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断章『クラウス・アブソート』

 ――無性に体が重たい。それは傷のせいであり、背負った屈辱のせいであり、いろんな要因がたたった結果だ。……よくよく考えれば、その結果をもたらす原因となったのはたった一つの遭遇でしかなくて――


「……どこまでも、ムカつく奴らだ」


 夕陽の眩しさに目を細めながら、男――クラウス・アブソ―トは吐き捨てるように呟く。その右手は、無意識のうちに腹へと向かっていた。


 とどめを刺されなかったことで一命をとりとめることには成功したが、クラウスがリリス・アーガストに敗北したという事実だけはぬぐいようがない。自分でも訳の分からない現象にも助けられ、一時は勝利を確信できるところまで戦いを進めたが、結果はこのザマだ。……本当に、腹が立つ。


「……リーダー、一人撤退が遅れたようだ。後衛から伝言があった」


 苛立ちが募っているクラウスの背後から、凛とした女の声が響いてくる。『双頭の獅子』の名参報であり副リーダー、カレンがそこには立っていた。


「そうか、見捨てとけ。ここで死ぬならどうせ遠くねえうちに死んでただろうさ」


「了解した。……今日は、このまま帰投するか?」


 いつもより棘のあるその声におびえることもなく、カレンは淡々と問いを続ける。今日起きた出来事に憤りを覚えているのは、カレンとて同じことだった。


「ああ、腹立たしいけどな。このままここに突っ立っててもいい事なんて一つもねえだろ」


「……そうだな。今日の出来事を清算するためにも、一度体制を整えるのは必須だろう」


 荒ぶる感情を抑え込むかのようなクラウスの声に、カレンは静かに同意する。……だが、その言葉選びがクラウスの琴線に触れた。


「……清算、だあ?」


 凄まじい速さで反転し、クラウスは少し乱れたカレンの襟元を掴む。防具が装着されたその体はそこそこの重量があるはずなのだが、そんな事を気にさせる様子もなくカレンの体は宙へと浮いた。


「あ、ぐ……」


「いいか、負けたって事実は清算できねえ。今日俺たちは、『双頭の獅子』は、あの『詐欺術師』に初めての一敗を刻まれたんだよ。『最強』は、俺とお前の油断によって穢された。……その意味が、分かるか?」


「ぐ、う……‼」


 クラウスの問いかけに、襟を絞められたカレンは答えられない。ただ漏れてくるのは、酸素を求める荒い息遣いだけだった。


「いいか、俺たちに敗北は許されねえ。『双頭の獅子』は、最強であり続けなければならねえ。強さこそが不変の価値、絶対に誰も疑えねえ冒険者の価値基準だ」


 逆を言えば、それ以外の全ては流動的なものになりうる。この世の遍く冒険者に、いや生命に通用する共通の価値認識は、その『力』、そして『強さ』以外にあり得ないのだ。


 よって、クラウス・アブソートは最強であることを求め続ける。誰も抗えない最強であることを望み続け、それは王都を牛耳るまでにまで肥大化した。クラウスの価値観は、ある意味では間違っていないものなのだ。


 冒険者と強さは切り離せない。強さこそがその冒険者を示す価値であり、それ以外のものは木っ端ほどの付加価値でしかない。強さだけが、生命の序列を決定する最もわかりやすい指標だ。


 大金も豪奢な装備も、その強さを示すための記号でしかない。じじつ、その記号はより鮮烈にクラウスの強さを王都に轟かせていた。……そうまでして築き上げた強さは、間違いなくクラウスのアイデンティティと言ってもよかった。


「それが今日、あの三人組に奪われた。……俺たちは、今まで積み上げてきたものを否定されたってわけだ」


 そう言い捨てながら、クラウスは右腕を思い切り振り抜く。それに伴うようにして、カレンの体が地面に叩きつけられた。


「が、はっ」


「『最強』でなければ、『双頭の獅子』に価値はない。……俺に長いことついてきてくれてるお前なら、その意味がよく分かってるだろ?」


 必死に空気を灰の中へと取り込むカレンの姿を見下ろしながら、クラウスは語り続ける。……その片目は、妖しい紅色の光をたたえていた。


 それはちょうど、リリスとの戦いで一瞬だけ発現したそれにも似ている。……唯一それが目撃できるカレンがそれを見ていない以上、それに気づく者は一人としていなかったが。


「……負けは清算できねえ。負けは、上塗りすることしかできねえ」


 負けたという事実が見えないくらいに、鮮烈に。そうしなければ、クラウスの中にある屈辱は晴れない。……誰もが恐れるくらいの勝ち方で、クラウスは彼らを敗北させなければならないのだ。


 カレンを見つめつつ、クラウスは小さくそう呟く。それは、誰に向けた物でもない言葉だった。しいて言うなら、自分への暗示と表現するのが正しいのだろうか。


 その脳裏によぎるのは、幼いころの記憶。その景色には靄がかかっていながらも、一生忘れられないのだと確信できるような、記憶――


『強くならなければ価値はない。……お前の場合はなおさら、な』


「……うるせえよ」


 分かった顔をして語り掛けてくる記憶の中の誰かを切り殺して、クラウスは現実へと回帰する。……気が付けば、カレンが何でもないような顔でクラウスの隣に立っていた。


「……探りは入れ続けるか?」


「当然だろ。今までの俺が培ってきた全てを使って、俺はあいつらを叩き潰す」


 形にはもうこだわらない。アレを倒さなければ、クラウスの手元に『最強』の称号は戻ってこない。『最強』でなければ、クラウス・アブソートに価値はない。……故に、なんとしてでも彼らは潰さなければならない。


「……後衛班はまだかよ」


「ああ、まだ地下一階にいるはずだ。……急かすか?」


「そうしろ。一分一秒たりとも、こんな場所で無駄にしている時間はねえ」


 カレンがその指示を受けて足早に去り、クラウスはまた一人になる。……いや、元から独りなのかもしれないが。本当の意味でクラウスと同じ視座に立てている人間なんて、『双頭の獅子』にはいないのかもしれないが。


『……人徳が、お前には致命的に足りてねえんだよ』


「……うるせえな。俺は『最強』なんだよ」


 誰も知らない紅い光を揺らめかせながら、クラウスは脳裏にちらつく『詐欺術師』の言葉を振り払う。『最強』に、並び立つものなどいらない。その称号は、たった一人のために存在するものでしかないんだから。


「……だから、お前たちにそれは渡さねえ」


――それはちょうど、彼らが『夜明けの灯』という名前を得たのとほぼ同時刻。クラウス・アブソートは、落日を見つめながら低い声で己に誓った。


「……あのクソどもは、俺がこの手で壊してやる」

ということで、『夜明けの灯』と彼の因縁はまだまだ続きます。完全に強キャラのオーラを纏う彼ですが、果たして次の邂逅はいつになるのか!楽しみにしていただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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