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13・冒険者と令嬢

 騎士を倒した直後ピロリンという音が脳裏に響く。

 周りの安全を確認してステータス画面を開いてみた。


『レベル30に達成しました。進化しますか? Y/N』


 よし、やっぱり進化だった。

 どんな進化先があるのか気になったので、その後の文字を読んでみた。


『アークゾンビレベル30→レヴァナント・レベル15orエルダーゾンビ・レベル1or進化しない』


 はぁ? エルダーゾンビ? ……なんだこりゃ?

 確か年長とか年上って意味だった筈だ……エルダードワーフとかだと古代種の意味を持つんだったか、上位種を意味する事もあったのかな?

 まぁ意味はともかく、アークゾンビの上位種なのは間違いはない。

 取りあえず、進化するのは後にしよう。

 俺の周りはとてもじゃないが落ち着いているとは言い難い状況だからな。


 しかし改めて見ると凄い惨劇の現場だ。

 賊の死体が彼方此方に……これゾンビとかにならないのかな?

 今ここに居るのは俺と疲労困憊の冒険者四人そして……。


「助けていただいて、ありがとうございます。私の名はグレース・オーガストと申します」


 馬車から降りてきたのは如何にも高貴な御令嬢と一目で分かる美少女だった。

 栗色の髪に白い肌、可愛らしい顔にパッチリとした蒼い瞳の御令嬢だ。

 彼女は俺に対して礼を言うだけでなく、頭も下げたので結構驚いた。

 ふむ、肌を出さないようにしている怪しい俺に対してもこの態度、このご令嬢、意外な事に礼儀正しい。

 実際の貴族令嬢なんてのは大体が高飛車で我儘な娘ばかりだなんて勝手に思っていたよ。

 完全に俺の偏見でした。ごめんなさい。

 それにしても馬車の中には彼女一人で従者が居なかったのだが……盗賊の襲撃で亡くなってしまったのだろうか?

 亡くなった者の中に、それらしき風体の者はいないようだが……まさか逃げた?


 不意に御令嬢……グレースがふらつく。咄嗟に身を支えてしまったが……しまった、いくら上位種でも俺はゾンビじゃないか。く、臭くないかな……?


「す、すみません。ありがとうございます」


 臭わなかったのか、それとも臭くても顔に出さなかったのかは分からないが、彼女は俺に対してニッコリ微笑みお礼を言ってきた。

 彼女は賊に襲われていたんだ。安心して力が抜けたんだろう。

 御令嬢……グレースが俺の手を離れ自分の足で立ったところで、冒険者のリーダー君が声をかけてきた。


「グレース様、ありがとうございます。貴方が魔法で支援をしてくださらなかったら、今頃倒れていたのは俺達です」

「いえ、私はレベルも低くて大してお役に立てなかったです。最後の方は魔力切れで馬車に籠ってしまいましたし」


 なん……だと?

 御令嬢のグレースの体調が悪かったのは魔力切れのせいだったのか。そうかお嬢様も手伝わなくちゃあの状況は乗り切れなかったのか。

 しかし、彼女は只の御令嬢ではないよな。守られてる貴族令嬢が一時的とはいえ、戦闘に加わるなんてことは普通あり得ないと思うのだが。


 惨状と化した馬車の周りを見渡す。

 場所によっては折り重なる程の賊の死体と俺に倒された騎士、そしてグレースを護衛していたらしい騎士ライゼルの亡骸。

 グレースを守っていたのはもしかしてライゼルとこの冒険者四人だけなのだろうか?

 それはきついよな。多勢に無勢、俺が後半加わったとはいえよく生き残ったな、あの冒険者達。

 あの御令嬢、グレースは偽聖女とかいわくありげな人物らしいし、多くの護衛を付けてもらえなかったのかもしれない。ライゼルも左遷か厄介払いで護衛をさせられたのかもしれないな。


 やっと落ち着いてきたのか、俺は改めて冒険者達を見る。

 今更言うのもなんだが……俺はこの冒険者達を知っていた。

 初見で何処かで見た気がしてたけど、こうやって近くで見てみると間違いない。彼等は俺が居たダンジョンの出入り口で遭遇した冒険者達だ。

 世の中狭いな~、なんて考えているとパーティのリーダーっぽい戦士君に話しかけられた。


「俺の名前はダン。改めて礼を言うよ、ありがとう」


 握手を求められたので、つい手を握り返してしまった。

 あ、多分俺の手冷たいよな……手袋してるから大丈夫か?

 冒険者の戦士でこのパーティのリーダーである事と、そして見ても分かる通り護衛任務中だった事を教えてくれた。

 続けて彼の仲間達からもお礼を言われる。


「キースだ。助かった」

「私リッカ、ありがとね」

「ハンナよ。助かったわ」


 斥候の青年キースと神官の少女リッカ、そして魔法使いの少女ハンナだそうだ。


「俺も通りすがりに巻き込まれただけだし、気にしないでくれ」

「俺って……まるで男の子みたいな喋り方ね……あっ、貴方の名前まだ聞いてないわ」


 ハンナに名前を聞かれて、つい日本での実に男らしい名前を答えてしまうところで思い止まった。

 いやだってグレースにダン、キース、リッカ、ハンナだぞ。名乗ってもいいが、ちょっと世界感がおかしくなる名前なのだ。 

 それに顔や身体を隠しているからって、声や体格は女だしなぁ。

 おおそうだ、それならばいいい名前があったじゃないか。


「名前はセシリ……」


 あっ、しまった。

 メリアは俺を見てセシリアと言っていたので、その名前を使わせてもらおうと思ったのだが、よくよく考えたらこの名前は王女様の名前だった筈だ。

 この身体がその王女のなれの果てなのか、それともそっくりさんなのかは分からないが、この顔でセシリアはマズい。まぁ顔を見せる気はないけど。


「セシリィさんだね。ありがとう」


 ……セシリィ?

 ああ、途中で止めちゃったからな……じゃあ、それでかまわないか。

 セシリアと違うからいいよな?

 いいわけあるか! どう考えても誤魔化す為の偽名にしか聞こえないだろ。

 ……どうせ、直ぐに別れるんだ。気にする事も無いか。

 その時はそう思った俺なのだった。


 <>


 成り行きとは言え結果的に貴族令嬢を助けることになってしまった。まぁ見捨てるのも忍びないのでこれで良かったと思う事にする。

 その御令嬢のグレースは無残な姿になり果てたライゼルの前で、祈る様に指を組んで手を胸の前で合わせている。


「ライゼル様とは護衛前までは面識が無かったのですが、今回の護衛では大変良くしていただきました。護衛の人数が足りないと冒険者の護衛を雇うようにかけ合ってくれたのも彼なんです。襲われた時も逃げずに勇敢に戦ってくれました……」


 呟くような声で経緯を知らない俺にそう語ってくれた。

 自分の為に色々と手を尽くしてくれた人が任務とは言え命を落としてしまったのだ、心中穏やかではないだろう。

 正直ライゼルの亡骸を運べるほど、遺体の状態は良くない。何しろ身体が真っ二つになっていると言えば、どんな悲惨な状況か分かるだろう。

 彼をこのまま残して行くことに罪悪感を覚えるが仕方がない。

 ここに遺体を残すとゾンビになってしまったり、そうじゃなくても魔物に食われてしまわないか?

 それとなく冒険者パーティのリーダーのダンに聞いてみたところ、もう少し進むとこの魔の森が途切れ、暫く行くと大きめの町があるのでそこの冒険者ギルドで対処してもらうらしい。

 歩いても明日中には着ける距離だそうだ。

 そうか、護衛任務の依頼中だからな、ギルドで対応してくれる訳か。

 万が一ゾンビ化したらギルドの方で討伐してくれるという事なんだろう。


 あの乱戦の中でも馬車を引いていた馬は無事だった。

 馬は少し離れた場所に木に括られたロープで繋がれていた。恐らく盗賊達が売るか使う為に隔離させていたのだろう。馬は買うと高いし良い値で売れるらしいからな。

 お陰で再び馬車を引かせることも可能だ。貴族令嬢を歩かせることにならなくて良かったよ。


 おお、そうだ。

 俺は賊の亡骸が乱雑している中に足を踏み入れる。

 賊の死体から目ぼしいものを回収する為だ、こんな所に放置しておいても意味がないしな。

 どうせ盗賊の方はこの襲撃の証拠になりそうな重要な物を持っていないだろう。

 しかし、死体くらいでは驚かなくなった自分に驚くな。

 結構長い間、あのダンジョン……死者の迷宮でゾンビやスケルトンに囲まれていたからな。

 こんな風に鈍感になってしまったのは、俺自身がゾンビになってしまったのも原因かもしれない。

 まぁこんな物騒な世界だ、そのくらいタフじゃないと生き抜いていけないだろう……まぁ俺はゾンビだから生きてはいないけどな。


 そんな俺の行動を苦笑いで見ているダン達。

 一応彼等はライゼルの遺品と鑑定眼鏡で知ったエリックとかいう名の騎士の持ち物を調べている。

 証拠集めは彼等に任せよう。

 しかし物色してみるが碌な物を持ってない。

 やれやれと肩を竦めると、不意に隣から話しかけられた。


「これって使えそうですねセシリィさん」

「……何してるんですか、グレース様?」


 何故か俺の横に来て、死体となった賊から色々と物色しているお嬢様。

 いや、俺が言うのも何だが、気持ち悪くないの?

 と言うか立ち直り早いな……空元気で無理してるだけかもしれないけど。


「え? 追いはぎの手伝いをと思いまして……」

「追いはぎ言うな!」


 はっ!

 つい突っ込んじまったぞ! 相手は貴族の御令嬢だ、不敬罪で死刑とかならないよな?


「ふふっ、でもいずれ冒険者になるなら慣れておきたいと思いましてね」

「「「「「は? 冒険者ぁ?!」」」」」


 俺はもとより、ダン達四人も声をそろえて叫ぶように聞き返してしまったのだった。

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