23・王女
俺の目の前には狭い間隔で並べられた鉄の棒が並んでいる。後ろを向くと殺風景な石造りの狭い部屋。
うむ、紛うことなき牢屋である。
俺はクレア達と別れた後、赤の冥将アリスに連行され、ここに放り込まれた。どうやらアリスの住む城の地下牢の様だ。
この牢なんだが、魔法がかかっているようで恐ろしく堅固だ。
エンシェントゾンビに進化してかなり力が上がったのだがビクともしない。
鍵を掛けた牢番が言うには魔法も無効化されるそうだ。俺は魔法なんて使えないから関係ないけど。
まぁ、あの時に殺されなかっただけでも良かったと思う事にしよう。これからどうなるか分からないけど。
……ゾンビなのに殺されるって表現はおかしいけどな。
さて、正直する事がない。
アリスとかいうあの冥王軍の将は俺をどうしようというのか? 正直見当もつかない。
……仕方がない、寝るか。
ゾンビでも寝れるようになった俺に死角はない……うん、何を言ってるのか俺にも意味が分からん。まだ混乱と動揺が治まっていないのだろうか?
ともかく、もし何かあってもちゃんと目が覚めるので問題はないと思う。そもそもこんな牢屋の中だ、心配はいらないだろう。
それに果報は寝て待てと言うしな。
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気付けば私は赤子になっていた。
何を言ってるんだこいつ? と言われるかもしれないが、実際赤子なのだから仕方がない。
夢? 幻? いえいえ、何度眠りから覚めても赤子のまま、何日、何カ月経っても何も変わらない日々。
一体この状況は何?
それは前世で兄がよく見てたアニメや、姉がよく読んでいた小説によく題材にされる物語の状況とよく似ている……似てるんじゃなくてそのものだ。つまりは異世界転生したってことである。
嘘でも冗談でもなく、マジもので異世界転生だったりするのだ……。
私はガチオタクの兄姉の影響で、オタク系のサブカルチャーには理解があるし、たまに見たり読んだりしていたので正直嫌いではない。
ただ、実際に自分が異世界に行くとなると話は別だ。
娯楽で楽しむのはいい、でも実際にそんな世界に行けば剣と魔法の殺し合いの世界だ。誰だって御免だと思う。
しかし私が転生したのはいいとして何故お姫様なの?
子供の頃はお姫様に憧れていたけど、実際のお姫様は大変だと思うのよ。確かに貧しい家に生まれ、生きるのも大変な所に生まれなくて良かったとは思うけど。
お姫様……つまり王女なのだから当然お父さんは王様だった。
ただ母は貴族出身ではなく、平民出だった為に詳しくは知らないが色々あって王妃になれなかったらしい。
でも優秀な魔術師で王宮魔術師として国に仕えていたから、顔を合わせる事は多かった。
母と娘として接することはできなかったけど仲は良くて、凄く大切にされたと思う。
母の専攻はネクロマンサーで、王宮魔術師の中では異彩を放っていて、エリート意識の高い他の王宮魔術師には煙たがれたみたい。
冥王の国と戦っているのに何故ネクロマンサーが王宮魔術師に、などと言う者もいたが、私は逆にだからこそだと思うのだけど。
私が十五歳になると鑑定の義が行なわれ……勇者であることが分かった。勇者ですよ勇者。ゲームかよって感じよね。
お姫様で勇者って……ちょっと盛りすぎだと思うの。
ともかく王国中が勇者が誕生したと大騒ぎになっていた。
うわぁ、なんか恥ずかしい……。
私はずっと王族の娘らしく王侯貴族の教育を受けていたが、鑑定の義を境に生活は一転し、剣や魔法の教育に変わってしまった。
鑑定の義をもっと早くに受けれていれば、無駄に王侯貴族の教育等をせずに剣や魔法の訓練ができたのにと思う。
正直、王侯貴族の教育は性に合ってないのよね、私には堅苦しくって。
昔は鑑定の義をもっと幼い時から受けれたらしい。
ただ十五歳に満たない子供が鑑定を受けても、才能や適性がまだ現れてない事もあるそうだ。
その昔、どこぞの貴族等が適性の分かる前の子供の適性を偽って報告したことが割とあったそうだ。
結果いつまで経ってもへっぴり腰の聖騎士やら、魔法を使えない賢者などが誕生したらしい。いつかはバレるのに何故そんな嘘をつくのか、私には理解できないけど。
そんな訳で、この国の成人とされる十五歳以上になってから、教会で偉い人立ち合いの下、鑑定の義を行なう事が普通になったそうだ。
このアルグレイド王国に勇者が現れたのは数十年ぶりだったそうで、勇者が生まれると、何故か賢者や聖女等の特別な高位職の適性を持った者が生まれやすくなるのだそうだ。
特に聖女の誕生が望まれていた。
五十年以上前に冥王に挑んだ勇者パーティの聖女が、王国に張ったとされる結界も限界にきてたので、大規模な結界を張れる聖女が切望された。
勇者である私が生まれた事で聖女も生まれている可能性が高まり、更に王国が沸いたのは言うまでもない。
結界は本当に限界らしい。
昔は王国全土を覆っていた結界も、今では力が弱まり王都の周辺までしか効果がないそうだ。しかもその結界も綻びがみられ、結界を張り直すことが急務とされているらしい。
とは言え結界を張れる聖女が誕生しない事にはどうしようもないし、その聖女自身のレベルをかなり上げないと王国を覆う様な結界を張る事はできないのだが。
そんな危機的状況でも、今一王国内の危機感は薄い。
ここ数十年冥王国がアルグレイド王国に何もしてこないどころか、逆にこちらが冥王国に侵攻しているくらいなので、勝ち戦ムードで結界を気にしていない貴族も多いらしい。
平和ボケってやつね。長らく危険がないと、この先も危険はないと根拠もないのに勘違いしてしまうやつ。
この国の王女として凄く心配だけどお父様は有能な王様だし、その血を引く弟もいるので大丈夫だと思いたい。
ああ、うん、そう。私には弟がいるのだ。
前世の記憶を持つ私と違って最初から王族として育ったせいか、身分の低い者に対しては少々尊大な態度を取る事もあるが、王族と言う身分を考えれば問題ない程度だし気にする程ではないかなと思う。
少なくとも私の前では素直でいい子だし、慕ってくれていた。前世は末っ子だったので何気に嬉しかったりしたものだ。
そんな弟ギルバートが少し変わってきたのが、私が鑑定の義で勇者だと分かってからだ。
「お姉様は女王になるつもりですか?」と、少し不安と不満が入り混じった様子でそう訊ねられたのだ。
どうやら私が勇者として名声を得れば、国民から支持を得て王位に就くかもと考えたようなのだ。そんな訳ないのにね。
そもそも弟でも第一王子であるギルバードは王太子で、女である私が王位に就くことはない。
ギルバートは王都軍と辺境伯軍を率い冥王国に侵攻してアルグレイド王国の領土を広げた国王の父を尊敬していた。
ギルバートは何が何でも次期国王として父の後を継ぎたかったらしい。
私は王位には興味はないので、ギルバートが心配する事は何もないのだけれど。
そんなギルバートが十五歳の成人になった時に、王である父がいずれギルバートの王姉になる私の身の上を教えたそうだ。
その時からだ、ギルバートの態度がはっきりと変わったのは。
どうやら平民の血を引く私の血筋を良く思わなかったらしい。姉弟なんだから、その内わだかまりもなくなると、この時の私は考えていたのだ。
王城の宝物庫にそれはあった。
聖剣ルーンライズ。
五十数年前に前勇者が使っていたとされる聖剣だ。
私が剣を手に取ると薄っすらと白く発光した。
聖剣は勇者や聖騎士等が使いこなす事ができるとされ、主と認められるとこのように発光するらしい。
どうやら私は聖剣の主として認められた様だ。
『所有者として登録しますか?』
いきなり私の頭にそんな言葉が響いた。
え、何? 登録って?
まさかこの聖剣が喋っているの?
色々聞こうと問いかけたけど、返事はなかった。
取りあえず登録しますと声を出して返事をすると、やっと返事が返って来た……『登録を開始します』と。
すると目の前にパソコンのモニターの様な物体が現れ、そこに文字やら数字が表示されていた。
あ、これとよく似たのを見た事がある。ゲームとかでアバターのステータスを表示するやつだ。
そのモニターの中には登録に必要な情報入力画面が映し出されていた。
え~、何これ、なんだか入会の申し込みみたい……これ、危なくないよね?
入力してもいいものか自問自答しても答えなど出るわけがない。暫く考えた後、聖剣は必要と考えて登録完了の文字が出るまで進めた。
『登録完了いたしました』
モニターっぽい画面にそんな文字が……本当にいいのこれで?
一抹の不安を感じながら、聖剣の主となった私だった。
聖剣に何度話しかけても何も答えないし、たまに声がしても事務的な内容ばかりだ。
意思のある魔道具インテリジェンスウエポンの類かと思ったけど、違うみたいね。ちょっと残念。
でもこの聖剣は凄く優秀だった。
このステータスの画面が見放題なのである。
ステータスの表示は王城や冒険者ギルドとかにある鑑定石が無いと見れないものだ。
鑑定石を使わなくても、鑑定スキルや鑑定魔法を持ってる者なら見れるが、それを持ってる者は稀で殆どいないらしい。
加えてレベルが上がると教えてくれるし、なんと転職が可能になったらそれも教えてくれるのだ。
一般的にはステータスなんて見れないので、何となく転職できそうな気がすると感じたら、冒険者ギルド等で調べてもらうのが一般的なのだが、このルーンライズがあれば直ぐにでも分かる。
ちなみに私は勇者……ブレイブからマスターブレイブに転職、そしてつい最近アークブレイブに転職した。
同じ勇者でランクアップしただけなのに転職という表現はおかしいと思うが、そういうものらしい。へんなの。
転職は普通できても一回程度らしいが、勇者と言う稀な職業な為なのか、それとも転生者だからなのか、三回もの転職が可能だった。もしかするともう一回ぐらい転職できそうだ。
転職すれば確実に強くなるので、できるならしたいものだ。
ちなみに一般的な転職は、戦士が聖騎士にとか、魔法使いが大魔導師にとかになるらしい。勇者のような勇者内でランクアップのような転職ではないようだ。
私はパーティを組み今では中堅冒険者一歩手前くらいには成長した。
レベルはまだ20をちょっと越えた程度だしね。まだまだこれからだ。
仲間はまだ戦士、神官、魔法使いという、基本職の者ばかりだが、心配はしていない。
私は王女という立場上、有能そうな者達とは仲良くしていた。
私が勇者としてパーティを組む際に、その有能な者達の中から私に付いて来てもいいという者を選び、パーティメンバーとして引き抜いた。
その甲斐あって信頼のできる優秀なパーティを組めたと思う。
彼等もいずれは上級職に転職できる筈だ。私の目に狂いはない……と思う。
ある日大事な話があるとギルバードに呼び出された。
ここ最近少しギルバードに心情の変化があったのか、ギスギスしていた関係も改善し、子供の頃のようなにこやかな顔で話かけられ、思わず私も笑顔になる。
辺境伯領に視察に出るのだが、私に勇者としてではなく王女として一緒に来てもらいたいとお願いされたのだ。
最近パーティの仲間がほぼ同時期に三人共上位職に転職して、私とレベルを会わせるためにレベル上げに勤しんでいたので、少し彼等とは別行動して、暫し王族として行動する事にした。
王は別の貴族、公爵家に招かれて留守だった為、宰相に許可を取って私達は王都を出た。勿論王国騎士の護衛付きでだ。騎士団長のお墨付きの精鋭の騎士隊なので安心だ。
そう言えば数十年前に王都軍と協力して冥王領に侵攻し、領土を広げた辺境伯の子息の一人と私は許嫁になっていた事を思い出した。
私が勇者となってからはその話もいつの間にか放置されていたが、もしかしてギルバートはその子息との仲を取り持つつもりなのかもしれない。
勇者としてではなく王女としてと言ってたしね。
私が辺境伯家に嫁ぐ事が決まれば、何の心配もなく次期王になれると考えたのかもしれないが……そう思うとちょっと寂しい。
途中の魔の森でギルバートが死者の迷宮に行きたいと言いだした。
たまに冒険者が行く魔の森にある迷宮だ。
冥王の軍が撤退してからは魔の森にアンデッドがいなくなったが、ダンジョンの中にだけはアンデッドが存在する。と言うか、ダンジョンの中にしかアンデッドがいないらしい。
最下層まで攻略した話は聞かない。それもそのはず、第一人気があまりない。
アンデッドの巣窟なので、ジメジメしてるし何より臭い。
私もパーティで来たことがあるが一回入って以来、来た事がない。
マニア向けの魔道具が取れる為に全く人が来なくなる事はなさそうだが、現在ほぼ冒険者のいないダンジョンとなっている。
自分達の敵であるアンデッドとはどんなものか、一階層でいいから入ってこの目で見たいと言うギルバートに懇願され、迷宮に入る事になった。
私は公務として来たので、聖剣を所持していなかった。それどころか武装さえしていない。でも王国騎士の護衛もいるし一階層だけなら大丈夫だろう。勇者なのでいざとなれば魔法も使えるからね。
迷宮一階層の大部屋で私は固まっていた。
それはそうだろう、私の目の前には豪奢な黒いローブ姿の骸骨が同じく豪奢な杖を持って居たのだから。
一階層で見る魔物で無い事は直ぐに分かった。
その骸骨が口を開き、声帯も無いのに声を発した。
「ようこそ王女セシリア。いや勇者セシリアと言った方がいいかの? 儂は冥王軍、黒の冥将アルデバランじゃ。そして……」
今まで何もなかった空間からアルデバランと名乗った骸骨より大きく、そして更に豪華なローブと杖を持った骸骨が現れる。
「初めましてだな勇者セシリア。我は冥王プロキオンだ。そしてよくやったギルバート王子」
大きな身体に似合わぬ、少し早口な口調の骸骨が冥王と名乗った。
……え? 冥王?
そんな事より、よくやったギルバート王子って?
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俺は思わず飛び起きた。
確かに俺は寝ていた、ゾンビなのに。いやそれはどうでもいい。
夢を見ていたのか? 今まで夢なんか見たことなかったぞ? アンデッドのなんちゃって睡眠だったからな。
しかし夢というにはリアルで、ブツ切りの映画のカットを見てる感じだったぞ……。
いやいや、そんな事よりあれ、セシリア王女だったよな? セシリアって俺と同じ転生者だったのか?!
マジかよ……まさかの同郷の者だったのかぁ~。俺の他にも転生者がいたんだな。亡くなった彼女の身体に俺が入ったから、会う事はなかったけど……残念だ。
勇者セシリアの聖剣を握った事がきっかけとなって、この身体の記憶が呼び覚まされたのだろうか?
呼び覚まされたと言うより、動画を見てたって感じだけど。
あ、そうそう、聖剣と言えば実はこの城にある。
聖剣を返せと言うレオンハルトを無視して、アリスの命令でここに持って来たのだ。
俺が持っていた聖剣を渡す時に、あの威力の剣ならアリスとか言う冥将ともいい勝負できそう……とも考えたが、諦めた。
あれは相当強い、確実に俺は消されると思ったからだ。




