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第七十五話『変化する勝利条件』

「プラン変更ね。……まさか、あなたがここまで強いとは思ってもみなかったわ」


 唸り声を上げるプナークをなおも見つめながら、リリスは軽く腰を落とす。その構えに力感はなく、背後に装填された魔術の量も心なしか減っているように見えた。


 だが、リリスの口元には微かな笑みが浮かんだままだ。……その眼は、明確な勝利の光景を見つめているかのようだった。


「さて、もうしばらくは私が頑張らないとね。……期待外れにならない事、期待してるわよ!」


 そう吠えると同時、リリスは思い切り地面を蹴り飛ばす。華奢な体が宙を舞い、その背後に追随する様々な魔術が鮮やかな軌跡を洞窟の中に描き出した。


 それに対応するかのように、プナークも黒い翼をはためかせる。それが合図となって、プナークの周囲に血の結晶でできた盾が配置された。


 今度はしっかり顔面近くにも配置しているあたり、さっきの攻撃からの学習もどうやらばっちりのようだ。原初魔術を防げたのは幸いな事ではあったものの、あそこで攻めきれなかったことによってリリスの攻撃はさらに通しづらいものになったということもまた事実だった。


「……だけど、そんな事今更なのよね!」


 しかし、その事実をリリスは笑って受け入れる。リリスが右腕を振り下ろしたのと同時、背後の魔術が一斉にプナークへと発射された。


 少し数が減ったとはいえ、その一撃一撃の脅威度が変わることはない。しっかりと防御行動を取らなければ、プナークの命はリリスの魔術によってあっという間に押し流されてしまうだろう。


――だが、そこは流石プナークとでもいうべきだろうか。血の盾は的確に魔術の攻撃に合わせられ、次々とその攻撃は無力化されていく。機動力と遠隔攻撃を組み合わせた戦い方も、限界が来ているのだと見てよさそうだった。


「ガ……オオアッ‼」


「分かってるわよ、ちゃんと防げて偉い偉い。……でも、それくらいしてくれなきゃ困るのよ」


 その事実を誇るかのように唸りを上げるプナークに対して、リリスは足を止めずにうわべだけの賛辞を贈る。これが予想外の事なら拍手を贈らなければならないところだったが、この魔術たちは最初から受け止められることが前提でできていたものだ。


 防御すれば自分の体に傷がつかないと学習したプナークは、一度成功した防御行動を今でもとり続けている。相手に対して有効な行動を取り続けていると言えば確かに厄介な能力ではあるが、今のリリスにとってそれはある種の救いでもあった。


「一度上手く行った方法に喜んで、通用しなくなるまでその方法に頼り続ける。……魔物にしては高度な知能だとは思うけど、所詮は無邪気な子供のそれなのよ」


 初撃とまったく同じ規模の魔術を展開しながら、リリスは不敵な笑みを浮かべる。合図とともに向かっていったそれらはさっきと同じように、プナークの血の盾に衝突することで消滅した。


 リリスが魔術を展開してから防がれて消滅するところまで、今の攻撃は初撃とほぼ同じ顛末を迎えている。学習し変化するプナークと違い、何も学習していないと指摘されても何ら否定はできないような一撃だった。


 この魔物をリリスだけで討伐しなければならないとなれば、今の攻撃は完全に魔力の無駄遣いでしかない。あの防御をかいくぐるべく、リリスは少しでも多くの作戦を立てなければならなかっただろう。


「……だけど、私はもう一人で勝つ気はないの。……だから、少しでもそこで防御に専念しててくれない?」


 しかし、リリスはその必要を否定する。勝ち筋を創り出すのは自分の役割ではないと、さっきのやり取りを経たリリスはこの戦いに対する理解を改めていた。


 最善のプランはもうとっくに潰れている。リリスだけで倒すための次善策も大体使い切った。そうしてなおプナークは底が見えない状態であり、あまつさえ原初魔術などという半分おとぎ話のような魔術を扱ってくるのだから手に負えないというものだろう。いくら腕利きの冒険者とは言え、これと対面してしまえば散っていくのも無理はない話だった。


「こっちの戦術を学習して対策するとか、群れで暮らす魔物以外ではほぼあり得ない話だものね。……あなたが本当にプナークって存在なら、そんなあり得ない能力にも合点が行くんだけど」


 プナークが無理なく防ぎきれる量を保つことを意識しながら、リリスは魔術を自分の背後に装填、ッ謝し続ける。その間もリリスの足は絶え間なく地面を蹴り、くるくるとプナークの周りをウロチョロと移動していた。


 いつまで経ってもしなない冒険者の存在がプナークにとって不愉快なものなのは確かだろうが、だからと言って防御を解けば自分の身もただでは済まない。一見して魔力の無駄にしか思えないリリスの魔術連打は、プナークを防戦一方へと追い込むことに成功していた。


 一つ惜しむらくがあるとすれば、リリスにとってもそこからさらなる攻勢に転じるための手段がない事だ。最大規模での展開ではないにせよ、絶え間なく魔術を使用し続けるというのはそれなりの労力を必要とするものなのだ。その負担を背負ったままで、プナークの顔付近を守るようにして創り出された血の盾たちを突破する方法は生憎と思いつかなかった。


「もとより、あたしは細かい事とか考えるのが好きじゃないしね。そういうことは出来るだけ考えないでいられるのが一番だわ。……貴方もそうでしょう?」


 リリスにしては適度な量の、しかし並の魔術師が見れば卒倒しそうな規模の魔術を常時展開しつつ、リリスは世間話でもするかのようにそう問いかける。短期決戦を好むリリスからすれば、この膠着状態は中々に異例なものでしかなかった。


 大体はリリスの力量についてこられなくて即座に致命傷を負うか、単独での攻略が難しいと見たら撤退するかの二択でしかなかったのもあって、ここまでじっくりと勝利へと向かっていくというのはリリスからしても中々経験のないことだ。足元を這うようにして拡大し始めている魔力が感じ取れなければ、じれったくて今すぐにでも全力攻撃を仕掛けたくなってしまう。


 その衝動を抑えていられるのは、ツバキが明確に勝利への足掛かりをつかんでくれているからだ。ツバキがあれほどまでに強く断言しているならば、その時点でリリスのやる事なんて一つしかなかった。


「だけど、あなたにはもう少し私と踊っててもらうわ。……悪く思わないでね?」


 プナークに向かって片目を瞑って見せながら、リリスはさらに追加で魔術を装填する。それを放つべきタイミングを見計らいつつ、攻撃する気を起こさせないようにせわしなく左右にステップを踏み続けていると――


「……あら、それはお気に召さないみたい。ダンスなんて習ったことないし、仕方ないわね」


 ひときわ凶暴な咆哮とともに、リリスの肌を痛烈な感覚が突き刺す。いつまでも続く攻撃に辟易したのか、プナークは原初魔術で展開をリセットするという判断に出たようだ。


「それもまた学習、って奴かしら。ほんと、下手な冒険者よりも勤勉ね」


 原初魔術を構えられては、さしものリリスとて全力を以て防御に当たるしかない。そうやって対策してもなお不完全なものしか仕上がらないのだから、その威力がどれだけ異常なモノかがよくわかるというものだろう。


 プナークの周囲の魔力が張り詰めていくのをひしひしと感じながら、リリスもそれに負けないように魔力を練り上げる。今回使うのはさっきとは別の対処法、三つ思いついている内で一番信頼性が高いものだ。


「……氷よ!」


 鋭い声が響くと同時、プナークとリリスを区切るようにして氷の壁が作り上げられる。どれだけ分厚く氷を張ろうとそれは砕かれてしまうだろうが、そこにある事が重要なのだ。それがありさえすれば、原初魔術がリリスに直撃するという最悪の可能性は避けられるのだから。


 それを用意してしまえば、必要なのは度胸だけだ。魔力を集中させるプナークのわずかな身動きすらも逃さないように目を凝らしつつ、リリスはもう一度魔術を足元に展開して――


「……ガルオオオオーーーッ‼」


「風よ、私を運んで‼」


 ひときわ大きな咆哮と同時、世界最強の魔術がリリスに向かって放たれる。それとほぼ同じタイミングで、烈風を伴いながらリリスは大きく後退した。


 同じ距離を移動するにしても、飛ばされるか自ら飛ぶかではその負担が違いすぎる。相手の魔術の展開に合わせなければならないという課題点すらあれど、フェイントという概念を学んでいないプナーク相手に仕掛けるのは簡単な事だった。


「そう何回もできる芸当とは、思えないけどね……‼」


 軽減してもなお腹の底に響いてくるかのような嫌な感覚に顔をしかめつつ、リリスは地面へと着地する。手札を一枚消費した形にはなるが、拮抗した状態を保つためならば安いものだ。


 ここからまたプナークへと詰め寄り、どうにかしてにらみ合いの状態を保ち続けなければならない。この戦場にいるのがリリスだけならそれも意味のない行動だが、ツバキが背後にいてくれるなら――


「……ッ⁉」


 そう思って踏み込んだ次の瞬間、リリスは思わず息を呑む。リリスの肌を刺した嫌な感覚は、リリスが立った今見出した勝ち方の絶対性を覆すには十分すぎた。


「……あなた、どこまで規格外なのよ……‼」


――高威力の代償に途轍もない魔力を必要とする原初魔術。……それをまさか二連発できる魔物がいるなどと、想像できるはずもないのだから。

次回、突如訪れた予想外の事態をリリスは切り抜けられるのか! 決着迫るプナークとの激闘、楽しんでいただければ嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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