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40・冥将戦(黒)

 アルデバランが唐突に魔法を放つ。

 襲い掛かる数本の火の矢をセシリアが避けたり聖剣で受け流したりして直撃を免れる。


「ちょっと、詠唱無しなの?」

「くっくっくっ、無声詠唱というやつじゃ、、会話中に呪文を唱え終えてあっただけじゃ……そう言えば無詠唱の研究も進んでおらんかったな、やる事は多いのぅ」

「……無詠唱なんてされたら堪らないわよ」


 ……冥将のアルデバランであっても完全に詠唱を破棄する無詠唱の魔法は使えないみたいだな。

 でも無声詠唱も十分に厄介だけどな。

 流石に戦闘が始まると無声詠唱は意味がない為、普通に魔法の詠唱を唱えるアルデバラン。

 セシリアは目の前にある多重障壁を破壊しながらアルデバランに接近をする。

 アルデバランの魔法は奴の障壁の外側に作成される為、自らを守る障壁に阻まれる事はない。

 次々と放たれるアルデバランの魔法は詠唱がやたらと早いうえに、どうやら呪文の詠唱を少々端折っているようだ。

 以前ダン達のパーティにいた魔法使いのハンナに聞いたことがあった、確か高速詠唱と呪文短縮とか言うスキルだったはずだ。

 かなり高位の魔法使いのスキルらしい。確かに厄介なスキルだ。


 部屋の角で眠るクレアは結界の魔道具で守られていた。

 結界に覆われているとはいえ、セシリアは当然クレアに攻撃がいかないように配慮してるし、アルデバランも聖女である彼女を冥王の下に送り届ける使命があるので、クレアに攻撃が及ばないようにしているみたいだ。


 ようやくセシリアが邪魔な障壁を破壊尽くした後、放たれ続ける魔法を掻い潜ってアルデバランに接近した。


「ほほう、やるではないか」


 この場所は広いと言っても所詮は迷宮内の一室なので、戦闘をするにはいささか狭い。ましてや片方は遠距離攻撃の得意な魔法使いである。

 高速詠唱と呪文短縮が使えるアルデバランであっても、やはり間合いの関係で高威力の出やすい詠唱の長めの魔法は使いにくそうで、呪文の短い比較的威力の弱い魔法を使うしかないようだ。

 威力が弱いと言ってもそこは冥将、一般の魔法使いと同じ魔法を使ってもかなりの高出力だ。

 加えて先程護衛騎士達の止めを刺した雷の出る杖もあるし、セシリアは有効的な攻撃を入れる事ができないでいる。

 やっと接近戦に持ち込めても、今度はしっかりとした障壁を展開され、攻撃を防がれてしまっていた。その障壁を破壊するのにも割と手間取る、魔法で攻撃されながらだからな。


「冥王様に聞いたところ、その身体はエンシェントゾンビとかいう進化した特異個体らしいの、いや実に興味深い」


 興味があるのはセシリアの身体らしい。

 元が誰だったか全く分からない程に腐乱したゾンビから進化を続けた結果、いつの間にか美少女の容姿になっていた……それが元の姿だということは何となく分かっていたが、進化して腐敗が進んでいかず、逆に人間だった頃の容姿に近付いていくのには正直驚いた。

 途中グレーターとかみたいにちょっと人から遠くなった進化をした時は、このまま化け物じみた容姿に変わっていくのかと思ったのだが、何故か次のアークからは今の姿に落ち着いてしまっていた。


 ともかく今の進化したエンシェントなら、致命傷になるような傷でも割と平気だし、筋力や耐久力もかなり高い。

 ただアンデッドの特性で神聖系の武器や魔法には弱いとか、回復魔法で回復しないのは仕方がない。そもそも回復系魔法はダメージを受けるからな。

 体力の回復なら時間が経てば魔素を吸収して元に戻るので、頭を破壊されない限り平気の筈だ。


「是非とも研究をしたい、協力せぬか? なにちょっと解剖させてもらうだけじゃ、痛いのは最初だけだしの」

「する訳ないでしょ、この変態!」


 ……頑張れセシリア。相変わらず身体の自由はきかないけど、アルデバランの台詞を聞いて背筋が寒くなったぞ。


「おおっと危ない、流石に儂とて聖剣で切られれば只じゃ済まんからのぅ……それにしてもセシリアお主、握っている聖剣が辛くないのかの? くっくっくっ」

「うるさい黙れ!」


 聖剣を持つ掌は常に火傷を負い、右手と左手を交互に持ち替えている。空いた手の自己修復が完了したら持ち替えている感じだ。

 エンシェントゾンビはアンデッドなのに何故か聖属性の耐性が若干あるみたいだが、流石に聖剣を持つのには無理があるようだ。

 完全な聖属性の耐性スキルを手に入れる事はできないだろうか? 日光耐性は得る事はできたしな……いやアンデッドだし無理か、聖属性を得たアンデッドがいたとしたら最早それはアンデッドではないと思うし。


「ふむ、流石に大魔法を唱えさせるほど余裕を与えてはくれんか……しかしそれでも儂と戦うにはレベルが足りんようじゃの」

「くっ!」


 黒の冥将アルデバランには余裕があるようだ。

 被弾しながらも接近して障壁を破壊した後、何とか入れた一振りも掠り傷を与えられたかどうか程度で、こちらの方が明らかにダメージを食らっている。

 ジリ貧なのは間違いない。

 セシリアは元勇者だ、だとしたら魔法が使えるんじゃないのか?

 ……使えるならとっくに使っているよな。

 セシリアは何度か短い呪文を唱えていたが魔法は発動しなかった。つまり生前に習得していた魔法は使えないようだ。

 今の身体は人の勇者ではなくエンシェントゾンビだ。エンシェントゾンビは魔法を使う事はできない。

 こりゃ詰んだかな……どうするんだセシリア?


「どうするんだって……貴方も協力するのよ」

「ん? 何じゃ?」

「なんでもないわ」


 ……いや、まさか……俺の思考を読んだ?

 セシリアさん、あんた一体どうなっているんだ?


「……」


 セシリアは答えない。

 協力するのは吝かではない。俺だってみすみすクレアが攫われていくのを黙って見ている気はないし、何よりアルデバランにやられるのも嫌だ。こいつに捕まったら何かの実験体にされるのは間違いないだろう。

 む? そうこう考えているうちに事態は動き出した。


「そろそろ仕留めるとしようかの」

「やれるものならやってみなさいよ!」


 セシリアさん、その言い方はフラグっぽいし止めた方がいいと思う。

 何度も被弾しながらアルデバランに接近を繰り返した為にパターンを読まれていたんだろう、こちらの剣の間合いに入る直前に今までは無かった魔法でのカウンターがセシリアを襲う。


「ちっ!」


 突如として床から飛び出してきた土の刃。

 恐らく戦闘中、こちらに気付かれないようにこっそりと備え付けた設置型の魔法なんだろう。何とも器用な事だ。

 薄く伸びた刃を身を捻り避けようとしたが……。

 金属音を響かせて聖剣が床に落ちる……その聖剣には握られた右腕が握られたままだ。

 ゾンビの身体なら腕を拾い上げてくっ付ければ元に戻るが、生憎聖剣を握ったままの腕はアルデバランの後ろまで飛んで行ってしまい、拾う事ができない。

 ……できないのだが。

 何かがおかしかった。

 そう、視界がおかしいのだ。

 俺の視界には背を向けたアルデバランとその先に切られた右腕を左腕で抱え込んでいるセシリアの姿が映っている。


「終わりじゃ。聖剣無しではどうする事も出来まい? くっくっくっ、その生意気そうな目……もう少し弱らせておく必要があるようじゃの」


 勝ちを確信したアルデバランが動かないセシリアに向って呪文を唱える。今までの様な詠唱の短い弱い魔法ではなさそうだ。床に魔法陣が浮かび上がり威力の大きな魔法を放とうとしている事が窺える。


 相変わらず俺の視点はアルデバランの背後だった。

 気付けば身体の自由が戻っている。セシリアと共有している筈の身体がアルデバランの向こう側にあるのにだ。

 ふと身体を見てみると奇妙なことになっていた。

 透明な身体に実態のある右腕が付いている。その右腕には聖剣が握られたままだ。

 いや身体は透明じゃない、薄っすらと輪郭が見える。

 自分の視界からなので全容は分からないが、その身体は大きく少し奇怪な形容をしているように感じる……よく見ないと分からないくらいの薄い透明感のある身体……その形はグレーターゾンビを思い出させる。

 俺の思い違いかもしれないが、あれが本来の特異種ゾンビの進化だったのではないかと思った。

 スケルトンの特異種である冥王は、進化しても人に近くならず見事に化け物になっていたからな。


 俺と今も繋がっている聖剣ルーンライズは最初、バクを起こしたような感じだった。その聖剣の元の所有者だったセシリアの影響で、アークゾンビ辺りからあり得ない進化をした可能性が高い。

 そもそもエルダーの前のアークは勇者のアークブレイブが元なんじゃないか? セシリアが亡くなる時のジョブはアークブレイブだったとセシリアの夢で見た記憶がある。


 セシリア本体から離れた俺の姿が、グレーターゾンビの輪郭を形容しているのも何となくだが納得できた。ただバランスの悪い事に実体のある右腕だけがセシリアの……人の身体だがな。


「終いじゃ! ライトニ……むおっ?!」


 今、正に魔法を放とうとしたアルデバランの身体を背後から聖剣で突き刺す。

 先程アルデバラン自ら、聖剣で切られたら只では済まないと言っていたのは、本当の事のようだ。

 障壁が張ってあったとしても、正面のセシリア側の一面にしかないはずだ。 障壁は通常一面だけで全方向をカバーする事はない。

 余談になるが、高位神官が使えるらしい結界は全方向を守る事ができる。その分魔力消費も大きいく、障壁よりは展開に時間がかかるらしいが。

 俺は振り返ろうとするアルデバランを待つことなく、刺さった聖剣をそのまま横に薙ぎ身体の半身を切り裂く。

 間髪入れずに肩口から袈裟切りに切り裂くと、切り裂かれた身体は自身を支えきれずゆっくりと崩れ落ちる。

 ようやくこちらを向いたアルデバランが大きく口を開く。骸骨なので正確な表情は分からないが、多分驚愕しているのだと思う。


「な、なんと……実に興味深い……」


 そこまで話した直後、聖剣が頭を切り裂いた。

 こんな状況になっても相手は冥将だ、万一にも反撃される可能性もある。ならその前に倒すのがセオリーだ。

 以前赤の序列将元三位のロダンを倒した時もそうだった。ダークストームの中心地で勝ったと思い油断して高笑いしている奴を奇襲し、そのままボコり続けたっけ。

 俺はこんな時には手を抜かないのだ。相手が強い時は攻めれる時に攻める、これ大事である。

 卑怯? 勝てば官軍というありがたい言葉もある。問題は無い。

 アルデバランは格下のこちらを舐めて、戦闘中は明らかに手を抜いていたし、つい先程までは勝利を確信していた。

 アルデバランを倒すには慢心して油断していた今しかないのだ。俺は念入りに聖剣をアルデバランに切り付ける。

 途中勢いあまってアルデバランの持っていた雷を放った杖も叩き折ってしまった。

 ああ、勿体ない事を事した。あれって木でできていたのか……。

 聖剣を振る度にポロポロと灰になって消えていくアルデバランの身体。流石にここから蘇ってくる事はないだろう。


 気付けば俺はまたセシリアの中に戻っていた。セシリアが切り離された右腕を自身の身体に引っ付けた為だ。半透明の身体はアルデバランが倒された後に消えたようだ。 


「あはは、本当に化け物になったのか……でもまぁもう私じゃないしね」


 セシリアはそう寂しげに呟いていたのだった。

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