模写
彼女を描くのが好きだった。
彼女の姿を、一寸も違わず描くことが、好きだった。
写真を撮ればいい、みんなはそう言った。
でも、違う。僕はこの手で彼女を最初から最後まで描いて、完結させたかった。
彼女を描く時間が長ければ長いほど、僕は彼女への愛を自覚できた。彼女を描くことが、僕の愛情表現だった。
でもそれは、とてつもなく難しい事だった。
彼女はずっと変化をし続けているから。
どれだけ動かないと決めて努めても、その体は必ず動く。風で髪は流れるし、細胞レベルの話をすれば、彼女の体はずっと変化している。
僕が彼女を完璧に模写することは出来ないし。彼女へ愛を伝えるには、必ず矛盾が生じる。
時間をかければかけるほど、僕の愛は増すが、彼女も変化し、それはもう彼女ではなくなるから。
テセウスの船言う話がある。
簡潔にこの話を説明するなら、姿かたちは一緒で、誰が見ても同じものでも、その物体を構成する全ての部品が変わったら、それははたして同じものなのか、という話。
それと関連づけて彼女を考えると、例えば僕が、彼女の姿を描くのに一ヶ月かかったとしよう。ありえないが、その間彼女が一切動かなかった。髪も伸びなかった、誰が見ても同じ姿でいた。
でも、そのからだを構成するほぼ全ての細胞は入れ替わっていた。
そんな彼女を描いて、それは果たして、全く同じものを描いたと言えるのか。
僕はそんな思考を、もっと前にすべきだったと思った。
僕は、真っ赤に染った自分の手のひらをみて。
あぁ。動かなくても、変化するなら、意味ないな。
って、そう思った。