118 後輩
お気に入りのオタク部屋の自室に戻って来たエメローラ様はジャージ姿のくつろいだ姿で、お菓子を頬張っている。
まごうことなき駄女神である。
「しかし何だね~、てっきりさ次に天界に来るのは竜王かと思ったんだけどね。まさかセシリィ氏の方が早かったとは。でもあれだよ、バグ技を使った異常なまでのレベル上げになるよね、ゲームならBANされているわよ」
「そのバクに気付かず、放っておいたのはゲームで言う運営に当たるエメローラ様ですけどね」
「う……」
エメローラ様の言うBANは垢バンの事で、ゲームの運営者からアカウントを取り上げられることである。つまりゲームができなくなる事だ。
「私も元竜王だしさ、一族の末裔が天界に来るのを楽しみにしてたんだよ。まぁ天界に亜神は私一柱だったから、セシリィ氏が来てくれて嬉しいけどね」
「エメローラ様が天界に来た時はもっと亜神がいたのでしたっけ?」
「うん、でも割と直ぐに皆、神界に行っちゃったしね」
駄女神モードのエメローラ様はポテチをポリポリしながら遠い目をして、懐かしむようにそう語る。
「何でも地上界にいた時は奇跡の世代とか言われていたらしくて、皆揃って英雄だったみたいよ。亜神にもほぼ皆揃って上がって、凄い方々達だったらしいわ」
「成程、その凄い先輩達がいなくなった寂しさを紛らわす為に、エメローラ様は引き籠った訳ですね」
「言い方ぁ! そんな言い方ないでしょお、もぅ!」
プンスコとお怒りのエメローラ様。やれやれ仕方がない。
「でももうすぐ竜王が来そうですし、エメローラ様が神界に行くまでには獣王や魔王も来そうですよ」
「うん、そうね、賑やかなのはいい事だわ!」
エメローラ様の手前もうすぐと言ったが、本当はまだまだ遥か先の話だ。
長らく天界で惰眠を貪って来た……ゴホン、長い時間を過ごされてきたエメローラ様とつい最近まで地上で過ごしてきた俺とでは時間の感覚がまるで違う。
エメローラ様のすぐは、俺にしたらゆっくりのんびりといった感じだろうか、いやそれ以上かもな。
「さて、暫く公務はないでしょから、俺は地上に戻りますね」
「違うでしょ、戻る場所はここでしょ。全く、本当は亜神が好き勝手に地上に降りちゃ駄目なんだからね! 分かってる?」
「はいはい、分かっていますよ」
「はい、は一回!」
「……はい」
レベル50を超えた亜神は地上に干渉してはならない、そういう決まりがある。
とは言え実は俺、今レベルが50なかったりする。
いや、一度レベル50になったのだが、進化してレベルが1に戻ったのだ。流石に今はレベルが上がってレベル40あるが、50にまでは戻ってはいない。
「せっかくレベル50になったのにまたレベル1からやり直すなんて、セシリィ氏は変わっているわね」
「え、ゲーマーであるエメローラ様がそれを言うんですか。せっかくオリジンゾンビという新たな進化先が明示されたんですよ。進化ができるならするしかないでしょう?」
「う……確かに」
あっさり同意をするエメローラ様。良い主である。
しかしオリジンって起源とか根源って意味の筈なんだが……相変わらず適当な進化名である。
そもそもその進化名を考えたのエメローラ様でしょ?
あっそうそう、オリジンゾンビの容姿なのだが背はそれ程変わってはいない……いや、本当の事を言うと僅かに縮んでいる気がするが誤差だ、誤差!
何と髪の色は黒髪に変わった、しかも伸びてロングヘアーに!
艶のある黒色……こういうの烏の濡れ色って言うんだっけ?
そして瞳の色も髪と同じ黒色だ。
顔の造形はセシリアを幼くした感じそのままなので、ちゃんと見れば俺だと分かる容姿だ。
「はぁ~、そう言えば思い出したわ、貴方が始めて天界にやって来た時の事! 天使族から『新たな亜神の資格を持った者が天界に辿り着きました』と報告を受けてゲートに向ったのに、扉が開いているのに天界に入らず、あろうことか転移の魔道具で帰ろうとしているんだもの」
「いやだって俺はその時まで女神は……女神様は魔物を排除したがっているって聞いていたから、消されると思って……」
「……私は確かに人族を脅かすような転生者の魔物は排除をするのが慈悲……みたいな事は言ったけど、悪意の無い転生者の魔物を排除しろとまでは言ってないのよね……」
……だそうである。
セシリアの奴め、いい加減な事を教えやがって。
「エメローラ様、では俺は魔物に転生した奴等を探しに行ってきますね」
「それはセシリィ氏に与えた仕事だからお願いするけど。でも、あまり寄り道して遊んでちゃ駄目よ?」
ギクッ、いや折角亜神になって色々な所へ行けるようになったんだし、ちょっと羽目を外して観光したい気持ちもあるのだが……。
まぁあまりって事は多少は目を瞑るって事だろう。流石はエメローラ様、話が分かる。
「あと一応言っとくけど、レベルが50になったら地上界に降りても寄り道せずに直ぐにかえって来ないと駄目だからね。レベルを抑える裏技を使っても歪みが出る可能性があるんだからさ」
「はい、流石にレベルが50になったら自重しますよ」
「あっ、それはそうと公務の時には帰ってくるのよ」
「ええ、エメローラ様に公務を任せると滞りますしね。天使族の方達がフォローで苦労するのが目に見えるようです」
「セ・シ・リィ・氏~?」
「……では、失礼しますエメローラ様!」
シュタッと素早く挨拶を決め、逃げるようにエメローラ様のオタク部屋を後にする俺。
さて、天界から漏れた魂の形跡を追って、魔物に転生してしまった俺の同胞を探し出すとするか。
……何度か探しに地上に行っているが、中々見つからないんだよな。見つける前に倒されていたりしている場合も多いし。
まぁ同胞探しは地上界を色々回るので、良い刺激になるし気分転換にもなるしな。同胞が見つかればラッキーくらいの気持ちでいいだろう。
同胞を探しに地上界に降りた俺ではあるが……うぬぬ、探しても探しても俺の同胞は中々見つからない。
実は魔物に転生した者達が生まれる場所はある程度決まっている。
そう四王の地域にある、天界へ続く場所だ。死者の迷宮、永遠の森、魔人の塔、天空の山である。
……この四か所だけならよかったんだけどな。
俺が天界に来て初めて知った事実がある。
今は四王だが、実はその王の数が時代と共に変わるらしい。
とは言え今現在は四王が安定しているのか、四王制度が長く続いてはいるが。
えっと確か、竜王、獣王、魔王、冥王、聖王、覇王、剣王、武王、空王、海王、真王、光王……最大十二王が入り乱れて争っていた時期があったらしい。
エメローラ様の言っていた例の奇跡の世代とか言われる奴等がいた時代の事だ。
アルグレイド王国のような人の国の殆どは、その中の何処かの王の勢力に組み込まれていたらしい。聖、覇、剣あたりは人が統治していたとも聞く。
まぁ要するに、その王がいた地域にそれぞれ天界に続く場所があるらしいのだ。つまり魔物として転生する場所が後八カ所も増えた訳だ。
……大陸各地に散らばる十二か所を探し回るのだ。亜神となって彼方此方に転移が可能になった俺でもちょっと大変である。
魂の形跡を追うと言ってもその行先は正直曖昧で不確定だ。
エメローラ様から転生者を見つけて監視すると命を受けてきたが、実際にはその探す相手自体が見つからない。大体は転生後にすぐ倒されている場合が多いみたいだしな。
はぁ、今回も空振りか。
半場諦めた状態で『無限の回廊』と呼ばれる、今では埋もれた遺跡の中にある天界に続く場所に来た時の事だ。
「ん?」
僅かな違和感。
慎重に辺りを窺ってみる。
ふむ、気配を完全に消してみたら、モゾモゾと瓦礫の中からプヨプヨとした半透明の魔物が出てきた。
……あいつ、俺の同胞じゃね? スライムだな、またお約束の魔物に転生しやがって。
スライムは元の世界のとあるゲームの影響で最弱種として有名になっているようだが、実際は違う。
よく考えてみてくれ、核をやられないと死なないし、取り込んで窒息させたり溶かしたりするのだ。厄介な魔物である。
とは言えレベル1からの転生で生き残るのは難しい。転生した本人は訳が分からないだろうしな。
直ぐに天界に戻った俺はゲームで徹夜した眠そうなエメローラ様に、魔物の転生者が居たことを報告した。
「……それで、手を貸してきたの?」
「え、駄目なんでしょう?」
「……うん、まぁそういう事になっているけどさぁ」
おやおや、思考レベルを下げている上に寝不足で反応が素直だねぇ。
「前に言った事があるけど、神界にいってしまった亜神の方々の話、憶えてる?」
「ええ、凄い方々だったんですよね」
「その方々が決めたルールなのよね。あの方々が当時地上で凌ぎを削っていた時、亜神の介入があって世界は大混乱になったらしいのよね。なのであの方々が亜神になった時に地上へ干渉はしないようにとのルールができたのよ。まぁレベル50以上の者が地上で力を使うと歪ができちゃうしね」
エメローラ様はゲーム画面から目を離さずにそう言葉を続けた。眠そうだが、まだゲームをやめるつもりはないらしい。
今やっているゲームはオンラインゲームだ……どうやって俺が元居た世界と回線を繋げているんだろう? 流石は天界の主である。
「つまりやり過ぎなければ手を貸しても目を瞑ると?」
「そもそも私自身は禁止してないわよ。前の天界の主がそう決めただけで、私はそれに倣っているだけだし……セシリィ氏の好きにすればいいわ」
「……成程、エメローラ様はツンデレの属性もあるようですね」
「なっ、私がいつ『そんなつもりじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!』と、言いましたか?! ツンデレとは心外です!」
いやぁ、「本当は禁止なんだからね、特別なんだからね、感謝してよね!」と返してくれたら、完璧だったんだけどな。やはり寝不足か、早く寝ろ。
エメローラ様はまたまたプンオコ(プンプン怒る)である。しかし本当に面白い方である。実に仕え甲斐がある。
さて俺も一応亜神だし、信仰心を集めないといけない。
やっぱり魔神とかになるのかな……魔王が亜神となったら被りそうだけど。
まぁエメローラ様には好きに名乗ればいいと言われているから別に魔神でもいいか。魔王が亜神となってから考えよう。
魔物出身だし魔物を庇護して信仰心を集めるのもいいかもしれないな。
そんな訳でやっと見つけた同胞を、陰から見守る俺。
やられて倒されないようにこっそりとサポートをする。勿論過剰な手助けはしない。本人の為にならないしな。
精々今遭遇したらマズい魔物を間引いたり、死にそうになったらこっそり回復させてやっているだけだ。
まぁアルティメイトゾンビで一度レベル50になって、神聖魔法の蘇生魔法を習得したから、死んでも生き返らせる事もできるし。
時間が経ち過ぎたら駄目だとか、バラバラになり過ぎたら駄目だとか、意外と条件が厳しいけど。
え、何だって? 滅茶苦茶過保護だって? そ、そんな馬鹿な。俺が過保護の訳がないだろ……ないよな?
そんな甲斐もあってスライムは進化した。
ほほう、ホーリースライムか。もしや俺がヒールで何度も回復してやっていた事が原因か?
ホーリーって事は神聖魔法を使えるようだ。倒されにくくなるのはいい事だ。
頑張れ後輩。
回復魔法が使えるようになって調子に乗ったのか、無茶が目立つようになって来たスライム君。
ああ馬鹿、突っ込むな! おい後ろから別の魔物が来てるぞ! うがぁ危ねぇ、お前が戦っている相手は魔法使うって!
……そんな訳でグッタリとしたスライム君は俺の手の中に。
スライムも気絶するんだな。
「スライムも気絶するんですね」
俺と同じ感想を漏らしたのは白いローブを纏った少女だ。
正確には少女の姿に戻ったが正しい。
「クレアもそう思うか。そう言えばゾンビの俺も気絶したことあるわ、最初の頃」
始めて自分がゾンビだと知った時、ショックで気絶したっけな。
「でも、可愛いですね。白くてポニョポニョしてます」
「おっ、お気に召したか? こいつホーリースライムなんだよ。聖女のクレアとは相性が良さそうだなと思ってさ」
「……セシリィやセシリアと同じ転生者なのですよね? 起きてから接してみないと分りませんが、私はこの子に悪い印象はないですよ」
ヨシヨシとスライム君を撫でるクレア。正に聖女そのものだ。
クレアは俺が亜神となり天界に住むようになっても、引き続き冥王国に住んでいた。
冥王国は人族や亜人族の住む地域がその全領土の実に半分を占める。
前々冥王だったプロキオンが統治していた時とは全く違う統治体制だ。
……アンデッドの冥王国なのに人の住む領地が領土の半分もあるのはおかしな気もするが、その辺は気にしちゃいけない。
冥王であった俺が変り者だったという事で納得してほしい。
俺が亜神となり、新たな冥王となったアリスも俺と同じ方針なので、人族は虐げられずにアルグレイド王国の人と何ら変わらない生活を送っている。
冥王国とアルグレイド王国は休戦しているが、これは別に珍しい事ではない。
竜王国とその敵対している人族の治めるマールシア王国は、もう何百年も前から休戦したままの状態だしな。
獣王国はリシリアン王国と戦争と休戦を繰り返している。
ずっと人族の国、ヒルダ王国と戦争をしているのは魔王国くらいかな。
まぁともかく、そんな訳でクレアに魔物の転生者である後輩のスライム君を預けることにした。
ハイヒューマンに進化したクレアは、この全大陸の人族の中ではダントツの強者になっている。単独でも四王と良い勝負ができるかもしれない程だ。
そんなクレアにスライム君の面倒を見てもらうので、余程の事がない限り大丈夫だと思う。
スライム君は俺の事は知らない。今まで密かに陰でサポートしてきたし。
スライム君の性格が分からないので、俺の正体は明かさない方針で行こう。但し魔物の神様をそれとなく信仰するように誘導しないとな……転生者が魔物の神様を信仰するか? うん、ちょっと無理っぽいかも。まぁいいか。
ともかくスライム君の事は冥王となったアリスにも一言言ってあるし、気にかけてくれるだろう。あいつ何かと面倒見がいいしな。
見た感じクレアがテイム……魔物と契約して使役しているように見えるよな。しかもホーリースライムなので聖女のクレアにはピッタリだ。
俺は他の魔物に転生した者達を探し続けたが、スライム君以外は見つける事はできなかった。




