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第九十三話『稀有な冒険者』

「へえ、やっぱりそうだったのか。アランの直感は的を得ていたんだね」


「ま、あそこまでおかしなところがあったらね。……原初魔術を使う魔物とか、そこら辺にほいほいいてたまるかって話でもあるし」


 ウェルハルトの宣告を受けて、二人はしみじみと頷く。あの戦いから一週間が経ってもなお、その記憶は鮮明に残っているようだった。


 ただの目撃者でしかなかった俺からしても衝撃的な戦いだったわけだし、当事者だった二人が忘れられないのは当然のことなんだろうけどな……。今までいろんな死線をかいくぐって来たであろう二人の記憶に残るというのは、それだけでプナークが異様な存在であることを証明しているようなものだった。


「ああ、当方らの解析によってその仮説は証明された……いや待て、貴様今何と呟いた?」


 俺らのリアクションに大仰に頷いて話を続けようとしたウェルハルトが、しかしその冷静さを一瞬にして失う。その視線の先には、肩を竦めたリリスの姿があった。


 その眼はまたしても輝きを増している――が、さっきよりもそこには焦りの色が強いように思える。まるで幽霊かなんかにでも出くわしているかのよう――なんて、研究院の連中は霊魂の類なんか絶対に信じてないだろうけどさ。


「……ああ、私? 原初魔術を使うような魔物が大量にいてたまるかって、そう言ったのだけれど」


「原初魔術⁉ 魔力を変質させずにそのまま破壊力として打ち放つと言われる、現代の魔導技術では再現できないとされるあの魔術か⁉」


 やっとのことで取り戻した冷静さは、リリスの言葉を正確に認識したことでまたしても剥がれ落ちる。なんというか、ここまで来るとむしろ愉快にも思えてきたな……。


「そう、それよ。あまつさえそれを連発してくるものだから、流石の私も命の危機を感じざるを得なかったわ」


「連発だとぉ⁉」


 ゆるゆると首を振りながら呟くリリスをよそに、ウェルハルトのテンションは天井知らずで上がっていく。その姿を前にして、ツバキは口元を袖で覆うことで笑いをこらえていた。


「原初魔術は一撃を放つことすら当方たちには不可能な事象のはず……‼ それを何回も連発できるなど、プナークはどれだけの魔力をその体に秘めているのだ……⁉」


 ぶつぶつとつぶやきながら、ウェルハルトは頭を掻きまわす。てっきり癖っ毛の類かと思っていたが、この様子を見ているとただただ自分でかき乱しているだけの説が有力そうだった。さっき俺たちに結論を伝える時もそうしてたし、無意識のうちの事なのかもな。


「……そこまで来ると、なぜ貴様らがアレを討伐できたかの方にも疑問が残るようになってきたな。あの量の素材を提供された以上、貴様らが原初魔術を乱発できる怪物との戦いを制したのは疑いようのない事実だ」


「ああ、それに関してはボクたちの作戦勝ちだよ。アレが放つ原初魔術の内の一つを、ボクの展開した影の結界で乱反射させたんだ。影魔術の知識があるなら、それが不可能じゃないことは分かってくれるだろう?」


「原初魔術を反射だと……⁉」


 何でもないように答えたツバキの言葉に、ウェルハルトの目が更に見開かれる。魔術に関しては素人な俺から見てもアレは無茶苦茶な光景だったが、魔術の専門家からしてもやっぱり無茶苦茶ではあるようだった。


「確かに影は魔力を反射する性質を持ちうるが、それで原初魔術を反射する……となると、そこにはどれだけの魔力が必要になるのだ……?」


「ああ、ボクの全力以上を要求されることになったのは間違いないね。……まあ、とある理由で限界を超えることには躊躇がないんだけどさ」


 俺の方をちらりと見やりながら、ツバキはウェルハルトに向かって片目を瞑ってみせる。修復術のことをしっかり隠してくれるツバキの心遣いが、俺からするととてもありがたかった。


 まだ協力関係を結べるかどうか分からない以上修復術のことは隠しておきたいし、コイツがそれに関する知識を持ってるかも判別できるしな。ウェルハルトという人物の底を測るための指針として、ツバキの返答は申し分ないものだった。


「……ふむ。魔術神経のことを考えれば危険な行為ではあるが、それならば原初魔術を反射できたのもある程度の理屈は付けられるか。……大前提、貴様らの魔力量が常人のそれを大きく超えていることが条件ではあるが」


「うん、そこは保証するよ。ボクもリリスも、魔力の量に関しては人並み外れててさ」


 ぶつぶつと思考をまとめるウェルハルトに対して、ツバキは軽く頷いてその仮説を肯定する。それがウェルハルトの中で何かの引き金になったのか、ふっと顔を上げて俺たち三人の顔を見回した。


「……なるほど、貴様らの言い分は理解した。原初魔術の話を聞けただけでも、当方が呼び出した価値はあると言ってもいいだろう。……それを踏まえて、一つ頼みがあるのだが」


「頼み?」


「ああ。……身勝手な要求であるとは分かっている故、相応の見返りは用意しよう。……貴様らは、王都にはびこる野蛮なだけの冒険者とは一線を画していると判断する」


 俺たちの方をまっすぐ見つめてそう告げるウェルハルトの黄色い瞳には、今までのとは打って変わって真剣な光が宿っている。色々と感情の波が激しい人物ではあるが、今コイツが告げている言葉は研究院の長としてのものだと認識してよさそうだった。


「そうか。……それじゃあ、俺たちからの要求は一つだ。この先俺らが活動していくにあたって、研究院の後ろ盾が欲しくてな。その代わりと言っちゃなんだけど、調査の要請とかあったら戦力になるぞ」


 ウェルハルトの言葉を受け止めて、俺はパーティを代表してそう返す。この要求は、研究院に向かうまでの道中で俺たち三人でまとめたものだった。


 この先『双頭の獅子』と戦っていくにあたって、必要なのはそのネームバリューだ。そういう意味では、『研究院の後ろ盾がある』ってのは周りの冒険者たちにとっても大きな材料となるだろう。冒険者を毛嫌いしてる研究院の連中とは違って、冒険者はあまり悪印象もなさそうだしな。……まあ、レインは別にするとしても。


 別に研究院の権力が欲しいとかそういうことではない。欲しいのは、研究院からの信頼。『双頭の獅子』では巻き込めなかったところまで巻き込んで、俺たちはアイツらを越えてやるのだ。


「……なるほど。貴様らだけでなく、当方らにも利のある提案ではあるな。原初魔術を扱う魔物を倒したパーティが戦力として加わるのであれば、滞っていた調査にも光が差すかもしれない」


「……それじゃあ、この話は……」


「ああ、前向きに検討しよう。……まあ、それは当方の要求を呑んでもらってからの話になるが」


 俺の問いかけに、条件付きだとは言えウェルハルトは首を縦に振る。……どうやら、一つ目のハードルは穏便に超えることが出来そうだった。


「それじゃあ、その頼みとやらを聞いて見なくちゃね。後ろ盾は欲しいけど、これで無茶苦茶な要求なんてされたらここを出ていくことにしなくちゃならないだろうからさ」


 ホッと胸をなでおろす俺の隣で、ツバキが話をさらに先の段階へと進めていく。その迅速な進行に目を細めつつ、ウェルハルトは軽く腕を横に広げた。


「何、そんなに手間のかかる事ではない。貴様らの実力を測るためにも、一つ実験に付き合ってほしいというだけだ」


「実験……?」


「なんだか嫌な予感のする響きね。あまり複雑な手順だと、私たちも成功させられる自信がないわよ?」


 いきなり飛び出した研究者らしい言葉に、リリスはいぶかしむような視線を向ける。その反応が愉快だったのか、ウェルハルトは上機嫌に頷いた。


「安心しろ、貴様らが難しい事をする必要はない。ただ貴様らは、いつも通りの力を発揮しさえすれば問題はないのだよ」


「……話が見えてこないね。君は、ボクたちに何をさせようというんだい?」


 迂遠な言葉遣いが続き、ツバキが少し鋭い口調で話を前に進めようとする。もったい付けるのは研究者の癖なのか、それを自然にやっていそうなのが面倒なところに思えた。


 これだけ癖の強い人物が長となると、研究院の他の連中も相当な曲者ぞろいなんだろうな……部下はトップに似るとか、そんな噂を聞いたこともあるし。


 そんなことを俺が思っているなんてつゆ知らず、ウェルハルトは上機嫌に髪の毛をぐしぐしと掻きまわしている。……それ、いいことがあった時にもするんだな……。


「いいだろう、本題と行こうではないか。当方が貴様らに求めたいのは、当方の作品の耐久実験への協力。すなわち――」


 そこでウェルハルトは天を仰ぎ、腕を大きく大きく横に広げる。枯れ木のように細いその手足には、あふれんばかりの生命力が宿っていた。そのエネルギーを全て吸い込むかのように、ウェルハルトは大きな息を一つつくと――


「――当方が開発した戦闘用魔導人形との戦闘を、貴様らには要求したい」


 いかにも研究者らしい頼みを、俺たちに投げかけて来たのだった。

 次回、ウェルハルトが持ち出した技術は三人にどんな形で関わっていくのか! 楽しみにしていただけると幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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