25・村
俺は今、子供達に囲まれている。
いや正確に言うと揉みくちゃにされていると言った方がいいのかもしれない。
下はヨチヨチ歩きの子供から、上は年齢が二桁になるかならないかくらいの子供までだ。
おいおい、頭の上に乗るな! 危ないだろ、落ちたらどうする。
ええい鬱陶しい、お前等重なって抱きつくな、怪我をしても知らんぞ。
こらこら、どさくさに紛れて胸を触るな、馬鹿者!
くそっ、子供に懐かれているというより、遊ばれている気がする。
セシリアの容姿が子供達に受けるのか、それとも上位種エンシェントゾンビの成せる業か……それは無いな。単に中身である俺のヘタレ具合を感じ取り、舐められているだけの気がする。
「す、すみません管理者殿……これ離れなさい、お前達!」
村長が困った顔で平伏し、子供の親達だろう大人達が俺から子供を引き離してくれた。
ふぅ大変な目にあった。しかしこの村に来るようになってから日に日にエスカレートしていくな。
最初は遠くから見ているだけだったのに、いつの間にか服を掴んできたり手を繋いできたりしてきたなと思っていたら、何時の間にか俺に群がるようになっていた。
全く、前任者もこんな感じだったのだろうか?
聞いてみたらそんな事は全然なかったらしい。非常に冷静な女性で子供は近寄らなかったそうだ。
……俺、やっぱり子供達に舐められているよね?
流石に大人達はそうじゃないと思いたかったのだが、最近俺に意見……じゃないな、文句を言う大人が出てきた。そいつ等は村長が抑えてくれているけど。
君達、前任者には大人しく従っていたらしいじゃないか。まぁ波風立たせないようにしてきた、今までの俺の態度が良くなかったんだけど。
いやさ、偉そうな態度って苦手なんだよ、元が小心者だしさ……小心者を自称したら何故かアリスに笑われたけど。
それならこんな仕事を受けるなって話だけど、他の仕事はきっと殺伐とした仕事ばかりなんだろうな。だって俺の所属は曲がりなりにも冥王軍なんだから。
群がる子供と若干名の好意的でない村人を振り解いて、村長宅にお邪魔することにする。
うん、道の途中で子供に群がれていたんだからな。道上では落ち着いた話はできない。
「やれやれ、それじゃあ村長。報告を聞こうか」
「村の者がすみません管理者殿。報告ですが早急に対処せねばならないことはございません。必要な物資はいつものように後ほど書類にて提出させて頂きます」
「了解した」
穏やかに話す村長に頷いた後、俺は部屋の中をゆっくりと見渡す。
村長の家としては質素な作りだが、そもそもこの村は冥将に管理されている村である。それを考えれば十分な家であろう。
……正直に言ってしまえばこの村に来るまでは、家畜の様な生活を強いられている村かと思っていた。
事実この村に住む者は定期的に自身の血を提供している、アリスを始め彼女の眷属であるヴァンパイア達にだ。
なのにも関わらず、意外にも普通の生活をしているので驚いたものだ。いや本当に。
何度か村長と会っているうちにその辺の話を伺う事ができた。
村長曰く、元々この村の住人は人族の町や村で、住む場所を追われた者が殆どだと言う。
迫害、追放、はたまた貴族絡みで逃げ出した者、色々だそうだ。
いずれも窮地に陥った所をアリスに助けられ、そのまま野垂れ死ぬかこの村に来るかの選択を迫ったそうだ。
今居る村民の殆どが自らここに来ることを選んだ者達……と言っても反対側の選択肢が死だしねぇ。
「この村で生まれた者や、物心が着く前にここに来た者はこの村に閉じ込められていることに不満を持つ者が少なからずおります」
そう語る村長。彼はこの村に来ることを自ら望んだ者だ。彼の表情や態度には諦めた様子や投げやりな言動もない。
年を召していることもあるが、落ち着いた人だ。こういう人がこの村を取りまとめている村長で良かったとつくづく思う。
しかし俺に群がっていた子供達も、いずれ大人になれば村に不満を持つことになるのかな? わからん。
この世界の普通の村人は殆ど村から出ずに一生を終える者も少なくないと聞くから、どうなんだろう。
冥将アリスに忠誠を誓い信用を得れば村から出る事も可能だ。
殆どの場合、アリスの眷属になる事が条件になるという……うんそう、ヴァンパイアになって冥王軍の為に働く必要があるという事だ。
そんな奴はいないだろう……と思っていたが、何人かいるらしい。
同じ魔物の俺が言う事ではないが、いいのかそれで?
まぁ俺は進んで魔物になった訳ではないが。
ほぼ村長との顔見せ程度の報告会を終え、村長宅から出ると何故か村が騒がしい。
何かあったのか? おいおい問題事はノーサンキューだぜ。
「ここに序列十位がいるだろう、さっさと出て来やがれ!」
……は? もしや俺を探しているのか?
正直面倒事は避けたいので、逃げ出したい気持ちをグッと抑え込み、声のした村の中央にある広場へ向った。はぁ気が重い……。
「ほう、綺麗な嬢ちゃんだな。人間にしとくには惜しい」
綺麗な姉ちゃん? 誰だ?
俺はキョロキョロと周りを見渡す。
ふむ、綺麗と言うか可愛い娘ならいるな。俺の斜め後ろで心配そうな表情を浮かべているこの娘の事か?
「お前だお前! くくくっ面白い奴だ。よしお前、俺様のペットにしてやってもいいぞ」
「でた、兄貴の悪い癖が!」
「そうですぜ、人間のペットなんて直ぐに死んじまうんだし、特に兄貴は扱いが雑だしよ」
俺を見てそう会話する体格の良い男が三名。
その更に後ろに十名もの男達がニヤニヤ笑いながら控えている。
……会話から察するに俺を人間だと思っている?
確かにエンシェントゾンビの容姿は、殆ど普通の人間と変わらないしな。
「そ、そいつが序列十位のここの管理者です!」
「んあ?」
村人の一人が俺を指差し、ばらしやがった……まぁいいけど。
確かあいつは村から自由に出れない事や、配給される物資の質を上げろと喚いていた奴だった筈だ。俺の序列十位の立場を使ってもっと待遇をよくしろと喚き散らしていたな。完全に俺を舐めてた男だ。
でもまぁ、あいつがバラさなくても村人は皆知ってるし、直ぐに分かる事だけどな。
「ほう、その美人がアリスのお気に入りか……ふん、教えてくれてあんがとよっと!」
「ぐがっ!」
俺を指差した奴が、下品な笑みを浮かべている体格の良い三人の内の一人に裏拳で吹っ飛ばされる。
……阿呆だな~、この悪そうな男達に媚でも売ろうとしてたのかね?
あっ、ピクピク痙攣していたと思ったら動かなくなった。
駆け寄った村人が「し、死んでいる」と呟いた。レベルの低い村人と言っても一撃か……俺を馬鹿にしてた奴だが殺すことはないだろうに。
そう言えば何か変な事をほざいていたな……誰がアリスのお気に入りだって? っと言うかアリスって呼び捨てかよ?
「よぉ。俺様は序列三位のロダンだ。名前ぐらいは知っているだろ? 序列十位」
うん、知らん。初めて聞いた。
「俺は序列六位のハルクだ。まさかこんな華奢な女が序列入りとか、何の冗談だ?」
アリスの横に居た側近の男女は序列一位と二位だと聞いたぞ。あいつ等もそんなに筋肉質には見えないけど?
「こんな奴にグスタブがやられたとか油断しすぎだ。おおかた人間のゴールドランクに弱らせられた後に止めを刺されたんだろう。当たりか? 当たりだろう! おっとそうだ、当然知ってると思うが俺は序列七位のゴンザレスだ。俺達はお前より上位だ、頭が高いんだよ!」
えっと、俺が一言も喋ってないのにペラペラと……何しに来たんだこいつ等は? それにお前なんて知らん。
「えっと、俺に何か様か? それと村人には手を出すな。一応はアリス……様の所有物ってことになっているしな」
「くっはははっ、生意気な言葉使いをしやがる。俺様が直々に教育してやりたいところだが今回は勘弁してやろう。おい!」
「はっ」
一番位の高い序列三位のロダンが後ろにいた男十人に声をかけると、そいつ等がゾロゾロと俺の前に出てくる。
「序列十位をかけて戦ってもらう、入れ替え戦だ」
ロダンが俺に向ってニヤリと笑う。
あ~、やっぱりそれか。
アリスから序列十位を与えられたときに、側近の二人が意味ありげに笑ってたのを思い出した。
そう、序列十位は入れ替え戦を申し込まれる非常に面倒臭い序列だったのだ。
一応ルールはあって一日三名までだった筈だが……こいつ等ルールを守る気ないのか? それとも知らない……わけないか。
ちなみに同じ者は一年経たないと再度挑戦する事はできない事になっている。そして俺の序列十位は一年経たないと序列九位に挑む事はできないルールだ。
例外的に上位の者が辞めたり亡くなれば繰り上がる事ができる。今の序列九位は俺が当時序列八位のグスタブを倒したので一年経たずに十位から九位に上がれたと喜んでいたとか。
他にも細々としたとルールが色々あるが、説明が面倒臭いので割愛させてもらう。
まぁそんな訳で、俺が就任した頃は毎日序列入れ替えの挑戦者が来て凄く大変だった。最近やっと減ってきたんだけどなぁ。
でもまぁ悪い事ばかりではなかったけどな、いい経験値稼ぎになったからだ。
ちなみに経験値は止めを刺さなくても貰えるが、止めを刺すよりは少ない。模擬戦や練習でも経験値は入るが実践に近い程、高い経験値が貰えるようだ。




