114 停戦条約(4)
剣聖クリスが「始めようか」と口にした直後、ガキンと金属音が鳴り響く。
セシリアがクリスの剣を受け止めた音だ。その音が皮切りとなって俺達冥王国側と勇者一行との戦闘が開始された。
「あらせっかちね」
「早く剣で語りたかったのでな」
まるで詩人のような台詞を口にした剣聖の二刀がセシリアに切れ目なく襲い掛かるが、セシリアはその斬撃を器用に剣一本で捌き切っている。
お互いに口の端を釣り上げ嬉しそうに剣を交える両名。このバトルジャンキー共め。
暫く受けに徹していたセシリアもギアを上げ、クリスの攻撃の僅かな合間に強引に攻撃をねじ込むが、その攻撃をクリスが二刀で防いでいる。
お互い攻守の均衡が取れたその戦闘の様子は一見、力量が均衡しているように見えるが実はそうではない。
他の者からはどう見えるのかは分からんが、俺の目には明らかにセシリアの方に余裕があるように見える。いや実際余裕があるのだろう。
セシリアと剣を交えているクリスもその事を感じ取ったのだろう、動きに若干の焦りが見えた。
「……どうやら力を出し惜しみしている余裕はないようだ……ならば!」
クリスが一瞬だけ後方に飛び退き間合いを取り、仕切り直すように再度間髪入れずにセシリアに切り込む。
「これならどうだ、クアッドスラッシュ!」
クアッド……つまり四連撃の攻撃だ。
しかし四連撃の武器技は聞いた事がない。その種明かしは左右それぞれのダブルスラッシュを使った双剣による武器技の攻撃だった。ダブルスラッシュ×2と言った方がいいかもしれない。
それでも武器技の同時発動は見た事がないので、この剣聖クリスは高い技量を持った剣士だと言えるだろう。
「お、おおっ?!」
想定していなかった攻撃なのか、セシリアが驚きの声を上げる。しかしセシリアはその攻撃の全てを防ぎきっていた。
「馬鹿な……初見で防がれるとは……」
彼……クリスにしてみれば四撃全てが防御されるとは思わなかったのだろう。驚いた顔を隠しもせず呆然としていた。
その隙をつけばいいのにセシリアは、暫し考え込んだ後に収納スキルを使用し、剣をもう一本取り出す。
死者の迷宮で手に入れた魔剣で、ルーンライズ程ではないがそこそこの性能の良い剣らしい。これにもやはりアルの魔改造……もとい改良がなされていて、性能はかなり上がっているようだ。
「成程成程、いいもの見せてもらったから、お礼をしなくちゃね」
剣聖クリス同様、両手にそれぞれ剣を持ったセシリアがニヤリと笑いながら剣を構える。
「……ま、まさか、貴様もクワッドスラッシュを……馬鹿な見よう見まねでできるはずが……」
「残念、私がやろうとしているのは貴方の真似だけど、真似じゃないの」
「どういう……!」
「いいからいいから、じゃあ行くよ。しっかり防がないと……死ぬよ?」
セシリアの台詞が言い終わるとともに、彼女の武器技による攻撃が発動された。
……いいなぁブレイブゾンビは武器技が使えて。俺も必殺技みたいな剣技を使ってみたいよな。
俺がそんな馬鹿な事を考えている間にセシリアの攻撃は剣聖クリスを襲い、クリスは為す術もなくセシリアの斬撃を食らっていた。
「ば、馬鹿な……くっはっ」
「……トリプルスラッシュの二連撃。ヘキサスラッシュって感じかしら」
そうトリプルスラッシュ×2。都合六連撃がクリスを襲い、彼を打倒したのである。
……とは言ってもセシリアはかなり手加減したようだな。
鎧は砕け、身体に深い切り傷を負っているが致命傷となる攻撃を一撃も入れていない。
だが流石に意識を保ってはいられなかったのか、剣聖クリスは地に伏せ気を失っていた。
忍者とアリスの戦いはトリッキーな動きをする忍者と、その忍者に落ち着いて対応するアリスという形式になっていた。
勇者が攻めてきた午後からは曇ってきて直射日光がないとはいえ、俺やセシリアと違い日光耐性を持っていないアリスには少々キツイ戦いになるかと思っていたが、意外と何とかなっているようだ。
忍者は一瞬で姿を消し、次の瞬間には別の所に現れアリスに攻撃を仕掛ける。
だが、その攻撃の全てがアリスに躱される。
「ぬぅ、何故だ。掠りもせぬ」
「そうじゃのぅ。こんな攻撃では埒が明かんぞ? ほかに手品はないのか?」
「忍術を手品と愚弄したな、許せぬ!」
何たる暴言、手品師に謝れ忍者君。手品師だって立派な職業である。
まぁでもこの世界の手品師はエセ魔法使いみたいな認識で、酒場を盛り上げる芸人みたいな感じだ。そもそも不思議な現象は魔法使いがいる世界なのであまり驚かれたりしない可哀想な職である。
まぁ魔法使いはそう多くない世界だ、田舎町を回ればそれなりの収入はあるらしい。
アリスに馬鹿にされたと思ったのか怒る忍者君は手を正面に合わせ、「分身」と呟いた。
おおっ、分身だ。
忍者が十人以上に別れ、四方八方からアリスを囲い込むようにアリスに襲いかかる。
「ほぅ。ならば私も真似をさせてもらおうかのぅ」
アリスも分身を発動させる。
但し、忍者のように数十人ではなく、いつも通りの分体を使った三体だけだ。
「笑止、たかだか三体のみの分身とは!」
ガキンという金属音が鳴り響く。
忍者の忍者刀とアリスの十字槍が弾けあった音だ。
「良く見破ったな。流石冥王に付き従うだけはある」
「それは、どうもじゃ」
忍者の分身は本体の攻撃を防がれると消えて無くなった。どうやら彼の分身は実体のない幻影で、長時間維持はできない仕様のようだ。
だがアリスの分身は……分体なので実体はある。
「隙だらけじゃ。もういいかのぅ」
「ぬっ? かはっ!」
忍者の背後にアリスの分体が二体まだ消えずに居たことに気付かぬまま、忍者は無防備な背後から攻撃を受け崩れ落ちていた。
ニコニコと微笑むクレアと、脂汗を浮かべ目に見えて疲労が窺える賢者アドル。
「くそぉ、何故だ何故だ何故だぁああああ!」
「何故と言われましても……」
喚き散らすアドルに頬に手を当て困ったように首を傾げるクレア。
「ちくしょう! アイス……」
「ディスペル」
アドルが魔法を唱える度、クレアはその魔法を強制的にキャンセルさせていく。
「何でだ、俺は賢者だぞ! こんなに簡単に魔法を消されるはずがないんだ! どんなチートを使ってやがる?!」
「お伽噺の転生者ではあるまいし、チートなど使っていませんよ?」
人族に昔から伝わるお伽噺で世界を救う転生者がチートを使っていたと言われている。そう、お伽話でだ。
現実ではチートを授かった転生者はほぼ居ない、なぁセシリア。
しかしチートって、本当はズルって意味なんだけどな。
「っく、ファイア……」
「ディスペル」
「くそぅ!」
アドルが魔法を放とうとしたらクレアがその魔法をキャンセルする。
その間、クレアは一歩ずつアドルに近付く為に歩を進め、アドルはそれから逃れるために少しずつ下がっていった。
「……あっ」
アドルの背中が隣の屋敷の壁にぶつかる。
アドルは周りを見渡すが、通路は味方の騎士に塞がれ彼の逃げ道はない。
気が付くとクレアが笑顔を浮かべながらアドルの前に立ち塞がる。
「く、来るなぁ!」
アドルは障壁を張りクレアの接近を拒むが、その障壁をクレアはディスペルで解除せずに、手に持った変わった形のメイス、ボーンブレイカーで破壊をした。
前世の金属バットのような形状のスケルトン系に特効のある武器だが、打撃武器としても十分な攻撃力を持ったメイスである。当然アルによる強化の改良済みだ。
バリンと硝子の砕けるような音がして障壁が崩れる。
賢者アドルはパニックに陥ったようで、手に持った高価そうな杖でクレアに殴りかかる。
それを余裕をもって避けたクレアは賢者に数回メイスで攻撃を叩き込んだ。
前冥王にも接近戦で戦った経験のあるクレアだ。結構容赦ない攻撃だった。
賢者アドルは痙攣を起こしながら白目を剥いてクレアの前に倒れた。
さて、俺は勇者サンと戦闘中の筈なのに、何故皆の戦闘を悠長に見ていたかと言うと……。
「この野郎ぉ、出しやがれ!」
結界内にサンを閉じ込めていたからである。
ちょっとした足止めのつもりで結界内に閉じ込めたのだが、未だに結界が壊される気配もない。
何の強化もしていないこのくらいの結界なら、中から簡単に破られるだろうな……と、考えていたのだが。あれ、こいつもしや弱……いやいや、俺を倒そうとやって来た勇者だろ? 仲間は弱かったかもしれないがこいつは強いかもしれないじゃないか。
正直レベルは目安にはなるが当てにはならない。俺やセシリアのようにレベルと比例しない程の強いステータスを持った奴がいるかもしれないからだ。
「この臆病者め! 出さないと……おわっ!」
流石にこいつが最後なので結界を解除してやる。
「ちっ皆やられやがったか……まぁいいや、勇者の俺が全て片付ければいいことだ!」
実に前向きな奴だ。この能天気さは勇者向きなのかもしれない。俺がチラリとセシリアを見たのは気のせいだと思ってくれ。
ともかく俺は勇者と戦う事があるとすれば、多少は冥王らしく振舞おうと思っていた。なので現在俺は冥王の証である冥王の外套を身に包んでいる。
冥王の外套は経験値の習得が大幅に減る代わりにステータスが爆上がりするインチキ装備ともいえる冥王専用の装備である。
「う、うん、何だ。身体が震える? ……ああ、そうか武者震いってやつか、うん、きっとそうだ!」
勇者サンは震える身体を無理に抑え、剣を俺に向けて構える。
サンの身体はステータス差を感じて震えているのだろうと思うのだけど……まぁいいか。
「冥王を倒しても次が沢山いるからな、最初から全開でいくぜ!」
サンは剣を大きく振りかぶり構えを取る。
武器技を放つ直前の姿勢だ。
俺は収納鞄からブラックロウを取り出し技に備える。
「くたばりやがれ、ライトニングスラッシュ!」
稲妻のような速度で突撃するように斬撃を放つ武器技だ。
大昔、俺がエンシェントゾンビの時に冒険者仲間だったダンに食らった武器技だ。
あの時は対応しきれずに身体を切り裂かれたが……。
「……あ、あれ?」
「……へぇこれやっぱり聖剣なのか? ルーンライズよりは格下みたいだけど」
俺の手にはサンの持っていた聖剣が握られている。
エンシェントゾンビからセイクリッドゾンビ、そしてアルティメイトゾンビと進化し、更に冥王の力も得ている俺だ。上位の武器技であるライトニングスラッシュと言えど、前もって放つ事が分っているなら対応は可能であった。
「う、うわぁああああ! う、腕が、俺の腕が!」
あ~っとごめん。武器技を発動中に剣だけ奪うのは流石に難しかったので、腕を切って聖剣を奪ったのだった。
……悪かったって、やれやれ仕方がない。
「ほら、これでいいだろう?」
「うがぁ、な、何を……あ、あれ?」
「腕は返してやったんだから、文句言うなよ」
そう、エクストラヒールで腕をくっ付けてやった。
勇者サンはレベルが30を超えているようなので自分でエクストラヒールを唱えられるだろうから、腕を返してやればいいだけだったのだが、落ち着きがなく狼狽えていたので俺がくっ付けてやったのだった。
「うわっ、えげつないわね!」
おいそこセシリア。えげつないってなんだよ!
「腕を切断してまたくっ付けるか……流石に引くのぅ」
え、アリスまでそんなこと言う訳? だって相手は勇者だぞ?
「成程……そういう心的罰の与え方もありますか。参考になります」
参考にしないでね。それに罰とかじゃないからね。
「はっ! か、返せよ! 俺の聖剣!」
「え、嫌だ」
俺やセシリアみたいに聖属性耐性を持っているならいいけど、聖剣は冥王国にとっては危険な武器だし、没収するのは当然だろ?
「く、くそっ、ならば……」
サンは呪文を唱え始める。
……ふむ、どうやらファイアストームの魔法だな。王都の外れとはいえ王都内で広範囲魔法を使っていいものだろうか?
セイクリッドゾンビになった時に神聖魔法を習得したので、今ではクレア程ではないが、神聖魔法をそれなりに使いこなせるようになっていた。
加えて馬鹿みたいに魔力があるので魔力が枯渇する事なんて事は殆どない。前冥王プロキオンみたいな奴と戦わない限りは。
俺は自分達とオリビアがいる冥王国用の館、そして魔法の範囲に入っている人の居そうな家に結界を張る。次の瞬間炎の嵐が辺りを包み込んだ。
おお~、ここを包囲していた騎士達はファイアストームに巻き込まれまいと凄い勢いでここから逃げ出していく。逃げ遅れたら死ぬかもしれないから必死だな。頑張って逃げろよ。
「はははっ俺を馬鹿にした報いだ! 流石の奴も黒焦げに……?」
「お、もう終わったのか?」
「馬鹿なぁ! まさかのノーダメ?!」
そうだな、結界が全く破られなかったから当然ノーダメージだよ。
「ちくしょう、何なんだよ、お前は!」
冥王ですが? お前自分で言ってただろうに、何を言っているんだ?
「くらえ、サンダーボ……」
「サイレンス」
懲りずに魔法を使おうとしていたので、とりあえず魔法を封じてみた。
レベル差もあるがステータス差がかなりある筈なので、沈黙の魔法も問題なく勇者サンに効いたようだ。
サンは口をパクパクさせながら何か叫んでいるが、声になっていない。
いやだってさ、周りを見てみろよ。
ファイアストームで結界を張った家は無事だが、壁や生えていた木なんかは焼きつくされているぞ?
剣を没収され魔法も封じられた勇者サンはちょっと涙目になりながら俺を睨みつける。
いや君達は俺を討伐しに来たんだろ? 返り討ちにされたからって恨むのは筋違いだと思うんだけど?
サンはおもむろに動き出すと、俺に拳を握り殴りかかって来た。
ふむ、まだやる気のようだ。その心意気や良し!
振り抜かれるサンのストレートパンチを躱し、タイミングを合わせクロスカウンターを叩き込む。
サンは「へぎゃ!」と変な声と、ゴキリと変な音を身体から上げさせて吹っ飛ばされた……やべぇ手加減間違えた。死んでないよな?
まぁ俺を討伐に来たんだから殺されても文句は言えないだろうけど。




