37・密会
久々に会ったダン達とあいさつ代わりに戦闘を交わし、友好を深めて別れた……事にしておこう。少なくとも俺はそう思う事にする。
さて、俺は魔の森に足を踏み入れ、死者の迷宮に向っている。そこにクレアがいるらしいからだ。
……ダン達にもクレアを頼むと頼まれたからな。
俺がグレーターゾンビだった頃にネクロマンサーのメリアと出会った湖畔には、冥王軍と戦ったのだろう多数の負傷したアルグレイド王国軍部隊が駐屯していた。回復が間に合っていない様だ。
俺はそこを大きく迂回し死者の迷宮へと向かう。
死者の迷宮の入り口付近は広い草原になっており、そこにも王国軍の部隊が駐屯していた。
夜間でも視界の良いアンデッドの俺だから違和感に気付いたのかもしれない。
この広場には約千人近い王国軍がいる様だが、兵を見る限り戦闘をした形跡がない。非常に綺麗な身形をしているのだ。
湖畔で重傷者を寝かせ手当をしているあちらの王国兵と雲泥の差だ。
この部隊は戦闘をしていないのか?
「さて……」
この王国軍、殆どが王国兵だが、冒険者も一部混ざっている。
どちらも前線で戦っていたダン達と違い、汚れも傷もない装備で酒を浴びるように飲んでいる。とても討伐に来た者達とは思えない。
俺は冒険者の格好でそこに紛れ込む。
エンシェントゾンビの優れた隠密性もあり、気取られずに駐屯地を進む。
しかしとても敵に襲われる可能性のある駐屯地とは思えない程に緩み切っているな。一応見張りもいるが殆どザルだ。
闇に紛れて死者の迷宮に難なく入れたのには、正直驚いた。
しかし懐かしい。
この死者の迷宮は勇者セシリアが殺され、俺がゾンビとして目覚めた場所だ。
ダンの話では、この場所にクレアが居ると言う。ついでに王子も。
王子は一体何をする為にここに来たのだろう?
地下一階の地図は既に頭に入っている。何度もスケルトンやゾンビと戦ったしな。
途中で見張りがいると思ったのだが、通路には誰もいなかった。本当にここに居るのか? と考え始めた時である、声が聞こえたのは。
「これが聖女ですか……本当に我々に引き渡しても?」
「アインバッハ、これは聖女を騙った偽者だ。偽物を冥王軍に引き渡して、何の問題があるというのだ?」
「ふはは、そうですなギルバート王子。では約束通り例の薬は既に私の部下が王国内に運び込んでおります。じきに殿下の指定された場所に届けられるでしょう」
「そうか、流石だなアインバッハ! あの薬は素晴らしい! 追加をいつかいつかと待っていたのだ。姉上がくたばってからあの偉大なる父がずっと床に伏せっていたが、あの薬を飲みだしてから身体を起こせるくらいに回復なされたのだからな! ……してアインバッハ、薬もだがあっちの方は上手くやっているのだろうな?」
「それは勿論。愚かにも王太子である殿下が次期王になるのを反対する貴族共が率いるアルグレイド王国の部隊は、今頃壊滅しておるでしょう」
俺は部屋の出入り口に面している通路から見つからぬように、そっと中を覗き込む。
安全地帯と俺が呼んでいたアンデッドの湧かない広い部屋には、何十人の人が居た。
今会話をしていたのは……会話からしてアルグレイド王国の王子ギルバードと、どうやら冥王軍の者の様だ。
この冥王軍の男を俺は知っている。
俺が序列三位のロダンを殺した事で、四位から三位に昇格したアインバッハだ。アリスの側近の序列一位カストルと二位ポルックスと共に兵を率い、森で王国の討伐軍と戦っていたはずだ。
アインバッハは赤の冥将アリスの配下だが、元々は冥王から与えられた部下だと聞いている。
アリスが関知しない所で勝手に冥王の命で動く事があると嘆いていた。
ロダン一味もそうだったが、アリスに忠誠を誓っている者が少ないよな。
カリスマがないわけではないので、単に巡り合わせが悪いのかもしれない。
アインバッハがここに居て王子と会っていることは、アリスは知っているのだろうか? 知らない気がするなぁ。
「いい様だなグレース……いや、今はクレアと名乗っているのだったか。なぁ平民のクレア」
ギルバートの足元にはボロボロの格好をした少女が俯いていた。そんな彼女の髪を掴み上を向かせる。
「ギルバート様……」
生気の無い目の少女が俺の目に映る。
一瞬俺の知らない少女なのかと思った程だ、それ程弱々しく窶れていた。
「そうだ、それでいい。僕を姉上と同じ見下した目で見るお前が気に食わなかったんだ。姉上みたいに僕を馬鹿にする態度に腹を立てていたんだ。姉上の様に僕に王族らしくと口答えするのに反吐が出そうだったんだ……分かるか僕の気持ちが!」
知らねぇよ! 阿呆が。
奴……ギルバートはクレア……グレースに姉のセシリアの姿を重ねていたのか。今の俺の姿はセシリアとほぼ同じ容姿らしいがクレアとは似ても似つかない。恐らく当時の言葉使いや態度が似ていただけなんだろう。
セシリアは姉でクレア……グレースは婚約者だ。王子にとっては双方身近な者の言葉である。馬鹿な王子を嗜める台詞は、同じ様な言葉になってしまってもおかしくはないと思う。
「高貴な王侯貴族でない血が混ざっている姉上が僕にそんな事を言うんだ、おかしいだろ。だから姉上と同じ事を言うお前を平民に落としてやったんだ」
「……平民……お父様に一体何を……言ったので……うっ!」
「誰に断って口を開いている!」
虚ろな目で顔を上げたクレアが口にした言葉を、蹴りを入れて途中で止めさせるギルバート。
咳き込み蹲るクレア。
「全く、俺が目をかけてやったのに、こんな女だとは思わなかったぞ。誇り高きゴールドランクである俺のパーティに紛い物の聖女がいたんだからな、ぬか喜びさせやがって。ギルバート殿下に本当の事を知らされなければ、今でも騙されていたと思うと腹が立つ!」
クレアを口説いていた時には考えられない口調でクレアを罵るレオンハルト。
そもそも最初にパーティに誘っていた時は聖女だとは知らなかった筈なのに酷い言い草だ。
奴は信じられないことにクレアに唾を吐き蹴りを入れた。クレアは更に咳き込みながら苦しそうに蹲る。
「本物の聖女は私のような美しく高貴な者なのです。平民に落ちた貴方は地面に這いつくばるのがお似合いよ」
ゴミでも見るような目でクレアを見下す女がマリアンヌなのだろう。整った顔立ちをしているが、歪んだ笑みはとても聖女には見えない。
この部屋には王国軍側にギルバート王子と聖女を名乗るマリアンヌ、そしてレオンハルトとそのパーティメンバー、他にも王子を守る為の屈強な騎士が約十数名程いた。対してアインバッハの方は本人とその背後に巨漢の部下二体を引きつれているだけだ。
どうやらクレアを冥王軍に引き渡す現場のようだ。
しかし王子がここに居るって事は、この討伐軍を率いていたってことだろうし……王子自ら、いいのか?
え? そんな事よりクレアが酷い目にあっているのに俺が助けに入らないでいいのかって?
いや、そうしたい。
そうしたいのだが、実はさっきから身体が全く言う事をきかないのだ。
別に緊張しているわけではない、ましてや恐怖している訳でもない。逆に腹が立って今直ぐにでも奴等に襲いかかりたいくらいだ。
「ではこの偽聖女は頂いていきますねギルバート王子」
「ああ、構わん。そいつは王国が認定しなければ聖女でも何でもない女だ。冥王によろしくなアインバッハ」
王国軍との密会が終了したのだろう、アインバッハはギルバート王子達に背を向け歩き出す。クレアはまるで人形の様にアインバッハの部下に担ぎ上げられていた。
部屋を一緒に出るわけではないようで、先にアインバッハ達が出口側……つまり俺が潜んでいる方へやってきた。
お、おい、アインバッハが部屋を出たら見つかるぞ? か、身体が動か……あれ?
何とか身体を動かそうと四苦八苦していたら足が動いた……但し俺の意思とは関係なくだ。
奴らが部屋から通路に出ても見つからないように、通路の壁の窪んだ場所へ身を隠す。
そして俺に気付かずに横を通り過ぎたアインバッハ一行。
ゆっくりとそして静かに、背後から奴等に歩み寄る。
勝手に動く身体から見える視界は、まるでテレビか映画を見ているような感覚だった。
「勇者だけでなく聖女まで気に食わんという理由だけで切り捨てるのか……くっくっくっ、人族の剣と盾を手放した大事だと思ってもいないのだな。全く愚かな人間共だ」
そう呟くアインバッハ。
「奇遇ね、私もそう思うわ」
「な?!」
俺の口から出た台詞はいつもの男口調の話し方ではなかった。と言うか俺が意識して喋った言葉ではない。
こちらに気付いたアインバッハは、それ以上語る事はできなかった。
俺の手にした白い輝きを放つ剣が奴の首を落としたからだ。
切り口付近はパラパラと灰となり、ゴロンと頭が転げ落ちる。その落ちた頭に更に剣を突き立てた。
俺がアインバッハの背後から部下達を抜けてアインバッハを仕留めたので、振り向くと巨漢の部下が俺の目に映る。今、正に俺に襲いかかろうと剣を抜いたが……もう遅い。
反撃する間を与える事なく、アインバッハの部下達も同じ結果を辿らせる。
「……セシリア様……いえ、セシ……リィ……?」
俺の姿を見たクレアは微かに安心した表情を浮かべ、そのまま気を失った。
「……貴方を私と同じようにはさせません」
確かにそう言った。
俺がである。しかし俺の意思で口から出た言葉ではない。
……これはもう疑いようのない……俺を操っているのはセシリアだろ?
いやゾンビ化したからって元々はセシリアの身体だからおかしくはないのか? いやいや、お前死んだんじゃなかったのかよ!?
え? 今俺が……セシリアが持っている剣身が白く輝いている剣は何だって?
いやこんな強力な剣は聖剣以外ないじゃないか。
背後からの奇襲だからって魔族のアインバッハをあっさり切り裂いたこの剣は、間違いなく聖剣ルーンライズだ。
それは見れば分かる? 疑問なのは何故ここにあるのかの方か。
実は俺が持ち出したのだ。ちゃんと収納鞄にも入ったしな。
理由は至極簡単、以前冥王に呼び出され奴と会話した時に、俺はこの冥王軍とはいずれ折り合いがつかなくなると思ったからだ。ならその前に聖剣を頂いておこうと考えた訳だ。
現在アリスの城の地下にある宝物庫の封印の箱の中には、何も入っていない。
管理がずさんだよな。
聖剣の管理……と言うか、宝物庫の管理は元序列将三位のロダンがやっていたらしい。
奴は魔族だったのだが、実は魔族は聖剣と相性が悪い。
魔族はアンデッド程ではないが、切られれば一部灰になるし、触れる程近くにあれば気分が悪くなったり調子が悪くなったりするらしい。
そんな聖剣の管理をロダンは面倒臭がり、部下に丸投げした。その部下も碌に管理しなかった結果がこれだ。
おまけにその管理責任者ロダンは俺に倒されてもういないのだ。
……アリスのやつ聖剣の管理を完全に忘れてないか?
ちなみに当初、聖剣をアリスの城から冥王軍の本拠地に移す予定だったが、冥王プロキオンはそれを止めさせた。
冥王曰く「我を倒せる可能性のある聖剣が我が城に封印されているなんてまるでゲームのようではないか、我はそんな愚かな真似はしないのだよ」だそうだ。
前世でやったゲームにそんなのがあったらしい。冥王軍を率いる王になっても残念なゲーム脳のままのようだ。
……でもさ、その理論はおかしいだろ。
冥王の部下の冥将の城に聖剣があって、万が一それが奪われたらどうするんだ? 絶対自分で管理したほうがいいと思うぞ。俺ならそうするが。
……と言うより俺が持ち出した時点で、その万が一があったって事だけど。
どうでもいいが、聖女の研究はしたいのに、聖剣の研究はしないでいいのかな? それとももうある程度仕組みなんかは知っているとか? まぁ、知っていても対処できない物も世の中にはあるからな。
「……」
ルーンライズを鞘に納め、握っていた掌を見る俺……いや、セシリア。
アンデッドにも関わらず聖剣を握った為に火傷のような傷を負っていたが、徐々に傷が完治していく。
代わりに鞘に入った聖剣を腰に差しているが、接地面の衣服は何ともないが、下の皮膚が僅かに煙を上げていた。直接手に持った程ではないが、鞘に入れたままでもダメージは受けるようだ。
とは言えこの程度で済んでいるのはアンデッドの中では俺ぐらいだ。他のアンデッドなら持っているだけで大ダメージだ。まぁ流石に刃の部分に触れたら俺でもどうなるか分からんが。
セシリアの視点なので俺が……彼女が今どんな表情をしているのかは分からない。小さく溜息をついた後に黙って腰のルーンライズを見下ろしていた。




