5「ガルムは花よりーー」
”春”それは日本の四季の1つであり、花という生物が、生涯で一番綺麗に輝く時期である――――
彼らが織りなす鮮麗な空気は、それがたとえ人外非道の極悪人ですらもその魅力に当てられてしまうほど。
普段、はちゃめちゃな生活を送る彼女らですらも、それは例外ではなかった。
「小野! お花見行きたい!」
そう言って、小野の前を通り過ぎる白く長い艷やかな髪。落ちゆく桜の花弁と戯れる彼女に、その気にさせられないのもまた、彼女には無理な話であった。
「じゃあ行くか、お花見!」
*****
リビングにある、テレビの前に置かれた白の3人掛けソファー。
その上で惰眠を貪る彼女は、春風が誘う至福のひとときに身を任せていた。
頬がたるみきったその”ほにゃ〜”とした寝顔からは”神様”だという風格が全く伝わって来ず、その姿は誰が見ても”ただの少女”だと言うだろう。
「ほら、ガルム起きて!」
壁上に飾られた時計の短針が、8の字を指そうとしていた頃。
朝食の支度を終えた小野が起こそうと声をかけてきた。
それに対して、なんだかここ最近の疲れが取れないガルムは「あと5分〜」と、なんともベタな返答をする。
だがその言葉も束の間、彼女は”何かを思い出した”かの様に飛び起きた。
そう、先日から楽しみにしていた”お花見”の日が、今日である事に気がついたのだ。
「小野! お花見!」
ガルムは両手でガッツポーズをとりながら、寝起きでまとまりのない髪を左右に揺らす。
その時の息遣いは随分と荒れており、”ふんすふんす”というような擬音まで聞こえて来そうなほどだ。
それに加えて、”早く行こう”とキラキラした目で急かしてくる。
その純粋無垢な可愛さには、流石の小野も参ってしまう物があった。
だが、出発するにはまだ早すぎるので、今は軽く受け流すことにした。
「ご飯食べた後、準備しよっか」
そう少しにこやかに言うと、ガルムはそれを2倍、いや5倍は大きい笑顔をして返してきた。
それは見た人全員がとろけてしまいそうな、”かわいい”なんて言葉じゃ表せないほど。
そして、満面の笑みを浮かべた彼女は喜びの声を上げる。
「やたっ!」
そうして彼女らは、リビング中央にある"こたつ兼用のテーブル"に座り、朝食を取り始めた。
ガルムは、4方向の中でも”北向き”を好むことが多い。
そのため、テーブルに座る時は決まって南側から動こうとはしない。
小野もそれを基準として北側に座ることが多く、それが今現在の”小野家の指定席”となっている。
生ハムが乗った目玉焼きを、フォークを使って旺盛と食べたガルムは、食器を台所に片付け始めた。
”何時も通りの変わらぬ日常”のはずが、今はなんだか心が浮ついて”そわそわ”が収まらない。
そんな二人は朝食を済ました後、休む暇も与えぬまま支度に取り掛かった。
「まず、必要なものを書き出していこうか」
A4サイズ位の一般紙を取り出し、ペンをカタカタと鳴らしながら持っていくものを考える。
一見簡単そうであるが、実際やってみるとなかなかうまくまとまらないこの作業。
しかし、小野はなぜか”戸惑う事なく”一つ一つと着実に書き加えていった。
それもそのはず、つい最近まで孤独に社畜をしていた彼女には、”あれやこれも入れたい”といった私欲が存在しないのだ。
そのせいもあってか、幾数分としない内に書くことがなくなってしまった。
”忘れ物防止”のためにやリ初めたことだが、本来は出発までの”時間つぶし”という点も兼ねてやるはずだった。
先程まで動いていた筆が完全に止まった瞬間、後は”準備するだけ”ということを悟ったガルムは”まだかなまだかな~”言ったように耳をぴょこらせ始める。
それに気がついた小野は、鼻でため息をつきながら”しょうがないな”と言ったような感じで、次の行動を示唆した。
――それから約30分後、着替えと支度を終わらせた二人は玄関前で”最終確認”をとっていた。
今は、ガルムが持っていく少し大き目のリュックサックを開けて中身を確認中だ。
本人は「何も変なものは入れていない」と言っているが、それをなんだか怪しく感じた小野は、その直感を信じて調べ始めた。
「お布団と、枕と、お菓子と、飲み物と、盃と……なにこれ?」
調べた結果、小野の予想は大方正解だった。
なんか変なものが色々と入っていた気がするが、最後のものが”一番ヤバい”。
赤く長い筒状のものが三本、黒のテープによってまとめられており、片方の面から一本ずつ突き出た触角が彼女の目をジーッと見つめる。
これらの情報から連想されるものといえば一つ。
そう、この世に生を持つ赤子を含む全ての者が知っている悪魔の兵器【ダイナマイト】である。
「なんてもん入れてんだ! 桜の雨じゃなくて血の雨を降らせましょうってか? チェリーブロッサムはやめてブラッティーブロッサムに改名しましょうってか!? 所詮人間も自然の一部だから相対的には変わりませんよ? ってことなのか!?」
小野はあまりの驚きに、手にした爆弾を地面に叩きつけた。
相当テンパっていたからなのか、なんだかよくわからないツッコミを添えて。
そうしてガルムは、叩きつけられた爆弾を踵で後方へと蹴り飛ばした後、”なぜか満足げ”な表情を浮かべながら外へと駆け出した。
向かうは、小野家から約2キロ先にある”桜が綺麗と有名な公園”。
ガルムは、目的地につくまで桜を見たくないらしく、目隠しをしながら道のりを歩み始めた。
小野が「危ないし、他の人の迷惑になるからやめときなよ」と言っても、浮かれているのか「神パワーで避けれるから大丈夫」と言って言うことを聞かない。
ここで言い争っても仕方が無いので、”なにかにぶつかりそうになるまで”といった約束の元で好きにさせる事にした。
――それから10分ほど歩いているものの、”本当に人にぶつからない”。道行く人はたくさんいるのに、まるで全てを予知したかの様な動きで華麗に避けていく。
すれ違った人は”皆必ず”と言っていいほど彼女の方を振り返り、これだけでやっていけるんじゃないかというそのお手前に感動している。
だが、そこが境目だった。
その感動を肌で感じとった彼女は、普段の生活には存在しないない刺激のせいか、いつしか調子に乗り出し”あまつさえ暴走”し出したのだ。
粗いコンクリートの地面を、めいいっぱい踏みつけて駆け出す。
一足が着地するたびに”コツコツ”と鳴る音は、時が経てば経つほどテンポを上げる。
体を前傾姿勢にしながら直向きに走る彼女は、己の越に浸り、まるでこの世界の覇者のような声上げながら、更に加速した。
「ふんっ見える、見えるぞぉ! この世の遍く真理、希望の光が――」
しかしその瞬間、彼女の目には”精肉店で売られている美味しそうなコロッケ”が映ってきた。刹那、油断を介した彼女は”電柱へのクリーンヒット”いわなれば、ストライクゾーン直球ど真ん中、前頭葉直撃のデットボールにぶち当たった。
この結果に「言わんこっちゃない」とため息をつく小野だったが、その目には、「約束を守らないと……」と、しょんぼりとしているガルムがなんだか可愛そうに見えた。
そのため、”ここまで頑張ってきて、調子にさえ乗らなければ行けていたかも知れない”。というガルムへの努力兼実力評価として、手を繋げば”最後まで目隠ししててもいい”ということにした。
*****
――あれから20分後
「着いた〜!」
見渡す限り、辺り全体が色鮮やかに染まる、綺麗で落ち着く丘の上の公園。
敷地内にまんべんなく咲き誇る桜は、”ようこそ”と、春への入り口を表しているかのよう。
小野に連れられ、花見用の場所取りを済ました後、ガルムは「早く見たい!」と言って、目隠しを取ろうと顔に手を当て始めた。
そうして、こめかみをすくい上げるようにして目隠しをとろうとしたその瞬間。
丘の向こうから吹いてきた”春特有のなめらかな風”が、目隠しごと、”ガルムの心を奪い去って行った”。
いざその光景を目の辺りにしたガルムは、感嘆の声を上げる。
「うわぁ〜」
自分の周りをくるくると回る桜吹雪に見舞われながら、彼女は両手を広げ、楽しそうに走り回リ始める。
「小野! 綺麗、綺麗だよ!」
そう笑いながら、手を差し伸べて来る彼女を見て「連れてきて良かった」と、心から思う小野であった。
しかし、まだお花見は始まってすらいない。
楽しそうにはしゃぐ彼女を横目に、地面に引くレジャーシートの準備を開始した小野。
それに気がついた彼女は、誰にもバレないようにこそこそと魔法で”あるものを”呼び出す。
小野が完全に準備を終え、そっと息をついていたその時。
”バカでかいスピーカー”を片手に、ガルムが何かを話し出した。
「それでは、今回のお花見の幹事を務めさせて頂きますは、私”次元の神ガルム・マーガテシウム”となっております。皆さん、盛大な拍手と共にお出迎え下さい!」
そうしてガルムは、”毎週金曜に放送していてもなんらおかしくはない音楽番組のテーマ”の様な音楽を、自分の口で歌いだした。
小野は、本日何回ついたのかも分からないため息をつき、呆れた様子を表しているが”ここまで来たらどうとでもなれ”精神で、その流れに乗っかる事にした。
「えーえー、マイクチェックわんつー。聞こえてますか〜? ・・・うん。大丈夫そうですね」
「まだ何も言ってないんだけど……」
「それでは、宴もたけなわ! これにてお開きにーー」
「まてまてまてまて。まだ帰らないし、なんなら始まったばっかだよ!」
初っ端から飛ばしまくるガルムに、脊髄反射並のキレキレなツッコミを入れる小野。
だが、彼女の暴走は収まることを知らなかった。
「え〜、この公演をお聞きになっている諸君。そこに座り給え」
「いきなり説教するタイプの政治家!?」
「……ポメちゃんをあげよう」
「誰!? もしかして……ポメラニアンの事!?」
「じゃあ。飴ちゃんをあげよう」
「手垢汚!」
「そこ!? ……てかどこ!?」
「「――あはははっ」」
最初は”これどうなるんだろう”と、ついて行くのがやっとだった小野と、気の赴くままに突き進んだガルム。
始まりは違えど、気がついた時には2人揃って笑い合っていた。
しかしお腹をすかせたガルムは、”ぐ〜”と腹を鳴らし「ごはん〜」とお弁当の下に駆け寄っていったのだった。
お弁当の中身は、”ハンバーグ”、”唐揚げ”、”エビフライ”など、小野が朝から手塩をかけて作った、ガルムの好物料理である。
その事を何も知らなかったガルムは、お弁当の蓋を開け、目を大きく輝かせた。
「これどうしたの!?」と、勢いよく振り返るガルムに、小野は優しく微笑む。
「今日、本当に楽しみにしてたでしょ? まぁ、私もなんだけど……」
「小野〜! ありがとう!」
普段は絶対に口にしない感謝の言葉を、今日はすんなりと言い放つガルム。
「いつもこれくらい素直だったら良いんだけどな」と小野は切に願った。
すると、エビフライを美味しそうに頬張っているガルムは、小野に指をさし、笑いながら一定の言葉を連呼しだした。
「小野の頭が! 頭が、頭が!」
「馬鹿にしてんのか」
なんだか面白がって言葉を口にするガルムに、先程のツッコミで会得したノリで返す小野。
だが、それでも尚言葉を発し続けるガルムに不信感を抱いた小野は、一体何がおかしいのかを聞いてみる。
「私の頭に何かついてるの?」
「う、うん。さっきからけっ、けむしが……」
「うわぁ!?」
試しに頭を振ってみた所、突如小さめの毛虫が落ちてきた。
あまりの驚きに尻もちをついた小野は、普段はあまり見ない低姿勢からの光景に、とある事を思う。
「ガルム。今、周りを見渡してて思ったんだけどさ。いつか、”もっといっぱい”の友達を作って、みんなでまたここに来ようよ。いや、私は別に2人きりでも良いんだけど、そういうのもなんだか楽しそうかな〜って。」
「うん、いいよ。今度は……みんなで来よう」
言葉では了承の意を示しているが、なんだか少し寂しそうな表情を浮かべるガルム。
しかし、その表情を目に映す前に、小野の頭では”知らない誰か”が話しかけて来ていた。
「あ、あ〜。聞こえていますか? こちらカーディネリアです。大丈夫ですか?」
「なに……これ。ガルム以外の人なんて居ないのに、どこからか声が!?」
「ふふ、驚くのも当然です。だってあなたの頭に直接話しかけていますから。リラックスしてください、リラックス」
慌てふためく小野を、名も知れぬ誰かが落ち着くよう、なだめる。
その”聞く人全員を癒やすかのような声”を聞いて冷静さを取り戻した小野は、あることに気がつく。
「あなた、前にガルムの写真を送っていただいた方……ですよね? その、声が聞いたことあるな〜と思いまして」
「はい、そうですよ。覚えて頂けて光栄です」
「ど、どういたしまして?」
「とても記憶力が優れている様で感心しました。今度、そのコツを教えて頂いても結構ですか?」
とても礼儀正しく、この世の生き方を全て理解しているかの様な言動をする彼女。
相手を棚に上げて不快にさせない話し方だけでなく、その流れで次に合う約束まで取り付けるのだから、”これは本物”だと肌で感じる小野。
その一方、”前にガルムの写真を送ってきた”となれば、彼女は”ガルムの知り合い”ということにもなるはず。
礼儀正しい彼女とは、真逆の位置に属するようなガルムと仲がいいとは、”向こうの世界もよくわからないな”と思う小野であった。
「そういえば今日は何をしに来られたんですか? 前のように祈りなどは捧げていませんけど」
「あ、そうでした。今度、”人間界に伺うことになった”ので、よろしくおねがいしますね。」
小野と彼女の通信は、なぜかその要件を伝えられた途端途切れてしまった。
いままで彼女と話していたから気がつかなかったが、ガルムはその途中ずっと小野に話しかけて来ていたらしい。
「なにしてたんだよ」と、話を聞いてもらえなかったガルムは、すこし不服そうな顔を見せる。
それに対して小野は、”ごめんごめん”と誤りながら、訳を説明する。
「今、ガルムの友達と話してたんだよ。ほら、なんて言ってたかな。あ〜”カーディ・・・”」
「カーディネリア!?」
「あーそうそう。てか食いつきがすごいな……」
小野がその名前を出すと、ガルムはまた”なんだか嬉しそうに”耳をピョコらせ始めた。
しかしそれだけではなく、早く内容の続きが聞きたいガルムは、体を上下に揺さぶりながら頭をもピョコらせ始めた。
「それでそれで? ネリアがどうだって?」
「良かったねガルム。あの子、今度こっち来るってよ」
「――え、ほんと?」
それを聞いた途端、ガルムの心は”喜びと疑問”で溢れかえった。
しかし、「小野が記念撮影をしよう」といってカメラの準備をしだすと”まぁあとでいっか”という気になり、ガルムは再び最高のテンションに戻った。
「行くよ〜。はいチーズ!」
そうしてタイマーで設定したシャッターがきれると、ガルムは毎回”日朝戦隊モノ”のような”ポーズ”をとっている。
最初はきちんとした写真が撮りたい小野は、「変なポーズとらないの!」とガルムに注意をするが、彼女のおふざけは手に収められるようなものではなかった。
諦めた小野は「見切れてるから、とりあえずもっと右によって」と、わずかながらの指示を出して、再度写真を撮り直した。
そしていよいよ、ネタではなく本当に宴もたけなわになってきた頃。
ガルムは持ってきた盃を使って、ジュースを飲み始めた。
小野が舞い散る桜の花弁を眺めながら「来年もまた来ようね」と、少し黄昏れて言うと。
ガルムは「うん!」とだけ、笑顔で返す。
するとその時、宙を舞う桜の花弁が、可愛らしい耳を生やした彼女の頭に落ちたのだった。
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