6「ガルムと迷い道/プリンの逆襲」①
「あ〜ひま。ひ〜ま〜……暇!」
いつも通りゴロゴロしていても、床を体でモップ掛けしても、なんだか衝動が収まらない。
人間界に来てから早2ヶ月、考えつく限りの楽しむことも大体やり尽くしてしまった。
「ん〜外いこ……」
だが、この時の私はまだ知らなかった、悪夢はもう始まっていることを――
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天候は雲ひとつ無い快晴、気持ちの良いそよ風が吹いている。
外に来てみたは良いけれど、来たからと行って特にすることがあるわけではない。
今日は平日で小野は居ないし、他に仲のいい遊び相手なんてここには居ない。
”早く帰って来ないかな〜”と、小さくぴょんぴょん跳ねてみても、”実は後ろにいるんでしょ!?”と、いきなり振り返ってみても、現実はそう都合の良いようには動いていないようで、やればやるだけ虚しくなってくる。
この世界は時に優しくて、だいたい残酷だ。
「ん〜、暇っていうのはどうしようも無い奴だな〜」
暇が極まってしまった私は、”暇”という概念上の存在に”うりうり〜”とだる絡みをすることが可能になった。
なんだか天界で”1000年くらい1人で仕事してた時”よりも、ボッチスキルが高まってきている気がして心が悲しい。
あの時は「自由がほしい!」とか言ってたけど、実際本当に自由になってみると”手持ち無沙汰感”が否めない。
「なんか面白いことないかな〜」
指で宙に円を描き、右へ左へとふらふら動いて行く。
特に歩く道筋も考えずに進んでいたその時、ふと視界に興味をそそる場所が見えた。
「あれは……公園か。少しだけ、遊んでいこうかな。・・・いやいやいや、公園とか流石に無いわ〜」
一応少しだけ残っていた神様としてのプライドが、少し揺らいだ心を鎮める。
しかし、なぜだか公園から目が離せない。
”プイッ”とそっぽを向いても、気がづいた頃には目線は元通りになっている。
”見てしまうなら見なければ良い”そう思った私は、目を強く瞑りながら前に進み始めた。
――はずだった。
目を開けた瞬間、私は滑り台の階段を登っていた。
これが本能と言うものなのだろうか、理由は自分でも分からない。
意志を問わず、勝手に足が動いてしまうのだ。
掴んでいる手すりに思いっきり握力をかければ、この進行を止めることは可能だろう。
だが、後方からは4歳位の小さな少女が登って来ている。
もはや私に、逃げ場所などなかった。
「わーい、すっべりっ台たっのし〜!」
1度やってしまったら、もう元には戻れない。
かろうじて生き残っていたはずの"自我"は完全に崩壊し、気づけば”ブランコ”、”鉄棒”、”なんかくるくるするやつ”と、公園中の遊具を完全制覇していた。
私はその失態に両膝をついて、生まれたての子鹿のような四つん這いになりながら後悔の念を抱く。
「や、やってしまった〜」
この前の花粉症の時も然り、お花見に行くときの道中も然り。
大きい声を出して、喚いて、恥を晒して、神としての威厳もクソもない。
このままでは、もし”何かがあった時”に私が優位に立てない。
というか、確定でバカにされる。
このままではまずいと思った私は「もっと大人らしい行動をしないと……いやする!」と、天に向かって誓いを経てた。
「さて、次はどの方角に行きましょうか……」
”大人らしく?”仕切り直しをした後、暇つぶしの旅を再スタートをしようとしたその時だった。
私の上を、何者かが通過していく影が見えたのだ。
黄色の翅に小さい体、細かい鱗粉を撒きながら羽ばたく。
そう、”ちょうちょ”だ。
そこら辺の地元の小学生なら、喜んで、追いかけて、捕まえて、なでしゃわ〜している頃だろう。(なでしゃわ〜とは、人間がよく犬などの動物にする、”なでなでわしゃわしゃしてしゃしゃしゃ〜とするやつのことである。)
しかし、大人らしくなった私の前では、ちょうちょなど無力。
ただのキモイ虫である。
――はずだった。
「あ! ちょうちょだ〜、まて〜」
気がついた頃には、またもや無我夢中でちょうちょを追っていた。
”暇が膨張した際の魔力は、ここまで恐ろしいものか”と、身を持って実感する私だった。 」