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次元最強のガルム様  作者: 神無月 雄花
第1章 天界と人間界
14/21

7「ガルムのアルバイト」④

▼△◎▼△



 あれから2時間後ーー


 ガルムは1人、店の前に立っている。

 力が尽きて倒れたあと、目が覚めた時には店の看板と一緒に追い出されたのだ。


「これは……俗に言う”戦力外通告(足手まとい)”というやつだろうか」


 料理も満足に作れず、接客もろくに出来ず。

 今日1日、どうもやる気だけが空回りする彼女。

 何をやろうとしても、今まで小野に任せきりだったツケばかりが回ってくる。

 手に持った店看板には、”私は悪い子です”と書かれているような幻想さえも見える。


「迷惑、かけちゃったかな……」


 自慢の耳はしおれ、顔は下を向き暗い表情を浮かべている。

 誰の目から見ても、明らかなほどに落ち込んでいる彼女。

 だが、黄金に輝いたその瞳だけは、決して諦めてなどいなかった。


「今日は散々迷惑をかけた。でも、役に立ちたい。少しくらいなら……大丈夫、だよね。」


 自分に向けた悔しさと怒りが、血が滲むほど強く拳を握りしめる。

 覚悟を決めた彼女は、混沌と優しさを交えた鼻声で詠唱を始めた。


「奇跡よ起これ、我が御霊に使えし精霊よ。全ての力を持って、儚き夢を……誘わん。」


 天に右腕を振り上げ、同方向の足を力強く踏み込む。

 地面のコンクリートは粉々に割れ、周囲には凄まじい突風が吹き荒れ始める。

 先程まであった雲が消え去る程度の異常気象に、東京に住む人々全体が空を見上げる中。

 ただ彼女は、歯が砕けるほどの力を込めて言い放った。


【魔法・天差し光の行く末(ラグナエレナ)!】


 魔法が発動されると、彼女を取り囲む複数の魔法陣が青く光だし、天へと向って光を発射する。

 東京の空一面を埋め尽くす程の光。

 前を向き、凛とした表情の彼女の頬には1滴の雫がこぼれている。

 ガルムが行った一連の流れに伴った轟音で、心配したマスターが店から出てきた。


「ガルム君大丈夫かい!? 一体何が……え?」


 店から一歩出た先に、突如生まれていたクレーター。

 いくら考えても説明がつかないであろう事象に、マスターは困惑している。

 だがその困惑は、地面に生まれたクレーターでもなく、窓ガラスにヒビが入ったことでもない。

 全く別のことだった。


 ”ドドドドドッ”


 店の前の大通り、左右の方向から大きな地響きが伝わってくる。

 遠くに居て目視しづらいが、よーく目を凝らせば見える。

 それはーー


 大勢の人間だった。


「どけどけどけぇ! 俺が1番乗りじゃ! 敗者は敗者らしく大人しくしとけ!」

「はぁ? なめとんのかワレェ、なめたけ食わすぞゴルァ!」

「ちょ、ちょっと〜。喧嘩はやめましょうよ〜!」

「おいそこのお前! 取ってちぎってしいたけの餌だ!」

「なめたけどこ行った!?」

「ひぃぃぃやっふぅ!」


 何故かこちらにやってくる大群に、マスターは酷く怯える。

 ドア横に居たガルムの表情を覗くと、顔の至るところから汗が吹き出ており、同じく怯えているようだった。

 先程何があったのかを聞いても、一向に答えようとはしない。

 それもそのはず、彼女が使った魔法は”呼び寄せ”の応用。

 迷惑をかけたお返しに発動した”客引き”の魔法なのだから。

 マスターと同様にただ怯えているのとは違う。

 彼女は、自分が引き起こしてしまったとんでもない現象に冷や汗をかいているだけなのだ。


「や、やばいよガルム君。このままじゃ、お店が崩壊しちゃうよ!」


 マスターの必至の呼びかけに、更に汗の量が増す。

 しかし体が感じている危機とは逆に、口はあんぐりと開き思考は停止している。

 そうこうしている内に、走ってきた客の1人が腿上げをしながら店の前に到着した。


「俺の名はスピードスマッシャーの早竹(はやたけ)! 看板娘の嬢ちゃん、ちょいとそこをどいてもらうぜ!」

「ガルム君が……看板娘? ・・・そうか、その手があった!」


 マスターはお客の言葉を受けて、現状を打破する起死回生の一手を思い描いた。

 それは、”ガルムを看板娘にしてこの量の客を整備する”というものだ。

 正直成功する確率はほぼ無いに等しい。

 だが、長年の知恵により”ここで引いてはいけない”事をマスターは知っていた。


「こうしちゃいられない。ガルム君、君だけが頼りだ!」

「ーーっへ……? 私が!?」


 耳に入って来たいきなりの責任に、ガルムの脳は思考を取り戻す。

 マスターに小声で耳打ちされた仕事は、”この店の看板娘”。

 バイトに入ってから1日目とは思えない高待遇に、なんだか満更でもない表情を浮かべた彼女は、鳥も逃げ出すくらいの大声で叫ぶ。


「こちらにお並びくださ〜い! 最後尾は〜こちらで〜す!」


 すると、先程まで大暴れしていた群衆が1つにまとまって整列しだした。

 マスターの作戦は成功……、大成功だった。


「や、やったよガルム君」

「マスタ〜」

「ガルムく〜ん」


「「いえ〜い!」」


 2人は大きくハイタッチをし、危機を乗り越えた喜びを顕にする。

 しかし、この店のアルバイト店員はガルムしか居ない。

 そのため、この後マスターが店内作業に追われた事は言うまでもない。




「や、やっと収まってきた〜」


 あれからまた数10分が経過し、群衆の列も少しは落ち着きをみせてきた。

 ”これでとりあえずは一安心”、と安堵のため息をつくガルム。

 しかしその感情とは裏腹に、この騒動はとどまるところを知らなかった。

 気がついた頃には時既に5秒くらい遅く、喫茶店のことはインターネット上で大いに拡散されていたのだ。

 そうして、ネットの評判を聞きつけたグルメ家や、外国の方々が徐々に殺到し始める。

 昨日まで1日10人も入らなかった喫茶店に、街頭を埋め尽くす行列ができた。

 ”忙しい”なんて言葉じゃ表せないほどの過酷な労働。

 それを切り抜けた先には、先日ガルムが面接中に見たときよりも、綺麗で鮮やかな夕日があった。


「いやぁ、お疲れ様。今日は看板娘のガルムくんの活躍で、凄い数のお客さんだったね〜」

「ハイ、ヨロコンデイタダケタナラナニヨリデス」

「す、凄い片言だねぇ。まぁ今日はお疲れ様。これからもよろしくね、ガルム君。」


 マスターからガルムに向けられた、労いと信頼の言葉。

 今日起こった出来事の殆どが彼女の仕業だが、それでも褒められることは嬉しいようで、しおれていた耳を元気にぴょこぴょこさせる。

 その時、耳を動かして脳が活性化されたのかなんなのか、彼女はふと思い出す。


「あれ、今日のお給料もらってなくない? マスター、金は?」

「ううん、言い方気をつけようね言い方。というか給料は口座に入るはずだよ」

「ぎょうざ〜? おうおうマスターさんや〜。金は金だよ、働いた分きちっと払ってもらわにゃこまるアルね〜」


 そう言って中国拳法的な動きをするガルム。

 修羅場を乗り越えたのにも関わらず、ちっとも成長していない彼女に、マスターは鼻でため息をつく。


「違うよガルム君。餃子じゃなくて口座だよ。給料は月末に保護者の……小野さん? って方に行くから、そっちできちんと管理するんだよ〜」

「小野!? なんで知ってるの!?」

「いや、履歴書に書いてあったよ。だって、貴方の名前は”小野ガルム”でしょ?」


 マスターの発言をうまく飲み込めないガルム。

 しばし沈黙を介した後、やっと理解したのか怒りを表し始める。


「なんで私が小野の名前なんぞ使わにゃならんのだ! あやつふざけやがって……もう許せん! お家帰ったらぼこすか殴ってしばきまわす!」

「ぼ、暴力はいけないよ暴力は。ほら、話し合えばわかってもらえるよ。そんなことしたら逆にお金貰えないかも、なんて・・・」

「ぐぬぬ。ぬわ……ぬわぁ〜!」


 ガルムは力の抜けたよくわからない奇声を発し、両手で頭を抱えた。

 彼女の発言から、小野という人と”あまり良くない関係なのだろうか”と心配していたマスター。

 その反応を見て、”実際は仲睦まじくやっていっているんだな”とわかり、安堵して軽いため息をついた。


「それじゃあ、今日のバイトは終了だよ。お疲れ様、ガルム君」

「グゥ〜」


 言葉よりも先に、腹の音が鳴ってしまった彼女。

 片足をついて3回ほどその場を回り、マスターに大きく手を振りながら颯爽と家へと駆けて行った。



◎●∇●◎



 ガルムがバイトを済ませてきた日の夜。

 洗い物が終わり、リビングでゆっくりしていた小野に彼女は声をかけて来た。


「小野さ〜ん、お金くださいよぉ〜」


 舌を少しだけ出して、ゲスい王様のような顔をするガルム。

 ”へっへっへ”と不気味な笑い声を出しながら、ジトーとした目で小野を見ている。


「どうしたのガルム?」

「しらばっくれないでくださいよ〜。知ってるんですよ……お金、入ったらしいじゃないですか〜」


 そう言って、重心を右往左往と傾けながら、小野の周りを歩いている。

 両手は胸の前に構えて”おばけのポーズ”を取っており、その(さま)はまるで”血に飢えた忍者”。

 そんな金に取り憑かれた銭ゲバ神様(ガルム)に、なんだか面白く思えてきた小野は不覚にも笑ってしまった。


「あ〜、ばれちゃったか。ガルムには秘密(ないしょ)にして、美味しいもの食べに行こうとしてたのに」

「そんな薄情な!」


 唐突に発覚した裏切り行為に絶望し、両手を掲げるガルム。

 膝は地面に崩れ落ち、口からは魂が出て意気消沈としている。

 そんな彼女を見て、小野は楽しそうに微笑んだ。


「はいはい、しょうがないな〜」


 小野は財布からお金を取り出し、座ったまま気絶するガルムの額の上に置いた。

 同時にガルムは目を覚まし、目に覆い被さった物をゆっくりと確認する。

 1枚の紙に描かれたのは諭吉さん。


 そう、それは……1万円だったーー


 未だかつて手にしたことが無かった1万円に、鼓動が鳴り止まないガルム。

 彼女は嬉しさのあまり、家中を隅から隅まで走り回る。


「ガルム、大切に使うんだよ?」

「うん!」


 小野の優しい注意喚起はこの時、初めてガルムまで届いた。

 だがしかし、彼女には端からこのお金を使う気はない。

 嬉しさと、思い出と、頑張りと。

 自分で努力して、認められて。

 そうしてやっと辿りついたお金は、彼女の”宝物”になったからだ。


ーーしかしこの後、家中を走って散らかしまくったガルムは、小野監修の元で、お片付けをする日々が幕を開げたのであった。


「なんで〜!」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだと一生懸命な姿にほのぼのしますね。 程よくニヤニヤできる展開に癒されます。 続きも楽しみにしていますね♪頑張って下さい
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