12・助太刀
またしても不穏な空気に振り向くと、そこには数人の賊が俺を取り囲む様に迫って来ていた。
先頭の男が問答無用で俺に襲いかかって来る。
俺は先程倒した足元に転がっている気を失った男の上半身を無理矢理立たせ、奴等と俺との間に入るような位置にもっていく。
ふふふ、仲間を盾にされたら流石に怯みはするだろう。
と、思ったのだが、奴等は男ごと俺を突き殺してきたのだ。
人質無視かよ!
まぁ賊なんてそんなもんか。
殺したと思ったのだろう、奴は盾にされた男と俺に刺さっている剣を引き抜き背を向けた。
俺? いやいや確かにダメージは負ったよ。でもねゾンビ相手に刺した程度で倒せるとでも?
まぁ相手は俺がゾンビだとは知らないけどな。
じゃあ反撃しちゃおうかな。流石にここまでされたら情けも何もあったものじゃない。
俺は無防備に背を向けた男を切り殺し、続けて他の賊にも切りかかった。
俺の襲撃に気付き振り返った他の賊が襲い掛かってくるが、大したレベルでもなかった為に返り討ちにする。
一番離れていた賊がその様子を見て慌てて逃げてしまった。
ちっ逃がしたか。
逃げた男は敵がここにも居ると他の賊に伝えている様だ。
あ~、しまった。
殺されたフリをしておけば逃げれたんじゃね?
でもまぁ、こうなった以上は仕方がない。
俺は草むらから出て、馬車で賊と戦っている冒険者達の下へ向かった。
俺は賊を切り倒しながら、今にも崩れるんじゃないかと思われるほど疲弊した冒険者達に近付き声をかける。
「通りすがりの者だが、奴等に襲われたので助太刀しようと思うが、どうだろうか?」
助太刀も何も、もう賊を倒しているのだから協力しているようなものだが、一応聞いてみた。
自分達を襲う賊を切り倒す俺を見て敵だとは思わなかった様だが、思わぬ提案に驚いたのか、それとも疲れで頭が働かないのか、直ぐに返答できずにいるようだった。
冒険者が直ぐに判断できないようじゃ駄目だぞ?
あ、もしかして俺の身体の一部とかが露出してて、ゾンビだとバレたとか?
……戦闘中なので視線は賊から逸らさず、パタパタと身体を手で触って確かめてみる。う~ん、大丈夫そうだけどなぁ。
「助太刀はいらないのか?」
「……あ、いや、すまん。是非力を貸してくれ!」
既に疲労からか、足元も覚束ない冒険者に襲い掛かる賊を切り倒す俺を見て、ようやく返事を返したリーダーっぽい冒険者。
「了解。じゃ、そういう事で……」
残りの賊は十二、三人程だ。
しかし賊の方も半分以上やられているのに逃げ出さないなんて、仕事熱心な事だ。
まぁこちらも今にも倒れそうな冒険者四人と、俺だけだし勝てると思っているんだろうな。
賊の後ろで控えてる変装した騎士は腕を組んだまま動きはない。
流石に生き残っている賊の方も明らかに疲れが見え始め、俺が加わったお陰でやっと分が悪いと感じたのだろう。賊の一人が背を向け逃げようとしていた。
逃げてくれるんならその方が俺としては助かる。
しかしその逃げた賊はある程度離れた所で、首を押さえ苦しみ始めた。
そしてまたこちらに戻ってきて戦闘に参加し始めたのだ。
よく見ると彼等の首元には黒い首輪の様な物が巻きつけられている。
「ちっ、使い捨ての駒のくせして逃げようとするとは……殺しや略奪くらいしか能の無いくせに、せめて俺の役に立て」
賊の後方で騎士の口から漏れた呟きを俺は聞き逃さなかった。
アークゾンビの聴力は半端ないな。乱戦で金属音と怒号が飛び交うこの中で、離れた所の小声を拾うんだからな。
どうやら賊はあの騎士に逆らえないようだ。どんな方法かは知らないが、多分あの首輪が怪しい。
結構離れた位置に居た俺を最初に見つけた賊は何ともなかった事を考えると距離は関係なく、あの騎士の命令を無視したら首輪が締まる様になっているのかもしれない。
でもまぁ騎士の呟き通りなら、奴等は人様に害成す盗賊の一団らしいので、俺も心置きなく戦えるというものだ。鑑定でも盗賊と出てたしな。冒険者の場合盗賊じゃなくて斥候らしいし。
最初に俺に襲い掛かってきた奴は斥候だったし、あいつは賊ではなく騎士の仲間だったのかな? まぁどうでもいいけど。
ともかく何もしていない人間が無理矢理操られている訳ではない様だ……多分。
賊……人間相手にもやはりライフスティールは有効だった。
しかもここは魔の森と呼ばれる場所だ。大気中の魔素も濃い様で、比例的に自然回復量も多くなる。余程相手が強くない限りHPの心配はない筈だ。
あっと言う間に騎士を除く残りの賊は俺が倒してしまった。俺よりレベルも低く連携もしない盗賊が相手だからな。
振り返ると何とか冒険者四人も生きてるようだ。頑張ったな。
「役立たず共が」
騎士がぼやく。
逃げるかと思いきや、剣を抜き俺に対し構えを取る。
「一番面倒だった奴を先に俺がぶっ殺してやったのによ、結局また俺様が剣を振るわなきゃならないとはな。ああ面倒臭ぇ」
騎士は悪態をつきながら、チラリと力尽き倒れている立派な鎧を纏った男の遺体に目をやった。
その視線の先を追って、俺は思わず呟いてしまった。確かこいつは……。
「……ライゼル」
「ほう、知り合いだったのか? 馬鹿な奴だよ。あんなババァに肩入れしたせいで上層部から睨まれた末、飛ばされた先が偽聖女の護衛だとよ。お陰で俺は……くくく」
フードから覗く嫌らしい顔には見覚えがある。
メリアに会いに来たイケメン騎士ライゼルの横に居た男だ。
護衛は分かるが偽聖女の意味は分からん。分かる事はどうやらライゼルは奴に殺されたと言う事だけだ。
あのイケメンは本当にメリアの事を心配してくれていたんだな。正直に言うとちょっと疑ってたんだけど……思わず悪かったなと反省をしてしまった。
しかしこの口の悪い騎士はちょっとムカつくな。
「この襲撃を成功させる代わりに、騎士隊長に昇進させてやるとでも言われたか?」
「御名答!」
奴は安定した構えから一気に俺に攻め込んで来た。
金属音が響き、俺と奴の攻防が始まる。
口は悪いが流石騎士だけはある。賊と違い実に安定した戦い方だ。
奴のレベルは俺と同じ29。騎士は恐らく戦士とかの上位職だと思う。そうなるとレベルより強い可能性があるな。
こちらも上位種だし、いけるか?
いや、俺の戦い方ってほぼ我流だし、正式な訓練を行なってきたであろう騎士には敵わないかもしれないな。
……などと心配していたのだが、戦いは何故か俺の方が押している。何でだ?
前々から思っていたんだが、前の世界では剣など扱った事はなかったのに、何故かゾンビになってからは剣を上手く使えていた。
考えられる可能性は……この身体の元の主、恐らく王女セシリアに剣術の才能、もしくは心得があったのかもしれない……そう考えたら辻褄が合う。
いや、ないか。それこそ御都合な話だ。
仮にセシリアに剣の才能があって、彼女がその手のスキルを持っていたとしても、今の俺は所持してないから意味がないだろう。
実際にステータス画面のスキル欄を見ても、剣術スキルとか剣士スキルみたいなものは無かったからな。
でも身体は覚えてるみたいなことはあるかもしれないし……分からん。
いや、今はそんな事を考察している場合じゃなかったな。
「く、くそ……や、やるな。俺様も本気を出させてもらうぞ」
え、肩で息してるけど、まだ本気じゃなかったのか?
奴は息を整え、俺を睨みつける。
「はぁあああああ!」
気合と共に突進して来た騎士は上段から剣を凄い速さで振り下ろす。
気のせいか剣が光ったように感じたが気のせいだろうか?
何らかの技を使った一撃は超高速で俺に襲い掛かる。
だが見切れぬ速さではない。対応できない程アークゾンビの能力は低くはなかった。
ギリギリのスレスレで奴の剣撃を俺は手にした剣で受け流し、なんとか躱すことに成功した。
騎士の剣は勢いで地面にめり込み、一瞬奴の身体が止まる。躱されたのが意外だったのか驚きに目を見開いていた。
直ぐに立て直そうとするがもう遅い。
そんな隙を逃す俺ではない。
勝負は一瞬でついた。騎士の身体が真っ二つになる事によって。




