第七十六話『正面衝突』
「どれだけ、予想を超えてくれば気が済むのよ……!」
肌を刺し続ける嫌な感覚が、目の前で起きている事実を嘘だと認めさせてくれない。一回一回を死に物狂いで突破しなければならないような規模の魔術を、プナークは連発しようとしている。
リリスの勝利条件は、ツバキの頷きを以て時間稼ぎへと変わった。ツバキの切り札が完成するまでプナークの注意をこちらに寄せ、戦況を膠着させる。ただ防がれ続けるだけの魔術攻撃にも、プナークの学習を停滞させるには十分すぎるものだった。
だが、それをプナークはじれったく思っていたらしい。膠着した戦況に戻す気などさらさらなく、ただリリスという存在を仕留めにかかっているように思えた。……そうでなければ、原初魔術を連発することなど考えられない。
「反転攻勢、ってところね……。本当に、厄介な魔物だわ」
このダンジョンがこれを封印するために存在していたのだとしたら、そこに踏み込もうと提案した言い出しっぺの冒険者は断罪されなければならないだろう。この怪物が地上に解き放たれれば、王都の全戦力を投入した討伐戦が展開されるのは簡単に予想できることだった。――さらに怖いのは、総力戦をしてみたところでプナークが敗北するとは限らない事なのだが。
プナークの中に根付いた知性は、プナークをより進化させる学習能力へと発展した。その能力は、そこいらの人間を余裕で上回る速度でこの魔物を成長させるだろう。魔物特有の力とそれを後押しするだけの知識が備わった魔物など、それこそ討伐不可能な存在に成るのではないだろうか。
「……だからこそ、今ここで止めるしかない」
それがどれだけ厳しい戦いになろうとも、ここで逃走を選ぶことはできない。いくら逃げ出してみたところで、ツケを支払うことから逃れることなど不可能なのだ。……ここで、自分の役割を果たしきらなければ。
「……氷よ」
その決意とともにネガティブな思考を遮断し、リリスは氷の壁を生成する。原初魔術の直撃を防ぐためのそれは、ここから何を紡ぐにしても必要なものだ。いつにも増して分厚く作り上げたそれの後ろに隠れて、リリスは両手をピタリと合わせた。
今まで三回の原初魔術を受けてきたわけだが、そのどれもが事後対応、つまりはある程度負傷することを前提として考えた立ち回りだ。それは致命傷のリスクを抑えるためならば正しい立ち回りではあるが、結果としてプナークは原初魔術の使い勝手がいい事を学習してしまった。
原初魔術を際限なく連打できればそれが最善択なのは言うまでもない以上、プナークが得たその知識は正解に限りなく近いものだ。どんな魔術師がプナークの前に立とうと、原初魔術を用いればその力のほとんどは防御に回さなければならないのだから。今はまだ仮説でしかないであろうそれを確信に変えてしまえば、今度こそリリスの勝ち目は限りなく薄いものになりかねない。
「……だからこそ、これ以上調子づかせはしない……‼」
魔力を練り上げながら、リリスは語気を強める。逃げてばかりではプナークにとって都合のいい事ばかりが起こる以上、いつかは取らなくてはならない手段なのがこれであり、リリスに残された対抗手段の内二番目にリスクが高いものでもあった。
氷の壁の向こうにバチバチと電流が浮かびだし、それが槍のような輪郭を取る。魔術の中で最も速度と攻撃に特化した雷属性を、リリスは原初魔術への対処法として選択していた。
リリスの視線の先には、ゆっくりとその顔を天井に向けているプナークの姿がある。黒い翼のはためきは勢いを増し、今にも魔力が炸裂するかのような雰囲気を纏っていた。
原初魔術に対抗しようと思うなら、雷魔術の最大威力を原初魔術にぶつけなければいけない。肌を通り越して内臓をも突きさすような魔力の感覚に顔をしかめながらも、リリスは決してプナークの姿から視線を外すことはなく――
「……ガルアアアアアーーーーッ‼」
「い、まあああああああっ‼」
プナークの咆哮に僅かに遅れて、リリスが魔力を解き放つ。その瞬間に雷の槍が爆発的に膨れ上がり、プナークから放たれた何かと衝突してその輪郭を激しく歪ませた。
原初魔術はきまった姿形を持たず、ただ純粋な破壊力としてこの空間に君臨している。雷の槍を歪ませた上に氷の壁にもひびを入れるその威力は、やはりリリスの想像をはるかに超えていた。打ち合うなどあまりに無謀、受け止めるにしてもこれだけではまだ不十分だ。
「……でも、これしかないのよ……‼」
しかし、歯を食いしばりながらリリスは前を向くことをやめない。その不屈の意志に応えるかのように、氷の壁にできた日々がじりじりと塞がれていった。
たとえ受けきれなくてもいい。それで致命傷を受けなければ、敵にもそれを防ぐ方法があるのだと思わせればそれでいい。そうすれば、プナークも少しは工夫を考えなくてはならないだろう。そう成れば、時間稼ぎとして十分なだけの間は作れる――
「……ガ……アアアアアアッ‼」
――そんなリリスの展望は、苛立ちを確かににじませたプナークの咆哮によって防御ともども吹き飛ばされた。
咆哮が後押しになったかのように原初魔術の威力が増し、雷の槍が跡形もなく消滅する。それに伴うようにして衝撃がリリスの体にも伝わり、踏ん張る足はあえなく地面を離れた。
「あ、ぐ……‼」
原初魔術がもたらすダメージとともに、体中に異物が入り込んだかのような倦怠感がリリスを襲う。それは、奴隷市で感じていたあの感覚とよく似ているものだ。いくら修復を受けた後だとは言え、原初魔術と真っ向から対抗しようというのは無茶が過ぎたらしい。
「……だけど、ここでガタが来てる場合じゃないのよ……‼」
地面に向けて無理やり右手をかざしながら、リリスは強引に風魔術を発動する。無理の代償と言わんばかりに襲い掛かる頭痛に顔をしかめつつも、リリスはどうにか安全に着地することに成功した。
だが、状況は最悪だ。原初魔術の防御に失敗したことで、プナークにためらいを植え付けることは失敗した。むしろ真正面からの力勝負の経験は、プナークに自信を与えることにも繋がりかねないわけで――
「……やっぱり、そうするわよね……」
――着地してそうそう伝わって来た原初魔術の気配に、リリスは力なくため息をついた。
プナークにとって面倒なことがあれば、それ等はすべて原初魔術を使用することで対処できる。四度の原初魔術が生み出した結果から、その仮説はほぼ決定的になってしまった。つまり、プナークの攻撃手段はここから原初魔術が主体になるだろう。……そして、今のリリスには次の一撃を防ぐ手立てすら存在しない。
「……やっぱり、仕留めそこなったのが失策だったかしら」
増幅していく魔力を感じながら、リリスは自嘲気味に笑う。もっとプナークが未熟なうちに、リリスが致命打を与えられていたら。そうすれば、きっとここまでこの怪物を育て上げることにはならなかっただろう。それが出来なかったのは、ひとえにリリスの力不足でしかなくて。
「……ごめんね、ツバキ――」
目を瞑り、信じてくれた友人に向けてリリスは謝罪の言葉をこぼす。もう少し、自分の力が足りていれば。もう少し、有効な手立てを見つけられていれば、結果はきっと違っていたのに――
「――やだなあ、君は何を謝っているんだい?」
「……え?」
いつも通りの相棒の声が大部屋に響いて、リリスは思わず目を見開く。……その声色は、敗北の気配なんか全く感じさせなくて。むしろ、どこまでも誇らしそうで。
「君はその役割を十二分に果たした。百点満点でも足りなさすぎるくらいにね。……だから、ここからはボクの番だ。……ボクが、君の進む道を切り開く」
声の主であるツバキは、両手を地面につけながら屈んだ姿勢を取っている。その周囲には影魔術と思しきものが展開しているが、原初魔術の感覚に邪魔されてその全容を上手く読み取ることはできなかった。……それのせいもあるのか、ツバキのその行動はまだプナークに気づかれていない。
最初はツバキも敵として認識していた節はあったが、いつしかその注目はリリスにだけ向けられるようになっていた。自分の命を脅かす明確な敵はリリス一人なのだと、賢いプナークはその認識を改めていた。それ以外の人間に対する情報収集は戦闘の役には立たないと、いつしか隅に置いていた。リリスという圧倒的な輝きに、ツバキという存在は覆い隠されたのだ。
――そして今、それが大きな仇となる。
「……影よ、遍く全てを遮断せよ‼」
ツバキが吠えると同時、地面にうっすらと伸びていた影がプナークの下に集う。それは顎のような形を取り、瞬く間にプナークの全身を飲みこんだ。……まるで、影がプナークという魔物の存在そのものを喰らい尽したかのように。
次回、プナーク仙椎に決着になるかと思われます! リリスの時間稼ぎがどのような形で実ったのか、お楽しみにしていただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




