15・理由
ありがたい事に町では大したトラブルもなく、出発する事ができた。
馬車の御者はダンが行なっている。
パーティリーダーで割とイケメンだし、性格もいい上に結構何でもできる青年だ。どう考えてもモテるタイプだろう。羨ましい。
あまり無駄な事は喋らないが常に索敵? 探査を欠かさないキース。斥候としては優秀なようだ。
俺の事をチラチラと見てくる時があるが、まだ俺を信用していないのかな? そりゃそうか、身元も怪しいしな。
神官服を着たリッカは見たまんま神官で、実は俺にとって一番危険な相手だったりする。
ゾンビだから切られたり刺されたりしても人間ほどダメージは受けないが、怪我をしたと思われて回復魔法をかけられたりすると、非常にマズい。
アンデッドは回復魔法でダメージを受けるというのは、ファンタジーでは常識なのだ。
ハンナは魔法使いで、リッカより少し年上の少女……女性か。
意外に面白い人で、後衛なのに杖で直接攻撃をしているのをたまに見かける。
そう言えば初めて死者の迷宮で彼女等に遭遇した時、魔力切れだった彼女は果敢にも杖を振りかざして攻撃してきた事があった。意外と脳筋なのか?
護衛対象のグレースの身元はよく分からない。
それでいいのか? いいんだろう。どうせ彼女の目的地までの付きあいだ。俺としても何処にも行く当てもなかったので丁度いい。
この世界の事を知るにはいい機会だと思う。
なのでグレースが俺の顔を見て驚いた事も、彼女の「冒険者になる」発言も気にしないことにする。
流石にちゃんとした街道を進んでいると、森の中みたいに魔物に襲われたりはしなかった。
しかし盗賊等は稀に出る事もあるらしいので安心はできない。護衛はしっかりとやろう。
町を出てからそこそこの距離を進み、野営地として使われているのだろう、道沿いから少しだけ離れた場所に広めの広場が現れた。
夜の帳が下りる前にそこを今日の野営地に決め野宿の準備を行う。
残念ながら俺達の他には使用者はいないようだ。
焚火を囲み携帯食の夕食を取る。
メニューは前の世界で読んだ、この手の小説や漫画に出てきた物、そのものだった。
固い黒パンに固い干し肉、そして薄いスープが付けば良い方だ。
実はエルダーゾンビになってから食べ物の味が分かるようになっていた。
本来魔素さえあればゾンビに食事は必要ない。以前試しに何度か食べ物を口にしたことがあるのだが、アークゾンビまでは味を感じられなかったのである。
このメンツで行動をしていた為に食べないと怪しまれると思い、いざ食べ物を口にしてみたら味があって驚いた。
エルダーゾンビになってからの初めての食事は、彼等が賊に襲われていた日の翌日の朝だ。その前日の夜にエルダーに進化したしな。
彼等から分けて貰った携帯食だったので「昨夜と同じものですよ、そんなに驚くほど美味しかかったですか?」と不思議がられたが何とか誤魔化した。
ちなみにグレースの食事メニューも彼女の希望で俺達と同じものだ。
マズいマズいと言いながら何故か少し嬉しそうに食べている。意味不明である。
まさか本気で冒険者になるつもりじゃないだろうな?
食事が終わるとグレースがまるで世間話でもするかのような、軽い感じで口を開いた。
「ダンさん達は知っていると思いますけど、私は公爵家の娘です。でも実は追放された身なんです。そんな価値の無い私が何故襲われたのか見当がつきません。いえ……もしかすると偽物の聖女とか言われていたのが関係しているのかもしれません」
そんな事を言うものだから、俺だけじゃなくダン、キース、リッカ、ハンナ全員が驚いていた。
「……あの噂は本当だったのですねグレース様」
……噂か。グレース達を襲った賊を纏めていた騎士がグレースの事を偽聖女とか言っていたな。その事か?
それとも公爵家を追放された事なんだろうか?
「ダンさん、もう私に様付けはいりませんよ。馬車に乗って偉そうにしていましたけど、実際はもう公爵家の人間ではありませんから。乗って来た馬車も本来は男爵とか騎士爵とかが乗る馬車です。公爵家から見放された事が分かりますね……ああ、心配しなくても報酬は大丈夫です。冒険者ギルドには成功報酬を預けてありますし、セシリィさんにも報酬はきちんと渡しますから安心して下さい」
少し寂しそうな表情で話すグレース。
彼女は俺達を見回した後、言葉を続けた。
「私がこんな元公爵令嬢で呆れましたか?」
俺達は全員が首を横に振る。何処に呆れる要素があるのだ?
原因は知らないが、俺にはこの娘……グレースは悪い娘には見えないのだが。
話を聞くとグレースは公爵家を追放。公爵家のお情けで護衛付きの馬車で、追放先まで送られる途中だったようだ。
身分的にはもう、平民になるそうだ……上級貴族から平民か、貴族って怖いな。
案の定ダン達はグレースを見下すような真似などはせず、当然俺もそんな事はしない。
「いえ、呆れる事など何一つありません」
ダンがはっきりと答える。
そのダンの横で、今まで黙っていたリッカが、意を決したように口を開いた。
「あ、あの、話すのが嫌ならいいんですけど……偽聖女ってどういう事なんですか……あっやっぱり気に障りますよね、ごめんなさい!」
リッカは神官だったな。やはり聖女が気になるのか。俺のゲーム知識なら聖女は神官の上位互換といったところかな。
「構いませんよ、気になりますよね。別に私が何かしたわけではないのです。事の始まりは二年前……十五歳の成人の義で人物鑑定を行なった時です。その時に私が聖女だとの鑑定結果が出ました」
驚きと納得が入り混じった顔でそれを聞く俺達。
「元々王太子妃候補の一人だった私は、聖女認定を受けて正式にアルグレイド王国の王太子、ギルバート様の婚約者になりました。なったのですけど……数か月前の再鑑定で私が偽物で、伯爵令嬢のマリアンヌ様が本物の聖女だと分かったのです。聖女として謀った罪で婚約破棄の末、公爵家も追放と相成った訳です……笑っちゃいますよね」
「な、何ですかそれ、酷い!」
リッカが立ち上がって怒りを露わにする。他の皆も同じようで不機嫌で厳しい表情を浮かべている。
「自分の事ながら私もそう思います。まさかお父様が私を追い出すとは思いませんでした……最近疲れているようで、突然人が変わったような行動をとる事がありましたから。今回の件もその一つでしょう」
……公爵って国のトップクラスの人だろ、大丈夫かこの王国。
……あっそう言えばこの国の名前を初めて聞いたな。アルグレイド王国って言うのか。
どうでもいいが王太子……王子はギルバードという奴か。どんな奴だったんだろう?
そんな俺の疑問を読んだわけではないと思うが、グレースは王子の事を話始めた。
「あ~でもここだけの話ですが……正直ギルバート様と結婚しなくてもよくなって少し安心したんです……王子はちょっと我儘で自分勝手な所がありましたから」
グレースはペロッと舌を出してそう語った。令嬢らしからぬ態度だが、なかなかに可愛い。うん、可愛いは正義とはよく言ったものだ。
「ギルバート様の姉であり、勇者のセシリア様がお亡くなりになられてからは叱咤する人がいなくなったからか、タガが外れた様に我儘が増長されたようでして……」
そう言って俺の方を見るグレース。
……え、勇者?
セシリアは王女様なのに勇者なの?
そして俺を見るなグレース、俺はセシリアではない。身体は元セシリアかもしれないが中身は別物だ。
ようやく落ち着いた神官のリッカが口を開く。
「グレース様……グレースさんには悪いのですが、聖女様は健在なんですね。冥王国に立ち向かう攻め手の勇者が居なくても、守りの要の聖女様が居れば、きっと王国は安泰ですから」
……おや? また知らないワードが出て来たぞ。
この国……アルグレイド王国が戦っているのは冥王国らしい。
……俺がアンデッドなのは関係あるのか? いや、ないな。全く関係はない! アンデッドなのも只の偶然だろう。うん、きっとそうだ。そういう事にしといて下さい。
それからも話は続き、俺の知らない話も色々と出て来たので助かった。俺はこの世界の事を殆ど知らないからな。
それから話の流れで、例の「冒険者になる」発言の話になった。
「俺達を信用してくれてそこまで話してくれたのは嬉しいのですが、それでも何故冒険者になりたいとか言ったのかが分かりません……俺達が言うのも何ですが、冒険者はその……危険な仕事ですよ」
「思うようには稼げませんし」
「汚い仕事も多いよね」
「臭い仕事もね」
く、臭い……ゾンビの俺に言ってるのか? いや、大丈夫だ。エルダーになってからは腐臭などしなかった……と思う。
ダンの冒険者はお勧めできない意見にキースやリッカ、ハンナが同意を示す。
「ええ、私が思っている以上に過酷な仕事なんでしょう。実際にダンさん達が命を落としそうになっているのを、この目で見ましたし……でも私が送られる先で待っているのは、恐らく修道院での半監禁生活でしょう。可能ならそんな生活は遠慮したいのです……」
こんな状況になってグレースは一人でも生きていく覚悟ができたのだろう。そして同時にお嬢様が自由な冒険者に憧れたのもあると思う。
しかし冒険者は過酷……ブラック・オブ・ブラックな仕事だと思う。
俺のオタク知識で恐縮だが、前の世界の小説などで出てくる冒険者なんかは大概、収入も安定してないし将来の保証もなかった。
万が一、大怪我を負ったりしても何の保証もないのだ。
数日ダン達と一緒に行動したが、あながち間違ってはいないと思う。
つまり現実は甘くないという事だ。
修道院にいれば命の危機など皆無だろう。
冒険者は止めておけと言いたくなる……しかし彼女は冒険者の生き様を見た上でそう言っているのだ。
賊に襲われた時は護衛のダン達は全滅していてもおかしくはなかった。事実、冒険者ではないが共に護衛をした騎士のライゼルが殺されている。
しかしながら冒険者になる、ならないを決めるのは本人だ。本人がやりたいと言うのなら止める権利はこちらにはない。
ダン達四人も俺と同じ考えらしく、誰もグレースに冒険者になるのは止めておけと言えないでいる。
「……冒険者の先輩ならそこにいるから相談したらいいと思うぞ、上手く修道院を抜けられるならな」
俺は肩を竦めてそう言った。
「ははは、もしそうなったら相談に乗りますよ。グレース様……さん」
「ああ、任せろ」
「先輩か~、いいねそれ」
「もしそうなったら厳しいですよ、覚悟してくださいね」
ダン達も破顔してそう答える。
「ふふふ、なら何としても修道院入りは避けないといけませんね。いざとなったら逃げますか」
「グレースさんは意外と無茶しそうですね……なるべく穏便に頼みますよ」
苦笑いをするダンだが、どこか嬉しそうだ。他の者も同じように頬を緩ませる。
くそっ、良い奴だなお前等……俺には眩しいぜ。
数日後にはグレースの目的地の町に、何事もなく無事に到着したのであった。




