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第九十話『叡智の集う場所』

「――研究者がどんなことを考えているのか、知りたいとは思ってたけどさ……」


「いきなり本陣に招待されることになるとは、流石のボクも予想外だったね……」


 目の前にそびえたつ大きな建物を見上げて、俺とツバキはどこか呆けたような声を上げる。普段よりかしこまった服装をしているせいか、首回りがどこか窮屈でいけなかった。


 五階建て――いや、それ以上は軽くあるだろうか。貴族が住むような屋敷と比較しても大差ないくらいのサイズのそれは、王都が誇る研究院の本部だ。レインが持ってきた書状に導かれるままに、俺たちは普通に暮らしていれば一生縁がないであろう建物の前へと立っていた。


 プナークの素材を任せるって決めた以上いつか直接関わることになるとは思っていたが、まさか一足飛びに本部まで行くことになるとは思わなかったな……。『ダンジョン開き』での一軒から地続きの問題のはずなのに、まだ俺の中にその実感はなかった。


「ここにいるだけで自我が肥大化していきそうな建物ね……。面会時間をやたらと細かく一方的に提示してきたのにも納得が行くわ」


 まだどこかふわふわとしている俺の隣で、薄い青色をベースとしたドレスに身を包んだ金髪碧眼の少女――リリスは低い声でそう呟く。爽やかな印象を与える服装とは裏腹に、その表情には不満の色がこれでもかと言わんばかりににじみ出ていた。


「研究院に素材を提供したのは私たちなのに、どうしてこちらが予定を合わせないといけないのかしら。むしろ賓客待遇で迎えの一つでも出すのが礼儀ってものなんじゃないの?」


 よほど鬱憤が溜まっているらしく、一度堰を切った言葉はとめどなくあふれ出している。その中に混じる毒は普段よりも苛烈だったが、研究院側の態度を思えばそうなるのも無理はなかった。


 リリスは他人に対して厳しいし警戒心も強めだが、それでも最低限の礼儀を払えるだけの良識はある。それを失われるときがあるとすれば、それは相手側が先に取るべき礼儀を欠いたときだけだ。――まあつまり、研究院は既にそれだけのことをやらかしてしまっているわけで。


「まさか書状が届けられたその日のうちに面会の予定が組まれてるなんて思わないもんね……。あの商会も大概ぶしつけではあったけど、ここまでのスケジュールは流石に見たことがないよ」


「あのクソでも顧客に最低限の礼儀は欠かさなかったものね。上には上がいるって言葉が真実だって実感させられたわ。悪い意味で」


 肩を竦めるツバキに相槌を打ちながら、リリスの文句はさらに加速していく。だが、それだけの態度を取られても仕方ないくらいにタイトな予定を強いられていたのも事実だった。


「俺たちに伝言が伝わったときには残り三時間とかだったもんな……。俺たちの事情をあっち側が知らないにしても、これは怒ってもいい奴だと思うぞ」


 レインは書状が届き次第すぐに俺たちの下に向かったって話だし、どう考えてもあっち側がギリギリのスケジュールを組みすぎなんだよな……。変装とか尾行のケアに割いた時間を考えても、多めに見積もったところで一時間到着が速くなるくらいが関の山なわけで。


 実際に苦言を呈すかどうかは置いておくにしても、あっちのやり方に問題があるということは俺の眼から見ても間違いない事だ。まだ対面してもいないはずなのに、研究院の面々の印象は俺たちの中でかなり落ち込んでしまっている。


「これでしょうもない報告だったら、その瞬間に威嚇射撃でもしてやろうかしら。そうすれば私たちに下手な態度はとれなくなるでしょうし」


「悪くない手だけど、出来る限り打たない方が身のためだろうね。研究院は一応国の直属と言ってもいい組織だからさ」


 あふれる不満のままにこぶしを握り締めるリリスを、ツバキが肩を叩きながらなんとかなだめる。一発ぶちかましてやりたい気持ちは痛いほどわかるが、それで損を被るのは間違いなく俺たちの方だから困ったものだ。


 何せ王国お墨付きの研究機関だからな。所属してるだけで胸を張っていい場所ではあるし、そのサポートを受けられれば出来ることは一気に増える。『ダンジョン開き』で生まれた勢いを一過性の物にしないためにも、俺たちは早めに次の一手を打たなければならないのだ。その一環として研究院への接触を試みたんだからそもそものきっかけを作ったのは俺たちの方だしな。


「俺たちはあくまで研究院と仲良くするために来てるんだからな。今んとこかなりいけ好かない集団ではあるけど、味方に付けられればこれほどまでに強力なのもないだろ」


「そうね。……その利用価値に免じて、今は拳を下ろすことにするわ」


 俺の念押しを聞き入れて、リリスは宣言通り手を体の横に戻す。とりあえず矛を収めてくれたことに一安心しつつ、俺はその言葉をもう一度自分自身に言い聞かせた。


 研究者と冒険者は昔っから仲が良くない――なんてのは、情報屋もおまけ感覚で売り付けてくれるくらいには分かり切った情報だ。ダンジョン開きの事情からなんとなく予想はできていたが、情報屋曰くその文化が出来る遥かに前から互いの確執は始まっているらしい。


 まあ、その具体的な事情まで聞き出そうと思うと金がかかるみたいだったから深入りは出来てないんだけどな。理由やきっかけが何であれ仲が悪いって現状が同じならあまり関係のない話ではあるし。


 だが、だからと言って双方が絶縁状態になっているかと聞かれたら答えはノーだ。ダンジョン開きの生まれた理由はお互いの利害が一致しているからだし、そもそもギルドと研究院は国営の施設という絶対に切れない縁で繋がっている。普段協力体制を敷けていないのは、冒険者と研究院の向いている方向が違いすぎるというただそれだけの理由のはずなのだ。


 だからこそ、その問題の解決策を提示するのが俺たちの目的だ。俺たちに協力するだけの価値を研究院に突きつけることが出来れば、他の冒険者には決して追随できないアドバンテージが俺たちにもたらされることになるわけで――


「――あの、研究院に御用の方々でしょうか?」


――そんな俺の思考は、前方から突然かけられた声によって中断させられる。ふとそちらに視線を向ければ、そこには困惑した様子の男が立っていた。


 服装や腰に提げられた武器らしきものを見た感じ、ここの門番か何かと言ったところだろうか。……まあ確かに、延々と研究院の前で言葉を交わしている三人組がいたら声を掛けたくなるのも無理はないな……。


「研究院は関係者以外立ち入り禁止です。何も御用がないなら早々に立ち去っていただきたいのですが……」


「失礼ね。私たちはれっきとした客人なのだけれど?」


 いかにも慇懃無礼と言った感じの声掛けを遮って、リリスはぴしゃりとそう断言する。それに対して男が不愉快そうに顔をしかめたのを見て、俺はとっさに懐の鞄を左手で漁った。


「……ほら、この通り書状もある。偽物とかを疑ってるなら手に取って確認してくれても構わないぞ?」


 男が何か言うよりも先に、俺は鞄から取り出した書状を男に向かって突きつける。男は何か言いたげに口元を動かしていたが、やがて渋々と言った様子でそれを受け取った。


「……印も文面も、公式のものに則っていますね。院長自らの書状とは中々珍しくはありますが」


 少し驚いたような表情を浮かべながら、男は書状を隅々まで見つめている。……だが、それ以上男が何かリアクションすることはなかった。不快な態度を取って来た一向に何か言ってやりたくはあるのだが、言うべきところが見つからないといった感じだろうか。そりゃそうだ、手渡したのは間違いなく本物の書状なんだから。


「……その感じ、疑いは晴れたって思ってもいいかい?」


 どこか急かすようなツバキの言葉を受けて、男はふと俺たちの方に視線を戻す。最後の一押しとしては十分だったようで、不満そうにしながらも男は書状を乱暴に突き返してきた。


「……はい、確認できました。間違いなくあなたたちはこの研究院に招かれた客賓だと判断します」


 渋々ながらそう口にすると、男は俺たちに向かって深々と頭を下げる。さすがは王国付きの施設の警備員なだけあって、不満を抱いていてもなおその所作は綺麗なものだった。


「無礼なお声がけをしたこと、どうかご容赦ください。ようこそ、王都の叡智が集う場所へ」


「……それはそれは、ずいぶんと大きなキャッチフレーズだな?」


 俺たちと視線を合わせないまま、男は俺たちに向けて事務的な歓迎の言葉を贈る。……とうとう近づく所長との対面に、俺は何とも言えない緊張感を覚えていた。

ということで、ここから第三章が始まります! 研究院に足を踏み入れた彼らはいったい何と対峙することになるのか、ご期待いただければ嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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[一言] 誤字報告 予告編は誤字報告に出てこないので 研究【員】→研究【院】
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