7「ガルムのアルバイト」②
△★▼◎❖
「お〜い、ここの主を出せ〜い!」
ガルムは店内に入った後、まるで”クレームでも言いに来たのか”とも取れる様な大きな声を発した。
幸い客は誰1人としていなかったので、大事になることは逃れたのだが、”ヤバいやつが来た”と戦慄する人が1人、入り口奥のレジに居た。
彼は現実から逃げるようにしゃがみ、隠れようとしていた。
しかし、その抵抗は無意味。
次の瞬間には「そこの人〜!」と、大きく手を振るガルムに駆け寄られていた。
「は、はい……。何か御用でしょうか?」
「私をバイトに入れてくれ!」
「いやっ、お金は出せませんから!」
「「え……?」」
どこかすれ違う2人は、お互いの身の上を話し合った。
店頭に居た彼は、40代の男性でこの店のマスターをやっているという。
先程は、強盗かなにかかと勘違いしたようだ。
優しい顔立ちに少しひげを生やした彼は、”本場で修行してきた”かのような、どことないオーラを放っている。
あれこれ話をしてる内に、”バイトに入りたいなら面接をしなきゃだね”とのことでガルムは面接を受けることになった。
神のいたずらか、本日の営業は既に終了しているらしく。
マスターの”今からでも大丈夫?”との問に大きく返事をしたガルムは、パイプ椅子とテーブルが置かれたスタッフルームへと向かった。
パイプ椅子に座っていると、側面の窓ガラスから夕焼けに染まる空が見える。
初めての面接に少し心躍らせるガルムは、そわそわしてじっとしていられない。
マスターが机を挟んで正面に座り、”それじゃあはじめよっか”と仕切り直したところで、面接は開始された。
「じゃあ、まず始めに履歴書とかって持ってるかな? 少し大きな紙なんだけども」
「あぁ、多分ポッケの中に……あった」
この間小野にガチギレされた時、”全部自分でやらせるから”などと言われていた事を思い出すガルム。
しかし、心配性の小野がこうして準備してくれていることを、彼女は感覚的にわかっていた。
それを”さも当然です”といわんばかりにマスターへ差し出す。
履歴書に記された文字の羅列、その異様な雰囲気に”これはただでは済まないかも”、とマスターは息を呑んだ。
だが、誰がどの角度から見てもここまでは順調そのもの。
そう、ここまでは。
その後、マスターの予感は的中した。
「では、この店を志望した理由を教えてくれるかな?」
「なんとなくです!」
「……ん? 今なんて・・・」
「なんとなくです!」
ガルムは、はっきりと何度も何度も念を押すように言った。
自分の意志が伝われば良いと思っているのか、とても真剣な眼差しで。
発言と表情の差に困惑したマスターは、とりあえず「素直な回答をありがとう」と礼を言うことにした。
感謝の言葉を受け取ったガルムは、いきなり褒められたことに歓喜し、嬉しそうに微笑む。
神の笑顔に当てられたマスターには、彼女がまぶし過ぎて直視出来ない。
それから10秒ほど経って、眩しさが軽減された後に面接は再開された。
「そ、それじゃ、週に何回ほど働けるかな?」
「え? 2週間に1回程度なら……」
「すくないねぇ〜! いや、来てくれるだけでありがたいんだけど。もうちょっとだけ来れないかい?」
「う〜ん。なら、まけにまけて週1なら……」
まけて、とは一体何なのだろうか。
マスターは、今まで経験して来た言葉の綾に疑問を持ち始める。
しかし、数は少ないながらも、仕事をする回数が増えたことは事実。
このままでは話が進まないので、”忙しかったりするのだろう”と割り切ることにした。
「では、ガルム……さんの長所と短所を教えて下さい」
「元気なところと、永遠に仕事を続けられるところです」
「なるほど、では短所のほうは?」
「ありません!」
自信満々のガルムに、マスターは少し物怖じとする。
世間一般から見たら、面接でこの様な態度をとることはまず許されないであろう。
だが、彼女は本気で言っている。
本気で、自分の言っていることが正常だと思っているのだ。
マスターは指を広げ、強くこめかみを抑える。
眉をひそめたその表情には、同情の念が込もっていた。
急に下を向き始めたマスターに対して、”面接に落ちるかも知れない”ことを危惧したガルムは、不安そうにあたふたしている。
それを感じ取ったのか「大丈夫だよ」と安心させる言葉をかけながら、マスターは顔をあげた。
目には1粒の涙が浮かべられており、全てを包み込むかのような優しい表情をしている。
「それじゃ、試しに明日からやってみようか」
「いいの!?」
採用の決め手は、ガルムの素直な心だった。
マスターはこの面接を通して、彼女の良い所が悪いところに飲み込まれるところを目の当たりにし、”私の手で育てよう”と思ったのだ。
そうして、ガルムのアルバイト生活が始まる。




