41・弱音
戻った。
何がって身体の自由がさ。
アルデバランを倒した後、セシリアはクレアを抱え迷宮の外に出た。
死者の迷宮から出た途端、セシリアの意識は消えて身体は俺の自由になったのだった。
迷宮の外に駐屯していた部隊が綺麗さっぱりいなくなっていた。
いや綺麗じゃないな、ゴミをそのままにしていきやがって。余程慌てて移動したのではないかと思われる。
死体がない所を見るとアルデバランは手出ししなかったようだ。
きっと部隊は逃げた王子達と共に王国へ戻ったのだろう。
さぁ、俺のこれからの行動だが……。
クレアは冥王に狙われているんだったな……確か聖女を研究したいとか言っていた。
勇者は何回か捕まえて研究したとか、ふざけた事を言っていたけど。
まぁそのお陰でセシリアの死体は死者の迷宮に放置されてゾンビになったんだけどな。
ゾンビは生前のレベル等を受け継がないので、勇者であったとしても普通のゾンビと強さは大差ないらしい。勇者であってもざわざ配下に入れる必要はないのだろう。
通常ゾンビになった時点で理性はなく、損傷具合や腐乱具合が酷ければ生前どんな姿をしてたかも分からなくなるものだし。
聖女の方は多分冥王プロキオンだけじゃなく、研究が好きそうなアルデバランも興味を持っていたんじゃないかな。
幸いな事にアルデバランはあの場で倒したから、クレアが俺と居る事は冥王には知られてないと思う。
なら……よし、逃げるか。
万が一アルデバランを倒したことがバレたら俺も只じゃ済まないしな。
倒したのは俺じゃなくてセシリアだけど……あっ、止めを刺したの俺だった……。
クレアには目が覚めた後で説明すればいいだろう。
そうと決まれば、三十六計逃げるに如かず……だ?
「何処へ行く、序列将七位のセシリィ」
「お前は魔の森を出た丘陵地で抜けてきた人共を殲滅してた筈だが?」
OH~。
俺の目の前にいるのは赤の冥将アリスの配下、序列一位、二位の美形コンビだ。
魔の森でアルグレイド王国軍を迎え撃ったのはもう一人、序列三位のアインバッハがいたが、あれは迷宮でセシリアが殺してしまっているしな。
もしかしたら戦闘が一段落した後、この死者の迷宮辺りに一旦集まる事になっていたのかもしれないな。これは迂闊だった。
ともかく惚けるに限る。
「これはカストルさんにポルックスさんじゃないですか、ごきげんよう。森から出てきた敵兵の殲滅は既に完了してますので、御心配には及びませんよ」
本当はダン達を逃したし、森へ逆戻りしている者達も追撃しなかったけど、まぁ構わないだろう。
「……ふん。それでその女はどうした?」
怪訝な表情で俺の腕の中で眠るクレアを見る、上官幹部の二名。
「えっと……新しい血の提供者としてどうかと。魔力も強そうですし何より美形ですよ」
「ふむ……確かに窶れてはいるが美人だな……だが聖女は我らにとっては毒になるのではないのかセシリィ?」
「……あ、あははは、せ、聖女ですか~?。いや~気付かなかったなぁ~」
うをぃ! バレてんじゃないか!
もしや知っててカマかけやがったのか? 根性悪!
逃げる事はちょっと無理そうだったので、大人しく連行される俺。
どちらか一人ならなんとかなったが、こいつ等が二人揃ったら逃げるのは難しい。この二人は息ピッタリの連携をするんだよな。そもそも弱っているクレアを抱いたままだと無茶はできない。
幸いなことに、どうやら今ここでクレアをどうこうするつもりはないようだ。
城まで連行される間に、なんとかアリスに上手い事を言って逃げる口実を考えないとな……。
<>
俺の胸に顔を埋め、小さく身体を震わせ泣く少女。
片手で腰を抱き、もう片方の手で頭を優しく撫でてやっている。
ここはアリスの城の敷地内にあるヴァンパイアの血の提供者が住む村だ。
以前の村はロダンが魔法で滅茶苦茶にしたので、村人は城の敷地内に移動して城の外郭に沿うように村を新たに作ったのだった。
城の敷地内なので村と言う表現は正しくないか。
まぁ以前の様に勝手に入れないように人の住む区画には高い壁で覆い、出入りの門には門番が立っている。
勝手に村を破壊したり、村人を殺したりするロダン達のような無法がないように、アリスが直々に指示してできた区画だ。
その区画の中の管理者の屋敷に今俺達はいる。俺は序列は上がったが、まだこの村の管理者という事になっているからな、つまりは俺の家だ。
「……っ」
声を出さぬように俺にすがって嗚咽を漏らすクレア。
目覚めた直後は何が起こったのか理解できずにいたが、俺を認識すると泣きながら飛びついて来た。
その後、一旦は落ち着いたのでこの家に移動をしてから食事を与え、身を綺麗にした途端、また我慢できなかったのか突撃するように俺に抱きつき今の状況になった。
家に来て世話を手伝ってくれた村長達はそれを見て、そっと席を外してくれた。実に空気の読める大人達である。
「我慢しなくていいからな」
頭を撫でながらそう言うと、俺に抱きついた手に更に力が入る。お、おう、少し苦しい……ゾンビの俺を苦しめるとはやるなクレア。
実は会わなかった間にクレアのレベルも多少上がり、聖女の特性か抱きつかれると身体がピリピリする。
ルーンライズを持った時のように火傷はしないが、クレアのレベルが上がりすぎると触れる事ができなくなるかもしれん。
まぁ俺は特異種のエンシェントゾンビなので、何故か他のアンデッドと違い多少は聖属性に耐性があるみたいだが。
ステータス画面のスキル欄に表示されていないので、当然完全耐性ではない。
日光耐性の事例を考えると、ステータスのスキル欄は完全に耐性ができないと表示されない仕組みのようだ。
そもそもゾンビに聖属性の完全耐性が習得できるとも思えないが。
俺はクレアを見て彼女の境遇を思い出していた。
クレアは成人の義で聖女と分かり、王太子のギルバートと正式に婚約をした。元々婚約者候補の一人だったらしいからな、流石は公爵令嬢。
その後、本物の聖女なのに偽聖女の烙印を押され追放。
追放の理由は名乗った訳でもないのに聖女と謀ったからだという。
しかし本当の原因は別にあり、その原因というのが実にお粗末なものだった。ギルバート王子の姉セシリアと言動や目付きが似ていて煩わしかった……たったそれだけである。
アルデバランの話では王子は王を治す薬を自分も飲んでいたらしく、それで多少おかしくなっていたようなことを言っていた。常識を疑う王子の行動はその薬も関係しているのかもしれない。
しかしその薬……それ本当に薬か? 絶対に違うだろ。
クレアは追放先まで行く途中に命を狙われている。それを指示していたのがどうやらギルバート王子だった様だ。賊を操っていたのが王国騎士だったしな、王子の手の者だったのだろう。
どれだけ嫌っていたんだよ……全く。
まぁそのお陰で俺はクレアやダン達と出会えたのだが。
クレアは追放先の町で修道院に入らずに町を飛び出して冒険者になった。
命を狙われた事もあり、行方を眩ませるのも目的だったみたいで、アルグレイド王国内ではあるが他領地を色々と回ったな。
それから例のレオンハルトの一件で俺とクレアは別れる事になった。
クレアは俺と……魔物と一緒に居たダン達を守るためにレオンハルトのパーティに入る事になる。
冒険者ランクが上がり人物鑑定をした時に聖女だと分かり、無理矢理にまた王城へ連れていかれたようだ。
そこでまたギルバート王子に再度偽聖女の烙印を押され、王国を謀った罪とかでパーティを組んでいたレオンハルトとそのメンバーの下僕として働く事になったとか……下僕とは名ばかりで悪質な苛めを受けていたようだ。
元のダン達のパーティからクレアを引き抜いたのはレオンハルトの我儘だったのにも関わらず、この仕打ちである。
あいつ、レオンハルトは王族殺しもしてたようで、死んで当然の報いを受けたと俺は思う。大馬鹿王子や聖女を名乗る偽物の伯爵令嬢はまだ生きているみたいだけど、そのうち罰が当たる事を切に願う。
俺と別れることになった魔の森への遠征まで、少々の文句は言っても泣き言の一つも漏らしたことの無い少女だった。
再び王子から偽聖女の烙印を押され皆から散々罵られたのだろう。
俺の討伐をしない、ダン達が魔物と一緒に居た事を不問にする……そんな約束を守らせるために、王子やレオンハルト達に生気が失せるような酷い仕打ちの中、ずっと我慢をしてきたんじゃないかと思う。
気丈に振舞うと言っても限界がある。
俺の元の世界ならクレアはまだ高校生くらいなんだぞ。
「……辛かったよぅ……寂しかったよぅ……」
殆ど聞きとれないような声で呟くクレア。
ようやく弱音を吐いてくれたようだ……少しはこれで楽になってくれることを願う。
……流石にここまで頼られて、今更彼女を放り出す気は無い。
逃げ出さないように屋敷は監視されているが、クレアが落ち着くまで俺に任せてくれているアリス。変な所で気を利かす我が上官である。
とは言え彼女は冥王軍の将だ、冥王の命令には従わないといけない。本来ならクレアを冥王の下へ送り出さねばならないだろう。
でもアリスは冥王プロキオンに協力的じゃない気がするんだよな。
さて、これからどうしたものだろうか……。




