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13.5

 

 結局のところ、


「他のおじさんは触ると怒ったり嫌がったりするから触っちゃダメだけど、もとから触ってないし。おじさんは触っても怒らないしイヤじゃないから触っても大丈夫なんだよね? ……うん。大丈夫。言われなくてもちゃんと出来てたよ?」


 全て変わらないまま現状維持、虎呼郎の忠告は有耶無耶にされてしまった。


「いやいやいやいや」


 ビールに焼き鳥、ポテサラ、だし巻き卵に塩キャベツを間に挟んで、虎呼郎の向かいの席に座っていた濱田健太が首を横に振った。


 此処は居酒屋。鈴木虎呼郎は濱田健太と二人で呑みに来ていた。二軒目だ。遅まきながら虎呼郎の引っ越し祝いだと称した濱田からの誘いだった。


「祝ってもらうような事か? 濱田の家の近くに引っ越してきたわけでもないのに」


「ははは。口実、口実。また呑みに行こうぜってだけだから」


 濱田に言われて、ほいほいと呑みの席に乗り込んでしまった虎呼郎だったが、その「呑みに行こうぜってだけ」もまた実は「口実」であった。


 気が付いた時にはもう遅い。いや、罠にハマってしまった虎呼郎が本格的に「気が付く」のは酒の抜けた明日以降になるだろう。時間を掛けて程良くアルコールに浸した虎呼郎に対して、濱田は以前に聞かされた「鈴木虎呼郎に唾液を飲ませた」という噂のDSの事を聴き取り始めていた。じっくりと。


 そうして話はつい先日の「少年と膝を突き合わせた」件にまで至る。


「何がいやいやいやいやだ?」


 顔を赤く染めた虎呼郎が聞き返す。そろそろ、まぶたが重そうだった。


「いやいやいやいやだよ。何も変わらない、現状維持って事はないだろう。だって、鈴木さんはそのDS君に告白されたんだろう? ダイスキって」


「……頭、大丈夫か? LOVEのわけがないだろう。LIKEだ」


「鈴木さん。LOVEとLIKEの違いって何です?」


「濱田……本気で頭、大丈夫か? 厳密には知らないが、LOVEは愛でLIKEはお気に入り程度の好意だろう。恋愛の好きと友達の好きとかってわけても良いか」


「そう。その解釈が一般的ではあるんでしょうけど。俺には異論があるんですよね」


 濱田が言った。


「英語の本場、アメリカの人間が『I LOVE NEW YORK』とか言いますでしょう。だけど『街』に対して恋愛してる変態ってわけではないじゃないですか」


 気の置けない心友であるはずの鈴木虎呼郎を相手に敬語を使い出した濱田は基本、碌な事を言わない。


「んー……? んー……」


 と虎呼郎は酔いにも邪魔されて上手い反論が出来なかった。濱田が続ける。


「結局のところ、LOVEとLIKEの違いなんてダイスキとスキの違いでしかないんですよ。だからDSに『ダイスキ』と言われてしまった鈴木さんは『LOVE』と言われたも同然なわけですよ。LOVEと言われて現状維持、何も変わらないなんて事ぁ無いでしょう。ねえ?」


 幾ら濱田でも当然、他の人間にはこんな事を言ったりしない。気軽に唆せば、性犯罪の示唆や心理的な幇助にもなってしまう。実際に事を起こしてしまった本人が犯罪者となる事自体は自業自得だと思えるが、もっと深刻な問題として、その犯罪による被害者が生まれてしまう事はどのように考えてみても許容する事は出来なかった。


 そうなってしまってからでは「冗談でした」では決して済まない。


 その点、この鈴木虎呼郎ならばどれだけ唆しても背中を押してもゼッタイ的に手を出さない、どう足掻こうとも少年に対しては手を出せないと分かっているからこそ、その心友である濱田健太は、


「なんて応えてあげるんです? てか鈴木さんの本心としてはどうなんです? そのDSの事はなんて思ってるんです? ねえ? 憎からずは思ってるわけでしょう?」


 煽る、煽る。濱田は楽しんでいた。虎呼郎は、


「んー……」


 眠そうにしていた。もうすぐ時間切れか。濱田は軽く急いだ。


「ちなみに。ちなみに。そのDS君の顔写真とかはないんですか?」


「……児童ポルノの製造は犯罪だぞ」


「顔写真はポルノじゃねえから。もしくは、どんな写真を撮る気だ」


 件の少年はどんな姿形をしているのか。一遍、見せてみろと頼む前の段階で無下に断られてしまったのにも関わらず、濱田は何故か嬉しそうだった。活き活きと突っ込んでいた。


「んー……。……どんな写真……」


 酔いどれていてなお、鈴木虎呼郎はこれほどまでにお堅かった。きっと芯の芯からお堅いのだろう。濱田は虎呼郎の倫理観と自制心に重い信頼を置いていた。


「撮影会には呼んでくれ。俺のライカが火を吹くぜ。……まだ持ってないけど」


 それでこそ我が心友、鈴木虎呼郎だと濱田は安心して煽る事が出来た。




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