44・冥将戦(赤)2
アリスに呼び出された謁見等を行なうような本来戦闘などしない部屋で、俺とアリスは戦いを繰り広げていた。
とは言えアリスは何故か魔法を使ってこない、ハンデだとか考えているのだろう。真面目にやっていないのはどっちなんだが。
攻防が一瞬途切れた隙を見て、再度聞いてみる事にした。
「アリス様、本当に魔法を使わないんですか?」
「ふん、なら使わせてみるんだなセシリィ!」
魔法無しの接近戦ではジリジリと俺が押しているのだがな。
かなりの長い時間、俺の金棒とアリスの槍とが打ち合う音が部屋に響き続けていた。だがその少し高めの激突音は唐突に終わりを告げる。
「くっ!」
アリスが遂に俺の攻撃を躱しきれなくなって障壁を展開する。
発動を早くするために魔力の練り込みが十分では無かったようで、アリスが咄嗟に張った簡素な障壁は一撃で砕け散る。
障壁魔法を使ってしまったので、意味もなく拘っていた魔法無しも止めたようだ。
「ちっ、アイシクルアロー」
間合いを取る為に氷の矢を放つ。
アリスくらいの者ならば、低ランクの魔法なら呪文を大幅に短縮させ直ちに放つ事が可能だ。
そのあたりはアルデバランとの戦闘の時と似ている。
間合いが近く近距離で攻撃を受けた場合、呪文が中断してしまう事がある。攻撃を受けると魔法を発動する為の術式が乱され、魔法が不発になってしまう事があるのだ。
なので接近戦では、威力が弱くても詠唱の短い魔法しか使えないと言うのが魔法使いの常識だ。
魔法使いの真骨頂を発揮するには、敵の攻撃の届かない位置から長い呪文を唱え、大魔法を放つ事なのだから。
とは言えアルデバランくらいの魔法に特化した存在になると、攻撃を当てても呪文の詠唱を止めれない事もあるらしい。正直厄介な奴を倒せて良かったと思う。
アリスが俺と間合いを取る事で、物理攻撃主体の俺の方が分が悪くなってしまった。
ん? 魔法を使われて不利になったのに残念そうじゃないって?
う~ん、でもまぁそれって手加減されていたけど、やっと本気になってくれたってことだよな。
俺の奥の手……俺の今持っている切り札を使うなら、使用する前にアリスにはある程度本気を出してほしかったのだ。
ああそうだよ、俺も結構甘い考えをしてるよな、それは認める。まぁ上官が上官だしな。
「もう、本当に本気を出す……後には引けんからなセシリィ」
「ああ、分かった」
俺は簡潔に返事を返す。実はもう何度目かの最終勧告になるのだが、流石に本当に本気を出すようだ。
「ではいくぞ」
刹那、俺の目が錯覚を起こしたのかと思った。
正面にアリスがいるのに、俺の左右からもアリスが槍を振りかざして俺に迫って来た。
何を言ってるのか分からない? 説明している俺もだ。
分身? 幻影?
ともかく左右同時に、だが片方は突き、もう片方は振り下ろしの攻撃を別々に仕掛けて来ていた。
突きを躱し、振り下ろしを金棒で受け流す。
金棒を伝い受け流しの衝撃が確かに伝わる。突きを放ってきた方にすれ違いざま蹴りを放ってみると武器で防がれた。
うむ、両方実体があるな。
幻影ではない、分身の類のようだ。
突撃してきた二体に気を取られていて、氷の槍……いや氷柱が、しかも複数本も同時に飛んで来ていることに気付くのが遅れてしまった。
正面に残った一体が魔法を唱えていたのだ。
ギリギリ、本当にギリギリで氷柱を躱す。かなり無理な体勢で身体を捻ったので、ゾンビでなければ筋を痛めていたに違いない。
「初見で躱されるのは久々だ、やるなセシリィ」
感心した口調で正面の魔法を放ったアリスから声をかけられる。
さて、分身には何種類かタイプがあった筈だ。
本体が決まっていて他は分体とか、特に決まっておらず最後まで残った一体が本体となるとか、もしくは本体は別にいてここには分身しかいないとか……最後のはあまりないが、面倒臭いのでそうではない事を祈る。
強さ等もタイプがある。
本体を含め分身しただけ弱くなるパターンは一般的だが、その他にも本体はそのままで分身体は弱めの場合、特にマズいのは本体と同じ強さの分身を生むパターンだ。一番後者のやつだと手に負えない。
他にも分体の最大数や制限時間等の問題もある……アリスの場合はどうなんだろう?
でもまぁ、正直こんなスキルを持っていたなんて知らなかったぞ。
鑑定の眼鏡でも見れなかったし……あっ、まさか隠蔽とか改ざんのスキルとかを持っているとか? アリスは冥将クラスだ、あり得る。
「アリス様、三対一は狡いかと……うをっ!」
「元は私一人だ、気にするな」
ふむ……これはアレかもしれないな。
正々堂々……とまでは言わないが、何かと卑怯とか姑息な手を好まない性格のアリスがこの台詞だ。
アリスの思考を察するに……自分も不利になるスキルだから狡くはないと考えていて、無意識に口に出てしまったのではないか? うん、希望的推測なのは認める。でもまぁ、あながち間違いではないと思うけどな。
接近戦のアリスが二体に、残る一体は魔法で攻撃しているのだ、分身一体一体の力が元のままなら、今頃は手数に押され倒されていてもおかしくはない。
接近戦を仕掛けている二体は技の切れが落ちている気がするし、魔法を放つ一体も時間を稼げるのだから、もっと強力な魔法を使ってもいいと思う。
つまり分身したことによりステータスが低下しているパターンだと予想する。しかし単純に三分の一になった訳ではないのは戦っている俺が一番よく分かっている。おおよそ元の七~八割くらいの力量だろうか。
本人が分身したものなので当然息はピッタリだ。しかも右と左、上と下、前と後からバリエーションにとんだ攻撃が俺に襲い掛かる。加えてその二人の陰から魔法が飛んでくる。なんというコンビネーションだ、正直言って厄介極まりない……。
接近戦を行なっている二体のアリスを巻き込まないように、魔法担当のアリスが避けにくい範囲攻撃をしてこない事が救いか。
このままでは負け決定なので俺も奥の手を出すことにする。まぁ奥の手と言ってもアルデバランを葬ったアレの事だが。
アリスが分身で三体いるのでタイミングが難しい。障壁で防がれたり、躱されたら勝率は確実に遠のいてしまう。
なるべく驚いてもらって少しでも隙を作りたいし、一体は離れているので間合いを詰める速さも要求される。
サプライズとスピードが肝だ。
接近戦で俺から見て主に右手側から攻めてくるアリスをアリスA、左手側をアリスB、そして離れて魔法を放っているのをアリスCと呼ぼう。
アリスAの攻撃を致命傷にならない程度に受ける覚悟で、アリスBが攻撃してきたタイミングに合わせてアリスBに金棒でカウンターを入れる。
アリスBは俺がアリスAの攻撃を防御した隙を突こうとしてたようで、自分に攻撃をしてくるとは思っていないようだった。お陰で結構綺麗にカウンターが入りアリスBは壁まで吹っ飛ばされた。
代わりにアリスAの攻撃を受けた俺の肩口には、槍の刃がザックリ刺さっていたが。
うおおっ、人間だったら完全に致命傷だ。思ったより傷が深いがゾンビの俺なら問題はない……筈だ。
魔法を詠唱中のアリスCの視界に入らないように俺の身体で死角を作り、槍を引き抜こうとしたアリスAに俺は攻撃を仕掛ける。その際アリスAの視界を奪う為に顔面目がけて金棒を振るった。目くらましだ。
金棒を握る反対の手には密かに収納鞄から出した聖剣が握られており、聖剣はアリスAの身体を貫いていた。
聖剣は肩口をやられている方の手に握られていたが、至近距離でしかも金棒で注意を引き付けている。傷は深いが腕がもげることもなく、何とかアリスAに聖剣を当てる事ができた。
「むっ!」
直ぐに聖剣を収納鞄に戻す。
目の前の聖剣で刺されたアリスAは腹部辺りから灰となり消えていき、最終的に頭から肩の辺りまでしか残らなかった。何故やられたのか分からないのだろう、驚愕した表情を残したままスッと分体は消えた。身動きのできなくなった分体を解除したのだろう。
再分身されても困るので、間髪入れずカンターで壁まで飛ばされて立ち上がろうとしていたアリスBに突撃して、その勢いのまま再度収納鞄から出した聖剣で突き刺す。
その際にアリスCからは聖剣が見えないような位置取りをして、尚且つ聖剣を取り出す前にアリスBの顔面を狙って金棒を叩きつけ視線の誘導をした。まぁ当然金棒の方は防がれたが。
何でこんな面倒臭い事をするのかと言うと、分身体の視界が共有していたら困るからだ。
恐らくアリスBはアリスAと同じになると思うので、すぐさま魔法を放とうとしていたアリスCに駆け寄る。
アリスBをカウンターで壁まで飛ばす時に、魔法担当のアリスCの近くに行くようにわざと飛ばしたので、結構近い位置に最後の分体アリスCがいる。
どうやらアリスは氷系の魔法が得意のようで、今アリスCの行使した魔法もやはり氷魔法だった。
「何をしたのかは知らんが、これで終わりだ……ブリザード!」
冷ややかな風が一瞬駆け抜けた後、猛烈な吹雪が俺を襲う。
こっちは接近戦しか戦闘手段がないので、被弾覚悟で疾風に乗った氷の刃が降り注ぐ中、アリスCに詰め寄る。
「ちっ!」
舌打ちしたのはアリスの方だ……実はアリスはミスをしていた。
分身が居た時は分身の陰から俺を魔法で狙っていた為、制御性の良い単発魔法を使っていたのだが、アリスAがやられた時に詠唱中のアイスランスを中断させて中範囲の威力の高いブリザードに魔法を切り替えたのだ。
ブリザードは術者から一方向にだけ放たれる魔法だが、結構な幅と射程を誇る攻撃魔法だ。威力も中範囲攻撃の中では頭一つ抜けて高い。
アリスのこの判断は間違ってはいない、事実直ぐにアリスBが倒され魔法で分身が巻き込まれる可能性がなくなったのだがら。
だが間合いが近過ぎた。
一度別の呪文の詠唱を破棄した為に時間も足りなかった。
結果魔法は発動したが、氷の矢を内包した猛吹雪が俺を倒す前に、アリスに武器が届く位置にまで俺の侵入を許してしまったのだ。
無論俺も無傷とはいかない。よくあの猛吹雪の中を風に逆らいアリスの前まで行けたものだ。もう一度やれと言われても無理かもしれない。
何より身体がボロボロだ。
「呆れた奴だ。魔法に突っ込んで来るとはな。しかし……」
アリスは手に持った槍を振りかぶる。
……分身しても槍はちゃんと別々になるんだな。
そんな馬鹿な事を考えながら、俺は金棒を振り下ろす。
ガキンッと金属音が鳴り響く。アリスの槍と俺の金棒が衝突した音だ。
やはり分身の影響か、アリスの攻撃力は分身前程の威力はなかった。
アリスに対して有利になるかと思いきや、問題は俺の方に発生した。
金棒を持った右腕が肩から千切れ飛んでいく。あ~ブリザードで体中穴だらけだったしな、武器の衝突の衝撃に耐えきれなかったか……。
吹雪の中、食らうとマズい頭を守るので精一杯だったからな。
武器と片腕を失った俺を見て、口の端を上げるアリス。
顔は勝利を確信した不敵な笑いを浮かべているが、何故か目は悲しそうな目をしている。
「さらばだ、セシリィ」
頭に向けて突き出された槍を首と身体を捻りギリギリ躱す。
実はわざとふらついて弱った演技をしてたのもあるが、アリスの槍が僅かに鈍ったのもあったから避けきれたのだと思う。
そんな甘いアリスに俺は少し罪悪感を感じる。
「あっ……」
俺の残った左手に武器が握られていたのに気付いたようだ。
その武器は突き出された槍にタイミングを合わせ、アリスの胸に突き刺さっている。
分身は消えたとはいえ、分身により少し下がってしまったステータスは回復しきれて無いようで、アリスの全てにおける反応が僅かに遅い。
胸に深々と刺さったのが聖剣だと気付き、倒された分体もこれでやられたのかと納得した顔を向ける。
「成程な、そう言えばお前は聖剣が持てるのだったな……しかし、いつの間に……」
そう言って灰となり消えていったアリスだった。




