1・アンデッド
一体ここは何処だろう?
気が付けば俺は薄暗い部屋に閉じ込まれ、混乱のど真ん中に居た。
辺りを見渡すと思わず身を縮こまらせてしまう光景が……。
それはそうだろう。
俺の周りには「あ~」とか「う~」とか呻きながら、腐乱した死体が動き回っていたのだから。
某有名なゾンビゲームかよ?!
ホラーは映画やゲームの中で十分だ。リアルホラーはノーサンキューだよ!
もしやここは壊滅した都市か、もしくは何処かの研究所なのか?
そう思ったのだが少し違う様だ。
動く死体……つまりゾンビ達の姿が、俺の見知っているデパートや洋服店で見る様な衣服ではないのだ。
まぁ、破れたりしてボロボロではあるが、明らかに普段俺が見ていた衣服とは違う。
では、どんな服装なのか?
革の鎧だったり、ローブの様なものだったり、確かに洋服っぽい衣服に見えるものもあるが、何と言うか中世を舞台にしたアニメでよく見る様な出で立ちの服装に見える。
そして地面に無造作に散らばる折れた剣や壊れた盾のような物。
部屋をよく見れば壁と天井と床、全てが無骨な石造りで人が住む様な部屋ではない。昔遊んでいたダンジョンもののゲームを何故か思い出してしまった。
不思議な事にランプや照明も無いのに、部屋が見通せる程度には明るいのは何故だろう? 薄暗い部屋の何処を探しても光源は見当たらない。
……実にファンタジー。
俺の思考は某ゾンビゲームの世界観から、オタク文化の一大勢力である異世界ものの世界観に塗り替えられていく。
……いやいやまさかね。俺は首を横に振る。
よく好きで読んでいた異世界ものの小説だが、現実的に異世界なんてある訳が……むむむ。
そうこう俺が思考を巡らせている間も、周りのゾンビ達はウロウロと動き回っている。
腐った顔が間近に寄って来て、思わずヒッ! と悲鳴を上げてしまいそうになるのをグッと抑え込んだ。
お、お、お、落ち着け俺。
まずはこのホラー状況から脱する為に、俺は行動を開始することにする。幸いゾンビ共は俺を襲ったりはしてこないようだし。
クソッ、身体が何故か動きずらい。
移動する俺をゾンビ達は追っては来ないようだ。
石造りの部屋には扉が一つある。あれが唯一の出入り口のようだ。
俺は扉まで移動し、慎重にその扉を開く。
良かった、鍵はかかっていないようだ。
しかし蝶番が錆びていたらしく、ギィ~と結構大きな音を立ててしまった。
ビビりながら部屋の中にいるゾンビ達の方に振り向いたが、奴等は音には反応したものの、俺の事を気にした様子はない。
逃げるようにこの部屋から這い出る俺。
情けないなんて言わないでくれ。本当にリアルでCGとは比べ物にならない程に不気味なんだよ、あのゾンビ共は!
廊下に出ると通路の両側に扉が何個も並んでいる。他にも俺のいたような同じ部屋があるみたいだ。
ちなみに通路も石造りだ。明らかに俺の知る近代的な構造物ではなかった。
通路の奥は暗くなっていて見えない。だがゾンビはいないようだ。
ほっと一安心する俺。
いや、安心はできない状況だな。だが視界にゾンビがいないだけでも全然違うものだ。
いつ暗闇の中から、もしくはどこかの扉からゾンビが出てこないとも言えない。
落ち着こうと大きく息を吸い込み深呼吸をしようとする俺。
何故か息が上手く吸えないが、不思議と苦しくはない。
……そう言えばゾンビは腐っているから臭いって聞くけど、そんなに匂わないよな……等と考えていると、ふと自分の身体が目に入った。
ファッ!?
今まで逃げるのに必死で、しかも辺りはかなり薄暗いので気付かなかった……俺もボロボロな事に。
いや服じゃなくて身体がだ……手足は肉が抉れ、骨が見えている場所も、よく見ればお腹に穴が開いてるじゃん!
俺はショックでその場で意識を失ったのである。
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どれだけ気を失っていたのか分からないが俺は目を覚ました。
あ~酷い夢を見た……などと言えれば良かったのだが、残念ながらそうはいかないようだ。
うん、俺ゾンビだね?
ゾンビも気を失うんだ……などと考えている場合ではない。
何故ゾンビなのかが気になる。非常に気になるが……ここは何処だろうか?
場所が分かれば何故ゾンビになったのかが分かるかもしれない。
俺は仮説を立ててみた。
・異世界だね。しかも魔物転生でゾンビときたものだ……30%
・いやいや、ここは某有名ゾンビゲームのようなゾンビ蔓延る崩壊した世界だ。そして俺は感染してゾンビになったんだよ……15%
・そんな訳あるか! テーマパークのアトラクション施設で、何らかの技術で自分自身もゾンビに見えるハイテク技術を使っているんだよ……5%
・夢に決まってんじゃん。早く目を覚まして仕事へ行け……50%
尚、%は俺の独断で決めた割合で異論は認める! それ以前に突っ込まないでほしい、完全にノリで言っているだけだから。
それはさておき、俺的可能性の一番高い夢ではないとしたら……とりあえずここは暫定異世界だって事で行動をしてみることにしよう。
俺は腐乱した自分の身体と、所々に散らばっている壊れた鎧や盾、そして折れた剣や槍を見ながらそう考えたのだった。
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生前? よく読んだ小説などに別の世界……つまり異世界へ転生や召喚させられてしまうというのがあった。
割と好きで好んで読んだものだが、その中に人間以外の……魔物や武器などに転生するというものがある。
魔物なんかは結構あった気がする、それを読んでいて俺だったら絶対に生き抜いていく自信が無いなぁ、などと漠然と思っていたものだ。
人型以外なんて最早ムリゲーだよな。人型ならなんとかなるか? ゴブリンとかもよく見た設定だったな。
ゴブリンではなかったが人型だっただけまだマシか……なんて思うわけないだろ?!
ゾンビですよゾンビィ!
骨……スケルトンの主人公なんて読んだことがあったけど、例外はあるが大抵はチートスキル持ちばかりだったじゃないか。
それに比べ……いや諦めるな俺!
あの魔法の言葉を叫ぶ日が来たのだ。
俺は腐乱した手を握りしめ叫ぶ。
「ふごご、ふご!」
もう口や喉がアレでね、上手く喋れないんだよ。
何て言ったかだって? アレだよアレ。ステータスオープン。
死語になりつつある有名なフレーズだ。いやもう死語か?
ともかく目の前には何も出ない。活舌が悪かったのか……いやいや、そもそもそんなお約束通りになる筈がない。ちょっとは期待したけどな……。
万策尽きてガックリと膝から崩れ落ち、床に手を着き項垂れる俺。
涙も出ない目で腐乱が進んだ両手を見つめていたその時だ。
ザザッと雑音のような音が聞こえた。
……いや、違うな、耳からじゃない。俺の頭の中で鳴っている?
『ザザッ……の為……再接続を……に……ザザザッ……行ないま……』
?
雑音と途切れ途切れの言葉で何を言っているのか分からない。
暫く様子を窺っていると、僅かなノイズと多少籠ってはいたが、ちゃんと理解できる言葉が頭に流れて来た。
『ステータスを表示します。以後は意思にてステータス画面の閲覧が可能になります』
それと同時にパソコンのモニターかタブレットのような画面が目の前に現れる。
そこにはたった今、頭に流れてきた言葉が文字となって記載されていた。
そしてその文字の下には新たに別の文字が記載されている。
『状態を確認しますか? Y/N』
う、うおおおおおおっ! マジか、マジなのか? ステータスオープンだ、言ってみるもんだな! 言葉にはなってなかったけど。
大喜びでYの辺りをタッチパネルの様な感じで指で触れる。
文字が表示された部分が別欄として残ったまま、空いた場所にステータスが表示された。
名前 無し
種族 ゾンビ
レベル1
はぁ、それだけ?
「ふごご!」
意味ねぇ! と叫びました。ええ、そう聞こえないでしょうけど。
またまた床に手を着いて項垂れた俺。
そして暫くすると、また声が頭に流れてきた。ステータスを表示してあるモニターにはそれと同じ文字が新たに表示されていた。
『……情報収集と解析に時間を要する為、ステータス表示が十分ではありません。正規のステータス状況確認の表示は暫く後に……ザザッ、プツッ』
お、おおお?
雑音が大きくなり、最後もいきなり途切れたぞ?
もしかして調子が悪いのか……誰の何の調子かは分からんけど。
もしや俺がゾンビだからステータス表示も正常に動かないとか……う~ん、分からん。
でもまぁいいか、あの言葉通りだと近日中にはちゃんとしたステータスが表示されるみたいだし。
念の為、俺の意思でステータスを表示したステータス画面をオンオフさせてみる。
うむ、これは問題ないな。実にスムーズだ。
しかし異世界のお約束、天の声アナウンス(仮)さんが俺にも適用されていて良かった。
……まぁすごく不安定で一抹の不安がないと言えば嘘になるが。
とは言えゾンビ蔓延る今の状況では、それでも嬉しい。
女性の声だったのも俺的にポイントが高い。むさい男の声よりよっぽど良いだろ?
……尚、音声ガイダンスのような機械的な話し方だった事には突っ込まないでおく。
さて、心が身体に引っ張られる事があると聞いたことがある。必ずしもそうとは限らないかもしれないけど。
何故こんな事を言うかというと、今の俺の精神状態に変化があったのだ。
自らゾンビになっているせいか、恐怖心が薄らいでいる。自分でも分かるくらいに。
ゾンビ特有の嫌な臭いを感じないので鼻は機能していないようだ。多分味覚も無い。
自分の顔を見てないのでどんな風になっているのか分からないが視界はあるし音も聞きとれる。
触覚は鈍く僅かにあるが、痛覚自体はない。
……さぁ、これからどうしよう?
生きている状態ならここから抜け出して人の町を目指すが、ゾンビだしなぁ……完全に魔物の一種なんだよ。
そんな事を考えると以前なら間違いなく発狂していてもおかしくないのだが、さっき述べたように精神状態がおかしくなっていて、それ程慌ててはいないのだ……実に不思議な気分だ。
おっそうだ。
さっきのステータス画面でレベルが表示されていたな。
レベルがあるなら上げねばなるまい。何故ならそこにレベルが存在するからだ!
我ながら意味不明な事を考えながら、重い腰を上げる。
ガツッ!
おお、いつの間にかゾンビが俺の近くに!
身体がぶつかったのを攻撃と受け取ったのか、襲い掛かってくるゾンビ。
うおっ! 怖!
慣れてきたなんて思ってごめんなさい、やっぱり怖いです!
噛みつかれたのを必死で振りほどき、ゾンビの胸を押す。
うわぁああああ! 押した俺の腕がゾンビの胸に埋まった、キモッ!
慌てて腕を引き抜き、ゾンビの顔に向って右ストレートをぶち込んだ。
相手のゾンビの首は身体から千切れて床に転がった。
しかし首無しのゾンビの身体が、俺にフラフラと襲い掛かるように近付いて来る。くそ、ゾンビめ……俺もだけど。
つかみ合いになった所、グシャっという音と共に首無しゾンビの動きが止まった。
気付くと俺は、転がったゾンビの頭を踏み潰していた。
そして完全に動きを止めたゾンビ。そうか頭が弱点か……と言うか俺も同じじゃん。しかし首が離れても動くんだな、流石ゾンビ……。
踏みつぶした足の感触……あまりいいものじゃないな。
西瓜を潰したと思う事にしよう、そうしよう。俺の心の安定のために。精神が鈍くなっているからって嫌なものは嫌だし。
ショボいステータス画面を呼び出すと、まだレベルは1のままだ。
そう簡単にはレベルは上がらないよな。
おおう、さっきゾンビの頭を殴ったからだろう、右腕が変な方向に曲がっていた。痛覚が無いから気付かなかったよ。
無理矢理に戻に戻すと問題なく動いた。何となく可動範囲が広くなった気がするが……。
ともかく素手は駄目だ、素手は。
床をよく探すとボロボロの剣や防具等が落ちている。
使わない手はないな。
人は道具を使う生き物だ……今、俺ゾンビだけど。