戦なのだ」
馬鹿王子がこちらの策略に乗せられて、奴が痛い目にあっただけの作戦ではないことは理解している。
主力を引き付け、別ルートで王国を攻める事も。
「魔の森周辺地域を手に入れたローランド辺境伯は元々冥王国に接する二大砦を有しておる事は知っておるな?」
それは冒険者の頃に聞いたことがあるし、普通に知られている事だ。
そう言えばローランド辺境伯って名前だったな。
ハルナラ砦とフォーブル砦という、昔の冥王国との国境があった地域と、今は魔の森の周辺地域も領地としているので、かなり広い地域を有している。
「ええ、領地が広がったので只でさえ大きかった権力も更に大きくなって、二大公爵に近い程の権力を持っているとか」
これも冒険者時代に得た情報で、アルグレイド王国には王並みに強い権力を持った公爵がいると言う。一方はゲルト公爵、もう一方はオーガスト公爵だ。
そうオーガスト公爵はクレアの実の父だ。
いや、今はローランド辺境伯の話か、その辺境伯がどうしたって?
「ローランド辺境伯家の中に冥王国の者が潜り込んでいる……辺境伯領はかなり前に聖女の結界が消えたからな。もう何十年も前からだぞ」
え、マジ?
もしや、そいつらが砦を攻める冥王軍を手引きしたのか?
俺の顔を見てニヤリと笑うアリス。
「正確には潜り込んだという言い方は違うかな。現ローランド辺境伯は高齢でな、今は事実上息子が領を治めている。その息子だが……実は冥王国側の男だ」
「え、マジっすか?!」
「うむマジだ」
つい驚いて地が出てしまったが、アリスは俺の言葉に乗っかり返事を返してくれる。
俺、アリスのそんな所が好きなんだよな。
「ではその息子が砦を?」
「うむ。もっと言うとその息子の子、つまり孫もこちら側だし、当然その仲間もいる。二つの砦はそいつ等のお陰で開城させられ、今頃砦は落ちているだろうよ」
成程なぁ、本当にアリスの赤の冥将軍は守りを固めるだけでよかったんだ。
もし魔の森に侵攻したアルグレイド王国軍が無事でも、王都側の砦が落とされていれば、アルグレイド王国軍は孤立する。
アルグレイド王国軍の主力を赤の冥将軍と、砦側の黒と灰の冥将軍が挟み撃ちだってできる。
むしろそのつもりだったのではないだろうか?
「何十年も前からって、もしやその作戦を立案したのって……」
「ああ、冥王様だな。何でもアニメとかラノベとかで学んだ知識らしいぞ。それがどんな戦術書なのかは知らんが」
と感心して語るアリスに俺は思わず突っ込みを入れたくなるのをグッと抑える。
やっぱりあのオタクかよ!
こちらに十分に戦力があり、尚且つ油断しきっているアルグレイド王国軍に対しての作戦だから、何とでもなりそうな気はする。
それを大手を振りながら、ドヤ顔で作戦を披露する冥王プロキオンの姿が見えるようだ。
俺が冥王城にアリスと共に行った時には、作戦はもうとっくに始まっていたんだな。実際に戦闘が始まるぞ、と言うだけの話だった訳だ。




