第七十八話『激戦の目撃者』
「……終わった、のか?」
バラバラになって崩れ落ちていく魔物の姿を見ながら、俺は思わずそう呟く。その後ろでは、リリスたちの戦いを見つめていた冒険者たちが息を呑んでいた。
ツバキのものと思わしき影が魔物を包み込んだと思ったら、次出てきたときには無惨な姿となって絶命していたんだから、その驚きは相当なものだろう。当の俺だって、アイツらが何をやったのか見当もつかないんだからな。
「……あれが、お前さんの仲間たちか」
「そうだぞ。……規格外だろ?」
隣から聞こえてきたアランの呟きに、俺はしっかりと答える。何がどうなってあの魔物が倒れたのかはよく分からないにしても、多くの命を奪ってきたであろうあの魔物が二人の手によって討伐されたことだけは否定しようのない事実だった。
「……お前たちが止めてくれなきゃ、俺たちはこれとぶつかる羽目になってたのか……」
「そうだな……間違いなく、全滅してたと思う」
俺とアランが誘導した冒険者の内の数名も、その光景を見てため息をついている。あの魔物が只者じゃないっていうのは、俺たち以外のベテラン冒険者たちから見ても間違いないようだった。
「両手の指じゃすまない犠牲を出した魔物が、たった二人の冒険者たちの手によって討伐された……なんて、俺がギルドの受付だったら絶対に信じられない話だな」
「そうだな。……だけど、俺の仲間たちがやってくれたことだ」
どこかまだ呆然としているようなアランの言葉に頷いて、しかし俺はしっかりと現実であることを強調する。俺の仲間たちは、結果的に何十人もの冒険者の命を守ったのだ。
倒れ伏した魔物を背にして、そんな二人は何やら言葉を交わしているように見える。……だが、突然ツバキと思しき影がぐらりと姿勢を崩した。
「……おい、大丈夫か⁉」
そんな光景を見てしまっては、修復術師たる俺が立ち止まっていられるわけがない。考えるよりも前に、俺は全力で硬い地面を蹴とばしていた。
この部屋はダンジョンの中でも一二を争うくらいに広く、だからこそ俺とアランも戦いに巻き込まれることなく冒険者たちの誘導を完了することが出来た。もしあの魔物がここよりも小さな部屋に現れていたら、俺もアランも戦いに引きずり込まれていたことだろう。
だが、俺たちを救ったその広さが今は何よりももどかしい。全力で駆け抜けているのに、二人のシルエットは中々大きくなってこなかった。
「……二人とも、無事か⁉ 無事だよな⁉」
ようやく二人のところに着いた頃には息が乱れ、額からは汗がだらりと垂れている。完全に息切れしている俺の姿を見詰めて、二人は柔らかい笑みを浮かべた。
「……どっちかっていうと、貴方の方が無事じゃなさそうに見えるわね。もう少し身体能力を鍛えたらどう?」
「そうだね。これだけのダッシュで息切れするのは冒険者として流石によろしくない」
「……そんな軽口が叩けるってことは、二人とも大けがはなさそうだな。……とりあえず、無事でいてくれてよかった」
二人の言葉に苦笑しつつ、俺は表情を緩ませる。二人が無事でいてくれることが、俺にとって一番の結果だった。
「行動不能にさせて脱出、でも最悪問題ないと思ってたんだけどな……ほんと、期待以上の結果を出してくれたもんだよ」
「そんな悠長な作戦を考えてる暇なんてなかったのよ。……あの魔物、私たちがやることをいちいち学習して対応してくるし」
俺の感想に、リリスは『分かってないな』と言わんばかりに首を横に振る。その横ではツバキが得意げな笑みを浮かべていた。
「あの魔物――ボクたちはプナークって仮定してるんだけど、アレの学習能力はすさまじいものでさ。……黒い翼が生えてくるとこ、まさか見ていなかったってことはないだろう?」
「そうだな。……アレは、遠くから見てても恐ろしかったよ」
リリスが何かに弾き飛ばされたかと思ったら、それを合図としたかのように魔物がさらなる進化を遂げていたのだ。リリスたちの力を疑っているわけではないにしろ、どうしてもその姿には不安を覚えずにはいられなかった。
「……というか、アレがプナークなのか? お前たちが仮定したなら、そこそこの根拠があったんだろうけどさ」
「少なくともボクたちはそう結論付けているよ。……まあ、そこら辺を掘り下げていってくれたのはリリスの方だけど」
「そうね。めんどくさいから説明は脱出しながらにしようと思ってるけど、アレがプナークなのはほぼほぼ間違いないと思うわ。……というか、ギルドにそう報告してしまえばそれが事実になるでしょうし」
こんな魔物、前例がいるはずもないでしょうしね――なんて締めくくりつつ、すまし顔でリリスはとんでもないことを言ってみせる。あまりにも堂々としたその宣言に、俺は思わず苦笑するしかなかった。
「まあ、こんなのがうじゃうじゃいられても恐ろしいだけだからな……。二人とも、体に異常は?」
ベテラン冒険者を軽々と殺せてしまうような魔物なんて、こんな僻地に一匹いれば十分だろう。そんなことを思いながら、俺は当初の話題へと話を引き戻す。俺の力じゃどうにもならないことを解決するのが二人の役目なら、そのために疲弊した体をケアすることが俺のやるべきことなのだから。
「……ああ、二人とも割と魔術神経は酷使してると思うわよ。……マルク、先にツバキを見てあげてちょうだい」
「ずっと前を張ってくれてたのはリリスなんだし、お気になさらず……って言いたいところだけど、今ばかりはその言葉に甘えさせてもらおうかな。……正直、体があり得ないくらいに重くってさ」
そう言って、ツバキは力なくこちらに手を伸ばす。その細い手を俺が取った瞬間、俺が感じ取ったのは惨状とも言っていい魔術神経の傷つきようだった。
「お前、一体どんな無茶を――‼」
あの大きな影が並大抵のものでないのは分かるが、それでもこれほどまでに傷つくことがあるのだろうか。このまま放置してしまっていたら、間違いなく奴隷として売られる前のリリスと同じ結果になっていただろう。
「……あの影は特別製でね。ちょっとばかり、機能を盛りすぎたんだよ」
俺の問いかけに、ツバキは口の端をわずかに吊り上げる。その誇らしげな表情に、ここまでやったことへの後悔なんて一つも見当たらなかった。
「……待ってろ、今治すからな……‼」
ツバキの手を強く握りしめて、俺は目を瞑る。視界を遮断することで、より鮮明にツバキの魔術神経に起こっている異常が伝わって来た。
主に損傷しているのは両腕の魔術神経、それも相当な傷つきようだ。リリスの方が全身の魔術神経を酷使しているような印象は受けたが、局所的な損傷度ならばツバキの方が上を行くんではないだろうか。
「ここと、ここ、それにここも……」
一つ一つ確認を怠らないようにしつつ、ゆっくりと魔力を損傷部へと到達させる。それと同時に俺の体を脱力感が襲うが、そんな事はお構いなしだ。……今の俺よりも、目の前にいる二人の方がよっぽど苦しい思いをしているんだから。
「……馴染め、馴染め、馴染め」
魔術神経が拒絶反応を起こさないよう、俺の魔力をゆっくりと変質させる。丁寧に変化させたそれが、損傷部に違和感なく定着したことを確認して――
「……繋がれっ‼」
その魔力を、新たな魔術神経として運用させる。修復の最終段階に突入した瞬間、電流を流されたかのようにツバキの体が大きく跳ねた。
『プナークの揺り籠』でのエピソードも残すところあと二話か三話と言ったところになってきました。もちろんその後始末まで含めてダンジョン開きですので、まだまだ楽しんでいただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




