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22「ゆきやこんこ」

 

 とある日曜日の昼間。キャッチボールをしてもOKなくらい広い公園の一角にて、


「いけいけいけーっ! あははははっ! がんばれっ、おじさーんっ!」


「ぬおおおぉぉぉぉぉお――!!!」


 三十七歳、鈴木虎呼郎は全力でもって駆けていた。


 降り積もった雪を踏み締めながら、ザッザッザッザッ……――。


 電車ごっこよろしく腰に引っ掛けたカタチの細いロープはプラスチック製のソリに繋がっており、そのソリの上には十歳の少年――里見達矢が乗っていた。


「すごい、すごい、すごい、はやい、はやい、はやい、おじさーんっ!」


「――どぅあぁぁぁぁぁぁあッ!!!!!」


 自分の年齢も忘れて。明日は絶対に筋肉痛だ……とかも考えない。


 虎呼郎はただ駆ける事のみに集中をしていた。


 それはもう意地というより自棄だった。


「おじさーんっ!」


 少年の黄色い声援を背中に受けながら、


「わおぉぉぉぉぉおーーーんッ!」


 虎呼郎は喜び駆け回る。


 何故ならば、鈴木虎呼郎は里見達矢の「犬」だからであった。




 事の起こりは小一時間前。


 毎度おなじみ、虎呼郎の部屋に襲来した少年が開口一番、


「おじさんは僕の――?」


 と尋ねてきた。


「……?」と眉間にシワを寄せた虎呼郎に少年は、


「い――?」


 と「正解」の50パーセントにも及ぶ大きなヒントをくれたが、


「『い』……? ……『胃』?」


 その問題からしてあまりにも唐突であった為、虎呼郎には答えられなかった。


「どうした少年? 何を言ってるんだ?」


 真顔で返した虎呼郎に、


「『犬』でしょっ! 『いぬ』でしょっ! 『い』ー『ぬ』ーでーしょーっ!」


 少年はえらいテンションで抗議してきた。


「ああ。『犬』か。そうか。そうだな」と虎呼郎は膝を打ちつつ、


「わかったから。わかったから。ちょっと声を落とそうか。それはおじさんと少年、二人だけの内緒だろう?」


 何故だろうか、いつも以上に大騒ぎな少年をどうにかなだめようとしてみた。


 しかし。少年は落ち着くどころか、


「外は雪っ! おじさんは僕の『犬』っ! ゆーきやこんこっ!」


 声を強める。張り上げる。


「駆け回らなくちゃっ!」


「……随分と削ぎ落とされた三段論法だな」


 虎呼郎は苦笑してしまう。要は珍しく降り積もった雪で遊ぼうという事だろうが。


「おじさんっ、おじさんっ。はやくっ。いこうよっ! かけまわろっ!」


 元気が過ぎる少年の様子に「これではどちらが『犬』か分からないな」と虎呼郎は笑ってしまった。


 身支度を整えて。手袋 on 手袋。少年に強く手を引かれながら出てみた外は、


「おー……だいぶ積もったなあ」


 一面の雪景色だった。なるほど。これならば「犬」でなくとも子供ははしゃぐか。


 マンション前の道路ですぐに遊ぼうとしていた少年を「待ちなさい」と呼び止めて虎呼郎は少年宅のインターフォンを押す。少年の親御さんに挨拶をして許可をもらい行き先を告げる。公園ならば道路と違って車の危険も無い。遊び放題だ。


「えー、えー、えー。もう。ここで良いのに。はやくあそびたいのにー」


「いやいやいや。どうせだったら広いところで思いっきり遊んだ方が楽しいぞ」


 虎呼郎はオトナだった。一面の雪景色を前にしてもそう単純にははしゃげない。


「んー……それもそっかあ」


 と遊びたがる少年をなだめる事に今度は成功した。その代わりでもないだろうが、


「おっじさん、おっじさん。かっけまわるー。おっじさん、おっじさんっ」


 マンションから公園まで、公園に着いてからも実際に遊び始めるまで少年はハイなテンションではしゃぎ続けていた。……参ってしまう。


 この地域としては珍しい積雪に大はしゃぎしているお子様は何も少年だけではないらしく、二人が到着した公園には多くの子供とその保護者らしき方々が居た。


 その方々にも聞こえる大声で少年は、


「おっじさん、おっじさん、ぼっくのいぬー、いっぬ、いっぬ、いっぬ、いっぬ」


 歌い続けていた。虎呼郎は、


「はっはっはっはっ。犬ぞりごっこかあ。おじさん、疲れちゃいそうだなあ」


 怪しく慌てふためいたりはせず、努めて冷静に大きめの声を上げた。


 小賢しいとは言うなかれ。亀の甲より年の功である。


 鈴木虎呼郎は三十七歳の社会人であった。


 虎呼郎の台詞を額面通りに受け取ってくださる方もいらっしゃれば、「なるほど。子供に『犬』扱いされているのを大声で誤魔化しているんだな」と生暖かく微笑んでくれている勘の鋭い御仁も居るだろうが、そこはオトナ同士の不文律だ。


「はっははは……」と虎呼郎が困り笑顔を見せれば皆、


「ふふ」


 と軽い会釈を返されるだけでそれ以上は踏み込んでこない。


 素晴らしきかなオトナの距離感。


「いっぬ、いっぬ、いっぬ、いっぬ、いっぬ、おっじさーんっ!」


 絶叫系即興シンガーソングライターの少年とは大違いであった。……それが子供の良い所でもあるのだろうが。


「はっはっはっはっ! おじさん、犬ぞり! を頑張っちゃうぞ! 犬ぞり!」


 そんな「誤魔化し」の延長線上に発したのが「ぬおおおぉぉぉぉぉお――!!!」であり、「――どぅあぁぁぁぁぁぁあッ!!!!!」であり、最終的には、


「わおぉぉぉぉぉおーーーんッ!」


 とまでなってしまったのであった。




 単純に全力で駆け回っているオトナが物珍しかったのか、それともそんなオトナが引いているソリに乗っかって大はしゃぎしている少年が羨ましいのか。公園の広場で大騒ぎしていた虎呼郎と達矢の二人は周囲に居た子供達からの大注目を浴びていた。


 十歳の達矢と同じくらいの年齢と思われる子供も居れば、それよりも明らかに幼いお子様も居た。


 そんな彼らには「オトナ同士の不文律」などは当然、通じず、


「いいなあ」


「すごいねえ」


「たのしそう」


 などと聞こえよがしな感想が次々に述べられる。


 そして。しまいには、


「ぼくものりたい」


 と直接、虎呼郎らに訴えてくるような勇者が現れてしまった。……どうしようか。どうするべきか。


 虎呼郎が知る達矢だったら十歳の子供らしく素直に「えー……」と嫌がると思ったのだが。実際の少年は、


「んー……いいよ? 乗ってみる?」


 少しだけは考えた後、なんと見知らぬ小さなお子様にソリの席を譲ったのだった。


「ほお」と虎呼郎は驚いてしまった。感心をしてしまった。


 普段「おじさん」な虎呼郎と二人で居る時には半ば必然的に「少年」――「子供」の立ち位置となっていた達矢の「大人」とまではいかなくとも「お兄ちゃん」な部分を思いがけず垣間見る事となり、虎呼郎の胸は何故か温まってしまったのだった。


 ただ――公園に居たお子様は「ぼくものりたい」と最初に言ったその一人だけではなかった。


「お兄ちゃん」な達矢とは違って遠慮をまだまだ知らないお子様方は、一人が乗せてもらったとなると途端に、


「ぼくもっ」


「のりたい、のりたい、のりたい」


「いいの? いいのかな? いいなら乗りたいんだけど」


 ソリへと群がってきてしまった。


「お? お? おお?」と虎呼郎は軽く仰け反る。気圧される。


 先程「いいなあ」等と感想を述べていた数人の他、その時にはただ遠巻きに眺めていただけの子供達も第二波として、今数秒は躊躇してくれた子供達も第三波として、あたかも波状攻撃の様相で大勢の子供達が押し掛けてきていた。


 ……自分を目当てに来ているわけではないのだが。何だろうかこの微妙な感情は。ゆるキャラだのテーマパークのマスコットキャラクターだのといった着ぐるみの中に入っている人間はこのような気持ちなのだろうか……などと虎呼郎は無駄に思った。


「あー……」と虎呼郎は助けを求めるように達矢へと視線を送ったが少年は、


「おじさん。がんばって」


「あはは」と「えへへ」を掛け合わせたような笑顔で応援をしてくれたのみだった。


「ぐ……ぬぅ……」と細い逃げ道も塞がれてしまった虎呼郎は、


「――良し。分かった。もう幾らでも来なさい御子様方ッ。本日、犬ぞり大開放だ。おじさんはリミッター解除して全力で暴れまくってやるぜいッ!」


 自棄に自棄を重ねて叫んだのであった。




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