8「神様襲来」③
△●○■○
その後、私達はお互いの親睦を深める為に家の近くにある公園に来た。
温かい陽だまりと平和な空気に包まれて、まるで天国にでもいるみたい。
極楽極楽、温泉に入っているわけでもないのに自然とその言葉が溢れてしまう。
これも、隣りに座っている彼女の影響だろうか。
「ほーらほーらここまで来てみろよ。まぁ? ビビリのモルザコちゃんじゃ無理か!」
「あ? やってやんよこの引きこもり脱走女が。あとモルザコ呼びやめろ、まじでキレそう」
「はぁん? 幼女がなんかキレてやんの!」
「まだキレてない……ってゆうかまださっきの決着ついてないよなぁ?」
「はっ! じゃあ今ここで決着つけてやろうかモルモットが!」
「なめんのもいい加減にしろよピョコ耳おおかみやろう!」
「犬だしっ! ーーあれ? 犬……だよね? まぁなんでもいいか!」
「「勝負だ!」」
ーー平和……ではなさそうだが、何はともあれガルムたちも楽しそうでなによりだ。
「周りに迷惑かけないようにね〜!」
「「は〜い!」」
それにしても、”ガルムの遊び相手がいる”というのはなんて素晴らしいことなのだろうか。
普段、ひまつぶしとばかりにこき使われる身にとっては、毎日でも一緒に遊んでいてほしいものだ。
まぁ、たまには相手してあげてもいいけど。
そんな事を考えていると、隣のネリアさんから小さな笑い声が聞こえてきた。
どうやらガルム達を見て笑っているようで、片手で口を覆っている。
「はぁ。ほんと、家に来たのがガルムじゃなくてネリアさんだったらよかったな……」
「そうですか? ……でも、ガルちゃんこっちに来て変わりましたよ。というか元に戻ったという感じですかね」
「元に……ですか?」
「はい。天界にいた頃のガルちゃんは毎日仕事漬けの生活を送っていて、どこか余裕のないものでした」
「へぇ、あのガルムがねぇ……」
今日は本当に信じられないことばかりだ。
天界のことも、ガルムのことも。
私が知らない事はこの世にいくらでもある。
これから知っていくことも。
もちろん、知らなくていいことも……。
「気になりますか? ガルちゃんの過去について」
「まぁ、気にならないって言ったら嘘になりますけど。それって私が知っていいことなのかなって」
「ガルちゃんはともかく、私は知って欲しいと思ってます」
ネリアさんは真剣な眼差しで、体をズイッと曲げてこちらを覗く。
完璧な彼女のことだ、そこには彼女なりの理由があるのだろう。
知りたいものと知って欲しいもの。
その関係が一致してしまえば、逆に聞かない方が失礼に値する。
そのため、私は”それなら……”と話を聞くことにした。
「ガルちゃんは昔、とても元気旺盛な明るい子でした。ですが、とある事件を堺にその心は完全に閉ざされてしまったのです。」
「とある事件って……?」
「それはいずれガルちゃん本人から聞いてください。私が言うには良くない話ですから」
ネリアさんはそう言って、ぐるぐると回る地球儀みたいな遊具で騒ぐガルムを静観していた。
その目はなんだか嬉しそうで、でも少しだけ悲しげだ。
1秒ほど時が経ったのち、ネリアさんは”はっ”と気がついたように話を再開する。
「その後、何年とは言えませんがすごく長い間、ガルちゃんは仕事に飲まれていました。幼なじみの私が連絡をもらったのもここ最近で、そこでは『今度久し振りに遊ぼう』と約束をしていたところなんです。ですが、そこで事件は起こりました。」
「事件?」
「はい。私と遊ぼうとしたことに気がついた『最高神』が、その約束を阻止する為に今までにないくらいの大量の仕事をガルちゃんに回したんです。最高神というのは、天界の長的なポジションですね。そのため、約束がなかなか果たせなくなったガルちゃんが、とうとう爆発してしまいまして。こうして人間界に来た、というわけなんです」
ガルムが人間界に来た経緯。
初めて会った時に軽く聞きはしたが、ここまで酷いと誰が予想したか。
しかも、その過去には更に辛いエピソード付き。
童話に載っていたら、誰もが悲観する様な物語だろう。
しかし、私が感じているのは心配よりも安心だった。
ガルムが弱っている中、今なら私が助けになれる。
味方でいてあげられる。
そんな思いが、私の中を巡ったからだ。
ーーでも重い。
これからの事を考えると、さっき感じた安心なんて吹き飛んでしまいそう。
それほどまでに色々な感情が交差し、行き場所を失っていく。
私は、うつむいて地面の砂を見ることしか出来なかった。
「小野さん、聞いてください。ガルちゃんについてでも、全く関係がなくても、もし大変な時がありましたらいつでも相談してください。この先、楽しいことがたくさん待っています。でも、訪れるのはそれだけじゃありません。怖いことも、辛いことも、泣きたくなることもあると思います。それでも大丈夫、あなた達には私がついていますから!」
だけど、彼女は違った。
そんな私の両手を握り、安心できるように。
いや、道を迷わないように声をかけてくれたのだ。
ガルムが惚れ込む理由もわかる。
これは……神だ。
神という存在の権化。
その光が眩しすぎて、私は少し涙ぐんでしまった。
「なにこの良い子……本気で交換して欲しい。っていうかネリア、ガルムと交換してくれない?」
「ふふっダメですよ。ガルちゃんは小野さんの事が気に入っていますから」
「そっかぁ」
「はい! あの様子だと、人間の価値観で”自分の親”くらいには気に入ってます!」
「そんなに〜?」
「「ふふっ……あはははっ!」」
気がついた頃には、私たちは2人で笑い合っていた。
ただガルムの過去について話しただけなのに、なぜかこんなに仲良くなってしまう。
これも彼女の力なのだろうか。
だが、今の私にその真実を知るすべは無かった。
「あ! 2人でなんか笑ってる! ずるい、私も混ぜろ!」
「私も〜!」
笑い声につられてガルムとメルティが帰って来た。
辺りはすっかりと暁が彩る時間。
そういえば暁って、なんで太陽なのに月って文字が入ってるんだろう。
「あかつき……暁? ーーあ!」
その時、私の中で忘れ去られていた記憶が舞い戻る。
今日の初めにした行動。
決して忘れてはいけないあの事を。
「ガルム! 洗濯物忘れてそのまんまだからお家帰るよ!」
「え〜面倒くさい……。小野がおんぶしてくれるならいいよ。眠いし。」
神様、本当にガルムとネリアを入れ替えてください。
今ほどそう願った瞬間は無い。
実のところ、心の中では「まぁ、今更戻ってももう遅いか」とはわかっていた。
しかし、これはこれで腹が立つもので。
殴りそうになる拳を抑えながら、帰宅の準備を始めた。
「ネリア……ごめんね。また迷惑かけちゃって」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。こちらも既に寝ちゃってますし、どうせならお家までご一緒させてください」
「ありがとう。ほんとに」
そうして私たちは、それぞれが1人ずつをおぶって家までの道を歩き始めた。
散々動いた後の汗でびっしょりなガルム。
必然、私の背中には湿った気持ちの悪い感覚が伝わる。
でも、それだけじゃない。
ーー鼓動が、鳴っている。
体全体で伝わる、ゆったりとした心拍。
どうやら本当に、ガルムは私の事を信頼してくれているようだ。
ネリアが言っていた言葉を思い出し、なんだか顔がにやける。
「小野さん、どうかしました?」
「いや。なんでもないよ」
ここで感じた感情を、ネリアに隠すようにそらす。
あぁ、私は今、とても清々しい。
この空間をいつまでもーー
その後、何事もなく家についた私たちは、軽い別れの挨拶をしてそれぞれの家へと入った。
△■○●○
ネリアたちが人間界に来てから数日がたった頃。
昨日から隣の空き部屋が騒々しい。
新しく人が入ってきたのか、壁をくり抜く様な鈍い音がする。
気のせいかも知れないが、部屋の壁に黒い穴がポツポツと見える気もする。
まぁ今はそんな事どうでもいい。
私はリビングでちょったしたストレッチをしている最中なのだ。
それもそのはず。
私は気がついてしまった。
幼女であるメルティは除くとしても、”神様ってなにげスタイルいいよね”ということを。
しかもそれは本物の神だけではない。
お菓子をむさぼり食らっているガルムでさえも、めちゃくちゃに良いスタイルをしているのだ。
「やっぱり体の構造から違うのかな……」
「ーーん?」
「いやなんでもない!」
何もしていないガルムに聞くのも癪に障る。
もはや私には、ネリアに聞いてみるしか選択肢がなかった。
「ガルム。そういえば、ネリアたちってどこに住んでるか知ってる?」
「ん〜。そこらへんの橋下とかじゃない?」
「それでも友達か!」
ガルムに聞いてまともな返答が来ると思ったのが間違いだった。
その時、今週2度目のチャイムが鳴る。
前回、不用意に開けてしまった失敗を生かして慎重に玄関へと向かう。
足音をたてないように。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「ーー何やってんの?」
忍び足で進む私を、ガルムがなんともいえない呆れた目で見てくる。
私は玄関先にいる来訪者を警戒して、小声で返答をした。
「っし〜! 今外に人がいるからバレないように歩いてるの!」
「いや、それネリアだし」
「違うかも知れないでしょ!」
ガルムはあの怖さを体験したことが無いからわからないのだ。
いっぺん本気で脅かしてやろうか。
そんなくだらないことを考えていたら、いつのまにか玄関前についてしまった。
ーーここまで来たら、もう開けるしか無い。
恐る恐るドアレバーに手をのばす。
びくびくとしながら1歩前にでた瞬間、外から声が聞こえてきた。
「小野さ〜ん。いますか? 私です、ネリアです!」
「あ〜ネリアだ! いらっしゃい、今日はどうしたの?」
「いやぁ。最近引っ越しをしたので、そのご挨拶にと伺った次第です!」
恐れていた相手は本当にネリアだった。
さっきまでの私は捨て、こうして平然と取り繕う。
だが、背後から感じる突き刺すような視線が痛い。
ちらっと確認してみると、ガルムが「だから言ったじゃん」という目で訴えて来る。
しかし私は、プイッとそれを無視して話を続けた。
(謝罪用として後でプリンでも買ってきてあげよう)
「引っ越しって、ここらへんの近く?」
「お隣です!」
「よこ!?」
「はい! 小野さんやガルちゃんの様子が気になったのでここに決めました。あ、もしも迷惑でしたら言ってください。その時は別の場所にしますので」
「いや、別に迷惑じゃないけど……」
隣とはあの騒音部屋のことだ。
でも、よりによってあのネリアが近所迷惑をするとは思えない。
「昨日、丑の刻参りとかした?」
「え!? そ、そんな事してませんよ!」
私の適当な発言に、珍しく動揺するネリア。
右手を前に出して”違う”と手首を振っている。
しかし、使用していない左手になにかの写真を持っていることを私は見逃さなかった。
ちらっと見えたその写真。
そこには、幼き頃のガルムが写っていた気がする。
ーーいやいやいや、まさかね。
ありえないと否定したくなる私の思考。
だが、そう考えると全ての辻褄が会ってしまう。
先程から少し興奮気味の彼女。
その顔は少し火照って、あかるんでいる。
あぁ私は今日、気がついてしまったかもしれない。
彼女はスタイルがいい。
それはもちろんのことだが、それとは別の事。
それはーー
彼女がガルムに対して、ゲキヤバメンヘラストーカー彼女的な感情を持っているということだ。
「ネリアって……実はヤバい人だったりする?」
「えっ!?」
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