6「ガルムと迷い道/プリンの逆襲」③
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私は今、小野のベッドの上で大きめの布団にくるまっている。
昨日起きたあの事件から、体の震えが収まらない。
「ガルム〜大丈夫?」
ドアの開閉時に鳴る軋んだ音と同時に、小野の声が聞こえてきた。
どうやら心配してくれているようだが、布団を開ける勇気が無い。
正直のところ、今は何も見たくないし聞きたくもない。
怖さを隠すために目をぎゅっと閉じていると、段々と意識がなくなって行くのが分かる。
「わ〜いわ〜い! プリンだ〜!」
目を開けると、そこはプリンだらけの世界だった。
地面もプリン、山もプリン、雲もプリンだし、動いている”動物”? もプリン。
誰しもが1度は夢見た光景に、私は胸を躍らせた。
試しに床にダイブをしてみるとその弾力は凄まじく、宙に10秒くらい浮いていたような気がする。
「ひゃ〜ほっおぃ!」
自分でも”変な叫び声”だということはわかってはいるが、なんだか言わずにはいられない。
無我夢中で飛び跳ね続け、気がついた頃にはプリンの山に到着していた。
その大きさは特大級であり、どれだけ見上げても頂上は見えない。
「これ……食べてもいいよね!?」
ここまでの桃源郷を見せられ、気持ちが荒ぶりすぎた私は、勢いよく山にかじりついた。
その味はまことに美味。
月に1度食べられるかどうか位の、高級プリンの様な味だ。
だが、何だか背後が騒々しい。
気になって振り返ってみると、そこには数多くのプリン達が”親の仇”と言わんばかりに走って来ていた。
これには、流石の私も”うそだろ〜!?”と驚かざるを得ない。
それから、私とプリン達の壮絶な鬼ごっこが幕を上げた。
「なんで襲ってくるの!?」
時には山を超えたり。
「ほ〜らぴょいっとな。鬼さんこちら〜・・・あ、ちょっと、飛んでくるのはなしの方向で……うわぁ!」
海を泳いだり。
「へっ、プリンの海とか正直周りと何の違いがあんのかわからないけど。気持ち〜!」
木の周りをぐるぐると回ったり。
「いや、こんな細いのじゃ無理だって! 相手1000体くらいいるんだけど!?」
傍から見れば、「頭のおかしい奴が、更に頭がおかしくなって”マジカオス”」と言ったような展開だろうか。
しかし、こんな無茶苦茶な展開は、既に終わりを迎えようとしていた。
そう、混沌を長時間ずっと続けていられるほど、私の体力は無限じゃなかったからだ。
私は、白い息を吐きながらもプリン達に応戦しようとする。
疲れているのは、プリンたちも同じようだった。
というか、体のいたるところが欠けてたりしてちょっと怖い。
「とりゃ〜!」
簡易な掛け声と共に、プリンの大群に突っ込んでいく。
プリン達も負けじと私を押し返そうとするが、どうやら素の力は同等らしい。
ならば、”神の力を出せば行ける!”という思考に辿り着いた私は、身体強化魔法を行う為に後方へと飛び跳ねた。
ーーはずだった。
力の加えられた足の各指は、地面を蹴り出す際に”プリンから染みでた液体で滑った”のだ。
その後は、考えるまで無い。
大きく尻もちをついただけの私に、プリン達が押しよって来る。
いくら「やめて」と拒否をしても、いくら「すいません」と謝っても。
彼らの怒りを鎮めるには、どうやら私は倒されるしか無いようだ。
覚悟を決めた私は、拙い悲鳴を上げながら、大量のプリン達にもみくちゃにされるのであった。
「うわぁ、もう……もうやめて〜!」
△◎■▷◇
「ん、んん〜。んあ?」
あぁ、私は先程まで寝ていたようだ。
掛かっている暑苦しい邪魔な布団をどかして、”よく寝た”と、大きく背伸びをした。
ほっと肩を下ろし、一息をついてから。
かすれた視線をすぼめ、目の前のテーブルに置かれているものをよく見る。
「ん〜なんだこれ? ……うわっ、プリン!? プリンが攻めてきた!」
寝起き早々、夢と現実がごっちゃになって騒いでいると、声を聞きつけてか小野が部屋へと入ってきた。
小野は、心配そうな表情を浮かべながら私に言葉をかける。
「おはようガルム。すっごい怯えてたから、プリン作っておいたよ。ほら、食べて元気だして」
「うん」
一瞬攻めてきたと思ったこのプリンは、私の為に作りたものらしい。
さっきの夢も、小野の気持ちが及ぼした影響だったのかも知れないと思う私であった。
それにしても、このプリンは美味しい。
絶妙な舌触りと、コクのある甘味。
ほろ苦く香ばしいツヤツヤのカラメル。
それら全てがマッチした最強の――
▷◎◆■✕
「ガルム〜今日の夜ご飯何が良い?」
ソファーでグデりまくる私に、小野はそう声をかけてきた。
最近、思うことがあるのだが。
もしかしたら、”小野ってめちゃくちゃ優しいんじゃないか”……と。
いや、最初に会った時から”良いやつだな〜”とは思っていたが、それにしてもだ。
普通私みたいないきなり現れた名も知らぬ者に、こんなに優しく接するだろうか。
自分で言うのもなんだが、正直言って今の私はゴミだ。
それも生ゴミ。
廃棄寸前の味噌煮カツ定食7人前だ。
(私なら全部食べられるけど……)
そんな私に、”食べたい物のリクエスト”を聞く……だと?
”働かざる者死すべし”が原則の天界では、まずありえなかったことだ。
今までと生活環境が違う。
だが、それだけでここまでの違いが生まれるものなのだろうか。
小野こそ、本来の神に近い存在なのかも知れないな。
「ん……まてよ?」
刹那、私の中で全身を駆け巡る衝撃が走った。
この、”すごく優しい”というか”調子に乗った感じ”。
そう、忘れもしない。
私が調子に乗せられて、良いように使われたあの日と同じ感触だ!
「ならば・・・ふっふっふ」
少年漫画の悪役しかやらなさそうな笑い声を発した後、私はとある作戦を決行した。
名付けて「小野が私にあんなことやこんな事をしたんだから、私もそのくらいしても別に許される。というか倍返しくらいにはしても誰も見てないからOKだよね作戦」だ。
その名の通り、”調子に乗った”小野をめちゃくちゃこき使って美味しいものをたくさん食べよう、というわけである。
そうして、この作戦が成功するというどこから来ているのかも分からない自身を胸に、意気揚々と小野を呼びつける。
「小野〜まだ怖いから、今日の夜ご飯ピザがいいな〜……なんて」
1か8かの作戦。
もちろんチャンスも1度切り。
さあ、結果はどうだ。
首を左に回して、少しばかり後ろを見る。
すると――
「調子にのんな!」
――結果は、惨敗だった。
やはりこの世界は思ったようには行かないようだ。
鋭い声と、先ほどとはまた違った衝撃が、私の中を駆け抜ける。
だが、何時もより随分と加減されたげんこつ。
私を思いやってくれているのだろうか。
小野のその優しさに当てられ、お目当ての物が食べられなくてもなんだか笑顔になってしまう私だった。




