100・決着
俺は首を僅かに傾げて金の鍵を捻ると、カチリと何かが外れる音がした。
「ぬ、ぬおおおおおおおっ!? わ、我の力が……我の力が失われていく?!」
アルがアルグレイド王国の禁書庫に潜入して得た情報では、本来の金の鍵の用途は元冥王城である現赤の冥将のアリスの城へテレポートする為のアイテムではなく、本当の役目は冥王の力を封じるための魔道具だったらしいのだ。
そう、本来は勇者が強大な力を持つ冥王を打倒す為の弱体アイテム、それが金の鍵の正しい用途だと、禁書庫の記録に……黄金の書に書かれてあった訳だ。
アルからそれを聞いた時、何者かが……そう例えば女神が冥王を倒す為に用意したアイテムなんじゃないかと思った。
だってその黄金の書だが『天より授かれし書』らしいのだ。
天より授かれし書……その天って、セシリアが転生前に会った女神以外考えられないんだけど?
万が一勇者が返り討ちにあい、冥王が勝利し金の鍵を所有した場合、冥王は元冥王城から死者の迷宮に移動が可能になる。
つまり冥王は迷宮の先へ挑む事ができるようになるのだ。
冥王が金の鍵を手に入れる事を想定してない訳ではないだろうに、金の鍵を用意したのが女神だとすると、その意図は何なんだろう?
禁書庫で色々と情報を得たアルの話では、過去に冥王が金の鍵を手にした例もあったらしいのだが。
……まるで勇者を倒した冥王に女神が褒美としてプレゼントしたように思える。だって冥王を弱体化した金の鍵は消えずにそこにあるのだから。
……いやいやそれこそ有り得ない話か。
カランと音をたて金の鍵が床に落ちる。
「ば、馬鹿な……我の力が……冥王の力が……」
ワナワナと狼狽えながら、力の喪失を嘆くプロキオン。
プロキオンを見るとローブの上に羽織った質の良さそうな漆黒の外套が消失していた。
「な、何をしたセシリィィィイ! 我に一体何をしたのだぁ! 我の、我の大事な冥王の証である冥王の外套を何処にやったぁああああ?!」
へぇ、あの外套は冥王の証だったのか。黒く長めのマントで、身体の前にくるマントの留め具に大きく綺麗な黒い宝石がついていた、高級そうな外套だったな。
「お前も前の世界ではゲームをした口だろ、なら分かっているんじゃないか? 対ボス用の弱体アイテムだよ」
質問に親切に答えた俺と、床に落ちた金の鍵を交互に忌々しく見つめるプロキオン。
それを持っていれば死者の迷宮の三十層まで飛べることは、勿論教えてやる必要はない。
「貴様、我を倒す勇者にでもなったつもりか?! 両手を失いポーションで焼けただれる容姿の醜いゾンビのなりで!」
ゾンビだから別にいいんだよ!
返事の代わりにニヤリと笑って答える俺に、更に気を悪くしたプロキオンが手に持ったルーンライズを振り上げる。
「多少力を失ったとはいえ、我の勝利は揺るがないわぁあああああ! 死ねぇセシリィ!」
確かにプロキオンはレベル46の高レベルである。だがレベルに対してあまりにも強すぎた。
その実は冥王と言う立場……称号を得る事で、強力な力を得ていたのだった。人族で言えば勇者みたいなものか。
勇者は魔法を操り武器を使いこなす、一見魔法戦士と変わらないように見えるが、実はそうではない。
冥王や他の三王を倒す事のできると言われる勇者はステータス然り、魔力を含む神聖力然り、一般の冒険者よりも優れた力を持つ特別な存在なのだ。
まぁ今の状況を見るに別に勇者でなくても冥王を倒せそうでもあるが。
そう、今の冥王プロキオンは冥王の力を失っている筈だ。
プロキオン自身が言ったように、冥王の証の漆黒のマント……冥王の外套が消失したのがその証だと思う。
つまり現状はアルティメイトゾンビの俺とエンペラースケルトンのプロキオンとの戦いと言ってもいいのだろう。
プロキオンのルーンライズを俺は紙一重で躱すのと同時に、俺はローキックの要領でさっき盾の下から槍で折曲げた足の脛に蹴りを入れる。
バキリと音を立てプロキオンの足が砕け散る。
予想以上に脆い。
「ぐぅおわぁ、我の足がぁ!」
プロキオンは空ぶった剣を下から切り上げるように俺の胴体を切るつもりだろう、剣を振り上げてきた。
「真っ二つになってしまえ……ぬぅ?」
片足で踏ん張りがきかなかった事と、お互いに非常に近い立ち位置だった為に剣に速度が乗っていない。俺の身体を真っ二つにする事はできないだろう。
だがあるいはそんな状況でも、プロキオンの力なら俺を真っ二つにできたかもしれない。但し冥王の力があったのならだ。
俺とプロキオンは進化を繰り返し強くなってきた。だが四回進化したというプロキオンより、その倍進化している俺とではステータスの成長度合いが違う。
レベルはプロキオンの方が高いが、それさえ覆すほどに俺の方がステータスは高くなっているのではないだろうか。
そして何より金の鍵を使った弱体で、奴は冥王の力で上乗せされたステータスを失っている。
俺の身体を切り裂く事ができずに、腰に数センチ切り込んだだけで止まってしまったルーンライズを見て俺はそう考える。
「馬鹿な、何故切れん。何故にこんなに固いのだ?!」
アルティメイトゾンビの特性もあるんだろう。
体力が低くなればなるほど、能力が上がるというアレだ。当然防御力も上がる筈である。
ステータス画面を見て確認する暇も無いが、きっと今の俺の体力は殆ど無いだろう。逆に見れなくて良かったのかもしれない、あまりのHPの少なさに、臆病になって怯んでしまうかもしれないからな。俺そんなにメンタル強くないし……アリスに言ったらきっと笑うだろうけど。
俺の身体から剣を引き抜いたプロキオンが、反動でよろめきながら膝をつく。片足を俺のローキックで粉砕されたので上手く直立できないようだ。
奴は前のめりに膝をついたので、俺の目の前にプロキオンの身体が近付く。
再び触れる程接近した俺にルーンライズを逆手に持ち、俺を突き殺そうするプロキオン。
顔面に迫るルーンライズの剣先を慌てずしっかりと目で追い、それを身体を捻って躱す。
HPが減り過ぎて、アルティメイトゾンビの特性で素早さも向上しているようだ。ただ素早さも防御力も上がってるとは言え限度がある。勘だが後数回、いいのを貰えば一回で多分、俺は体力が尽きて負けるだろう。
なのでもう決着を付けようじゃないかプロキオン。
剣先を避け捻り込んだ俺の身体はプロキオンと密着する。
驚いて俺から離れようとしたプロキオンだがもう遅い。
膝をついたとはいえ身長差があるので、密着した状態で俺は跳躍した。そして俺の顔面にはプロキオンの骸骨顔が迫る。
頭突きを警戒したプロキオンは首を逸らして激突を避けようとする。
残念だったな、俺がしようとしてたのは頭突きではない。
「ぬぅ! な、何を?」
プロキオンが驚きの声を漏らす。
同時にバキンっと、何かが砕けた音が鳴り響いた。
俺はプロキオンの頸椎に噛みつき、そしてそれをかみ砕いたのだった。
頭と身体を繋ぐ頸椎を嚙み切り、頭部と胴体部が分断される。
デュラハンであるカノープスと違い、頭部を失ったプロキオンの身体は操り人形の糸が切れたように一気に崩れ落ちる。
暫しして頭部を求めるようにゆっくり這いずるように身体が動き出したが、俺は奴の身体を足で勢いよく踏みつけ粉砕する。
無事だった片腕と片足、そして背骨を砕いたので暫くは動かないだろう……少なくともプロキオンの頭が破壊されるまでは。
首を嚙み千切られ、床に転がったプロキオンの頭部は上手い具合に俺の方に向いていて、自身の身体が粉砕される様をただ眺めていた。
頭蓋骨だけになってしまったプロキオンに俺はゆっくりと一歩一歩近付いて行く。
「……あ、ああ……ああああっ、く、来るなぁ化け物めぇ!」
俺の接近を大声を上げ止めようとするが、当然俺は止まらない。
表面上とはいえ皮膚が焼けただれて、両腕の無い俺の容姿を見て、プロキオンは化け物だと言った。そう俺は化け物、ゾンビである。
容姿はゾンビっぽくない進化をしたが、ゾンビなのは間違いないのである意味、今の姿は正しい姿だと言える。
「そうゾンビは化け物だ。だが化け物なのはお前も同じだろプロキオン?」
現状俺には武器がない。それを握る両腕もプロキオンに切られた。だが幸いな事に両足は健在だ。
俺は足を振り上げる。
「ぶ、無礼者! 我は冥王ぞ、我を足蹴にするつもりかぁ!」
プロキオンが喚くが、構わず奴の頭蓋骨目がけて足を振り下ろした。
バキリッと大きな音が響いて、踵落としが決まる。
セシリアの投擲やアーロンの青い大剣で大きくひび割れていたプロキオンの頭蓋骨が遂に限界を迎え、そして砕け散った。
「あがっ?!」
頭の中の中心に赤く光る小さな球体があり、それが徐々に光を失いそして消えていく。
「……何故だ……おかしいだろ、何故我が……俺が負けなきゃならん? 折角ここまでの地位と権力を得たんだぞ……苦労したんだ、人間に転生した奴等を見返してやるんだ……」
既に数百年魔物としてこの世に存在していた冥王プロキオンではあったが、自身が想定していなかった敗北を認められずについ地が出てしまったようだ。
俺は転生前は結構な大人だったが、こいつは恐らくまだ学校に行っている様な子供だったのかもしれないな。まぁ大人でも子供心を持ったまま大きくなった面倒な大人もいたけど。
……いや、数百年も魔物としてすごしてきたんだろうし、転生前の大人子供は関係ないか。
「……次のコンティニューは人間がいい……俺は絶対勇者に……な……」
頭を破壊され塵になっていくプロキオンの最後の言葉は、そんな台詞だった。




