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22・決別

 グスタブの迫りくる剣を避け、逆に攻撃を仕掛けてみるが、それを避けられ俺の剣が空を切る。

 グスタブは僅かに踏み込みを深くし再度襲い掛かってくる。

 奴の攻撃を避けきれずやむなく剣で受け流す。僅かに隙ができたグスタブに逆に剣を切り付けるがグスタブの剣に弾かれた。

 一見互角に見えるが、俺よりレベルが高く戦い慣れたグスタブの方にはまだ余裕がある様に思える。

 その証拠に……。


「ふはは、いいねぇ。ゴールドのレオンハルトの他にもいるじゃねぇか手応えのある奴がよ!」

「知るか! ちょっとは手加減しろってんだ」


 俺の文句に口の端を僅かに上げ、一段ギアを上げてくるグスタブ。

 攻撃の手数が増えやがった! くそ、捌くので精一杯だ。こいつレオンハルトと戦っている時は手を抜いていやがったな。

 応援が欲しい所だが、一番戦力のある筈のレオンハルトの復活は望めない。

 リッカもクレアも魔力が尽きたようだ。レオンハルトは生きてはいるようだが地に伏せたままになっている。

 彼女等二人の最後の魔力を振り絞った回復魔法でもレオンハルトを復活させる事はできなかったみたいだな。魔力が足りなかったのでどうしょうもなかったのだろう。

 時間が経てば彼女等の魔力は多少回復するだろうが、それを待つ余裕はない。

 俺が倒れてもまだダンとキースがいるが……今のままでは恐らく二人がかりでもグスタブには敵わないと思われる。

 それでも俺が少しでもグスタブを弱らせる事ができれば、残った二人が何とかしてくれる筈だ。

 俺の身体はゾンビだし、多少傷を負っても死にはしない。

 死にはしないって表現はおかしいか、まぁ多少切られても刺されても倒れる事はない。

 そうなると俺が人間じゃないことがダン達にバレるかもしれないが、仕方がないか。

 無理にでもグスタブにダメージを与える為、俺は更に半歩踏み込みを深くするが、それでも奴に小さな切り傷を与えるくらいで、大したダメージを与える事は難しい。


「ちっ、鬱陶しい!」


 グスタブが苛ついた顔で放った一撃は重く、受け止めたものの俺は数歩飛ばされるように後ろに下がってしまった。

 間合いが開く。

 グスタブは動きを止めている。再び間合いに入ろうとしたが嫌な予感がして思い止まった。

 力を溜めている?


「食らえ、ファストスラッシュ!」


 な、何だと?

 まさかの必殺技?

 え、うん、実は知ってた。

 剣術スキルの様な武術スキルを持っていると、その武術スキルに対応した武器を使った特殊技を使えるようになる。剣術スキルなら剣の武器技とかだ。

 冒険者をしていると、高位冒険者が武器技を使用している現場を何度か見かける機会もあった。ちなみに剣の武器技はダンも使える。

 見た感じグスタブはアンデッドの魔物ではなく魔族のようだ。

 そう、魔族という種族が存在する。魔王の配下に多い種族らしい。冥王の配下にもそれなりにいる種族だそうだ。冒険者をやっていればそのくらいの情報は得られる。

 そしてグスタブ、奴は序列将という幹部でもある。

 剣術スキルを持っていて武器技を使えてもおかしくはない。むしろ幹部なら使えて当然か。

 超高速の斬撃が、俺の間合いの外から目にも止まらぬ速度で襲い掛かってくる。

 剣で受けれたのは殆ど奇跡だ。苦し紛れに防ごうとした剣にグスタブの一撃が当たったに過ぎない。

 げっ!

 グスタブの武器技に耐えきれずに俺の持つ剣が折れた。

 死者の迷宮で手に入れ結構長く愛用してきた剣だが、流石に限界にきていたみたいだ。グスタブの必殺の一撃に耐える事ができずに、剣身の根本付近から真っ二つに折れてしまった。


「もらった!」


 隙の生まれた俺に、グスタブの剣が俺の身体を貫く。

 鋭い突きだが通常の攻撃だ。武器技は続けて何度も使用することはできない。


「「「「「セシリィ(殿)!」」」」」


 俺を呼ぶ声が見事に息がぴったりと揃っているじゃないか。ダン達四人は元々仲が良かったが、クレアもすっかり仲良くなったものだな。

 おっと、そんな事を考えている場合じゃない!

 俺がグスタブを蹴り飛ばすと奴は後ろに吹っ飛び、俺に突き刺さっていた剣が抜ける。

 グスタブの奴、勝ったと思って一瞬油断しやがったな。こいつ俺がゾンビだと気付いていないようだ。

 多分だが俺達の後ろで観戦を決め込んでいる、アリスとかいう冥王軍の将は気付いているようだが。


 グスタブが体制を立て直す前に俺は武器を探す。

 迷宮で手に入れた剣は攻撃力こそそれなりだったが、耐久力の高い良い剣だった。かなり長い間世話になったが流石に限界だったようだ……まぁ殆どグスタブの馬鹿力のせいで折れたようなものだが。


「ふん、死にぞこないめ!」


 奴は俺の予想より早く立ち上がると、こちらに突進して来た。くそっ、少しくらい猶予をくれ!

 折れた剣を奴に投げつけるが簡単に弾かれ、怯ませる事もできなかった。

 うがっ!

 辛うじて……いや、結構ザックリ肩を切られたが何とか奴の攻撃を躱す。

 背後で再びダン達の叫び声が聞こえるが、振り向いている余裕はない。

 避ける際にバランスを崩し、転がった先で俺の目に映る白い剣。

 その剣に手を伸ばそうとしてある事に気付き、一瞬躊躇したが構わずその落ちていた剣を取った。

 グスタブの素早い追撃は考える暇さえ与えてくれない。

 刹那、ジュッという音と共に柄を持った手の表面が少し焼け、白い剣の剣身が光る。それと同時に頭に流れる言葉。


『再接続を確認しました』


 音声アナウンスの声が頭に響く。

 どうやら通常とは違う異常事態には音声で知らせてくれるらしい。

 懐かしいと思うが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 手にした白い剣……レオンハルトの持っていた聖剣を横薙ぎに振り抜き、グスタブの垂直方向から振り下ろされた剣を弾いた……筈だった。


「ぬっ! 何ぃ?!」


 グスタブの持つ剣の中程から先端にかけての部分が本体から離れ、宙を舞った。

 今度はグスタブの剣が折れたのだ。

 いや、折れたと言っていいのか……奴の折れた剣の表面は綺麗な断面をしていた。剣で剣を切ったという表現が正しいような気がする。


 しかしチャンスだ。

 武器を破壊された事による驚きと、剣を振り下ろした攻撃直後だった為に僅かな硬直があり、奴にほんの少しの隙ができていたのだ。

 無論それを逃す手はない。

 まるで熱いものを持って火傷しているかのような手に構うことなく、俺は聖剣を握り締め、隙ができたグスタブに切りかかる。

 何故か聖剣は輝きを増している。発光自体、レオンハルトの時には見られなかった光景だ。

 光る剣筋から逃れようとしたグスタブだが、避ける事はできないと判断したのか、折れた剣を前に翳し光る剣を防ごうとした……が。


「うがっ!」


 グスタブの身体は受けた剣ごと見事に上下に分断され、しかも聖剣が切り裂いた上下数十センチは塵の様に消えていた。

 

「ば、馬鹿な、この俺様がこんな所で……おおおお……」 

 

 二つに分かれ身体を支える事ができなくなった奴の身体が地面に転がり、グスタブは恨めしそうに呟く。

 言葉尻が小さくなりやがて奴の声が聞こえなくなった。

 俺の後ろに居たダン達が喜びとも悲鳴とも呼べるような声を上げる。

 勝ったのは嬉しいが、身体を切り裂かれた俺を心配しているようだ。

 良かった、リッカやクレアに魔力が残ってなくて。

 回復魔法をかけられたら、味方に殺されるところだった。死んでるゾンビだけど。


「見事だ。面白いなお前は」


 その声にはしゃぐ声が止む。そうだよなここにはまだボスがいるからな。

 しかし配下がやられたのに全然悔しそうじゃないな、むしろ嬉しそう?


「ふっ安心しろ、約束は守ってやる。私は今機嫌が良い」


 はて? 配下のグスタブが倒されたのに機嫌が良いとはこれ如何に?

 嫌な予感がするが……気のせいじゃないよな、やっぱり。


「お前達は見逃してやる。何処にでも去れば良い……しかしグスタブを倒したお前は駄目だ」


 その台詞に真っ先にクレアが反応する。


「何故ですか、約束が違います! セシリィも見逃してください!」


 両手を広げて俺の前に出るクレアがそう訴えかける。

 見逃してもらえる立場で意見を言うなんて、意外と肝が座っていて驚くよな。


「私は人族を見逃すと言った筈だ。嘘をついてはおらんぞ」

「……え、だってセシリィは……え、え?」


 グスタブに切られた傷からは血が出ていない。それよりも結構派手に切られたり刺されたりしたのに問題なく動けているからな。

 俺を心配して駆け寄ったリッカが俺の身体を見て、顔を青くしている。流石にばれたよな。

 リッカの様子がおかしいのを見たクレアが、心配そうな顔で俺に振り返る。


「あ~、ごめんな。俺はこの通り魔物なんだよ。騙すつもりじゃなかったんだけど」


 刺されたり切られた所から血が出ていない所を見せる。それどころか既に切れた場所が治り始めている。

 その様子と俺の魔物だと言う告白に目を見開くクレア達。

 やっぱり気付いていなかったか……だが。


「……つまり俺達の中にスパイがいたという事だな。道理でこの俺が敗走するはめになったわけだ」


 その台詞は呆然としているダン達が守る様に囲んでいる中心から聞こえた。声の主はさっきまで地に伏せていた男だ。

 余計な所で目を覚ましやがった、話をややこしくするな。


「レオンハルトさん……それは……」


 俺をスパイだと言ったレオンハルトの台詞にダンが何か言おうとするが……。


「黙れ、そいつはお前達のパーティメンバーだったな? よもやとは思うが、お前達も冥王国のスパイなのか?」

「お、俺達は冥王国とは関係ありません! 彼女……セシリィだって……」


 ……へぇ、俺がスパイねぇ。

 だとしたら冒険者達は全滅していたよな。

 しかしこのままじゃダン達の立場が悪くなる一方だ。レオンハルトをヤッちまうか?

 ダン達の手前、それはマズいだろうな~。

 はぁ、仕方がない……。


「あ~、ゴホン! そう責めるな冒険者レオンハルト。そいつらがスパイの俺に気付かなくても当然だ。なにせお前のような優秀なゴールドランクの冒険者が気付かないくらいだしな」

「……くっ、確かにその通りだ」


 ……ちょろいなレオンハルト!

 『優秀なゴールドランク』の部分を強調したらコロッと騙されやがった。


「セシリィ……嘘ですよね……だってそんなのおかしい……」


 クレアが手を伸ばし俺に歩み寄ろうとするが、それをレオンハルトが彼女の腕を掴み止める。


「クレア騙されるな! こいつが今、白状したのを聞いていただろ? 騙されていたんだお前達は。綺麗な顔をしてこの女は冥王の手下だったんだよ」


 クレアとレオンハルトのやり取りを止める事もできないダン達。途方に暮れたような顔で俺を見るな。やる事は決まっているだろう?


「さっさとここから去れ……アリス様の気が変わらんうちにな」

「ほう」


 俺の台詞に嬉しそうに反応したのは赤い衣を纏った冥将だ。知らん奴の名前を勝手に使うのは気が進まんが、仕方がない。


「……行くぞ皆」


 ダンがキース、リッカ、ハンナを連れ森の出口に向い歩き出す。

 彼等の表情は俯いていた為に読み取る事はできなかった。

 既にレオンハルトは嫌がるクレアの口と手を押さえて説得を続けながら彼等の前を歩いている。


 今日まで結構楽しかったよダン、キース、リッカ、ハンナ、そしてクレア。

 俺が言うのもなんだが……元気でな。

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