11・お約束
メリアと過ごした湖畔を少し物悲しい気持ちを振り払い離れる事にした。
アークゾンビに進化した今の俺の姿は、見た感じ魔物には見えなくなったと思うので無暗に森の中を歩くのは止めて、とりあえずは辛うじて道だと分かるイケメン騎士達や襲撃者共が来た道を歩くことにした。
湖畔にいても滅多に人が来なかったので、人と遭遇する可能性は低そうだ。
万が一帰って来ない襲撃者達の様子を見に湖まで仲間が来るとしても、恐らく俺がこの辺りから離れた後になるだろう。
でもまぁ一応は用心しておくことにする。面倒事は御免なので人の気配がしたら森に逃げ込む事にしよう。
一本道だと思っていたら、結構道が分岐したり合流したりしている。気軽に歩いていればそのうち森の外に出れるさ……なんて考えていた俺は馬鹿だったのだろうか? うん、馬鹿だね。
はっきり言おう。
俺は迷っていた。
だが深刻に悩む必要はない。
何故ならゾンビである俺は食べ物を摂取する必要は無いからである。
アンデッドのエネルギー源の魔素は魔の森と呼ばれているこの場所には十分にあるからだ。
マナではなく魔素と言い切ったのは何故か。
メリアが独り言でそう言っていたのだ。
流石に一人だと寂しいものがあるのか、アンデッド達に話しかけるように独り言をよく呟いていた。
彼女は俺が彼女の話にうんうんと相槌を打つと、調子に乗って色々と話してくれた。
ただそれを傍から見たら、ゾンビに話しかけている危ない人にしか見えないだろうけど。まぁそこには他に人はいなかったから問題はない。うん。
俺の居たダンジョン、死者の迷宮と言うらしいのだが、そこ程には魔素が濃くはないらしいが、魔物が活性化するだけの魔素はこの森、魔の森にはあるらしい。
そもそも生きている動物系の魔物は、只の獣が何らかの影響で魔素に汚染されて魔物化したものらしいので、魔物を倒しても魔素を得る事ができるらしい。
俺にはライフスティールもあるし、HPと魔素が補充できる魔物は美味しい得物だ。
ちなみに人が多くいる町や村には、この森程の濃い魔素はないらしい。魔法使い等が魔法を使うので、魔力の元である魔素が全く無いと言う訳ではない。
獣が魔物化するくらいの濃い魔素ではないというだけだ。
エネルギー事情の心配が無いと、お気楽に考えていた俺は阿呆なのか? うん阿呆だな。
どうやら適当に歩いて辿り着いた場所は魔物のレベルが高い区域だったらしく、大変な苦戦を強いられた。
敵が強すぎる場合は倒してライフスティールで得たHPよりも、戦闘で攻撃を受けて失うHPの方が断然多くなるのだ。
考えなくても分かる話だ、そもそもライフスティールの回復量は微々たるものだし、倒しきらないとHPを得る事もできないからな。
そしてHPの回復は自然回復しかない。
エネルギー源の魔素があっても直ぐにはHP変換されないので、敵にやられれば回復が間に合わずHP……体力が低下していくことになる。
人なら食べ物を食べても、直ぐは元気にはならないのと同じだと俺は考えている。消化してカロリーに変える行程が必要だしな。
それが正しい解釈なのかは分からないけど。
しかし日光耐性で日中もHPが減らなくなってて良かった。これで日光耐性が無ければ更に目も当てられない事になった筈だ。
当然回れ右で来た道を戻るが、そもそも迷っていたのでこの危険区域から脱出するのに随分時間がかかったのである。
やれやれ、この広い森にはまだ近寄っちゃいけない、レベルの高い魔物が徘徊する危険な場所があるんだな。正に魔の森である。
迷ってから一~二週間ぐらいたっただろうか? 今まで歩いていた草木が茂り過ぎている道なき道から、やっと道幅がそこそこ広く草木が適度に刈られたちゃんとした道に出たのだった。
道なりに進み何度目かの道と合流すると、明らかに馬車等がよく使用しているだろうと思われる幅広い道に突き当たる。
このまま進んで森を抜ければ、人の住む場所……町や村等に出そうだな。
ここまで来て、改めて人前に出て大丈夫なのか心配になって来た。
勿論顔を隠すのを忘れない。日中見たら具合が悪いくらいで通用する顔色ではないからな。
……あれ?
曲がった道と森の木々のせいで道の先の見通しがきかない中、違和感を感じ足を止める。
どうやらこの先に誰かいる様だ。しかも結構な人数が。
どうしよう、関わってもいいものか?
しかし、この世界を生きていく(?)為にはこの世界の事を知る必要がある。その為には人の居る町に行き情報を集めるのが手っ取り早い。
万一魔物だとバレたら討伐されるだろうな~、そう思うとその一歩が中々出ない。
よし、まずは森に隠れながら様子を伺おう。
万が一、見つかった場合はどうするかな。むぅ~、まぁ、その時はその時か。
自分でもびっくりするくらいのスムーズかつ静かな隠密行動で森の中を移動し、こっそりと人の見える場所まで移動した。
……カンカンキンキンと金属音が聞こえてたから、嫌な予感はしてたんだ。
道に停車した馬車が襲われていた。
しかもその馬車だが、湖畔に来た奴隷商を装った襲撃者達の様な少しボロい馬車ではなく、明らかに高貴な者が乗っていそうな立派な馬車だ。
いや、こんな時にアニメや漫画にあるような展開はノーサンキューだよ!
はっ、まさかメリアを襲った奴等の仲間じゃないだろうな?
……いや、多分違うな。
あれからかなり日が経っているし、探しに来た奴等が襲撃者達の遺体を見つけても、足取りが無ければ恐らく直ぐに引き返すだろう。襲撃部隊が全滅したんだしな。
恐らくこの襲撃は別件だと思うのだ。
よって関わりの無い事だし逃げてもいいよな? もし関わり合いがあっても多勢に無勢だしさ。
だが、その前に……。
俺は凝った造りの眼鏡を取り出し、それを通して彼等を見た。
ほうほう、ふんふん、成程ね。
何をしてるのかって? ああ、奴等を鑑定しているんだ。
以前俺とメリアが初めて会った時、彼女がこの鑑定眼鏡で俺の事を見てただろ? 彼女の荷物の中にその眼鏡があったのだ。
取ったなんて無粋な言い方はしないでくれ、これも形見みたいなものだ。
ともかくその眼鏡で奴等を見てみると……。
『盗賊・レベル12・ドノヴァン・etc……』
『盗賊・レベル17・エディ・etc……』
『盗賊・レベル8・ガイ・etc……』
等々……。
賊の大半がレベル20以下だ。10以下も割と多い。
俺は賊の後方で腕を組み偉そうに立っている盗賊集団のボスだろうと思われる男を鑑定眼鏡でみて驚いた。
『騎士・レベル29・エリック・etc……』
……は? 騎士?
身を隠すほどのマントと顔を隠すフードで変装している様ですけど……バレてますよ騎士様?
これは関わっちゃいけない案件ですよね~絶対に。
逃げよう。うん、それがいい、そうしよう。
それにしても凄いなこの鑑定眼鏡。
これがあったら身を偽る事は無意味だしな。
……メリアも襲われる前にこれで確認しておけば良かったのにな……いや、分かった上で用件を聞きに近寄ったのかもしれないな。鑑定結果が騎士だったとしたら、きっと極秘任務だと思うだろうし。
それがまさか自分を殺しに来たとは思わなかったのだろう。
もう確認する術は無いけどな……。
俺はここまで来るまでに道に迷いまくり、途中結構な魔物を倒してきた。
特にあの俺よりレベルの高い魔物が徘徊する地域を抜けるまでに、ヤバい魔物とも何度も戦ったお陰で、既にレベルは29にまで上がっていた。
偶然にも賊の中に居る騎士と同じレベルだ。
戦う?
いやいや、騎士ってくらいだし恐らくあいつは魔物と違い、戦うための技術が優れている筈だ。なるべくなら戦いたくはない。
それにしてもアークゾンビはレベル20を越えても進化はできなかった。
恐らく次はレベル30まで行かないと進化はできないと思う。
何故かって?
ゾンビ、ハイゾンビはレベル10。
マスターゾンビとグレーターゾンビはレベル20で進化が可能だった。
二回進化すると進化に必要なレベルが10増えると考えたら、次はレベル30ではないかと思ったのだ。
まぁ、勝手にそう思っただけで、違うかもしれないけど。今のアークゾンビが最終形態の可能性もある。
進化できるにしてもできないにしても後一レベル上がれば分かる事だ。
あっ、いよいよヤバいか?
馬車を守る四人の冒険者風の若者を賊が囲い込み、その包囲が段々と小さくなっていく。
彼等のレベルは25前後くらい、襲っている賊よりは強いが何せ数が多い、ジリ貧確実だろう。賊の方はまだ二十名以上いるしな。
加えて冒険者の若者達はかなり疲れているように見える。
レベルを考えたら俺が襲われている方に加勢しても大して力にはなれないよな。
かと言って見捨てるのも目覚めが悪い……ゾンビは寝ないけど。
そんな事を考えていたら背後に気配が。
直後に僅な風切り音。
俺は振り向かずに振り下ろされた剣を避け、背後からの襲撃者に対し振り向き様に腰に差していた剣ではなく、手刀で反撃を試みた。まぁ剣を抜く暇が無かったからそんな攻撃になってしまったのだけど。
手刀は襲撃者の肩にめり込みそのまま白目を向いて昏倒してしまった。
……まずっ、見つかっていたのか。賊の斥候とかだよな。しかし……弱くね?
倒れた奴を鑑定の眼鏡で調べてみると、斥候・レベル20となっていた。
斥候か、盗賊と能力的にどう違うんだろう?
いや、それよりもだ、レベル差があるにしてもこいつレベル20にしては弱くないか?
……そうか、恐らく俺は何度も進化を繰り返して、種族としては弱いゾンビと言えど強い上位種になったからかもしれない。
多分人間……冒険者は魔物と違い、ジョブでそのレベルの強さが変わるんじゃないかと思う。
ゲーム的思考で恐縮だが、例えば斥候レベル20と勇者レベル20では、恐らく勇者の方が強いと思う。この世界に勇者がいるのかは知らないけど。




