21・進化(6)
鑑定の眼鏡を使っている暇がないのでグスタブのレベルは分からないが、少なくとも俺よりは高いだろう。恐らくレオンハルトより少し高いレベルくらいだと思われる。
ちなみにレオンハルトのレベルは33だそうだ。
ダン達はこの依頼の前にはレベル30近いレベルになっていた筈だ。
言われるまでもなくレベル30近いダン達はかなりの上級の冒険者って事になる。この厳しい状況下でも生き残っているのがその証拠だろう。
俺も今ではレベル30間近だったな。もうダン達に追いつくとは、やはり成長が早い。
「何処を向いている冒険者!」
おおっと危ない。
戦闘中余計な事を考えていたり、ましてや余所見はいけないな。
それに俺の相手はグスタブだけではない、奴の配下兵達も襲いかかってくるからな。グスタブは自分の兵達も構わず巻き込んで攻撃してくるので質が悪い。いくら自我の無いゾンビやスケルトンだとしても、それはどうかと思うぞ。
……俺も一応ゾンビだが。何故だか自我があるけど。
「げっ、やばっ!」
わらわらと寄って来るゾンビとスケルトンに視界を塞がれ、グスタブに横薙ぎの一撃を食らってしまった。斬撃自体は剣で防いだが、威力は殺しきれず、そのまま森の中まで弾き飛ばされてしまった。
「「セシリィ(殿)!」」
俺が派手に吹っ飛んだのを見たのだろう、俺の直ぐ後ろで戦っていたダンとキースが驚いて声を上げていた。
直ぐに戻ろうと立ち上がったところに、道を塞いでいたグスタブの配下兵が森の中にまでいて、そのゾンビやスケルトン共が襲い掛かって来た。
こいつ等、数は多いがレベルは低いので身動きできないほど囲まれない限りは何とかなる筈だ、いや何とかしないと。
数体なぎ倒した時に突然、ピロリンと電子音の様な音が頭に響いた。
俺は素早くステータス画面を開きそこに映し出されている文字を読む。
『レベル30に達成しました。進化しますか? Y/N』
この混戦の中だが、何とかYをクリックする。
『エルダーゾンビ・レベル30→ヴァンパイア・レベル15orエンシェントゾンビ・レベル1or進化しない』
エンシェントゾンビ?
エンシェントって古代とか老齢って意味だったような? 昔のゾンビって意味が分からん。
エンシェントドラゴン、つまり古竜とかだと凄く強そうだけど。
エルダーの時も思ったが、フィーリングで進化名を付けてないだろうな? 誰かは知らんけど。
まぁ意味はともかくだ、エルダーゾンビの上位種なのは間違いないと思う。
今までの経験上、進化を実行しても意識が無くなることはないし、進化の為にかかる時間も長くはない。
ただ僅かな間でも進化中は無防備になるし、身体が変化するので身動きするのが難しくなる……というよりほぼ動けない。
レベルも1に戻るが、幸いにして俺の周りには低レベルのアンデッドしかいないので、こいつ等を倒せばレベルは多少なりとも上がるだろう。
レベルが1となっても問題はない。
今まで通りの進化なら、進化後のステータスはレベル1だとしてもかなり高くなる筈だ。少なくとも低レベルのゾンビやスケルトンには引けを取らないと思う。
とは言え、倒す魔物のレベルが低いと経験値をあまり多くはもらえないので、ある程度までしかレベルは上がらない。
今回、低レベルの魔物を倒してレベル30まで上がったのは、本当にあと少しでレベルアップ寸前だったんだろう。
……せめて進化前のレベルの半分は欲しいな。そうすればレベル1に戻って下がったステータスも、進化前と大体同じくらいまで戻る筈だ。
どの道、今のままだとグスタブに勝てるかどうかも怪しい。
序列将だとかいうグスタブは俺よりレべルが高いのもあるが、意外と強かった。
ゾンビってアンデッドの中では最弱種だと思うので、多く進化しても劇的に強くはならないのだろうか? エルダーゾンビになって結構強くなったつもりだったんだけどな。
うん、慢心や思い込みはいけないよな。
ならば更なる上位種であろう、エンシェントの可能性にかけてみるのもいいかもしれない。
それにもう、クレアやダン達を見捨てる事もできないほどに関わっちゃっているからな。正直ここから逃げる事もできるが、その選択肢は俺にはない。
仕方がない、覚悟を決めよう。
襲い掛かるアンデッドの攻撃を躱し、撃退しながら適当な高い木の上ににジャンプで移動する。
案の定、アンデッド達は木に登れないようだ。
進化中の僅かな時間を確保するにはここで十分だろう。アンデッドにボコられながら進化するわけにはいかない。心情的にも。
俺はステータス画面のログ欄に表示された選択画面のYをクリック、続けてエンシェントゾンビを選択した。
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俺が魔物をなぎ倒しながら森を搔き分けダン達の下に戻ると、丁度復活したレオンハルトがまたグスタブに斬り倒されている所だった。
俺が戻る間、時間を稼いでくれた事には感謝だが、やられるのが早すぎだ。もう少し頑張れよ。
ダンとキースに攻撃を仕掛けているグスタブの背後に回り、一撃を加える。
いや、汚いとか言わないでくれよ。こっちだって必死なんだから。正々堂々? 何それ美味しいの?
「ぐおっ! 後ろからとは卑怯な!」
いや配下のアンデッドを巻き込んで、目眩し攻撃をしているお前に言われたくはないよ。
「……セシリィ?」
「セシリィ殿なのか?」
ダンとキースが俺を見て呆然としている。
へっ? あれ、そう言えば俺フードとマフラーしてないや。
進化後、レベルを上げるために森にいたゾンビやスケルトンを倒しまくった時に揉みくちゃにされたしな。その時に破れたんだろう。
鏡がないので顔は見えないが、肌が露わになった腕や足を見ると、エルダーゾンビの時よりかなり肌色に近い。
もはや「只の人間です」で通用するレベルだ。
進化する度に人間に近くなっていくんだけど? 最早ゾンビって何? って感じだ。
何度も言うが、ゾンビとしては退化している気がしないでもない。でも、その方が都合が良いし、むしろありがたいから俺としては大歓迎だ。
ダンやキースの様子を見るに、今の俺は間違ってもゾンビには見えていないのだろう。何気に髪の色もくすんだ金髪から艶のある金髪になっているし、肌も張りがあるような気がする。
「何時までボーっとしているんだ、ダン、キース?」
二人に襲い掛かっている敵を倒しながら声をかける。
「う、美しい……はっ! 何でもない、何でもないぞ!」
キースが間抜け面で変な事を口走っていた。普段寡黙な男のたまに開いた口から出た台詞は、とんでもない爆弾発言だった。
いや、その、なんだ。中身が男なのでそんな事を言われても嬉しくはないのだが……。
「すまないセシリィ……しかしその姿、装備していたアンデッドアイテムが壊れたのか?」
ああ、そういえばそういう設定だったな。
そうかアンデッドアイテムは装備していると呪われ、容姿がアンデッドみたいに血色が悪くなったりするんだっけ。
今の姿が普通の人間みたいだがら、アンデッドアイテムが壊れたと思ったんだな。
解呪以外でも壊れたら外れるアイテムなのだろうか? 呪われる系の魔道具だっただけに甚だ疑問だ。
まぁ今は都合が良いので、それに乗っかっておこう。
「え。やだ、前も綺麗だとは思ったけど、本当の姿は凄っごい美人じゃないの! なんかちょっと悔しい」
魔法使いのくせに杖を振り回し、倒れたレオンハルトとそのレオンハルトを回復魔法で癒しているリッカとクレアを敵から守っているハンナ。
凄ぇな、魔力が尽きたら物理で攻撃か。脳筋魔法使いだ。
「わぁ本当、美人さんだ~」
ハンナの台詞に顔を上げ、俺を見つめてそう感想を漏らすリッカ。お前もかよ。
「え……やっぱりセシリア様?」
あ~、だよな。
やっぱりクレアは俺の事をセシリアだと思っていたらしい。
確かクレア……グレースが正式に王太子の婚約者になった時には、セシリアはもう亡くなっていたらしいが、そもそも公爵令嬢だし王太子妃候補だったから、セシリアとは面識があったのかもしれない。
「なによそ見をしてやがる!」
自分がされたように、俺の背後から襲い掛かるグスタブ。声を出しちゃ意味ないけどな。
グスタブの一撃を振り向き様に剣で弾く。
「ふっ貴様、そこで転がっているレオンハルトよりは強い様だな!」
「そうかい、奴よりレベルは低いんだけどな」
そう、今の俺のレベルは15しかない。
だが今の状況では上がった方だろう。
進化が終わり木の上から降りてみると、群がるアンデッドの中に何体かのスケルトンナイトのような上位種も混ざっていた。
大したことのないレベルの低いアンデッドしかいないと思い込んでいたから、驚いたよ。油断は駄目だな。
どうやら道を塞いでいた魔物が一人でいた俺に群がって来ていたようだ。
丁度いいので奴等には俺の糧になってもらった。
結果、群がる魔物をほぼ倒してしまった事で、思っていたよりもレベルは上がったのだ。
残っているのはグスタブと、奴と共に戦っているアンデッド達だけだ。
但し冥将アリスが手を出さない約束を守って、兵を補充しないでいてくれればの話だが。
進化すると進化前のおよそ半分程度のレベルでステータスが進化前と同じくらいになる筈だ。
狙ったわけではないが、進化前のエルダーゾンビのレベル30から、エンシェントゾンビのレベル15になったので、ステータス的にはほぼ同じである。
ただ、ステータスは大体同じでも、身体能力が向上している気がするんだよな。
これはアレか?
マスクデータのようにステータス画面には表示されてはいないが、レベル補正みたいな種族補正のようなものがあるとか? あるいは進化補正とか。
分からんが、自分が有利になるなら文句はない。
「むっ、鋭い。やるな!」
グスタブが嬉しそうにそう叫ぶ。喜ぶな、この戦闘狂め!
「まさか……進化したのか?」
ポツリと呟いた赤い衣の少女。
その呟きは聴覚の強化された俺にしか聞こえないような小さな声だったが……まさか俺が進化したことが分かったのか?




