24・赤の冥将
鎖のついた首輪と腕輪を付けられ、俺は長い廊下を兵士に連れられ歩いている。
ジャラジャラと金属音を響かせながら周りを見渡す。
廊下の窓から外の様子を覗くと、左右に飛び出た城の一部が見える。うん、無駄に広い城だよな。
大きな扉の前に着くと兵士に「命が惜しくば失礼な態度は取らぬことだ」と忠告されて中に通された。
扉の大きさに比例した広い部屋だ。
足元には赤い絨毯が敷かれ、それが部屋奥に続いている。
絨毯の先は上がりの段差になっており、踏段の上の高台に玉座の様な着座があった。
その着座に足を組み、肘掛けに腕を乗せた少女が、口の端を上げながら俺を見下ろしていた。
赤の冥将アリスとか言っていた赤い衣を纏った少女だ。
アリスの横には美形の男女が綺麗な姿勢で直立している。彼等の俺を見る視線は、面白いものを見ているようなアリスとは違い、下賤なものを見るような蔑んだ目だ。
「さて、私の名はもう知っていると思うが名乗っておこう。私はアリス。冥王軍、赤の冥将アリスだ。して貴様は何者なのだ? 包み隠さず話せ」
アリスの言葉に彼女の左右に居た男女が目を見開く。
「アリス様。このような者にアリス様から名乗られる必要はありません!」
「そうです。それにアリス様の鑑定によると此奴、ゾンビだと言うではありませんか!」
アリス様の鑑定?
あ~、そうか、だから俺を魔の森で見た時に、ニヤニヤ笑ってやがったのか。
進化して普通の人っぽくなったこの姿を一目見て、ゾンビだと分かる奴は中々いないだろうし、何より此奴は俺が進化したことに気付いていたようだしな。
魔法かスキルかは知らないが、鑑定で俺のステータス等の情報を知っていた訳だ。
「黙れ。私が良いと言ったら良いのだ。まさか私に指図するつもりではないだろうな?」
「い、いえ……滅相もない」
「私はただ、アリス様の事を思って……申し訳ございません」
多分側近なんだろうな、その二人がアリスに向かって深々と頭を下げる。
まぁアリスから殺気が駄々洩れだったしビビるのも分かる。正直怖いし俺ももう帰りたい。帰る場所が今はないけど。
「まぁよい。して貴様だが……名はセシリィでいいのか? それともセシリアか?」
鑑定を持っているって事は名前も分かるんだね。
……いや待て、俺のステータスでも名前はセシリィだぞ。初めてステータスを開いた時には名前なしだったんだけど、どうやってセシリアの名前を知ったんだ?
そもそも勇者で王女のセシリアの事を言っているのだろうか?
アリスの言葉に側近の二人が口を開く。
「セシリアですと!? まさか勇者セシリアですか」
「アルグレイド王国第一王女セシリアですか? まさか魔物になっていたとは……」
「私が此奴と話をしているのだ、少し黙っておれんのか?」
「「も、申し訳ございません」」
また怒られてるよ、あの二人。
しかしどう答えたものだろうか?
今の俺はセシリアであってセシリアではない。どちらかと言うとセシリアではない方のウエイトが大きいんだけど。
「あの、信じてもらえないかもしれませんが……」
「よい、語れ」
「正直に言うと身体はセシリアだと思いますが、セシリア本人ではありません。完全に別人格です。気付けばこの身体でした」
生殺与奪の権利を持っている相手にタメ口を使う程、俺の肝は座ってはいない。敬語になってしまうのも仕方のない事だろう?
俺の台詞に側近の二人が口を挟みそうになるが、アリスがひと睨みすると慌てて口を塞いでいた。
「……ふむ」
暫し顎に手を当て考え込むアリス。
「嘘は申してないようだの。私に嘘は通じんからな」
は?
……まさか嘘を見破れる能力みたいなものを持っているのか?
ヤバッ此奴チートじゃん……流石は冥王軍の幹部だけはあるか。
「あの、質問いいですか?」
「なんじゃ申せ」
アリスの承諾を得たのに側近の二名は不満そうだ。まぁ構わずに質問するけどね。
「自分のステータスを知る機会があったのですが、その時にはセシリアの名はありませんでした。アリス……様はどうやってセシリアの名を知ったのでしょうか? お……私がセシリアの名を知ったのも進化して暫くしてからですし」
「そうだな、隠している訳でもないので教えてやろう。私の鑑定スキルは上位鑑定スキルなんだよ。普通の鑑定では分からない事まで分かるのだ。便利だろう?」
「凄ぇ、マジっすか?!」
「はははっ、大マジだ」
つい地が出てしまったが、アリスはノリの良い性格らしく、驚いた俺に上機嫌で答えてくれた。
側近の顔色が一気に怪しくなる。真面目に話すことにしよう。
「しかし、人が死して魔物に、そしてその魔物は前とは別の人格となるか……無い事もないか」
アリスが握った手を頬杖のように顎に当てながらそう呟く。
確かに二重人格みたいなものだと考えれば、無い事もないだろう。
ただアリスの言う別の人格になるの意味が違う。俺の場合は本人の人格が変わるんじゃなくて、中身そのものが別人に代わっているって事だし。
「只のゾンビだったらこんな事にはならん。生前がどんなに強かろうと通常ゾンビとなれば自我を失い最弱の魔物に落ちるものだ。それがまさか自我を持ち進化するとは……ゾンビの進化は前例が無い訳ではないが大変珍しい」
ほぅそうなのか。強者がゾンビになってもその強さは受け継がれないのか。やはりゾンビはゾンビなんだな。
俺の場合は進化回数が多いので、その分強くなっているんだろう。
俺よりレベルが高いグスタブと戦って勝っているからな。
「ふむ、もう一つ質問じゃ。何故に人間に肩入れしておったのだ?」
あ~、当然の疑問だよな。
今の身体はゾンビだけど、前の世界では俺は人間だったのだ。なので人と一緒にいる方が心地良かった。
それに魔物として生きていくのに、魔物側に友好的な魔物もいなかったしな。ゾンビなのに生きていくという表現はおかしいけど。
「この世界の常識が分からなかったので人に紛れて情報を集めていたのです。幸い普通の人に見えるくらいに進化できたので」
嘘は言っていない。
「ゾンビの進化は普通の人に近付いていくものなのか? 意味が分からん」
呆れた目で見られても何故こうなったのか俺にも分からないので、仕方がないんだけどな。
「自分の事ながら、お……私にも分かりません」
俺は正直に答える。アリスが見破りのスキルみたいのを持っているなら嘘は言えない。
「ふむ、まぁよい」
アリスは真剣な顔を俺に向けると俺に意外な提案を口にした。その言葉は……。
「してお主、私に仕えんか?」
アリスの言葉に側近二人がギョッとした顔をする。
「な、何を仰いますかアリス様!」
「このようなどこの馬の骨とも知れん者を、しかも人間と行動を共にしていた奴ですぞ!」
側近の二人がアリスに諫言を申し立てる。
当然の行動だよな。
アリスが順番に左右の側近を睨みつけると、二名は顔を青くして口を閉ざす。それを見てアリスが溜息をついていた。
暫し疲れたように俯いていたが、ゆっくりと顔を上げ視線を俺に向けた。返事は? と言う事だろう。
「配下に加わる事は吝かではありませんが……御命令に従えぬ場合があるやもしれません」
悩んだ末にはっきりと自分の意見を言う事にした。冥将にこんな事を言ったらこの場で消されるかもしれないけど……何となくアリスなら大丈夫な気がする。
「ほう」
ニヤリと口の端を上げ、楽しそうに笑うアリス。
何か言いかけた側近がその様子を見て、開けた口を再び閉じる。
「私の命令に従えぬと?」
「いえ、そうは言ってはおりません。ただ私は小心者故……例えば無抵抗の者を殺さねばならなくなった場合は良心が痛みます。無論、こちらを害する者なら無抵抗でも容赦はしませんが」
「……ぷっ」
俺の台詞を聞いて噴き出すアリス。
え? 何か面白い事を言ったか、俺?
「あはははっ。小心者か、お主みたいな太々しい小心者がおるか! 良心が痛む? あははは、ゾンビが良心とは、ぷぷっ、成程な、なら仕方がないな。あはははははっ」
何処がツボだったのか分からないがアリスは手を叩き大笑いをしている。
その様子を呆然と眺めている側近達。
俺も少し唖然としてしまった。
「ゴホン……ふむ、いいだろう。それでも構わん、私に仕えよ」
「なっ!」
「アリス様!」
側近の二人が驚きの声を上げるが、それ以上言葉は続かなかった。アリスが彼等の目の前に手を翳して、口を閉じよと態度で表したからだ。
「お主にやってもらいたい仕事がある。なに簡単な仕事じゃ……そうじゃ、序列十位も与えよう、グスタブが居なくなり九位、十位が繰り上がったことだしな」
……マジですか?
いや本当にいいんですか、それって幹部じゃないんですか?
冥王軍の実際の規模は知らないけどかなり大きな組織だよな?
「此奴に序列を与えるのは納得いきませんが……」
「でも十位でしたら……まぁ精々頑張る事です」
側近の二人の言葉が気になるけど……まぁこの場で消されなかっただけでも良しとしよう、ふぅ。
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冥王国には冥王の下に三名の冥将がいる……らしい。
アリスが赤の冥将、他にも黒と灰がいるそうだ。
そう言えばセシリアが出てきた夢で、骸骨が黒の冥将とか名乗っていた気がする。
その各冥将の下に十位までの幹部がいる。
人類と敵対している冥・竜・獣・魔の四大勢力の中の一勢力である冥王国の軍、その中の各冥将配下の一番下とはいえ十位の幹部の地位を与えられたのだ。
……考えるまでもなく、軍の中では上から数えた方が早い。
いいのか?
まぁ冥将が良いと言ったんだし、いいんだろうけど。
して俺の仕事というのは……冥将アリスが治める城の外に石壁に囲まれた小さな村がある、そこを管理する事だ。
赤の冥将配下、序列十位の幹部にしてはしみったれた仕事だと思うだろ? でもまぁ難しい仕事を振られるよりは良いと思ったので快諾したのだが……。
よくよく考えたら城の直ぐ目の前に村があるのっておかしいよな?
こんなに近いのなら何で城の中に入らないんだ?
そもそも冥王の軍はアンデッドが多い。人族が敵対する四大勢力の中では最も兵数が多いそうだが、その実は兵の大半が自我を持たない低級アンデッドだったりする。
もっと言うなら、冥王の領地には自我を持っていて活動している者は少なく、殆どが低級のアンデッドばかりだ。つまり村のような集落は冥王の領地には殆ど無いらしい……。
そんな村にはどんな者が住んで居るのか? 普通に考えるとグスタブのような魔族かと思ったのだが……。
行って驚いた、このアンデッドの蔓延る地に人族が生活していたのだから。
冥将アリスの種族はヴァンパイアで、しかもその上位種であるヴァンパイアロードだ。
彼女の配下にも眷属のヴァンパイアがいるが、その数はそう多くはない。
ちなみに冥王軍と言えど幹部はアンデッドでない者もそれなりに居る。闇属性を持つ魔族や獣人だっているのだ。自我の無いアンデッどを使役するのにはネクロマンサーの能力を持つか、それ専用の魔道具があればいい。
あの俺が倒した赤の序列将八位のグスタブも魔族だったし、奴もネクロマンサーの魔道具を所持していたらしい。
話が逸れたが、この俺が管理することになった村はヴァンパイアの為の集落らしいのだ。
……ヴァンパイアの為の村?
いや、まさかな……まさかな、じゃない! それしか考えられないだろう?
案の定、こういう表現はどうかと思うが、食料……血を摂取する為の村だった訳だ。
え~、そこの管理を俺がするの?
アンデッド蔓延る冥王国の集落だぞ、絶望で死んだ目をした人しか居ないんじゃないのか?
嫌々村に足を踏み入れると、俺の予想とは違う村の様子がそこにあったのだった。




