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20・敗走

 木の上の怪しげな少女など気にしている暇はない。このままでは全滅は必至である。


「クッ、撤退する! 道は俺が切り開く、後に続け!」


 レオンハルトが自慢の聖剣を振り抜きながら、敵の布陣の薄い場所に突撃していく。

 いや待て、殿は?

 確かに突貫して行く方も危険だが、最後尾が一番まずいんじゃないのか?

 案の定、貧乏くじを引いたのは俺達ダンのパーティだった……何でだよ?

 ワラワラと敵が押し寄せてくるが、敵の主力はレベルの低いスケルトンやゾンビが主体だ。それでも身動きができないまでに囲まれるとマズい事になる。そうないように必死にアンデッドをなぎ倒し、レオンハルトの後を追う。

 この湖畔から離れる前にチラッともう一度木の上の少女を見上げる。

 夜目が利くとはいえ暗い上に距離もあって確かではないが、彼女がニヤリと笑ったような気がした。


 俺達は森を掻き分け撤退……つまり情けないことに、敵から尻尾を巻いて逃げている訳だ。

 こちらは大半が上位冒険者で人数も五十名以上おり、敵はアンデッドなのでその対抗処置として神聖魔法の使い手を多く連れて来ていた。例え倍以上の戦力でも問題なく勝てた筈だった。

 連携も無い、レベルの低いアンデッドによる攻撃で一番厄介なのが、数による物量攻撃だ。

 ある程度は予想していたようだが、現実は予想の数倍以上のアンデッドに加え、高レベルであろうヴァンパイアが死角から主戦力である神官を標的にする戦術を使い、結果こちらは撤退を余儀なくされた。

 通常は盾役が神官等の後衛を守るのだが、今回の調査隊はアンデッド対策のために後衛を増やしたせいで、全体の割合から考えて盾役の前衛が少なかった。

 それでも予め敵が来ることを想定して、きちんと陣形を固めてから迎え打てば問題なかった程度だが。

 見張り番が眠ってしまっていたために奇襲を受けてしまい、尚且つ疲労がピークを迎えていた事もあって、対応が遅れてしまったのが敗因かもしれない。

 やはり見張りが眠っていたのは、魔法か何かで眠らされていたのかもしれないな。そうだとしても油断していたことに変わりはないけど。

 まぁ……今更そんな事を言っても意味はないな。


 敵は獣型のゾンビとヴァンパイア以外は移動速度は遅い。

 今のところ、素早い動きで俺達を翻弄していた少数のヴァンパイアは見当たらない。俺達を追って来て攻撃を仕掛けているのは獣型のゾンビだけだ。

 その数も大分減らせている。森を抜ける頃には逃げながらでも倒し切れるだろう。

 時折森に潜んでいた魔物が襲ってくるが、特に問題もなく俺が倒す。

 斥候のキースより夜目が利くので、昼と同じ感じで魔物を倒せる俺の独壇場だった。むしろ夜に強いアンデッドなので、昼間よりも強い筈だ。


 レオンハルトは検問所に向って走り続けている。そこで体制を立て直すつもりだろうか? だが検問所に兵士が滞在してはいたが、それ程多い人数ではなかった筈だ。

 もし魔物達が俺達に追いつき、検問所が突破され近隣の町に魔物が流れ込んだりしたら?

 いや、奴等はこの地域に足を踏み入れた俺達を襲っただけで、人の町に攻め込む事は無いか。

 町まではかなりの距離があるし、日が出ればアンデッドは弱体化するしな。いくら数が多くとも森を出て町を襲う事は考えずらい。少なくとも今回は。

 敗走しながらそんな事を考えていたのだが、森から抜ける少し手前までにやって来た時、更なる異常事態が目の前で発生していた。

 森から出れば検問所は目の前だが、残念ながら俺達は森を素直に抜けれそうになかった。


「うおぉおおおっ、どけぇ!」

「くははっ、威勢が良いな! もっと楽しもうや冒険者!」


 先に先行したレオンハルトが多分敵だろう男と戦っていた。

 道を塞ぐ男の周りにも敵が布陣し、すり抜ける事も難しそうだ。

 そう、俺達は待ち伏せされていたのだ。

 湖畔での戦闘時にわざと森の出口方面の配置を薄くし、まんまとここに誘い出された訳だ。

 やれやれ嫌らしいな。

 助かるかもしれない方角に導き、もう少しって所で待ち伏せていた敵に通せん坊だ。

 敵さんとしても湖畔での殲滅を強硬せず、逃げる俺達の隊列が伸びきった所を狙っていけば、結果的に被害が少なくできるだろう。

 事実、俺達が先頭を進んでいたレオンハルトに追いついた時には、レオンハルトのパーティと俺達ダンのパーティの間に居た他の冒険者パーティの半分程は敵にやられていた。

 敵は追いかけてくる魔物だけでなく、道中にも魔物を潜ませていたからな。

 

「くそっ、この俺の剣を止めるとは!」

「お前レオンハルトとかいう上位冒険者だろ? 大した事ねぇなぁ、聖剣を持ってるくせにその程度か? やはり本当の持ち主じゃねぇと駄目って事か?」

「ば、馬鹿な事を言うな! この聖剣はこの俺、レオンハルトのものだ!」


 ……今、敵から妙な言葉が飛び出したぞ?

 本当の所有者じゃないって? 単なる揺さぶりで適当な事を言ったのか? いや、根拠もなくそんな事は言わないよな?


「ふん、まぁいい。どちらにせよその剣の力を引き出し切れていないようだな、冒険者レオンハルト!」

「ちっ! くそっ、こいつ冥王軍の将か!」

「ふん、では名乗ってやろう。俺の名はグスタブ。冥王様率いる冥王軍、赤の冥将アリス様の配下、赤の序列将八位のグスタブだ!」

「なっ、なんだと序列将? この強さで冥将じゃないのか?!」

「驚く事はない。俺はいずれ冥将に、そして冥王になる男だ。悲観する必要はないぞ! はっはっはっ!」


 レオンハルト、グスタブ両名は叫ぶように会話しながら剣を交えている。

 森に潜み襲い掛かって来たアンデッドの魔物は思ったよりも数が少なく、何とか倒しきった。残りの敵はグスタブと奴の後ろで道を塞いでいる敵だけだ。

 しかしここまでくる間にかなりの冒険者がやられ、脱落していった。

 幸いな事に俺達ダンのパーティは脱落者はいなかったが。

 現在、レオンハルトとグスタブが戦っている以外の者は、距離を取り牽制し合いながら対峙している。

 この場の代表二人が一騎打ちをしている状態だ。

 しかし、このまま長引くのはマズい。恐らく引き離したゾンビやスケルトンの一団が追いついてくるだろう……迷っている暇はない、レオンハルトに加勢しここを突破するしかない。

 ……だが少し遅かったようだ。


「ほう、グスタブ。私を倒し、そして冥王様をも倒すつもりか? それも面白いものではあるな」


 先程の木の上に居た少女が俺達の背後に立っていた。

 彼女の後ろにはアンデッドの一団が足を止め控えている。攻めてこないのは余裕だろうか? 何時でも兵をけしかけ俺達を殲滅させることができるぞ、という強者の余裕なんだろう。

 彼女の登場で、レオンハルトとグスタブは一旦間合いを取った。


「アリス様……誤解だ、です。いずれそうなったらいいって意味で……倒すとかそんな事は考えていない、いません」


 あれ程俺達に対して上から目線で話していたのに、アリスとか言う少女には妙に臆した態度だ。まぁ当然か、話から察するにこの少女は冥将らしく、グスタブにしてみればの上官に当たるようだし。


「ふ、まぁいい。それだけの気概があるという事にしてやる。で、何時まで手こずっているのだ? 私が手を貸そうか?」

「い、いえ、赤の冥将たるアリス様の手を煩わせることはありません。このグスタブ、ゴールドの冒険者レオンハルトを見事倒してご覧にいれましょう!」


 そう言うや否やグスタブは再びレオンハルトに切りかかっていく。レオンハルトもグスタブの剣を受け流し反撃に転ずる。

 実力的には互角か? いや残念ながらグスタブの方が格上に見えるな。

 ……ん、何だ? 何で俺を見ているんだ、アリスとかいう冥将は?

 俺をまじまじと見つめ、ニヤリと口の端を上げ笑う赤い衣の少女。


「グスタブ……ここの者達を全員倒したら序列を四位まで上げてやろう」

「マジ……いえ本当ですかアリス様! 必ず皆殺しにしてご覧にいれましょう!」

「ああ約束しよう……して人族よ、お前達にも慈悲をやろうではないか。そこのグスタブを倒せたら追わずに見逃してやろう。ああ、安心しろ、私の後ろで控えている兵は手出しはせん。邪魔をするのはお前達が逃げる方向にいるグスタブ配下の兵だけだ。どうだ簡単だろ?」


 ……その話を素直に信用できる訳がないが、今は他に選択肢はない。やるしかないようだ。

 五十人以上いた調査隊は、今や半分以下に減っている。

 亡くなった奴らには悪いが、幸いにして俺のいるダンのパーティとレオンハルトのパーティには脱落した者がいなかった。

 しかし状況からして分が悪い。誰一人かける事は無く……とはいかないだろうな。

 道を塞ぐグスタブ配下の兵は低レベルのアンデッドもいるが、ざっと見て百以上はいるんじゃないか? 例えグスタブを倒せてもこの包囲網を抜けないと森の外へは出られない。

 こちら側は疲労困憊だし、アンデッドを蹴散らす為の魔力もかなり減っていると思う。


「やる事は変わらない! ここを抜けて魔の森を脱出するぞ!」


 レオンハルトが皆に鼓舞し、それを受け皆が森の出口に陣取っているグスタブの兵に突撃をかける。

 どの道前面のグスタブと冥将アリスに挟撃されれば全滅必至だ。

 ならダメ元でアリスの言葉を信じグスタブを倒し奴の兵を抜けるしかない。

 もしアリスが約束を守ってくれるとしたら、まだ希望はある。何故なら俺達は前面にいる兵を全滅させる必要は無く、グスタブだけを倒せばいいのだから。

 森の出口を塞ぐように待機していた一部の魔物達が動き、俺達に襲いかかってきた。

 そんな混戦の中……。


「あっ!」


 レオンハルトがグスタブに切られていた……うをっ、何やってんだよレオンハルト、お前ゴールドランクだろ?!

 慌ててレオンハルトのパーティの神官が回復魔法をかけるが、傷が深いようで直ぐには立ち直らない。とどめとばかりに追撃の剣がレオンハルトを襲う。

 ガキンという金属音と共にグスタブの剣は弾かれた。

 俺がレオンハルトとグスタブの間に割り込み、レオンハルトの首に迫るグスタブの剣を弾いたのだ。

 それでもかなりギリギリだったので、致命傷こそ免れたが弾かれたグスタブの剣は軌道を変え、レオンハルトの腹部をかすめていった。


「ちっ邪魔を!」


 悪態をつくグスタブの標的にされた俺は奴の剣を捌くことに集中する。確かに強いが対応できないほどではない。しかし勝てるかと言われれば微妙だ。

 一旦距離を取り、仕切り直す。

 俺の後ろではクレアが倒れたレオンハルトに回復魔法を施していた。

 レオンハルトのパーティメンバーの神官は、レオンハルトに回復魔法をかけた後に魔物に襲われ地に伏せていた。死んでしまっては回復魔法も役には立たない。

 遂にレオンハルトのパーティにも脱落者が出たのだ。しかもアンデッドに特攻を持つ神官が一番先にやられるとは。

 さっと周りを確認すると、教会から派遣された神官の女性達も既に誰一人残ってはいない。

 なんてこった、今残っている神官はクレアとリッカしかいないじゃないか。

 生命線である二人の神官を守るようにダン達だけじゃなく、生き残った他の冒険者達も彼女達の周りを囲い込む。その中心にはまだ回復しない、苦しそうに過呼吸をしているレオンハルト。

 クレアの回復魔法でやっとレオンハルトは目を覚ます。

 立ち上がろうとしたレオンハルトは血を吐きまた蹲っていた。

 続けて回復魔法を詠唱していたリッカが呪文を完成させ、レオンハルトを癒す。レオンハルトは回復しきれていないのか再度詠唱を始めるクレア。

 俺達に比べてまだレベルの低いクレアは仕方がないが、リッカが効果の高い回復魔法を使わないのは、魔力が残り少なくて唱えられないのかもしれないな。

 それでも多少は回復はできているようだ。

 最大戦力のレオンハルトが復活する少しの間、俺がグスタブを食い止めればいいのだが……しかしそうも問屋は下ろさない。

 敵はグスタブだけではない。奴の配下の兵が既に数人となった俺達に襲い掛かってきているのだった。

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