3「ガルムとイヤホン/掃除がめんどいぃ」
「……ん? なんだこれ」
なかなか寝付けなかった日の朝5時半。
なんだか早く起きてしまって、暇を持て余しまくっているガルム。
いくら暇だからといって、こんなことで小野を起こすと”しばかれ確定”なので、そのもてあまった暇をつぶすため、試しにテレビをつけてみることにした。
だが、この時間といえば、昨日の出来事をまとめたりしてるニュース番組とありふれた販売番組くらいしかやっていない。
人間界に来て早数日、それを知っていたガルムは”どうせ、たいしたものなどやってないだろう”としか思っていなかった。
だがその考えは刹那、とある販売番組で紹介されていたある物に、ガルムは大きく目を輝かせたのだ。
『今回もやってもうてます! 大特番、大大大勝負! こちらのワイヤレスイヤホン、今だけなんと……50円! しかも! なななんと、もうワンセット買っていただいた方限定で【ツーセットたったの40円】の特別価格で販売させていただきます!』
はたから見ると、とても胡散臭いいつも通りの販売内容。
だが、人間界に来てお金がないガルムにとって”イヤホン”しかも”紐なし”というのはとても魅力的だった。
これからの期待と嬉しさで手がプルプルと震えている。
そんなガルムが発した本日の第一声。
さぁ、いざ夢の世界へ!
「買った!」
*****
「ズンチャ、ズンチャ、ズンズン茶ッチャ!」
あれから数日が経ち、先程届いたイヤホンを試しに使ってみたが……。
”いいなぁこれ”今まで素で音を聞いていたのがバカに思えてくる。
これは「一つ一つの音が踊っている」そんな感じだ。
聞いている音楽のリズムに合わせてノリノリになっていたその時、背後から小野が話しかけてきた。
無論、イヤホンをつけているので何を言っているのかはよくわからないが適当に返事でもしておけば良いだろう。
とりあえず今は……この瞬間を楽しむ!
ーー夜ーー
「さ〜てと、今夜の晩御飯は何かな〜?」
一日に三度しか無い飯時、その中でも”軍を抜いて一番豪華になる瞬間”それが”夕ご飯”である。
ガルムもまたそんな一時に心を踊らせ、本日を彩る食卓に目を通す。
だが、そううまく行かないのが人間界。
小野家本日の夕飯は、ガルムが嫌いとする”ピーマン”、”ゴーヤ”、”ハバネロ”などの食材を基本とした、いわば「対ガルムご飯」だったのだ。
もちろん、毎日支度をしている小野がガルムの偏食ぶりを知らないはずはない。
楽しみにしていただけあって、流石にこれに対してはガルムも文句を上げざるを得なかった。
「おいなんだこのご飯は! 私に飯を食うなと言いたいのか!」
ガルムは両手をあげ、ぶんぶんと振り回して己の怒った心境を小野に伝えようとする。
だが、それに対して小野はなぜか困惑した表情を見せる。
まるで約束していた物事が、実は違うと言われたときのように。
それに対して”何かがおかしい”と感じ取った小野は、ガルムが”己の耳の裏の裏”位までは疑うような言葉を続ける。
「だって、今日私が晩ごはんこれでいい?って聞いたときガルム言ったじゃん。”いいよ”って」
「へ?」
「ガルムが音楽聞いてたときあったでしょ? あの時に聞いたじゃん。」
「あっあっ……あ!」
その時、ガルムの中で一つの結論にたどり着いた。
そう、思い出したのだ”今朝小野が話しかけて来て、それに対してよく聞きもせず適当な返答をしてしまった”ことを。
そして、行き場のないもうどうしようもない感情に包まれたガルムは、先程までの怒りをどうにかして隠そうと考えながら、ピクピクと震えだした。
その時、いつもとは違うガルムの様子を見て、小野がこの事象の全てを悟ったことは言うまでもない。
「ガルム、怒ったりしないからはっきり言って。今日、私の話聞いてなかったでしょ?」
「はい……」
「はぁ、やっぱりね。ガルム、音漏れしてたけど相当大きな音量で曲流してたもんね」
「ごめんなさい。」
「いや、今回は確認しなかった私も悪かったよ。だから、明日はガルムの好きな物作ってあげる」
「やった〜!」
「でも、次からは気をつけるんだよ?」
「うん!」
ここ最近はいつも怒ってばかりだし、たまには”失敗したことも優しく許して上げることも大切”とそう思った小野は、今回のことは大目に見ることにした。
*****
「ところでさ、ガルムは何の曲聞いてるの? やっぱり最近流行りのアイドルとか?」
「いや、天界の友達のやつ」
「天界の!?」
「うん。リリアっていうんだけど、めっちゃ良い歌歌うんだよね〜」
「へ〜今度私にも聞かせてよ」
「おけまゆ〜」
最近、思うことがある。
私とガルムは今こうして”仲良く”?過ごしているけど、私はガルムについてなにも知らないし、実際破茶滅茶過ぎて何考えてるか全然わからない。
でも、そんな中で一つだけわかった事がある。それは「ガルムは天界の友達の話をしている時はすっごい笑顔になる」ということだ。
ガルムとかどうとか関係なく、あんなに大切に思ってもらえることなんてなかなかないだろう。
今までそういう経験が一つもない私は、恥ずかしながらそれに対して少しばかり”いいなぁ”なんて羨ましくなってしまう。
いつかは私も、誰かのそれになれるだろうか。
こんな事、考えるべきじゃないんだろうけど、少しだけそう願ってしまう。
「あれ……これイヤホンの請求書かな。・・・ん!? 40円!?」
ーーーーー
ガルムが来てから早数日、家の中はーー【ゴミ屋敷になっていた!】
「なんじゃこりゃ〜!」
ありえないと言わんばかりの状況に、小野は怒りと驚きを混同させながら知らぬ間に近隣住民が苦情を上げるほどの大声を出してしまう。
”これではいけない”もっと家のことをガルムに教え込まないと、これからさらにやばくなる。
そう私の本能が告げている。それから、私はガルムの元へ一直線に向かうのであった。
「ガルム〜!」
*****
「これはどういうこと!?」
小野はリビングや廊下に散らかりまくったゴミを指差し、ガルムにそう問い詰める。
それに対してガルムは、”へっ”っとした表情を浮かべ「掃除めんどくさいからやりたくない」との意向を示した。
だが、その回答こそが命取り。ガルムの言葉の前に、小野はさらなる怒りを顕にし、ガルムの反発をもまるで道端の雑草を踏み躙るような高圧的なやり取りをし始めた。
「ガルム、お前こんくらい片付けろや。天界で何を学んできたんだ? あ?」
「嫌だ! 大体、ここの家主はお主だろ! ならば、家のことは全て家主であるお主がやるべきなんだ!」
「・・・は?」
「だからさっきから言ってるだーーー」
【いいからや・れ・よ? じゃないとお前の飯今日から抜きな】
「え……あの・・・」
【わかったな?】
「・・・はい。」
ということで、ガルムに掃除をさせることには成功した。
この家の部屋は大きく分けて、”リビング”、”寝室”、”私の部屋”、”物置”の四つだ。
この中で私は自室のみを担当しており、物置以外のその他全てはガルムに任せてある。
とはいえ、社畜の私が色々なことをする時間を取れないことは必然。
ということで、必然的に散らかっている部分は全てガルムの生活スペースのみとなっている。
そのため、実質私にこれといった仕事などは無い。
幸い、今回はガルムもきちんと掃除していることだ。
ご褒美用のプリンでも買ってきますかねっと。
そうして私は、あとの全てをガルムに任せ外へ出た。
*****
「小野〜これはなんだ〜?」
掃除の時に何か物珍しい物でも見つけたのだろうか?ガルムは何か分厚い本のようなものを持ってきて頬をニヤニヤとさせながらやって来た。
最初は少し遠くに居たからその物の実態が掴みにくかったが、近づけば近づくほど私の顔色が悪くなる。
それは決して開けてはいけないパンドラの箱。
私の表情からその事実に気がついたのか、ガルムは日頃の仕返しとばかりにとてつもないほどに煽ってきた。
そんな最強アイテムを持ったガルムに対して私はなすすべもなく、ただ返してくれるよう訴えかけるしかなかった。
「小野さ〜ん。なんかこれ”アルバム”って書いてあるんですけどぉ、一緒にみようよぉ」
「ガルムさん、お願いだからそれだけは勘弁してくれ。ほ、ほらプリン、プリンかってきたから!」
「じゃあプリン食べながら見ましょう!」
「う、うわぁぅぁ」
そうして、調子に乗ったガルム主催で私の公開処刑が始まろうとしていた。
だが、実のところ昔の写真など見られてもそんあことどうでもよいのだ。
もともと顔立ちがあまりよろしくないことは自覚しているし、別にそれにコンプレックスを持っているわけではない。
ただ、そのせいで”夢をあきらめざるおえなかった”私はその過去から逃げ続けているのだ。
今も尚、こうして嫌がっているふりをして。
そんなことを考えている内に、ガルムの準備が終わったらしい。
まぁ、準備と言っても本棚の前の地べたに座って中身を見るだけのようだが。
「小野遅い!」
「あぁごめんごめん……ってもう見てるし」
「うん」
なんか、思ったよりも静かだ。
つい先程までの感じでは、ガルムは言葉一つ一つに扇情性を込め、魂の奥底からバカにしたような言葉が飛んでくると踏んでいたのだが、実際はただ黙々と私のアルバムを眺めている。
ガルムからして、そんなに気になる物でもあったのだろうか?
この雰囲気、前にも感じたことがある。
そうだ、ガルムと最初に合った時と似ているんだ。
なにがあったのか聞きたいけど、聞けない。
この瞬間が訪れるほど、やはりこれは"私が踏み入ってはいけない領域"というのが伝わってくる。
でも、私はいつまでこうしているのだろう。
こうやって自分からも、他人からも逃げて「命をかけて守りたい、大切なものさえ守れない」私は、過去にそういう経験をいくつもしてきた。
だからこそ、わかる。
私はーーーガルムのことを知らなければいけない。
聞いたら嫌われるかも知れない。
もうここには居てくれ無いかもしれない。
だけど……知りたい。
大丈夫、幼いときからそうだ、なぜかこういうときの私の勘は100%当たるのだ。
「ガルム、何か気になるものでもあった?」
「あ、うん。これ」
そうしてガルムが指さしたものは、私が小学生の頃の運動会の写真だった。
別に、対して特別ではない。
至って普通の一般家庭の写真。
ガルムは、一体これのどこが気になったのだろうか?
「これが、どうかしたの?」
「いや、私には親とか居なかったから、こういうふうに笑って、いいなぁって」
ガルムの返答に対し、びっくりした。
いくら何かあったとしても”もっと軽いもの”だと思っていた。
だけど、今の一瞬からだけでわかる。
ガルムがどれだけ壮絶な過去を辿ってきたのか。
それと、それはきっと私達には一生かかってもわかりなどはしないということも。
そう重い空気に押し潰れそうになっていたその時、ガルムがまた何かを見つけ話しかけてきた。
「小野〜ちょっとここ見て! ここの小野、隣に写ってるカピバラにめっちゃ似てる!」
「うるさい!」
「ふっ」
「あ! 今鼻で笑った!」
「そんな事ないよ〜」
「見てろよ、多分こっちの方にとてつもなく可愛いのが・・・」
「無いじゃん」
「てめえ!」
「ふっ」
「あ! また鼻で笑った!」
なんだろう、別に気にして無いとは言ったけれども、ここまで馬鹿にされると流石に腹が立って来るものがある。
でも、これはガルムなりの思いやりなんだろう。なら、それに乗ってやらないわけにはいかない。
「じゃあ、今度はガルムのアルバム見せてよ!」
「……え? そんなの見せるわけ無いじゃん。馬鹿なの?」
「こんにゃろ〜。覚えてろよ〜!」
「ふ〜ん。悔しかったら天にでも祈ってみることだね!」
「わかったやってみる」
「え!? 本当にやるの!? 絶対来ないよ!?」
それから、私はガルムの言うように天に祈ってみた。
無論やり方など知るわけがないんだけど、そこらへんはアニメとかで見た感じで適当に。
でもポーズだけじゃ味気ないし”祈りの言葉”? みたいなのも言ってみようか。
「あぁ、親愛なる神よ。どうか、ささやかなる私の願いを叶え給え。」っとこんな感じでいいかな。
とはいっても、こんなありもしない適当なやつで神様が答えるわけーー
「わかりました。ではガルちゃんの昔の写真、明日の早朝にお届けしますね!」
ーー本当にきたよ。はぁ、なんか私の人生おかしくなってきちゃったかな。
でも、まぁ楽しければいいか。そう思ってしまう私だった。
だが、この頃の私はまだ知らなかった。
この選択が、世界を分けることになると。
そう、このあと半年もしない間に起こる”あの大事件”のことを。
*****
「ガタンッ」
午前四時、郵便入れに何かが届いた音がした。
そうか、今日は謎の神様からガルムの写真が送られて来る日だった。
ガルムの過去、と言ってもどれほど前なのかはわからないがなんだかワクワクしてきた。
昨日はあんな散々な目に合わされたんだ。絶対に見返してやる。
そう意気込んで開けたガルムの写真。そこに入っていたのは、私の想像を超えてくるものだった。
「あはははははは!」
それを見た私は、笑いだして止まらない。
あんなに偉そうにしているガルムがまさか、こんな面白いことをしていたなんて。
これを笑わずにどうしたものであろうか。
それを私は知らない。
「小野うるさい!」
「ガルム、ちょっとこれみてよ!」
朝から私の騒音で起こされたガルム。
機嫌が悪い顔をしていた彼女だが、小野が差し出す写真を見て一瞬でその顔は赤く膨れ上がる。
そう、彼女が見た写真は自分以外誰も知り得ない黒歴史のはずだった。
そう、今この瞬間までは。
「な、なんで小野がこれを持って!?」
「ガルムもこんな事するんだねぇ。いつもあんな偉そうなガルムが、こんな……ふっ」
「あ! 今鼻で笑った!」
「笑ってないよ〜」
「笑った! むゅ〜許すまじぃ」
「ふっ」
「うぎゃあ〜!」
それから、日が昇り切るまで私達は笑いあった。
これからの不安も、何もかもを吹き飛ばすかの様に。
すいません!めちゃくちゃに更新遅れました!次回からはもう少し早めに更新します!とはいえ、何時くらいに更新した方が良いのかとかよくわからないので、できれば要望コメントなどもあれば嬉しいです。
では、また会いましょう。
おやすみなさい。