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38・姉弟

 元々がアンデッドである為に所持しているとダメージを受けてしまう聖剣ルーンライスを収納鞄に収めず、鞘に入れたまま腰に差したセシリア。

 鞘に入ったままで、しかも衣服が間に入った状況でも当たった腰が僅かに焼ける。

 この状態ならエンシェントゾンビの回復力と言うか復元力が高いので問題はない。ないが気にはなる。

 今身体を支配しているセシリアはそんな事は気にしてないみたいだが。


 身体の自由がきかず見守る事しかできない俺に構うことなく、気を失ったクレアを抱きかかえ行動を再開するセシリア。

 安全地帯の部屋から出たこの通路にはアンデッドの魔物が徘徊する。クレアをここに置いてはいけない。


 ギルバート達が居る部屋に向う。

 話し声が聞こえた所で立ち止まる俺……いやセシリア。

 まだ身体は俺の自由にはならない。


「追放した後、刺客を送って殺したと思っていたのだがな。まさか生きていたとは。だがそのお陰で俺の役に立てたんだ。グレースも本望だろう」


 そんな台詞が聞こえてきた。

 刺客……クレアやダン達と初めて出会った時に襲い掛かって来ていた奴等の事だろう。

 クレア……当時のグレースの生死を確認してなかったのか? だとしたら随分ずさんな話だ。


「私としては早く死んでいてほしかったですわ。そうしないといつまでたっても鑑定が間違ったままですから、真の聖女である筈の私が困ってしまいます」

「あれはおかしい女だったのですよ、後衛なのに武器で戦おうとするし、訳を聞けば攻撃魔法を使えないと言う。何故あの欠陥神官が聖女と誤審されたのか甚だ疑問です」


 声からしてマリアンヌとレオンハルトだろう。

 ギルバートの馬鹿もそうだが好き勝手言いやがって。

 アインバッハは……いや冥王達は聖女が欲しかったんだろ?

 もし本物の聖女がマリアンヌならこの女が冥王国に連れ去られるべきじゃないか。

 クレアが本物だと分かってて言っているのか、それとも冥王国側が偽聖女を本物の聖女だと勘違いしている馬鹿だとでも思っているのか、俺には判断できなかった。

 ……マリアンヌをクレアの代わりに連れて行ってほしいものだ。だって待っているのは実験の被験者だろうしな。

 しかも確実に殺される事が前提の……だ。


 溜息をつき部屋に足を踏み入れる。

 まだ奴等はこちらに気付いてはいない。

 エンシェントゾンビの隠密性が高いのか、それとも奴らが鈍感なのか……恐らく両方だな。

 部屋には金の王冠やゴテゴテと宝飾品の付いた宝剣を手に取り、嬉しそうに顔をだらしなく緩ませるギルバート王子。

 金や銀の台座に宝石をちりばめた大量のアクセサリーを両手いっぱいに抱え、口の両端をつり上げニヤニヤ笑う聖女を騙るマリアンヌ伯爵令嬢。

 魔剣だと思われる剣を手に、にやけた顔で素振りを繰り返すゴールドランクの冒険者レオンハルト。

 レオンハルトのパーティメンバーや王子の護衛の騎士達も真新しい武器等を手に、満足そうに笑みを浮かべている。

 先程の会話でアインバッハが用意したと言っていた薬以外にも、王子達に別に用意されたお土産なのだろう。

 確かに高価な物のようだが、宝石等を見ても冥王の城で見た物程ではないし、魔剣もルーンライズと比べれば明らかに見劣りする。その他の武器等も買ったら高そうだな、程度の代物に見える。

 彼等にしてみれば、クレアを引き渡しただけでタナボタで手に入れる事ができた品々である。ラッキーだったと思っているんだろう。


「誰だ?!」


 一番先に部屋に入ったセシリアに気付いたのはレオンハルトだ。ゴールドランクは伊達じゃないらしい……と言いたいところだが、部屋にかなり潜入されてから気付いたのでは遅くないか?


「クレア? 貴様何故クレアを抱えている! アインバッハはどうした?」


 レオンハルトがそう言って剣を構えると、それに気付いた他の者達も一斉にセシリアに視線を向ける。


「あ、あ、あ、ああああっ! 何故姉上が生きて? ……いや、姉上は死んだ筈だ!」


 手にしたお宝をバラバラと床に落とし、指を差すギルバート王子。


「そうね、私は貴方に殺されたのよねギルバート。その次はグレースかしら? 直接手を下すわけじゃないから関係ないとは言わせないわよ」


 セシリアの台詞を受けて、一歩二歩と後ずさりをするギルバート。

 逆に一歩踏み込んできたのはレオンハルトだ。


「落ち着いてください王子! 俺はこいつを知っています。クレアのパーティに潜んでいた魔物です!」

「ま、魔物……そうか魔物か、魔物として蘇ったのだな! なら、二度と復活できないように姉上を殺してしまえ!」

「……」


 セシリア視点のせいで彼女の表情を見る事はできないが、悲しそうな顔をしているような気がする。意識は別でも身体は共有しているからな、何となく分かる。

 クレアを部屋の角に寝かせ、距離を少し取りながらも後ろに回り込まれない位置で王子達と対面する。

 一番手前に居たレオンハルトが、上段に構えた剣を振り下ろしながら切り掛かってきた。

 聖剣を抜きそれを難なく受け止める。

 今のセシリアの能力値が俺と同じであるなら、エンシェントゾンビレベル33だ。

 うん、さっきダン達と戦ってレベルが33に上がったのだ。

 別に殺さなくても経験値は手に入るが、倒すだけだと随分と習得する経験値は減る事になる。

 だが同レベルに近い四人と戦いだった訳だ、それなりの経験値は手に入った。加えてもう少しでレベルが上がりそうなくらいに経験値も溜まっていたみたいだしな。

 体感的にもレベルは30を越えたあたりから急激に上がりにくくなる傾向がある。

 俺が最後に会った時のレオンハルトはレベル33だった筈だ。攻撃を受けた感覚的にはさっきダンから受けた攻撃と大差ないように感じる。

 どうやらダン達がこの数年で大幅にレベルアップしたのに、レオンハルトはほぼ成長していないようだ。セシリアは鑑定眼鏡を装備してないので憶測になるが。

 同レベル帯のダン達四人と戦った俺だ、一人だけのレオンハルトに負ける道理はない。

 ちなみにレオンハルトのパーティは以前アリスに全滅させられており、今のパーティは新たに集められたパーティのようだ。俺の知らない奴ばかりだからな。動きを見る限り、前のパーティ程のレベルは無いように見える。

 新しいレオンハルトのパーティは見た目の良い美女、美少女だけで構成されていた。

 ……まさかとは思うが自分の趣味で集めたパーティではないだろうな?


「むっ、それは俺の聖剣じゃないか! お前が持っていたのか返せ!」


 魔剣を振り回しセシリアの持っている聖剣を見て、返せと叫ぶレオンハルト。


「元々私の剣よ、何故貴様に渡さねばならないのかしら」


 冷たく言い放ち、剣を横薙ぎに振りぬく。

 その一撃を魔剣で受けたレオンハルトだが、威力を殺せず部屋の奥まで飛ばされ壁に叩きつけられる。


「かはっ!」


 血を吐きその場で崩れ落ちたレオンハルトにパーティメンバーが駆け寄る。パーティの神官が回復魔法をかけ、他のメンバーはレオンハルトを守るように取り囲み、武器をこちらに向けている。

 レオンハルトのパーティが下がった形になったので今度は王子の護衛の騎士達が俺……つまりセシリアに武器を振りかぶり、攻撃を仕掛けてきた。

 それを難なく返り討ちにする。

 高級そうな装備の割に弱い……いや、弱すぎる訳ではないが、王族を守る護衛にしては弱いと思う。

 もしやとは思うが、王子直属の護衛騎士の立場を実力ではなく金やコネで手に入れたのではないだろうな……違うよな?

 いや何故そんな事を思ったのかというと、戦闘中に「俺の父は○○伯爵だぞ」とか、「逆らうと我が侯爵家が黙ってないぞ」等と叫ぶ奴が多かったからだ。

 いや、知らんがな。大丈夫なのか、お前等の頭は?

 自国の兵や民に向って吐く台詞なら分かるが、間違っても敵であるこちらに向かって吐く台詞ではない。

 セシリアは遠慮なく彼等を倒していく。とは言え、どうやら殺してはいない様だ。致命傷程ではないが、少なくとも動けない程には痛めつけている。

 腐っても王国騎士である奴等を殺さないのは勇者の矜持なのだろうか? 俺には分からんけど。


「どうなっているのだ!? 王国内では将軍にも後れを取らない俺の近衛騎士だぞ!」


 いやいや、それはおかしい。将軍がそんなに弱いわけがないだろ。

 もし手合わせを見たのなら王子の手前、相手が手を抜いただけだと思うぞ。


「……私は何度も言ったわよね? 権力を振りかざして黙って従うのは王国の自国民だけだって……それに実戦の経験もない近衛兵など、役には立たないとも言ったわよねギルバート?」


 ……だそうだ。

 信じられない事だが本当の事らしい。


「俺はそんな飾りだけの騎士とは違う! うおおおおおおっファストスラッシュ!」


 回復したレオンハルトが剣を構え、武器技スキルを使用して再度突撃してきた。

 速いこそは速いが、先程戦ったダンの放ったライトニングスラッシュには遠く及ばない。

 ……とは言え強力な武器技スキルなので、気を抜く訳にはいかないが。

 ギリギリ身体を屈め高速の一撃を躱す。すれ違いざまにカウンター気味に剣を横に薙いだ。

 レオンハルトの鎧は見た目通りの立派なもので、聖剣の一撃でも破壊されることはなかった。とは言えセシリアも本気で切り付けた訳ではないようだ。

 今度は壁に飛ばされることなく、めり込んだ剣に身体をくの字に曲げられた後に、その場に崩れ落ちる。

 聖剣はアンデッドには特効と呼ぶべき効果を発するし、魔族や魔獣みたいな魔属性が高い生物にもそれなりの威力を発揮する。

 恐らく対人族用の武器ではないのかもしれないな。まぁ俺が使った時の様に剣身が光ったらどうなるか分からないけど。


「ぐほっ!」


 うわぁ苦しそうだ。

 その苦しそうに床に這い蹲っているレオンハルトにセシリアは片足を上げ、上から踏みつける。


「うがっ! そ、その聖剣は俺が殿下から報酬でいただいたものだ! 返せ!」

「……報酬?」


 セシリアが亡くなった後に何かの報酬として王子から貰ったものらしい。いくらレオンハルトがゴールドランクの冒険者でも、いいのか聖剣だぞ?

 まぁ情けなく這い蹲っているレオンハルトの姿を見ると、とてもゴールドランクの冒険者には見えないけど。


「ああ、勇者でなくなったお前には必要の無いものだ! そうだお前元王女だろ? 良い事を教えてやるよ」


 うつ伏せになってセシリアに足で踏みつけられているレオンハルトがそう提案をする。

 沈黙を了承と判断したのか話を続けるレオンハルト。


「王位継承権を巡って殺されたお前は王家を恨んでいたんだろ? 魔物になって復讐したいくらいに。なら俺はお前に感謝される事はあっても憎まれる道理はない」


 奴は何か頓珍漢な事を言い出した。


「ギルバート殿下の命令で王位継承権を持つ弟王子や妹王女を始末してやったんだ。聖剣はその報酬だったんだ。な? 俺はお前の復讐の手伝いをしてやったんだ……」


 レオンハルトが喋れたのはそこまでだった。

 レオンハルトはセシリアの聖剣で首を切られ、その首がゴロンと転がった。


「王族殺しは死罪だ……」


 感情の無い声でセシリアが呟く。暫しの沈黙の後……。


「「「「「キャアアアア!レオンハルト様!」」」」」


 二つに分かれたレオンハルトだったモノを見て、パーティメンバーの女達は悲鳴を上げ部屋から逃げるように飛び出して行った。

 頼れるレオンハルトが殺されたのだ。当然次は自分達だと思ったのだろう。

 ちなみにこの世界には蘇生魔法が存在するが、遺体の損傷が激しい程、そして死亡して時間が経ちすぎる程、蘇生確率は落ちていく。

 状態が良いとは言えない首が切り離された状態では蘇生は難しい。

 魔力の力場が安定している神殿や教会まで遺体を持っていけば蘇生の確率は上がるが、ここは浅い階層とは言え迷宮の中である。

 迷宮はどちらかと言えば魔力の力場は強いが、波のように不安定な為、蘇生術には適さないと言われている。

 今ここに蘇生魔法が使えるような最上位クラスの神官がいたとしても、復活は難しいだろう。


「お、おい何処へ行く! 俺を守れ!」


 腰が抜けたのか、床に座り込むギルバートが逃げていくレオンハルトのパーティメンバーに命令するが、誰も聞きはしない。


「……いつかは分かってくれると思っていた。素直で優しかった子供の頃みたいに戻ってくれると……私が刺し殺されるまで……いえ、本当を言うとね、ついさっきまでそう思っていたかったのよ……」


 そう呟きながらギルバートに向って歩くセシリア。


「は、離して下さいギルバート様! 私は関係ないでしょ、離して!」

「馬鹿を言うな! お前は聖女で俺の許嫁になったんだ。俺を守るのが役目だ!」

「そんなの聞いてないわよ!」


 逃げようとするマリアンヌを逃さないように抱きかかえるギルバート。それを振り払おうとするが逃げられないマリアンヌ。

 そんな見苦しい言い訳をしている二人に近付き、聖剣を構える。


「ま、待て、待つんだ姉上!」

「ひっ!」


 遂にはお互いを抱きかかえ、セシリアに怯えるギルバートとマリアンヌ。


「ほう、面白い事になっているではないか」


 部屋の入り口から黒いローブを纏った者がそう呟きながら入ってきたのだった。

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