106・合同訓練の為に獣王国へ来てみると、獣王がリア充だった件(1)
毎回恒例の四王会議だが相も変わらず予告も無しに呼び出され、今ようやく席に着いたところだ。
通常従者には冥将の誰かを連れて来るのだが、今回は誰も都合がつかず、仕方なしにアリスの推薦もあって赤の冥将序列一位のアンに付いて来てもらった。
俺が冥王軍に入り序十位を頂いた時に、繰り上がりで序列が八位と九位に上がったエルフ姉妹の姉の方だ。
当時八位だった彼女だったが、現在は赤の冥将軍の序列一位まで昇進したのだった。
まぁ俺がその事を凄いと言うと嫌味になるので本人には言わないが。何しろ彼女等を通り越して、冥王まで成り上がってしまったんだからな。
従者とはいえ会議の参加に最初は「何で私が……」などとブツクサ文句を言っていた彼女だったが、四王会議の会場に入ると目をキラキラさせていたのだった。
「ちょっと、おチビ……じゃなかった冥王様。あのダンディなおじ様は誰ですか? 教えなさいよ……教えて下さい」
アンはアンデッド馬のダライアより毒舌……口が悪かった。
直属の上官であるアリスにはそんな舐めた口をきかないが、何故かアリスより上の権力者である筈の俺には口が汚い。
……俺冥王なんだけどな。まぁアンは序列将の頃からこうだったから別にいいけど。一応ちゃんと取り繕ったように言い直しているし。
さて、アンの言うダンディなおじ様とは?
……目がハート型になったアンの視線の先を見てみると、椅子に腰掛けた眼帯で筋肉質の大男がいた。
相変わらずごつい身体と、うさ耳が笑えるほどアンバランスな男である。
「獣王の事か?」
「あれが獣王……なんて逞しくてキュートなのかしら……」
……うん、人の趣味には口を出すまい。この手の話題には地雷が埋まっているものさ。俺は人の趣味嗜好に口を出して爆死する愚かな真似はしないのだ!
無事四王会議が終わり冥王国へ帰った後、俺はアンに難題を持ちかけられていた。
「おチビ……もとい、冥王様のお力で、獣王様との仲を取り持ちなさい……取り持って下さい!」
「え~」
俺が嫌そうに返事をすると、急激に俺達の居た部屋の温度が十度は下がった気がした。
「……冥王様」
「……あっはい、前向きに善処します」
権力と武力は俺の方が上なのだが、何故かこの手の女には逆らえない俺。だって怖いんだもん。
途方に暮れる俺。
アンの去った後、妹のロロが部屋に訪れる。
姉の意中の人物がどんな男だろうと気になっていたようで、俺の天才的な似顔絵……は無理なので、以前アリスが四王会議で見た獣王の姿を投影魔法で再現した獣王の似姿を見て、ロロが「ああ成程~」と納得していた。
「これはバッチリお姉ぇちゃんのドストライクっすねぇ。筋肉だるまのイケオジであの笑える兎の耳を可愛いと思えるお姉ぇちゃんらしいっす」
肩を竦め、やれやれと呆れ顔のロロだ。
「どうしようロロ?」
「知らないっすよ。冥王様なんだから何とかするしかないっすねぇ」
「姉の事なのに無責任な」
「無責任な主に言われたくないっすね」
姉妹揃って舐められている俺だった。まぁロロの方はかなりマイルドだしフレンドリーな感じだから気にしないけど。
そんな矢先、その渦中の人物である獣王から打診があった。
何でも合同で部下の訓練をしないか? というお誘いだ。
どうも獣王国では三十年ほど続いた人族との休戦が近々破棄されるらしい。
長い休戦で鈍った兵を引き締める為に訓練を行なうのだが、他国と共同する事で刺激をもらおうと考えているようだ。
ちなみに常に戦争状態の魔王国は「こっちは訓練どころか実戦中だ」と断られ、ずっと休戦が続いている竜王国は竜王自身は乗り気だったのだが、肝心の竜人兵のプライドが高く他族との訓練に否定的で全くやる気がないらしい。
そんな中、冥王国だけが獣王国の合同訓練に参加する事になったのだ。
俺にしてみれば渡りに船の話である。
勿論アンに参加するかと話を出したところ、迷うことなく了承したのは言うまでもない。
……アンの浮かれ具合が凄くて、ちょっと引いてしまったけど。
数か月後、俺達は獣王国を訪れた。
獣王国までの道程はかなり遠い。
合同訓練と言う事で兵を連れて行く訳だが、魔物も蔓延る上に険しい山脈越えがかなりきつくて兵にはそれだけで訓練になりそうな……いや過酷な訓練以上の行程だった。
そして今は訓練の場となる『永遠の森』と言う場所にいる。
永遠の森は冥王国で言う死者の迷宮の様な場所で、最下層の分からない死者の迷宮同様、森の奥が何処まであるのか分からない不可思議な森である。
当然魔物も生息しており、奥に行くほど魔物は強くなっていく。
「合同訓練に参加してもらえて嬉しく思うぞ冥王」
「せっかくの獣王からのお誘いだからな」
獣王国の参加人数は約二百人程、こちらはその半分の百人程を連れてきた。
獣王国は当然全員が獣人だ。
一方こちらの方はというと……。
「冥王様よぅ、こっちは準備万端だぜ! このアイン様に任せておくんだな、かっかっかっ!」
緑の冥将マーヤの配下、緑の序列将第一位のアイン率いる獣人部隊が参加していた。
俺がアインと始めて会った時は灰の序列将七位だったが、今は緑の序列将一位まで上り詰めている。
まぁカノープス配下の生き残りで冥将になれなかったのがアインだけだったので最初は結構不貞腐れていたらしい。
アインの上官になるダークエルフのマーヤはかなりの武闘派なので、結構厳しく鍛え直されたようだ。
「そろそろこのできる男、アイン様を冥将にしてくれてもいいんだぜ! な冥王様よぅ、名称は閃光の冥将とかどうだ? どうだ、カッコいいだろ? な、な?」
どこからそんな自信が湧いて出てくるんだアイン?
冥将は色で区別しているのに閃光ってなんだよ? ああ線香の方か……慢心して自滅しないようにな。この世界で線香は見たことはないけど。
シャドウボクシングのような動きをしながら「どうだこのキレ、正に光の如きスピードだぜ、かっかっかっ!」と、自慢げなアインを生温かい目で見守る俺。
……見守っていた俺だったが、俺にアピールでもしたかったのかアインはドヤ顔で、「どうよ?」とシュッシュッとパンチを繰り出し続けている。
随分自信がありそうな顔をするものだから、ついアインがパンチを放って腕を伸ばした所で手首を掴んで動きを止めてやると、「馬鹿なぁ!?」と絶叫を上げていた。
馬鹿はお前だアイン。
相変わらず愉快な奴である。
そしてこの合同訓練を一番に楽しみにしていたエルフ姉妹の姉の方は……。
「獣王様、ささお飲み物が入りました。どうぞ」
「おお、これはすまぬな」
俺の許可なく獣王にベッタリと付きまとい、恭しく獣王の世話を焼いていた。獣王の方も満更ではないようだ。
だが、その様子を面白くない顔で張り合う、獣人の女性がもう一人いた。
「貴方冥王国の方でしょ? 獣王様のお世話は私がします! ささ獣王様、怪しい冥王国の女が入れた飲み物など捨てて、私が入れたお茶をお飲み下さい」
……獣人にもアンと同じ趣味の女性がいたようだ。
いや、獣人同士ならあのうさ耳もアリなのか?
「はははっシーナよ、そう邪険にするものではない。すまぬなアン殿」
「いえ、そんな。それに私の事はアンと呼び捨てでお呼びください獣王様」
「獣王様、こんな女の事など放っておいて、私を……このシーナを見て下さい!」
シーナとかいう獣人の女性、出る所は出て凹む所は凹んでいる実にグラマラスな美女だ。
ちなみにアンもシーナに負けていないプロポーションだったりする。
美女に挟まれた獣王を見て決して羨ましいなんて事は思ってはいない……思わないぞ、ああ、思ってないさ、くそっリア充め、爆発しろ!
二人の美女にベッタリと纏わりつかれて、獣王はまるでキャバクラに来たオッサンのようだ。
目の前に俺が居るのにも関わらず獣王は「はははっ人前だぞ、戯れは止めぬか」と言いながら、美女二人の身体を弄っていた。助平親父め!
「冥王様……お姉ぇちゃんはもう駄目かもしれないっす」
「……ああ、見ればわかる」
多分面白半分で付いてきたロロが、姉の壊れように遠い目をしていた。流石にあれほど露骨に獣王に攻め込むとは思ってみなかったようだ。
多分あのシーナとかいう獣人女性に対して対抗意識を燃やした結果なのだとは思うが……身内が引く程はやり過ぎだ。
「ロロ悪いが俺は花を摘みに行ってくる」
「あ~、逃げ出すなんて狡いっすよ! だいたい冥王様ゾンビで用を足さないっすよね!」
獣王と俺の為に用意された天幕からそそくさと脱出した俺達。
……さて、兵士達の様子でも見に行くか……俺って真面目だなぁ。
兵達の天幕が張ってある場所に行くと何やら騒がしい。
「おっ、喧嘩っすか、喧嘩っすね? うひひひっ」
訓練地では他に行く所がないのか、俺に付いて来たロロが楽しそうに声の上がる方に目を向け遠くを見るポーズを取る。
良い性格してるよな、こいつ……。
まぁ俺も気になるので声の方へ足を運んだ。
「うるせぇ! 俺様は八獣士、猛虎のライアン様配下の虎の第七部隊長リア様だぜ。舐めた口きいてるとぶっ殺すぞ、てめぇ!」
「ああっこのアイン様に言ってやがんのか?! 俺様は緑の冥将配下、序列一位だぜ、少なくともこのアイン様はてめぇよりは格が上だぜ、敬いやがれ!」
アインだった……あの馬鹿、何やってやがる。
どうやら合同訓練の部隊長と言い争っているようだ。
面倒臭そうだな……逃げるか。
「うほっ、面白そうっすね。見に行きましょう冥王様」
え?
……無理矢理ロロに身体を引きずられ奴等の下へ。いやどうにかしないといけないのだろうけど……ロロ、お前は単に野次馬したいだけだろ。
アインと喧嘩をしている自分の事を俺様呼びしていた方は、女性の獣人だった。実に勇ましい。
こちらにおける冥将があちらの八獣士だと考えると、八獣士配下の部隊長は序列将と同格になるのか?
「げっ、冥王様じゃねぇかよ!」
あっ見つかった。げって何だよ、げってさ。
「どうしたんだアイン?」
「それがよぅ、生意気にもこの馬鹿がこのアイン様に……」
「何だてめぇは?!」
アインの話している途中で俺に食って掛かるリアとかいう獣人の女性。見た感じ虎の獣人の様だ、血の気が多そうだよな。
ちなみにアインは狼の獣人である。
「今のアインの言葉を聞いてなかったのか、俺は冥王だが?」
「……ふっ、ふはははははっ、こんなチビが冥王だって? 馬鹿も休み休み言えよな!」
「おい、冥王様はこんなちんちくりんで激弱そうに見えてもなぁ、超強ぇえんだぞ」
アインが一応抗議をしてくれるがあまりフォローになっていない。
「はぁ? 獣王様と比べるまでもなく弱ぇだろこいつは! なぁ冥王ちゃん」
「なら戦ってみればいいんじゃないっすか?」
馬鹿にされている俺の後ろに居たロロがそう口にする。
俺が馬鹿にされて怒っているのではなく、口調からして絶対に面白そうだと楽しんでいるな、こいつは。
「冥王様が出るまでもねぇ、ここは俺が……」
「う~ん、まぁいっか」
頭に血が上っているアインをまぁまぁと宥め、俺が前に出る。
「はっ、一丁前に俺様とやる気か?」
獣人リアは手に爪の付いたナックルを嵌めニッと口を歪ませる。
おおっ、そう言えば獣人ってナックル使いが多いんだよな。獣王は片手剣だけど。
俺はハッと思いついて収納鞄からリアやアインと同じように爪の付いた小手……ナックルを取り出す。
「……え? お、おいお前……それって、まさか……」
「知っているのか? なら丁度いい。まだ使ったことがなかったんだよな、これ」
「う、うわぁああああっ、ワイルドラッシュを使おうとしてんじゃねぇえええええ!」
小手を手にはめただけで蜘蛛の子を散らす勢いで獣王国の兵士が遁走して行く。
まぁワイルドラッシュを使ったら死人がどれだけ出るか分かったものではない。スキルを使わなきゃ只の強いナックルだけどな。
「マ、マジか……凄ぇな冥王様はよぅ、一体何をしやがったんだ?」
「ちぇっ、もう終わりか、つまんないっすね」
見事に虎の威を借りた俺だった。もっとも逃げたのが虎で兎の威を借りたが正しいけど。




