8「神様襲来」①
「っん〜……いい天気!」
清々しい程の群青が煌めく、そんな今日は日曜日。
会社も休みで気分も最高潮。
今は洗濯物を干している真っ最中だけど、正直言って面倒くさい。
でも、だからと言って生活をおろそかにしていいわけではない事を、私は充分にわかっているつもりだ。
だって、すぐそこにいるのだから……”ダメな1例”が。
朝からずっとソファーで寝ていて、家事の手伝いすらもしようとしない。
”彼女みたいにはなりたくない”と、そう思うだけで、重い腰も少しは動きやすくなる。
「ガルム〜、少しは手伝ってよ!」
「え〜めんどくさ……。私は寝るので忙しいから、小野が全部やっといて〜」
いつも寝てばかりいるのに、”寝るので忙しい”とは一体何なのだろうか、生憎私には1つも分からない。
この間アルバイトを始めたとはいえど、全くもってぐーたらが抜けない彼女にいい加減呆れが出る。
「もうほんとに……。もし私が居なくなった時しらないよ?」
「え〜、その時は小野と駆け落ちするから大丈夫〜」
「駆け落ちって……全くそんな言葉どこで覚えてるんだか」
そんな他愛も無い話をしていると、”コンコン”とドアを叩いた様な音が聞こえて来た。
今の時代にチャイムも鳴らさずにドアをノックするだけとは、これは新種の面倒事かも知れない。
そう考えた私は、先程の腹いせを含めて、暇をしているガルムに一任しようと声をかけた。
「ほら、待たせたら悪いからガルム出て」
「無理、小野が出て〜」
「はぁ……ちょっとは動きなさいよ。はい、少しお待ち下さい!」
来訪者に存在を伝えるために、少し大きな声を出して返事をする。
床に大の字で寝ながら”へっ”と笑うガルムを、横目でじっとにらみながら玄関へと急いだ。
だが、本当に面倒な人が来ていると考えるとなんだか怖い。
そのため、少しだけドアを開けて相手を確認する事にした。
「は〜い、どちら様ですか?」
ドアを開けた時の生暖かい風と映った光景、それに私は目を丸くした。
”変な人”だと思っていた来訪者は、背丈が120cm位の彼女。
大きく膨らんでいるツインテールと、鮮美に輝く碧眼が特徴的。
とはいっても、こんなかわいい子と知り合った覚えはまったくもって無い。
近所の小学生が、間違えてこの部屋に来てしまったのだろうか。
「お嬢ちゃん、お部屋間違えてるよ。自分のお家の番号とかってわかるかな?」
訪ねてみても、彼女は下を向いて何かをブツブツと唱えているばかり。
何を言っているのかは、声が小さすぎてよく聞き取れない。
とりあえず事情を確認する為、彼女を家へとあげようと案内する。
思っても居なかったかわいい来訪者に、警戒を完全に解いて手招きをした。
その時だったーー
「ーー”空式破壊弾!”」
突如背後から聞こえた、ドス黒い未発達の幼声。
同時に展開された複数の魔法陣に、ガルムが冷や汗をかいて飛び出して来た。
「伏せろ小野!」
ガルムがそう指示を出した瞬間。
鋭く破裂した”空気の球”の様な物が、頭を守り抱えた私の上を通過した。
しかし、ガルムの前に現れた禍々しい”壁”の様な物がその魔法を破壊する。
玄関前に佇む彼女は、にやにやとした悪魔の様な表情を浮かべながら嬉しそうに飛び跳ねている。
「おっ次元壁か……この感覚、久しぶりだぁ!」
「メルティ、なんでここに……」
普段はのほほんとしているガルムが、珍しく深刻そうな顔をしてつぶやく。
それに呼応して、不可解な笑みを見せる彼女。
目の前で起こっている”異常事態”が飲み込めないほど私は馬鹿ではない。
「ガルム、あの子の事知ってるの!?」
「あぁ、知ってるも何も。彼女は『破壊の神』”モルフィザコ・メルティリア”。私の同僚で……”天界十二神”だ」
▼△◎△▼
ーーあれから、いくつの時が経過しただろう。
いや、実際は1秒たりとも過ぎてなどいない。
そう思えるほどの殺気で満ち溢れた空気が、私を戦慄させているのだ。
「ガルム、強いならどうにかしてよ!」
「無理だ……メルティは私と同じ”十二神”。私の方が強いのは事実、でもここで戦えば家はおろか、最悪小野の命まで危ない!」
私の前に立ち、右手をこちらへ向けて守ろうとするガルム。
始めて見た神らしい1面。
だが、その手は小刻みに震えていた。
《怖い》その感情は私だけじゃない。
ガルムも同じく、何かしらでその感情を持っているのだ。
ーー私が助けなければ。
彼女を拾った時ぶりに脳裏に映った思考。
今助けられてる私が、彼女を助けようとしてるのもおかしな話だが、魂が「行け」と叫んでいる。
右足を1歩、大きく前へ踏み出す。
その瞬間、ガルムが私の動きを悟ったのか高圧的な言葉遣いで話しを始めた。
【天界十二神、破壊の神モルフィザコ・メルティリアよ。今すぐ天界へ帰りたまえ。これは私の命令。従わなければ、天界神権第五条に則ってあなたを叩き潰します】
”高圧的”というのは、感覚的な問題ではない。
本当に圧が掛かっているのだ。
上から下へと流れていくそれは、背後に居る私にもビリビリと伝わってくる。
押しつぶされそうなまでに重い圧、これがガルムの神としての威厳なのだろうか。
しかし、同列の神であるという彼女にはそれも効かないようで、この重圧をただの高揚感として捉えているらしい。
先程までの楽しそうな笑顔とは異なり、今にも人を殺しそうな狂気の笑みを浮かべている。
対して私は、この緊張感に流れ出る汗が止まらない。
この家の主は私なのに、私の油断が引き起こした事態なのに。
どうにかしないと。
とはわかってはいるけど、ここで声を出す勇気が湧かない。
先程まであんなに見下していたガルムに守られる。
神が何だと馬鹿にしていたが、実際目の当たりにするとこうも無力なものか。
ガルムの優しさと性格にかまけて、神を愚弄していたことを心の髄まで後悔する。
巡る思考の合間、溜まった唾をゴクリと飲んだ。
何気ない無意識中の所作。
しかし次の瞬間、ガルムは大きく手を広げ、空気中に魔法陣を出していった。
対応して、メルティと言う彼女も、また何か呪文の様なものを唱えている。
まずい、彼女たちは本気で戦う気だーー
「忠告はしたはずだ、同僚の好で命までは取らずにいてやろう。あと小野、危ないから絶対にそこから動くな」
「やっとやる気になった。へへ……いっくよ〜! ”破壊炎弾”ッ!」
ガルムより先にメルティが魔法を放つ。
真っ赤に光る熱光線。
こうして戦いの火蓋は切られた。
と、思った瞬間だった。
ーーなんとも無い?
「こ〜ら! いきなり人様のお家で魔法は使っちゃだめって言ったでしょ!」
突如として現れた、背高で黄と緑の混合する髪の神々しい彼女。
どうやら彼女が、魔法を打つ直前でメルティを止めたようだ。
止めるためではあろうが頭に殴られた痕跡が残るメルティは、床に倒れ込み気絶している。
でも、なんだか聞き馴染みのある優しい声。
私はそれにふと気がついた。
「あの、あなたってーー」
「ネリアっ!」
発する言葉を遮って、ガルムが反応する。
「はい。お久しぶりですね、ガルちゃん。会いに……来ちゃいました!」
彼女は優しく、包み込むような声で返答する。
刹那、先程まで漂っていた殺気は一変してガルムの顔は明るくなり、鋭く睨みつけていた目が、大きく光輝いた。
「ネリア……ネリアぁ!」
「なんですかガルちゃん。私はここにいますよ」
「もう……会えないと思ってたから!」
「ふふ、そんなわけ無いじゃないですか。ガルちゃんに会えるんだったら、私は魔界でも冥界にでも行きますよ。たとえ、それが神の座を追われる様な場所でも」
人前では見せられない位に泣きじゃくるガルムを、彼女はギュッと抱きしめる。
今の2人の間に、私が入る隙間など微塵もない。
とはいえ、このまま傍観しているわけにもいかず。
邪魔をしないようにそっとリビングへ戻り、4人分のお菓子と飲み物の準備を始めた。
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ゴールデンウィーク平日3日連続投稿します。
最近調子がよくなってきたので頑張って書いて行きたいです。
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