6「ガルムと迷い道/プリンの逆襲」②
すいません、結構遅れました!
○!▷?□
「ここどこ!?」
周りを見渡してみると、そこは見知らぬ場所だった。
ただちょうちょを追いかけていただけなのに、どうして”こんな事”になってしまったのか。
いや、帰ろうと思えば魔法を使ってすぐなのだが、生憎周りには人がたくさんいる。
”魔法を知らない人の前で使ってはいけない”と家に住む際の条件として小野と約束を交わしているので、この案はなかった事にしよう。
だが”このままでは家に帰れない”と、そう思った私は、一旦状況整理をしてみることにした。
「とはいっても、ちょうちょを追いかけていた以外には何もしていない。じゃあ、一体何が原因だったんだ?」
考え始めてから10分ほど、逆立ちをしてみたり、片足を軸にくるくる回ってみたり、着ている服の”ニートは最高”の文字を通行人に見せびらかしたり、色々なことをしてみたが、何も解決しないまま時だけが淡々と過ぎていった。
もう埒が明かないので、大変不本意ではあるが周囲を行く人に話を聞いてみる。
「あの〜今、少しいいですか? いや、決して怪しい者ではなくてですね!」
最近ニュースでやっていた”執拗なキャッチ?”とやらを警戒してだろうか、どれだけ話しかけても誰1人として口を聞いてくれない。
”ここら辺の人はみんな冷たいなぁ”と、そう感じていた時だった。
私のお腹が、空腹のチャイムを大きく鳴り響かせたのだ。
それもそのはず、家を出てから体感数時間程度は経っており、先程までずっと走りっぱなしだったからだ。
「う〜、お腹すいた……」
へろへろで前傾姿勢になりながら帰り道を探していると、食指を突き動かす美味しそうな香りが鼻の前を横切った。
神々の中でも圧倒的な反射神経を持つ私は、柔く吹く風と逆向きの方向に瞬時に首を動かした。
その時の私は、”サバンナで飢えたライオンの上に立つハゲワシの横のライオン”の様な顔をしていたことだろう。
しかし、そんなことはどうでも良い。
今はただ、美味しい飯を喰いたいのだ。
「おおぉ〜! すごい!」
振り返った後、目に映った”香りの元凶”の正体は、”様々な料理が置いてあるレストラン”であった。
外に置かれたメニューの模造品は、20種以上の数が存在し、見ているだけでよだれが止まらない。
気がつけば、それらが閉じ込められているガラスのショーケースに私は張り付いていた。
そうして、とうとう我慢できなくなった私は、その店に意気揚々と駆け込んだ。
「いただきま~す! う〜ん、このハンバーグの柔らかジューシーな肉とソースの相性が抜群。エビフライについては、サクサクの衣にプリプリの食感がたまら〜ん! あぁ、唐揚げも牛カルビもステーキも、家で食べたら絶対に怒られる組み合わせなのに……”幸せ”」
”ごちそうさまでした。”普段望むことすら許されない最高級料理達に満足した私は、その言葉を残して店を後にした。
その時の私からは先程かましていた野獣顔は消え、とってもにっこりな笑顔になっていたことだろう。
何か大切なことを忘れている気がするが、気のせいだろうか?
とても気分の良い私は、踵を2回ほど鳴らして群青の空に駆け出した。
「今、私は満たされた。ふふっ……今度小野にも教えてあげよ〜っと! じゃあ、帰ろっかな? ――あ」
そう、そうだった。
1番忘れてはいけないもの、1番大切なこと。
私は、それを忘れていた。
「家、どうやって帰ろう……」
料理の後の洗い物、プラネタリウムの後の二郎系ラーメン。
そう、いつだって幸福と絶望は隣り合わせ。
現実と言うものは、こういうものである。
私は、自分で言った言葉を、今日ほど憎んだことは無いだろう。
「もう嫌〜!」
△◆○✕□
「あ、帰れた」
適当に道を歩いていたら、家の裏道に辿りついた。
外は薄暗く、少しだけ残った夕焼けが揺れ煌めく時間になっていた。
家に入ると、既に小野は帰ってきており、”おかえり”と優しく迎えてくれたが、何かテレビを見ているようだ。
「ガルム、今日遅かったけど何してたの?」
「え……その、レストランだよレストラン!」
叫んで暴れて公園で遊んで、挙句の果てには迷子になったなんて、そんな醜態言えるわけがない。
私は頑張って取り繕っているが、小野は多分それに気がついているだろう。
だが、”いつものこと”だとでも思ったのか、あまり言及はせず話していた会話を続ける。
「レストラン?」
「うん。なんか歩いてたところにあった、良さげなとこ。明日小野も行こうよ」
「良いけど、レストランか……」
小野は、なんだか深刻そうな面持ちを浮かべる。
「レストランがどうかしたの?」
「いや、さっきやってたこわ〜いテレビでね? 道に迷った人だけが入れる、人間ではない何かが営んでるレストランがあるらしくて。そこには、訪れた人が食べたいと願った料理が出て来るらしいの。……しかも、それを食べた人は向こう側の人になっちゃうんだって」
どうしよう。小野の話を聞いて、開いた口が塞がらない。
確かに、食べたいものばかりあってちょっとおかしいとは思ったけど。
私は、自分を安心させるが為に、否定の言葉を続けた。
「いやぁ、まさかそんなことはないよ〜!」
「そうだよね。なのにガルムったら変な顔〜」
そうして私達は、翌日改めてレストランに向かうことにした。
ーー翌日ーー
「え? だ、だってここらへんに……」
昨日レストランがあった場所に向かうと、そこは”道だけが同じ別の場所”になっていた。
小野は「道を間違えたんじゃないか?」と言っていたが、そんなことは決してない。
神である私は、一度行った場所を完全に覚える事ができるからだ。
とはいっても、それはだいたいで感覚的なやつだが、今まで長い年月を過ごしてきて、例外が無いのだから事実なのだろう。
小野が心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫? 本当に道間違えてない?」
「決してそんなことはないはずだ。だって完全に昨日と同じ道……」
「やっぱり、テレビで言ってたことは本当だったんじゃ・・・」
小野が言う戯れ言に、私は強く反発した。
「そんな事無い! 小野、魔法使っていい!?」
「う〜ん。まぁ、周りに人はいないから、いいよ。でも、早く済ませてね?」
私は、両手で作った三角形を体の中心に構え、精神を統一させる。
浮かび上がってきた複数の魔法陣は、体の周りを縦横無尽に廻り続ける。
「世界よ、私の道となり遍く未来を、照らし給え」
詠唱を始めると、魔法陣達が強く光を放ち、空中に地図が浮かび上がる。
時間が経つに連れ、地図は次第に大きくなっていきやがて直径1メートル位の円となった。
「”神聖なる神々の旅路”」
私が魔法名を呼び、魔法を発動すると、地図上に青い道筋が現れる。
――はずだった。
魔法を使ったはずが、地図には何も現れない。
ということは、昨日のレストランはこの世界に存在しない、ということだ。
その真実を受け止めきれなかった私は、何度も何度も魔法をかけ続ける。
しかし、結果は変わらない。
「うそ……本当に、ない? じゃあ昨日のは、ホント・・・」
その”事実”が本当だと、身を持って実感した瞬間。
私の体は、ガクブルガクブルと震え初めた。
その後、小野が慰めの言葉をかけ続けてくれていることも知らずに、私は下を向きながら家へと帰った。