10・惜別
レベルは5に上がった。
メリアを追いかけている間に遭遇した魔物を倒し、襲ってきた奴等に追いつき次々に倒していくと、瞬く間にレベルアップしたのだ。
不思議な事に奴等は俺の姿を見ると、狼狽えた様に驚いた声を上げた。
ネクロマンサーを相手にしているのだから、支配下のゾンビが襲って来ることぐらい想定済みだろうに。
夜とは言え月明かりで明るい、ゾンビの俺の顔を見て驚くなんて、余程俺の顔は怖い顔をしているのだろうか?
幸いな事にもう神官は居ない様だ。
俺がメリアを見つけた時、戦士風の男が彼女に剣を振り下ろそうとしていた。
ここまで来るのに更にレベルは10まで上がった。
アークゾンビの移動速度はレベル10ながらレベル20のグレーターゾンビと同等……いや、それ以上だった。流石は上位種である。
戦士は剣を振り上げたまま絶命した。
その視線の先はメリアではなく、俺を見たまま驚きで動きを止めてしまったようだった。
殺された仲間の仇を取るべく俺に襲い掛かって来た奴等も、何故か驚いた顔で一瞬動きを止める。
その隙を逃す俺ではない。
一瞬の間に襲撃者共を殲滅した俺は、岩に持たれかかったメリアに近付いた。
……間に合わなかったのか?
メリアは目を閉じ動かない。足元には大量の血溜まりができている。
既に何度も切り付けられていたのか。
……賊が怪我をしていた動きの鈍いメリアに追いつくのは、容易な事だったのだろう。
加えて俺はターンアンデッドを食らって動けなくなっていたんだから。
俺が駆けつけるのが遅かったのだ。
僅かにピクリと動く身体。
メリアはまだ死んではいなかった……だが、時間の問題だ。ここには傷を癒す薬も無ければ、回復魔法で助けてくれる者もいない。
歯がゆい気持ちのまま彼女の目の前に立つ。
ゆっくりと目を開けるメリアは葬った奴等と同じように、俺を驚きの目で見つめた。
「……良かった……やっぱり生きていたのですね……心配していたんですよ…………セシリア……私の可愛い娘……」
俺の頬に手を沿えそう呟き、力なく手が下がるのと同時に彼女は息を引き取った。
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メリアを抱え湖畔まで戻ると、襲撃者達の乗っていた馬車の近くで焚火にあたっている男がいた。そいつは俺の方に背を向けたまま一人でのんびりと寛いでいる。
襲撃が失敗するはずがないとでも思っていたのか、油断しすぎだ。
「よう、遅かったな。あの女を仕留め……た……なっ?」
仲間が戻って来たと勘違いしたのだろう、足音だけを聞いて俺に言葉をかけ、振り向いた瞬間、こいつも驚いた顔をして固まってしまった。
全くのん気にしてやがって、危機感の欠片もない。それでよく留守番が務まるものだ。
「あの女とはメリアの事か?」
「ひっ! 貴方様は……つっ!」
男の戦闘力は大したことは無く、腰の剣を抜こうとモタモタしている間に
呆気なく首を切り落とした。
あっ、しまったな。
この男、追って来ていた奴等より明らかに身形の良い格好をしている。
多分あいつ等の親分格か、もしくは雇い主だったのかもしれないな。
殺さずに情報を引き出してやればよかった。
……まぁ、やってしまったので仕方がないか。
俺はメリアの遺体を湖の畔まで運んでここに葬る事にした。
とてもじゃないが魔物の徘徊するあの場所に放置することはできないし、葬るなら少しでも景色の良い場所が良いと思ったからだ。
この世界に蘇生魔法があるのかどうかは分からない、あったとしてもメリアを蘇生できるまで遺体を保存できる訳でもない。
何よりこの世界はゾンビの居る世界だ。放っておくとメリアもゾンビになってしまうかもしれない。
ゾンビになっても俺の様に自我を持つことも無いだろう。彼女が使役していたのと同じ、只の魔物として復活してしまう事になる。
俺は森と湖に挟まれた湖畔を見回す。
この湖畔は魔物が近寄らない不思議な場所だ。ダンジョン前の草原も同じ感じで、魔物の寄り付かない様な場所がこの森には何カ所かあった。
恐らくこの様な場所に埋葬すればアンデッド化はしないのではないかと思う。根拠は無いが……多分。
俺は景色が良く、尚且つ道から外れた人の来ない場所にメリアを埋葬する事にした。
俺の堀った穴の底で土を被り埋もれていくメリア。
残念ながら涙は出ない。
俺自身が別れの際でも涙を流さない人間だったのか、それともアークゾンビが泣くことができなかったのか……後者だとは思うが、まぁそんな事はどうでもいい。
かなりの時間呆けていたみたいだ。湖畔は安全な場所だと言っても我ながら不用心な事だ。
さて、気持ちを切り替えよう。
両手で頬をパンパン叩く。痛くはないが気合は入ったみたいだ。
現在、疑問と問題が山積みである。
とりあえずはメリアの残した荷物と、襲撃者が乗って来た馬車を物色してみた。
するとあったよ鏡が。
実はさっき湖の湖面に映った姿を見て、思わず二度見してしまった自分の姿をきちんと把握しておきたかったのだ。
手鏡だが十分だ。
鏡の中には美少女が居た。
気にはなっていた。グレーターゾンビからアークゾンビになった時に、胸の辺りが妙に膨らんでいる気がしたのだ。
進化直後は気にする余裕も時間も無かったのでスルーしたが、これは由々しき問題である。
既に夜が明け日差しが出ている。
マスターゾンビの頃は直射日光に当たると動きたくないほど怠くなっていたし、グレーターゾンビの時は身体に重しがついている感覚だった。何より体力……HPが減るしな。
だがアークゾンビになるとほぼ気にならないくらいになっている。
日差しの中でもHPが減っていない?
もしやと思いステータス画面を呼び出しスキル欄を覗いてみると新たに「日光耐性」を得ていた。
え、これって結構レアじゃない?
転生前に読んだ漫画なんかには、アンデッドが最も欲しがるスキルの一つだった筈だ。
ヌルゲー展開? 何とでも言うがいい!
これはいいものを手に入れた。うん、非常にありがたい。
そうそう、進化後驚いたのがちゃんと喋れることだ。
加えて何より驚いたのが身体の損傷具合である。
骨や筋繊維が剥き出しになっている部分はない。但し生身なら致命傷だろうと思われるくらいの傷はあるし、皮も剥けている部分はある。
幸いな事に顔には傷は無く、傷がある部分は服に隠す事ができる場所ばかりだ。これなら誤魔化せる事ができそうだ。
顔色は日の下で見てみるとかなり青白い。
明らかに死人の肌色だ。
でもまぁこんな世界だ。こんな顔色の種族がいるんだと言えば通ってしまうのではないか?
死人族みたいな? まぁ、そんな種族はないだろうけど。
ともかく今回の進化は劇的に変わり過ぎている。ありがたい方に変わったので文句はないが……いや、女性の身体はどうなんだろうか?
メリアは亡くなる前に俺を見てセシリアと呟いた。セシリアはメリアの探していた殿下の事だった筈だ。
娘と言っていたが本当の娘なのか?
だとしたらメリアは王妃ではないのか?
メリアは元王宮魔術師じゃなかったのか?
それとも娘の様に接していたとかで、ついそう言ってしまったのかもしれないが、真相は分からない。
メリアを襲っていた襲撃者もセシリア……王女殿下を知っていた可能性が高い。何しろ俺の姿を見て驚いていたからな。セシリアを亡き者にした事に関わっているのは確かだろう。
俺とメリアを取り囲んだ襲撃者共は、最初は奴隷商を装っていたが、馬車から出てきた奴等は盗賊の集団の様だった。
しかし盗賊にしては妙に統制が取れていて、安定した戦闘姿勢だったから、あれは傭兵の類かもしくは盗賊に扮した騎士だったのかもしれない。
そもそも盗賊の中に神官がいるのは絶対に無いとは言えないが、少々おかしい気がする。
奴等の乗っていた馬車を調べてみたが。奴等の身分を証明するような物は見つからなかった。流石にそんなに間抜けではないか。
しかし亡くなった王女殿下が……もしかすると奴等が葬ったかもしれない王女殿下が目の前にいたら驚くよな。中身は本人ではなく、そのセシリアの亡骸に憑依した俺なのだが……。
まぁ、進化したこの姿が生前の姿と同じだと想定しての話だけどな。
このゾンビが王女殿下ではなく、只のそっくりさんだった可能性もないわけじゃないけど……あの状況から察すると、その可能性は低いか。
メリアと襲撃者の所持していた荷物を物色して、持っていくものを選別した。
巨大なグレーターゾンビから普通の人間の大きさのアークゾンビに縮んだせいで、纏っているのは服……と言うかもう布切れだけである。
ほぼ裸みたいなものだ。とんだ痴女である。
メリアの荷物の中に着替えがあったので着てみたが、グラマーなメリアのサイズは今の俺には大きすぎた。
まぁ着ないわけにはいかないので、紐とかで調整して何とかしてみた。
襲撃者の馬車の中にもマント等がありそれも拝借する。
メリアを埋葬する前に彼女の身に付けていた鞄を外しておいた。
ウエストバッグタイプの小さな鞄なのだが、見た目と違って物が大量に入る代物だ。
これは所謂、魔法の収納鞄……ファンタジーもので俗に言うマジックバッグとか言われるものだ。
メリアの形見となってしまったし、大切に使わせてもらおう。
この収納鞄だが、所有者のメリアが亡くなったから使えるのか、そもそも所有者登録がいらないのかは分からない。でもまぁ使えるので良しとしよう。
当然襲撃者達の馬車も物色する。
収納鞄みたいな物は無かったが、それでも色々出てくる。
うん、殺されそうになったんだし戦利品ってことでいいよな……な?
メリアの物とは違って、俺は当然みたいな顔でどんどん収納鞄に放り込んでいった。
うん、収納量が多くて助かるな、流石元王宮魔術師の持ち物だ。
色々アイテムとかも入れるが、当然お金もあるだけ入れる。意外と金額があるみたいだな、銅貨、銀貨だけじゃなく金貨まである。
金貨ってどのくらいの価値があるんだろう……分からん。
まぁ持ってて困る事はないだろう。
ここに居ると、そのうち襲撃者の仲間が様子を見に来るだろう。
帰って来ない、報告がないとなれば当然の話だ。
ならここから去るしかない。
今のこの姿なら顔色さえ分からないようにすれば、人と遭遇しても何とかなりそうな気がする。
まぁ、実際に遭遇してみないと反応は分からないが。




