9「みんなでババ抜き/小野のイメチェン」②
「はぁ、私もあんなだったらな…‥。いや、あきらめよう」
トイレ横の洗面台で、私は今日もため息をつく。
というのも、先日テレビで紹介されていた美容系アイテムを試してみたが全く変化が現れないからだ。
予想を裏切られた腹いせに、ついつい愚痴が零れる。
「まぁこんなもんだよね。結局顔は遺伝9割って言うし……」
今の私を端から見れば、”胡散臭い物を買って、知らないところで自爆している愚か者”とでもいうだろうか。
かといって、私も始めは美容品を買うつもりはなかった。
しかし、可愛くは無いと言ってもせいぜい普通の顔くらいには整っている。(つもり)
ここからなら”本当にワンちゃん行けるのでは”と、そう思ってしまった事がこの悪夢の始点だった。
人は、1度見た夢を中々諦めることが出来ないという。
もちろん私もその内の1人なわけで。
常時”神様の美顔”を見せつけられてたら、当然女として無意識にも対抗心が芽生える。
「あ〜。私ももっと可愛くなりたい〜!」
背筋を反りながら両手を上げ、試しに駄々をこねてみた。
結果など言うまでもない。
こんな事で可愛くなれるんだったら、既にこの世界の9割は美男美女で埋め尽くされているだろう。
「あー!!」
受け止めきれない現実から目を背けるためにただ叫ぶ。
誰だってそう、1度は現実逃避をしないと生きてはいけない時がある。
これは自己防衛だ、自分にそう言い聞かせる。
――あ。
いつのまにかトイレから出てきたガルムが、”見てはいけないものを見てしまった”とばかりの際どい目をしている。
それに気がついた私は、あまりにも気まず過ぎる瞬間に思わず顔をそむけた。
「うげ……」
「うげってなに、うげって!」
思わず口にしてしまった言葉に、彼女はどうも不満そうな顔をする。
話を聞いていたならば、少しは寛大でいてくれると思ったのに。
いや、初めからそうじゃないか。
元からかわいく生まれてきた奴らに、こんな気持ちがわかるわけなど無いのだ。
とても人間らしく醜い、こんな気持ちなんて。
「私……女としてこれで良いのかな」
「どしたん?」
「ガルムうるさいっ!」
「えっ酷い! こっちは心配して言ったのに……」
私の言葉を受けて、ガルムの目が更に鋭くなった。
別に私もガルムを怒りたいわけじゃない。
なにかとむしゃくしゃする心に伴って、無意識に荒くなってしまう気性。
ただ、その矛先が定まらないだけなのだ。
しかしその一方。
心に何かしらの靄がかかっているのもわかる。
これは、先日ネリアから託された思いが原因なのだろうか。
『これから、どうかガルちゃんをよろしくお願いします――』
ネリアと交わした約束が、鮮明な記憶と共に蘇る。
すると突如、今自分がしていることに大きな羞恥心が芽生えた。
そして同時に、今すぐにでも謝らなければいけないと思った。
「あ……ガルムごめ――」
「なら私がイメチェンしてあげるよ!」
ガルムは何を思ったのか、私の言葉を遮って勢い確かにそう言った。
天真爛漫な彼女のことだ。
この機を良いことに、私に対して変ないたずらを仕掛けて来こようとしているのはわかりきっている。
しかし、初めは”また何か始まったよ……”位のノリで見ていた私も、体を小刻みに揺らしながらるんるんと引き出しを開ける彼女の姿に、なんだか”今日は許してあげようかな”という気になってきた。
そうこう考えている内に、ブラシ等の化粧道具を取り出し終えた彼女。
私がそれに気がついたのがわかった瞬間、多彩な化粧道具を指の間で挟み初め、どこかしらで見たことのあるポーズを取り始めた。
その姿は一流スタイリストのそれを模倣しているのだろう。
「でっででではでは。今回は私、ガルム・マーガテシウムによるイメチェン、初めて行こうと思います」
「はーい」
「あ、念のために目は閉じておいてね? ブラシが目に入ると大変だから」
「それはわかったけど、目に入るって……ガルム、絶対痛くはしないでよ?」
先程の信頼とは一変して、己が身に降りかかろうとする出来事に突如不安が襲ってきた。
この前のトランプでの1件もあるし、彼女からは何かしら恨まれていても仕方がないと思ったからだ。
しかしそれからというもの、私の想像を塗り返していくように彼女は謎のリズムを奏でつつ、目にも留まらぬ速さで筆を使い始めた。
(まぁ実際にわかるのは肌に触れてる毛先の感覚で、まったく見えてはないんだけど)
彼女の実力は、初心者である私が圧倒されてしまうくらいのもの。
普段は引くレベルの面倒くさがりやなのに、化粧が得意だとは意外だ。
そうしたこともあって、私のイメチェンは目を閉じてから1分も経たない内に終了した。
「ほら、もう目開けていいよ……あははっ!」
彼女の口から零れだす笑い声。
小さなさえずりから、だんだんと大きくなっていく。
その笑いに不信感を覚えながらも、私は期待大きく目を開く。
「じゃあ見るよ。――え?」
次の瞬間、私の瞳に映ったのは”希望に輝いたきらびやかな自分”、などではなかった。
中身が誰かもわかりはしない程の”白塗り”の姿。
理解しきれない事象に、脳がゆっくりと熱くなっていく。
「あっははははは! ぐぅひぃいい〜あはははは! 小野が変な顔〜! やばっ、笑い止まらな……あははははっ!」
消え去りそうな視界の片隅で、ガルムがお腹を抱えて笑っているのがわかる。
どうにかしてこらえようとしているのか、中途半端な長さで続くそれが余計に目障りだ。
しかも、その声は吹き出して行く度にオーバーリアクションも伴い、ショートした私の脳内で幾度も反響するほどまでになっていた。
ここまでの騒々しさで、平常を取り戻さない方がおかしい。
今起きていることを”完全に”理解した私は、大きく声を荒らげる。
「ガルム〜!!」
▲■●●■
「……やっぱり根に持ってるでしょ」
「ん?」
ガルムは頭上にハテナマークを浮かべ、"何を言っているのかわからない'というような顔をしながら首をかしげる。
驚いた、彼女は本当に遊んでいるだけなのだ。
”根に持つ”なんてことはなく、ただひたすら純粋に。
また、あの愚かしい人間らしさが出てしまった気がする。
彼女を前に、自分勝手にしか考えられない自分が嫌になる。
今日もそう、このドタバタの原因は全て私のせい。
もう、この感情は終わりにしよう。
「やっぱりそうだよね。どうせ私なんて――」
この悪循環を終わらせようと、自己犠牲に走ろうとした私。
でも、ガルムがそれを許してはくれなかった。
彼女は手のひらで私の口を覆って、少しの間悩み始める。
そして、それに意味があるのかすらもわからない程の軽い呼吸を終えてから、ぱっちりと目を開いた。
「――うん。小野、もう1回だけ私に任せてよ」
ガルムはそう言い放ち、組んだ両手を頭上に上げて、軽く背伸びをしてから再度準備を開始した。
どうやら何かしらの覚悟を決めたようで、爽やかな表情に煌めく瞳が大きく光っている。
あぁ、ここで”断わる”なんて選択肢を選ぶことが出来ていれば、戸棚に隠された思いの、その全てが終わっていたかも知れないのに。
でも、私はまだ諦めたくなかった。
小さい頃から影に隠れて、密かに憧れていた可愛い自分。
1度夢見た光景を、簡単には手放したくなかったのだ。
だがしかし、いくらそんなことを思い出してはみれど、彼女の想いが詰まったあの眼差しを前に元からそんな選択肢は生まれなかっただろう。
「ガルム。せっかくやるならさ、とびっきり可愛くしてよ。ネリアとまではいかなくても、テレビに出てる女優さんみたいなの」
「え……。あ、それは無理です」
「おいっ!」
いつも通りの軽い談笑を交えて、心の奥底に眠る不安を消し去る。
「それじゃ、よろしくお願いします」
そうして始まった、私のイメージチェンジ。
先程の手付きとは違い、今度は1つ1つを丁寧にじっくりとやってくれているよう。
これはこれで、所作1つに込められたものが伝わってくる気がして少しだけ恥ずかしい。
でも、だからこそ私は今、こんなにも満たされた気持ちになっているのだろうか。
「ふ〜、これで終わりっと」
「ガルムお疲れ様。ありが……って、この手は何?」
私の顔、その正面に被せられたぬるく湿った彼女の手。
右に左にと体を動かしてみても、それを躱すことは出来ない。
それからも、ガルムは「大丈夫だから」と、決して鏡を見せてくれはしなかった。
「ほら、めっちゃカワイイから。とりあえずそのまま外歩いてきてよ」
「可愛いってほんとに〜? ガルム、嘘ついてないよね」
「――うん。今度は大丈夫だから、方舟にでも乗ったつもりでいなって!」
なんだか変に乗せられているような気もするが、彼女のやりきった顔を見て、たまらずほほえみが零れてしまう。
いつもはあんなに重い腰も、今はなんだか空を飛ぶ翼に成ったかのように軽い。
(今回は、ガルムのこと信じてあげてもいいかな)
そうして私は彼女に言われた通り、大きな歩幅で外へ駆けて行った。
「"買い物のついで"だからね!」
約1ヶ月ぶりの更新ですが、彼女たちは今日も生きています!
(約:遅れてしまって申し訳ない!)
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