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追放術師の修復録(リライト・ワールド)  作者: 紅葉 紅羽
第二章『揺り籠に集う者ども』

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第七十七話『学習の末路』

「……これ、は」


 ツバキがやったことは、あの大量の追っ手を御した時のものと一緒だ。あらゆる情報が遮断される影の中へと対象を飲みこみ、対象を傷つけることなく戦闘不能へと追いやる顎が、プナークの全身を覆いつくしている。


 だが、全く同じものかと言われればそうではない。……あの時のそれは、魔力を遮断するものではなかったはずだ。それなのに、あの肌を刺すような原初魔術の感覚はどこからも感じられなくなっている。


「……ツバキ、一体何をしたの⁉」


 何かを仕込んでいるのだろうと、そんな確信はあった。だからこそ、リリスはツバキの準備が終わるまで時間を稼ぎきる方向に戦術をシフトしたのだ。……だが、目の前で起こっている事象は何をもたらすためのものなのか。……そこだけが、リリスには分からない。


 未だなお屈みこむツバキの下に駆け寄りながら、リリスはこらえきれない疑問を投げかける。それに対して、ツバキはゆらりと立ち上がりながら笑って見せた。


「……何って、いつも通りのことだよ。今回のは、ちょっとばかり細工をしてあるけどさ――っ」


 何でもないようにツバキはそう言って見せるが、その足元は明らかにおぼつかない。最後の言葉を言い終わると同時にふら付いたのを見た瞬間、リリスはツバキの手を取っていた。


「……私の前で強がらないで。貴女がここまでふら付いてるのは明らかに普通じゃないわ」


 扱える魔術の種類はともかく、単純な魔力量ならばツバキはリリスにも匹敵するレベルなのだ。そんな彼女が一度行使するだけでここまで疲弊するものなど、普通じゃない術式でなければあり得なかった。


「たはは、流石にばれるか……。少しみっともない勝ち方だから、その全容は伏せておきたかったんだけどさ」


 さっきまでの気丈さとは一転して力ない笑みを浮かべながら、ツバキはそう呟く。その黒い瞳が、いつにも増して揺らいでいるような気がした。


「……プナークは、とても強力な魔術を発するんだろう? リリスの防御をも突破して、君の体に大きな負担をかけてしまうくらいには」


「ええ、そうね。……音を聞いているだけで、そんな細かい事まで分かったの?」


 確かに色々と口走りながら戦ってはいるものの、ツバキは目を瞑って術式の構築に専念していたはずだ。そうしながら聞き取った情報を整理、果てはそこからの推理までできるとなれば、その知性は聡明などという言葉では収まらないものにも思えるが――


「いやいや、流石にそこまでの把握力はないよ。……張り巡らせた影が、君たちの足取りを教えてくれたからさ」


 片目を軽く瞑りながら、ツバキはつま先で軽く地面を叩く。そこには、目を凝らさなければ気づけないほどの薄い影が膜を張っていた。


「……あれ、魔術の準備で展開してたってわけじゃなかったのね」


「勿論その意味合いもあるさ。だけど、影ってのは刺激に敏感だ。その上を何度も吹き飛ばされるようにして移動する存在があれば、その違和感にももちろん気づくとも」


 驚くリリスに対して、ツバキは何でもない事のようにそう返す。その視線の先には、今もなお影の中に捕らえられているプナークの姿があった。


「君を何度となく吹き飛ばす魔術がどんなものかは分からないけど、リリスの言葉を聞いていればそれの発信源がプナークだってことは分かる。……おそらく、それが通用するんだってプナークが学習していることもね」


 そんなツバキの推測に、リリスは軽く息を呑む。目を使わずとも、ツバキはこの戦いの流れを把握していたのだ。……どこまで繊細に魔術を操れば、そんなことが出来るというのか。


「……ああ、もちろん何の代償もなくできてるわけじゃないよ? この通り、ボクは割とヘロヘロだ。……でも、こうでもしないと勝てなさそうだろう?」


 驚きの視線を向けられていることに気づいたのか、ツバキはおどけたようにそう言って見せる。その姿を見つめて、リリスは思わず苦笑した。


「……そうね。この戦いが終わったら、二人してマルクに修復してもらいましょ」


「そうだね、マルクさまさまだ。……そのためにも、早く終わってほしいんだけどな?」


 リリスの提案に軽く頷いたのち、ツバキの視線はなぜかプナークへと横滑りする。……まるで、最後の言葉はプナークに投げかけたものであるとでもいうかのように。


「……ツバキ、一体何を待っているの?」


 そんな直観に従って、リリスは思わずそう口走る。ツバキのタネ明かしはまだ不十分なのだということは、リリスの中でもはや事実に等しかった。


「おっ、やっぱり気づいてくれるか。リリスの想像通り、あの影にはいつもはしないひと手間を加えてあるんだ。――『魔力を反射する』って、性質なんだけどね?」


「――――ッ‼」


 その言葉を聞いた瞬間、リリスの中に電撃のような閃きが走る。それはあまりにも狡猾で、そして聡明なこの戦いの最適解。圧倒的な力を持つものに、殺傷能力を個人で保持できない魔術師が仕掛ける致命的な一手――


「……リリスが言うには、あの魔物の学習は子供のそれに近しいらしいじゃないか。一度成功した手には味を占め、何回も使いまわしてくる。……リリスを弾き飛ばせる攻撃にも、ずいぶんと手ごたえを感じていたみたいだ」


「……そうね。私との戦いにおける難局は、全部あれで解決していたわ」


 背筋に鳥肌が立っているのを感じ取りながら、リリスはツバキの語りに相槌を打つ。もうその結末は分かっているというのに、その言葉にリリスは引き込まれていた。


「そんな状況下に、突然未知の攻撃が仕掛けられた。身動きが取れず、五感も遮断されている。……そうなったとき、プナークが一番最初に頼る方法といえば?」


「……今までに上手く行ってきた、反撃方法……」


「その通り。誰が何のためにやって来たかは分からないにしても、これを突破しなくちゃ敵を倒すことが出来ないのは確かだ。なら、プナークの中に突破しないなんて選択肢は生まれない。そして、アレの行動が学習に基づくものなんだとしたら――」


 そこで言葉を切ると、ツバキはもう一度プナークへと視線を投げる。……まるでそれを合図にしたかのように、影の顎が一瞬だけ大きく膨れ上がった。


「……うお、少しだけど外に威力が漏れてるじゃないか。これをまともに防ごうとしていたら、影をもってしても間違いなくぶち抜かれていただろうね」


 危ない危ない――と。


 その様子を見つめながら、まるで他人事であるかのようにツバキはそう言ってみせる。予定調和を確認するその声色は、あまりにも冷静だった。


 ひとしきり影の膨張が終わった後、嘘のように影はその形をしぼませる。プナークの輪郭をなぞるかのような形状に影の顎が戻ったのを見て、ツバキは小さな笑みをこぼした。


「あんな狭い空間で魔術を解き放てば、その逃げ場はどこにもない。……リリスの防御すらも砕けるような魔術を間近で喰らえば、その結末は容易に想像できるだろう?」


「……ええ。子供でも、想像できることだわ」


 思い出されるのは、リリスたち三人が初めて受けたクエストでのことだ。ツバキが作り上げた影の中にリリスが上空から小さな吹雪を投げ込むと、乱反射したそれは瞬く間にカラミティタイガーを全滅させていた。あの魔術がそれほどの威力を発揮できたのは、ひとえに影の結界による乱反射があったからに他ならない。


 プナークが扱う原初魔術は、その威力をはるかに上回っている。そんなものが、プナークの体以外何もない影の顎の中で乱反射しようものなら――


「……まだ未熟なプナークは、未知に踏み込むことの危険性を知らなかった。そのことこそが、ボク達よりもはるかに強かったはずのアレの敗因だよ」


 ツバキが軽く指を鳴らすと同時、影の顎からプナークの体が解き放たれる。その次の瞬間、その体はゆっくりと地面に崩れ落ちた。……その体に、最早命は残っていない。


 はじめは四本あった腕はすべてちぎれ、灰色だった毛並みは血で赤黒く染め上げられている。せっかく生やしたその翼は、大空に羽ばたくことのないままその役目を終えていた。


 その傷のほとんどが、プナーク自身が放った原初魔術によるものだ。突如陥った窮状を脱するために取った一手が、結果としてプナークの命脈を断っている。……その事実に、リリスは思わず身震いした。


「学習と成長を繰り返す特異な魔物が、未知の状況下で経験則に頼り過ぎたせいで命を落とす。……なんだかとっても、教訓じみた話だね?」


 変わり果てたプナークの亡骸を背にしながら、ツバキはそう言ってリリスに笑いかけて見せる。――揺り籠に眠る怪物との戦いは、何とも皮肉な形で幕を閉じたのだった。

ということで、対プナーク戦はひとまずこれで一段落です! 搦め手が得意なツバキらしい決着の形と相成りましたが、いかがでしたでしょうか。次回からはマルクに視点が戻っていきますので、ここからも楽しんでいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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