16・冒険者ギルド
グレースを護衛しながら到着した目的地の町は、森を出た最初の町と同じ様に全体が高い壁に覆われていた。
途中立ち寄った小さな村などは簡素な柵だけという所もあったが、人口の多い町だと警備にも力を入れる事ができるようだ。
門に近付くとそこには鎧を着込んだ警備の者が入り口の左右に一人ずつ立っている。
門奥の片側には小部屋のような奥まった場所があり、そこにも数人の警備兵がいて簡単な質疑応答や場合によっては身体検査等が行なわれているようだ。
途中の小さな村は中に入るのに殆どフリーだったのに対し、やはり大き目の町では身分証明の確認や、身分証明書がなければ入町税の徴収等が行なわれている。
しかも最初の町よりこの町の方が入町税が倍くらい高い。解せぬ……訳ではないが、ちょっと差があり過ぎないか? 町の規模によって変わるのはわかるけどさ。
うんそう、最初に立ち寄った町より倍くらいは大きい町らしい。
案の定、警備兵にやましい事がないのなら、顔を見せろと言われたので、大人しくフードとマフラーを外す。
何故か今回もダン達が俺の事をガン見している。前回も見ているだろ、何で?
警備兵達もボーとして俺の顔を見ている。お前等は仕事しろよ!
もういいかと思い、フードとマフラーを元に戻すと皆が皆、残念そうな顔で溜息をつく……前回と同じ展開じゃないか。
いや分かってるよ、この身体の元の主であろうセシリアの顔が美人なんだろ?
でもさ、俺としては中身が男なので美人と思われるより、イケメンと思われたいよな。
そんなどうでもいい事を思いつつ、入町税を払い町に入った。
ダン達も慌てて俺を追いかけて来る。
何故かグレースだけはニコニコと俺の横で微笑んでいた。セシリア本人だと思われてはいないだろうな? グレース本人がセシリアは亡くなったと言っていたし、大丈夫だとは思うけど。
町に入り直ぐにグレースを連れ修道院に向う。
修道院に着き、グレースを迎い入れたのは妙齢のシスター服の女性だった。
生憎責任者は不在だったが、彼女が代理で護衛任務のサインをしてくれた。修道院ではそれなりの立場らしい。
グレースは貴族然としたお嬢様モードでシスターに挨拶を交わし、修道院に入っていった。
別れ際に俺達に礼を言ったグレースはどこか名残惜しそうだった。
まぁ本人は修道院に入らずに冒険者になりたいと言っていたしな、本当はこのままダン達についていきたいのだろうと思う。
ダン達としても護衛完了のサインがもらえないと依頼料を貰えないので、どうしてもグレースには修道院まで行ってもらわねばいけなかった。
それはグレースも分かっているので、大人しく修道院へ来たのだろう。
ちなみに馬車は修道院に寄付される約束だそうだ。賊の襲撃で傷付いたが、一応下級貴族が乗るくらいの価値がある馬車らしいしな。
上級貴族出のグレースが乗って来ても、不審に思われなかったって事は、あちらはグレースの事情を知っているのかもしれない。
冒険者ギルドに向かうダン達の後についていく俺。
魔の森を出た所にあった町の冒険者ギルドには行かなかったが、今回はダン達と一緒に行くことにした。
冒険者の登録はしないが、興味があるので見学だ。
……おおっ、でかいな。
町の中央付近だと思われる場所に一際大きな建物が立っている。
修道院も大きかったが、冒険者ギルドも負けないくらいの大きな建物だ。
ふむ、やはりこの世界では冒険者はかなり認知されたものらしい。
ダン達の後ろについて冒険者ギルドの中へ……漫画やアニメでよく見られる酒場が併設され荒くれ者が集うようなワイルドな場所ではなく、俺の予想とは逆に落ち着いた感じの内部だった。
しいて言うなら役場みたいな? ちょっと意外だ。
建屋に入る際に何らかの装置があったり魔法などで調べられて、俺が魔物だとバレやしないかと心配をしたが、そんなものはなく杞憂に終わって安心した。
ダン達から冒険者登録をしないのかと聞かれたが、考えておくと断っておいた。登録時に魔物とバレる可能性もあるしな。
まずは冒険者の情報を集めてからだ。それから決めよう。
ギルドの建物に入ったダン達は右手側に並ぶ受付所だと思われるカンターへ直行し、一部四角い穴の開いた衝立の向こう側に居る事務員に声をかけていた。
俺がカウンターまでついて行っても意味がないので、邪魔にならない所に移動し、何となくギルド内を見渡してみる。
ダン達が今、受付嬢と話している四つ並んでいるカウンター口の向かい側には、複数の掲示板が並んでいる。
その掲示板にはピン止めされた恐らく依頼書だと思われる紙が結構な数張られていた。
その依頼書が貼られている掲示板の前には老若男女の冒険者達が……いや男の方が多いし、お年寄りもあまりいないか、ともかく複数の冒険者が腕を組み依頼書を吟味している。
そりゃまぁ真剣にもなるよな、今回のダン達のように正に命がけの依頼になる事もあるからな。
入り口の対面側には「この先解体所」の立て札が立つ通路があり、その横には二階に上がる階段があった。
流石に勝手に二階に上ったら怪しまれるので、階段には上がらないでおく。
建屋の奥には解体所があるのか。
俺が徘徊していた森にも魔物が沢山いたし、倒した魔物を持って来れば売れたんじゃないのか?
メリアの収納鞄があるから持ち運びには困らないし。
……いや迂闊に収納鞄を持っていると口外しない方が良いか。グレースやダン達も収納鞄を持っていなかったしな。
俺の場合は収納鞄があるから旅をするにも手ぶらでもよかったのだが、一応周りの空気を読んでそれなりのバッグを俺は背負っている。ダミーじゃなくてちゃんと中身も入っているぞ。
しかしギルド内は結構広いけど、外から見た時より狭い気がするな。
壁の一角に出入り口とは別の扉があったので近付いてみると、そこの扉には「食事処」と書かれていた。
ほぅ、このような場所に食事処とな?
中を覗いてみると昼間っから酒盛りしている人が数人居る。
あはは、やっぱりあったね酒場。
なんだ隔離されていたのか。そうだよな煩いしな酔っぱらいは。
……しかしここに来て気付いたんだけど、俺文字読めるんだけど、何で?
明らかに日本語でも、ましてや英語でもない。知らない文字なのに意味が分かる。
ちゃんと言葉も分かるしな。日本語じゃないのに……。
ダンジョン……死者の迷宮でダン達と遭遇した時に言葉が分かった時も何故だろうと自分なりに考察してみたが、答えは出なかった。
やはりこれはやっぱりアレか。この身体の……元の持ち主であるセシリア(多分)の知識なのか?
転移者の特典かも……と思ったがスキル欄に言語理解等の様な、それらしいスキルが無いんだよな。
あのステータス画面も本当に細かい所までは表示されない所もあるみたいだし、何とも言えないが。
小説やアニメなどで初めて冒険者ギルドへ来た時にあるイベントで、柄の悪い冒険者に絡まれるようなテンプレは一切なく、部屋の端にある椅子に座り大人しくダン達を待つ。
そうしているうちにダン達四人が「報告が終わりました」と俺の所にやって来た。
彼等の様子は依頼が成功して喜んだ顔ではなかった。
グレースの護衛に付いていた騎士ライゼルは依頼中に亡くなってしまったし、グレースがこの町へ来ることになった禄でもない理由も知ってしまったからな。
ダン達はこの町で宿を取り、数日休日を取る予定らしい。
以前彼等は王都で活動していたが、今は各地を転々としながら活動をしているそうだ。なので護衛は打って付けの依頼だったようだ。
ただ今回は大変な事態になってしまったが。
一カ所に拠点を決めずに冒険者活動をする冒険者も珍しくはないと、ダンは言っていた。
根無し草……という言い方は良くないな、基本的に冒険者は好きな場所で活動できる訳だ。
ちなみに冒険者ギルドは他の国にもあるらしく、表向きは国家からの直接の影響は受けない独立した団体機構となっている。
とは言っても国からのある程度の影響は受ける事もあるらしい。まぁそうだろうな、国の権力者達の意見を全て突っぱねる事はできないだろうしな。
実際にグレースが修道院を抜け出す事などできないとは思うが、一応彼女に俺とダン達が泊まっている宿を教えておいた。
ダン達は本当にグレースに頼られた場合は力になるつもりらしい。色々と面倒事を背負い込む可能性もあるのに、情に厚い奴らだ。
でもまぁそんな彼等は嫌いではないが。
十中八九グレースは来ないと思っていたが、その予想は別れた次の日にあっさりと覆された。
「良かった! ダンさん、キースさん、リッカさん、ハンナさん、そしてセシリィさん、ちゃんと宿に居てくれたんですね!」
と、喜びと安堵が入り混じった顔で、俺達の前に現れたのである。
「約束ですからね。ええっと……もう一度確認です、本当に俺達と一緒に行きますかグレースさん?」
ダンがグレースの覚悟を確認する。
「勿論です。ここで見放されたら路頭に迷ってしまいますから」
真剣な顔でそう語るグレースの姿は、貴族令嬢の様な目立つ衣服ではなく商家のお嬢様といった感じの出で立ちだ。
大きなバッグを持っているが、馬車にあった荷物より断然少ない。
聞いたところ馬車に積まれた荷物はグレースの物ではなく、修道院に贈られる物が殆どだったらしい。
形上は令嬢を送り出したように見せているが、その実は着のみ着のままでの追放に近い。
俺ならこの時点で心が折れてるな。本当は空元気かもしれないが気丈なものだと感心する。
「……分かりました。では俺達はグレースさんの力になりましょう」
ダンがそう言うと、キースやリッカ、ハンナが同意するように頷く。
「ダンさん達にはご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」
俺達の前でグレースは深く頭を下げる。
元公爵令嬢とは思えない腰の低さだ。
正直俺はこんな状況の身体だし、適当な機を見て彼等から離れようかと考えていたんだが……そんな雰囲気ではなくなってしまった。
だって俺の手を両手で握り「セシリィさんもよろしくお願いします」ってキラキラした目で言うんだぜ。
そんな目を向けられて断る事なんて……俺には無理だ。
「ご迷惑ついでにもう一つお願いがあるのですが……」
グレースが少し申し訳なさそうな顔で言葉を続けた。
「冒険者の登録ですが、この町ではなく別の町で……いえ、できるなら他の領で登録を行ないたいのです」
「? ……それは構いませんが」
返事をしたダンだけでなく、全員が首を傾げる。
「実は……修道院の院長に身を清めて、この町の代官の元へ行って数日間奉仕してきなさいと言われたんですよ」
他の領で登録をしたい事と、どう繋がるのか分からない、実に要領の得ない台詞を口にしたグレース。
彼女の言葉に唖然とした顔で頷く俺達。
「多分それって……その、身体を差し出せって事だと思うので当然断ったんです。そうしたら……嫌だったらここから出て行って勝手に野垂れ死んでしまえ! と怒鳴られました」
「それで本当に出てきたと……」
「……はい」
……おおぅ、この中で一番の常識人のダンが呆れている。いや他のメンバーも、俺も呆れてるから皆同じか。
その呆れは修道院の院長に対してか、この町の代官に対してか……それとも、それを上手く利用してちゃっかり修道院から出てきたグレースに対してか……。
「ああ、安心して下さい。ちゃんと噓泣きしながら部屋に駆け込んで閉じこもったので、私がこっそり修道院を抜け出して今ここに居る事は知らないと思います……ええ、ちゃんと出て行っていいと言質を取ったので、大丈夫の筈です」
「……大丈夫じゃないから他の領まで逃げて、冒険者登録しようって魂胆なんだろ?」
「あはは、そうなのかもしれませんね~セシリィさん」
ペロリと舌をだしてウィンクをするグレース。紛うことなき確信犯だった。中々良い性格をしている。
つまり連れ戻される可能性があるって訳だ。
ダンもそれを理解したのか苦笑いを浮かべている。
まぁ協力するって約束したしな。本当に面倒事になるかもしれないが……三十六
顔を引きつりながら笑うダンと、片方の口角を上げるキース、何故か楽しそうなリッカと、実に良い笑顔のハンナ。
彼等は最初から見捨てる気は無いようだ。それどころかダン以外はノリノリに見えるのは何故だ?
まいいか、仕方がないので俺も暫くは付き合うとするか。




