7「ガルムのアルバイト」③
▼▼◎?◎
「いらっしゃっせ〜!」
まだ開店前の朝イチから、喫茶店ではあまり馴染みのない挨拶をするガルム。
アルバイト用の制服を着た彼女は、楽しそうにいきいきとしている。
だが、昨日の件もあって”いきなり接客は難しいだろう”と判断したマスターは、カウンター席の向かいにある厨房に案内した。
「当店では、色々なものを作っていてね」
そうして見せられたのは、ハンバーグやオムライス、その他数多くの料理が載っている見開き2ページのメニュー表。
喫茶店といえば、”コーヒーとわず「かながらのデザート”というのが主流だ。
数年前、開業当初に毎日来てくれた人のリクエストで、ここまで商品が増えたとマスターは語る。
一方、話を全く聞いていないガルムは、メニュー表をまじまじと見ながらよだれをずるずると垂れ落とす。
「どうだろう、メニュー表にあるものなんかは作れるかい?」
「はい! 食べれます!」
「いや、そうじゃなくて……」
ガルムの返答に困惑するマスター。
しかし彼は、人を見た目で判断してはいけない事を知っている。
(もしかしたらこの子も……”やればできる”んじゃないか!?)
根拠もない自信が、脳内にすっとよぎる。
次の瞬間、マスターはガルムの腕を引っ張り「これを作ってみてくれ」と、オムライスのレシピシートを渡す。
ガルムは露骨に嫌そうな顔をするが、なぜか乗り気のマスターに気圧され、料理をすることになった。
「やってみますか、知らんけど」
マスターは、厨房の入り口に背をかけながら佇んでいる。
ガルムが厨房に入ってから、あえて中を覗かないようにしているのだ。
あえて言うならば、愛弟子の卒業試験のようなものだろうか。
先程から妙に感じている、彼女の可能性に賭けてみた。
そうしていざ料理が始まると、背後から伝わってくる彼女の緊張感。
卵や野菜、米などを炒める食欲をそそる音。
そして、秘伝のソースを使った香ばしい匂い。
これらに対して「やはり、やればできるじゃないか」と、うなずいていた時。
突如、マスターの脳内に”|ガルムと切磋琢磨した思い出《見覚えのない記憶》”が浮かび上がる。
「ねぇマスター。これでみんな喜んでくれるかな?」
「大丈夫だよ。君は今まで頑張ってきたのだから。必ず”美味しい”と言ってくれるさ」
「本当?」
「あぁ、本当だとも。君の腕はもう、僕の事なんかとっくに越しているよ」
「へへへ……やった!」
”あ、あぁ。あああ。”
頬を伝う生暖かい感触。
大粒の光が、”感情”を乗せてこだまする。
そう、マスターは……泣いていた。
だが、時は残酷。
余韻に浸る間もないまま、ガルムは料理を終える。
「マスタ〜出来たよ〜。あれ、なんか目赤くない?」
「大丈夫、そんな事無いよ。さあ、食べようか」
そうしてガルムの指摘を軽くあしらい、4人用のテーブル席へと座るマスター。
目の前に置かれたのは、注文したオムライス。
見た目は普通。
香りも正常。
よくわからないのは、ケチャップで描かれた謎の絵くらい。
(体に頭が生えただけの、猫みたいな、犬みたいなやつ)
五感上の安全確認を済ませた後、スプーン1杯分の量を頬張る。
すると……今まで感じたことのない衝撃が、彼の脳を破壊する――
「うがあぁぁぁあぁっぁ!」
彼は知らなかったのだ。
人間界に来てからというものの、食べるものは全て”小野の手料理”か”外食”。
そんな彼女が”オムライス”など、決してうまく作れるわけがない”事を。
天井を見るように顔を上げ、瞳からは今にでも”竜の息吹”を吐くかのように光線が出ている。
先程の感動を全てひっくり返すような、”ひどい”なんて言葉じゃ表せない味だった。
(これはヤバい。この子は、本当に料理が出来ないのか……)
だが、ここで素直に”まずい”なんて言ってはいけない。
素直は時に、むやみに人を傷つける刃と成る。
そう、私は”それ教える為”に彼女を雇ったはずだ。
どうにかして自我を保ったマスターは、極力ガルムを傷つけないよう、できるだけ優しい言葉で伝えようとする。
「こ、個性的な味だね〜。な、なにかアレンジなどを加えたのかい?」
「いや、レシピ通りにやったけど……。やっぱり、ダメ? ・・・だった?」
ガルムは上目遣いで、その大きな金眼を輝かせ、今にでも泣き出しそうな顔をする。
”これはヤバい”マスターの理性は、もはやボロ雑巾のように風穴だらけだった。
こんな時に、中身もなにもないフォローしか思い浮かばない自分に後悔をする。
「ぼ、僕はいいと思うよ〜!」
「本当!?」
彼女の純粋な笑顔が、マスターの心に染みる。
だが、己が身を削り取って場を繋いだ事に、マスターは安堵した。
祝と言っては何だが、この喫茶店名物のコーヒーでも飲んでほっと一息つこう。
厨房のカウンター側に設置された棚を開けて、カップを取り出す。
「う〜ん今日はこれ……かな」
使う豆を4種ほど選び、流れるような手付きで進めていく。
何時もやっている工程だからこそ、”今日は調子が良い”という事がわかる。
「良い日になるといいな」
淹れたての香ばしいコーヒーを飲みながら、マスターはそう願った。
しかし、この世界はいつでも無常。
今訪れては行けない危機が、ドアを開けた時の鈍い音を立てながら襲来する。
「こんにちは〜。今、大丈夫ですか?」
「あぁ、すいません。まだ開店前でして……」
「・・・え? もう午前10時ですけど。今日は休業……でしたか?」
この喫茶店の開業時間は午前9時。
マスターは急いで時刻を確認し、息を飲む。
「すいません気が付きませんでした! 大丈夫です。お好きな席にお座りください!」
「はい。ありがとうございます。」
来店したのは、ショートカットの綺麗なお客さん。
テーブル席の方を見た彼女は、驚きと困惑で埋め尽くされる。
それもそのはず、そこにはバイト服を着たウエイトレスが寝ていたのだ。
彼女は、意図してそのテーブルに座り。
熟睡するガルムに声をかけた。
「こんにちは」
「ん、んむむうぅ〜」
「もうお店開いてますよ〜」
「んん……?」
「起きてください!」
「んあ!?」
突如として聞こえてきた、心の底を呼び起こすかの様な不思議な声。
夢の世界に居たガルムは、一瞬にして現実へと連れ戻された。
気がつくと、目の前には名も知らぬ女性が一人。
頬杖をつきながら、優しい目でガルムを見ている。
「あ、起きましたか。ウエイトレスさん、仕事のお時間ですよ」
「え、もうそんな時間!?」
「はい。なので注文お願いします。ではこの、”特性コーヒーのモーニングホワイトシロップ付き、マスター仕立てのベイクド黒ごまサラダの温玉チーズ乗せセット”というのを1ついただけますか?」
寝起き早々に聞かされた、呪文の様な言葉の羅列に困惑するガルム。
バイト初日の彼女はもちろん、それが当店の商品名だということを知らない。
だが、いくら”聞き逃した”からと言って、こんなくそ長い商品名をもう1度言ってもらうのも気が引けてしまう。
そうして、テンパりにテンパりを重ねた彼女は、勢いのまま注文を了承した。
「とまき、あれ……モーニダイアロンダイト付き、バスター利上げの? ・・・バイクサラオチ……ん?」
中途半端に起こされた眠気と、よくわからない呪文で頭が占領されたガルムは、足取りがおぼつかないまま厨房まで歩いた。
席で待つ彼女は、心配そうな目でガルムを見つめる。
この状況を楽しんでいるのか、決して助けは出さずに。
「ま、マスタ〜。注文が、はいりまし、た……」
目がぐるぐる巻きになっているガルムを見て、マスターはぎょっとする。
注文内容を確認しても、しどろもどろな回答しか帰ってこない。
そう、時間が経つに連れ事態はさらに悪化していたのだ。
何度も頭の中で反復している内に、ついにはうろ覚えであった原型すらも忘れてしまった。
「どれかな……?」
マスターはメニュー表を見せ、ガルムの記憶から注文を確認しようとする。
脳がオーバーヒートして煙が出ている彼女は、残された力を使い、震える指先で呼応した。
「おまたせしました。コーヒの純粋割り、ココアロットミルクティーです」
「え、あ。頼んだのちが……。ありがとうございます」
力を使い果たしたガルムは、スタッフルームで倒れている。
注文と持って行った品が一致しないことは、その場の空気感でマスターに伝わっていた。
しかし、ミルクティーを持った彼女が”ありがとう”と言っているので、この事実は隠蔽されることとなった。




