第九十四話『研究者の原動力』
研究者を突き動かすのは何なのだろうと、俺はぼんやり疑問に思っていたことがある。
冒険者にだって色んな行動原理がある以上、研究者だってその行動原理は人それぞれのはずだ。金のため、名誉のため、あるいは自分の目的のため。そのどれもを否定する気はないし、どんな行動原理だって結果が出たならそれが正しさだ。そういう意味では、冒険者も研究者も結果主義のところは変わらない。
――そんな風に、思っていたのだが。
「……いくら何でも、ここまでやるか……?」
……少なくとも、ウェルハルトを突き動かしているのは研究者としての好奇心だけだ。目の前に現れたアイツの『作品』を目にして、俺の中でそれは揺るぎない結論となった。
素材は……おそらく石だろうか。茶色がベースになったいかにも武骨な四肢の作りは、ウェルハルトが『魔導人形』と呼んだそれが戦闘以外の機能を持ちえないことを言外に語っているかのようだ。
自分の魔力を宿した土塊を手足のように操作する魔術があるなんて噂は聞いたことがあるが、この人形に宿っているのもそう言った魔術なのだろうか。とにかく、おいそれと作れるようなものじゃなさそうなのは素人目でも明らかだった。
これが冒険者の代わりとなって戦えるようになれば、確かに安全性は上がるだろう。目の前に披露されたその技術は、確かに革新的なものではあったのだが――
「……絶対に実用性とか考えてないわよね、これ……」
「間違いないね。……実践投入どころか、量産する気があるかがあるかも怪しそうだ」
視線を思い切り上に向けながら、リリスとツバキはどこか呆れたように言葉を交換する。俺よりも魔術全般に詳しい二人からしても、目の前にある物は奇異なものとして映っているらしかった。
ウェルハルトの頼みを承諾した俺たちが案内されたのは、『強度実験室』と銘打たれた大きな広間だった。五十メートル四方はあろうかという大きな空間の周りには座席が配置されていて、俺たちを見下ろすような形で観察が出来るようになっている。
あまりにも贅沢な空間の使い方な気はするが、それが出来てしまうのが研究院の強みなのだろう。王国直轄の研究施設なだけあって、設備投資には余念がなさそうだしな。
「どうだ貴様ら! これが当方の研究の結晶、『戦闘用魔導人形』であるッ‼」
そんなことを考えていると、ちょうどその座席の方からウェルハルトの上機嫌な声が聞こえてくる。安全保障のためなのか座席と俺たちの間には透明な仕切りが設置されているのだが、そんな物を意にも介さないくらいにその声は高らかに響き渡っていた。
「マギアドール……ねえ」
その名称を聞いて、リリスはもう一度視線を大きく上へと向ける。リリスが何を思っているかは、その行動を見れば手に取るように理解できた。俺も大体同じことを考えてるしな。
「ははは、驚きのあまり言葉も出ないか! 無理もあるまい、何せ当方の最新作にして探求心の結晶、いわば私の全てを注ぎ込んだ作品と言ってもいい故な!」
「全て……確かに、これを見ればその情熱の量は分かろうってものだね」
なおもヒートアップしていくウェルハルトの語り口に対して、ツバキは苦笑を浮かべながら小さくうなずく。何かをはぐらかすようなその笑みが、ツバキの困惑を表しているかのようだった。
「この研究が進めば、研究者が力を持てぬという通説は覆る! それが成れば、ダンジョンを冒険者に一時的に開放するなどという煩わしい事も必要ではなくなる! ……これは、当方から冒険者への挑戦状と呼称して何ら差支えがないものだ‼」
困惑する俺たちを見下ろしつつ、ハイテンションのままでウェルハルトはそう締めくくる。その言葉だけを聞けば確かにすごい事ではあるのだが、どうにもその言葉が真実だと俺には思えなかった。
いや、確かにすごい技術なのは分かる。ウェルハルトの言っていることが実現すれば冒険者の危険は減るかもしれないし、研究者の行動範囲も広がるだろう。そうなれば、研究者と冒険者がいがみ合うことなくすみ分けられる未来だってあるかもしれない。
一つ問題があるとすれば、実現するかが途轍もなく怪しい未来予想図であるところだろうか。俺みたいな素人からしても、その未来に行きつくまでにはまだまだ時間がかかることは一目見れば明らかだ。それはつまり、至極単純な問題がその未来予想図には付属しているということで――
「……確かに、これをダンジョンに持ち込めたらロマンがあると思うけどさ。ダンジョンって基本的に地下にある事、知ってるよな?」
観覧席に立つウェルハルトの方を見つめて、俺はそんな疑問を投げかける。……ちなみにこれは余談なのだが、俺たちより高いところにある観覧席を見上げてもなおマギアドールの頭部は俺の視界に入ってきていなかった。
早い話がデカすぎるのだ。比較対象としては『タルタロスの大獄』の地下二階で出くわしたあの怪物がちょうどいいか、それでも少し小さすぎるくらいだろうか。その身長は最低でも六メートル……いや、七メートルはあると見ていいだろう。
当然だが、ダンジョンの天井は七メートルもない。場所によってはそれだけの高さがある場所もあるかもしれないが、そこに至るまでの通路を進めないんでは本末転倒というものだろう。冒険者の代替というのは夢のある話ではあるが、今のところそれは夢にしか思えなかった。
いきなりそんなものを見せつけられたら、微妙なリアクションしかできないのも仕方がないというものだろう。その巨体に宿っている技術は研究の結晶かもしれないが、そもそも巨体なのが問題なんだから。
「…………無論、ダンジョンに投入することも想定済みである! これはあくまでプロトタイプ、小型化はこれから行う予定である故問題はない!」
「……本当かしらね……?」
暫く口ごもった後の返答に、リリスは大きく首をかしげる。正直言って俺も同じ感想だったのだが、その態度が少しばかりウェルハルトには気に入らないようだった。
「ええい、小型化はある程度性能の土台ができてからするものであろう! どれだけ大きな素体になろうとも、まずは冒険者の実力を超えなければこの研究になんの価値も生まれぬからな!」
「……小型化って、そんな簡単にできるものなのかね……?」
力説するウェルハルトの言葉には勢いがあるが、それが脇の甘い理論であることは素人である俺にも分かる。……というか、何の性能も落とさずに小型化するのが無理なのは冒険者の方がよく分かることかもしれない。
俺たちが使う武器を想像すれば、それは分かりやすいだろう。短剣は速度重視であり、大剣は速度を犠牲にして一撃の威力に賭けるのが一般的な使い方だ。大剣の威力を保ったまま小型化しようといかに頑張っても、最終的に生まれるのは速度重視の短剣でしかないわけで。
そんなこともあって、俺たちはウェルハルトのことをどこか呆れたような視線で見つめている。最初の方は威圧感のあった風貌も、今となっちゃあただ研究以外のことに無頓着なんだなあと感じる要素の一つでしかなくなってしまっていた。
「とにかく、貴様らはその試金石だ! プナークを撃破したと嘯くならば力量は十分、我がマギアドール――コードネーム『ジュニア』の力、とくと見るがいい!」
そんな俺たちを見つめ、ウェルハルトは強引に話を前に進めていく。懐から取り出した石板らしきものに手を触れると、マギアドールの目に当たる部分からきらりと赤い光が漏れた。
「……このサイズに『ジュニア』って、中々センスがあるネーミングセンスじゃない。ちょっとばかり面白い事になって来たわね」
「彼にとって息子も同然、ということだものね……これは一筋縄ではいかなそうだ」
重々しい音を立てて駆動しだしたその姿を見やって、二人の視線がにわかに真剣なものになる。いくらプロトタイプと言えど、今までに相手したこともないような大きさの相手であることは間違いない。いくら実験とはいえ、その攻撃を喰らえば到底無事ではいられないだろう。
「さあ、手を尽くして抗ってみせろ! これが当方の夢の結晶、その成果だッ‼」
一歩後ずさる俺たちに、ウェルハルトは上機嫌な調子でそう叫ぶ。その手がもう一度端末に触れた瞬間、マギアドールは俺たちに向かって大きく腕を振り上げる。いかにも固そうな体を柔軟に動かして、俺たちの身長くらいはあろうかという握り拳を俺たちの下へと叩きつけようとして――
「――全力で抗えというなら、もちろんやらせてもらうけど」
その拳は空中に生み出された氷の盾によって停止させられ、マギアドールは不自然な姿勢を強要される。それを生み出した張本人は、マギアドールの懐で獰猛に笑っていた。
氷の盾での防御が敵わなければ、間違いなくリリスは潰れていただろう。そうならないだけの自信がアイツにはあり、そしてそれは現実のものになった。
それを可能足らしめているのは、リリスの魔術師としてのプライドなのだろう。事実、それを示すかのような大きな氷の槍がすでにリリスの背後には装填されている。それが何を標的としたものかなんて、俺たちからしたら明らかだ。
「――抵抗が過ぎて壊れてしまっても、文句なんて言わないでよね?」
ウェルハルトに向かって、リリスは一切の手加減を放棄することを告げる。――その証明と言わんばかりに、あいさつ代わりの氷槍がマギアドールの胸元を直撃した。
というわけで、次回戦闘開始です! 強気な宣言をして見せたリリスですが、果たして勝利を収めることができるのか、是非ご覧いただけれると幸いです!
ーーでは、また次回お会いしましょう!




