7「ガルムのアルバイト」①
「ただいま〜」
仕事から帰るとまず初めに、ソファーの上で仰向けに寝ている彼女が目に入った。
よく見てみるとリビングは荒れており、床はお菓子やパンの食べこぼしだらけでベタベタだ。
こう言うのもあれだが、彼女の分のお金を稼ぐため今日もこうして残業までしているのに、なぜこんな目にあわなければ行けないのか。
そんな苦悩も知らずとばかりに、彼女は元気に返事をする。
「おう! やっと帰って来た。小野、つかれたからなにか食べ物頂戴〜」
「少しは自分でやりなさいよ……」
私がそう言うと、彼女は不服そうに目を閉じる。
ごろんと横に倒れた彼女は、これでもかと言うくらいにふてくされている。
「え〜だって疲れたもん!」
「あんたはただ寝てただけでしょ」
「は? そんなことないし、今日もジュースこぼしたし!」
「なお険悪。なにかバイトでも始めたら?」
「えーめんど……」
そう言って、眠たそうに欠伸をしながら背中をポリポリと掻いている彼女。
自分を神と称するなら、”神としての威厳”等というものは存在しないのだろうか。
少しは自立してもらわなくては、このまま過ごして行っても私の負担は増すばかりだろう。
なら、もういっそのこと家から追い出そう。
2ヶ月ぶりの決意を固めた私は、うつ伏せになった彼女に1つの宣告を言い渡す。
「ガルム、来週までにバイト始めなかったら”家から追放”ね」
そうして、本日4月10日(月)から日曜4月16日まで。
ガルムの、”命をかけた”バイト探しの日々が幕をあげたのであった。
◎◎▼□●
ーーあれから3日が経った。
しかし、ガルムは未だ何も行動を開始していない。
別に、この危機を理解していないわけではない……が、彼女はこう思っていた。
というかガチガチに嘗めていた。
「人間界の仕事とか、天界に比べたらただの雑用ばかりだし。バイトの面接とかも、ちょろ〜っといい感じの事言っとけばすぐ受かるでしょ。」・・・と。
だが、彼女はまだ知らなかった。
この油断こそが、天下を分ける命取りになるということを。
朝、日が昇り。
昼、テレビを見て。
夜、寝る。
これを1日ワンセット、計7回過ごすのがガルムの日常だ。
明日にしよう、明日にしよう。
そうこうしている内に、また今日が終わっていく。
そんなどうしようもない彼女の1日。
だが、それに伴って小野の心配の目は強くなっていった。
彼女こそ、ガルムを”追い出そうとしている”本人そのものなのだが、ガルムの事を誰よりも心配しているのもまた、彼女なのだ。
そうして、残り2日となった金曜日ーー
とうとう小野は、ガルムを本気で叱ることにした。
しかし、”きちんと自立してもらうため”とは名ばかりの物であり、実際は”|この家から追い出したくない《まだ一緒に居たい》から”という思いが大半の物であった。
その後、滅茶苦茶に怒られたガルムは、半泣きになりながらバイト探しを開始した。
・・・とは言っても、人間界でのバイト経験が全く無いガルムは、どの様な店が良いのか等は何1つ分からない。
翌日、東京の入り組んだ街頭を右往左往としながら、ガルムはバイト先を決めかね頭を抱えていた。
「ぬお〜。何が良いのか全くわからん。この、キャバクラ”サトイモーム”ってとこが良いのかな? 時給高いらしいし。てか、この”ご奉仕”ってのは一体何のサービスなんだ?」
道端に置かれた、”いかにも怪しそうな派手目の立て看板”を見て、ガルムは苦悩する。
大きく広げた両手をくるくると回しながら、看板の前に立っていたその時。
ビル横の狭い路地裏から、2人組のチャラそうな男性達が出てきた。
「なぁ、マジこの店の女チョロくね? いくら遊んでも余裕だわ〜」
「わかるぅ〜、マジぶち上げ的な? じゃあそろそろ、次行っちゃう〜?」
「もけ〜い!」
天界にはない文化だからか、その言語が全然理解できないガルムは、頭にハテナマークを3つほど並べる。
本当にこのバイト先でいいか、もう1度よく考えてみた後。
先程の男性諸君を思い出し、なんだかヤバそうな気がしたので、ガルムは違う店を探すことにした。
「ここかな? う〜ん、こっち!」
多種多様のバイト募集のチラシや看板に触れる中で、ガルムは自分自身でバイト先を見極めようと意気込み初めていた。
だがその行動も虚しく、なかなか良さげな場所が見つからないまま、気がついた頃にはただ道を選んで散歩するだけの時間と化していた。
時が経ち、日も段々と落ちてきて、仕事帰りの人々が増えようとしていたその時。
ガルムは諦めかけて、公園の砂に絵を描いていた。
少し長い木の棒を持ちながら、膝を抱えて縮まる彼女。
その視線の先にはだんだんと黒い斑点が現れ始め、描いていた絵の原型が分からない程にグシャグシャになっていった。
彼女は、今日1日の有様に焦っていたのだ。
「やっばぁ、全然バイト先決まらない。このままだと、明日の夜に待つのは……”死”!」
自分の置かれた身と、現実と違いを、初めて理解したかのような顔をして、彼女は一目散に走り出す。
草をかき分けたり、森の中を突き進んだり、もはやそこに道など関係ない。
今はただ、1秒でも早く|バイト先を決めたかった《安心したかった》からだ。
そうして彼女が辿り着いたのは、レンガで覆われた個人経営の喫茶店だった。
「よし、入るぞ」
覚悟を決めた彼女は、昔ながらの趣が感じられるドアを開け、中へ踏み込んで行くのであった。




