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第七十四話『原初魔術』

「……随分と、ご立派な翼じゃない。いつか空でも飛ぶつもり?」


 内心の焦りを押し隠すように、リリスはプナークに向かって問いかける。ダンジョンで一生を終えるにはあまりにそぐわないその大きな翼は、いずれ地上へ出ていかんとするプナークの意志の表れのようにみえた。


「だとしたら、私たちとあなたは同じ目的のために戦ってるってことになるわね。……まあ、それを果たせるのはどっちか片方だけだと思うけど」


 この戦いに痛み分けはありえない。どちらかが倒れるまで、完全に命が尽きるまでこの戦いは終わらない。プナークの脅威度次第では撤退戦も視野に入れていた戦闘ではあったが、そんな悠長なことを言っていられるほどの余裕はないと直感していた。


 リリスの見立て通り、プナークはまた一つ成長している。あの肌を刺すような魔力が同時に訪れたのはそれの前触れだったのか、あるいは偶然の一致だったのか。そんな事すらも分からないのが現状だが、分からないなりに戦うしか選択肢は残されていない。


「……結局、やることはさっきまでと変わらないってわけね」


 先の一撃で砕かれた魔術たちを再展開しながら、リリスは小さく口の端を吊り上げる。捉えようによっては、この戦いはさらに単純な方向へと変化したとも言えた。


 学習し変化してくる相手に対して、リリスは手札が尽きる前に致命傷を与えることが出来るのか。できればもちろんリリスたちの勝ち、しかしそうでなければ劣勢に陥るのは間違いない。プナークという魔物を討伐するには、その学習速度を上回るほどの戦術の多彩さが求められていた。


「上等じゃない。……今までの私たちの全部、あなたに叩きつけてやるわ」


 氷の剣までもを作り直して、リリスはプナークを一睨みする。それに応じるようにして、新しく生えた翼を満足そうにはためかせていたプナークが、「まだいたのか」と言わんばかりの視線をリリスへと向けて――


「……せっ、ええええええッ‼」


「ガ、ロオオオオ――ッ‼」


 その直後、二人の咆哮が大部屋に交錯する。かたや背後に展開した無数の魔術を巨体に向けて差し向け、相対する怪物は悠然と翼をはためかせ、右腕から吹き出す血を盾と変えて迎え撃つ格好だ。回避という概念が存在しないのは、進化した今なお変わりないらしい。


「……なら、そのまま押しつぶされなさい‼」


 好都合だと笑みをこぼして、リリスは魔術とともに突進する。二つの攻撃パターンを混ぜ合わせたようなその戦い方は、プナークにとっては初見の戦術だ。


 だが、分解すればそれらは既知の攻撃の掛け合わせでしかない。それを理解してしまえば、この突進もプナークにとって何の感動ももたらさないものとなるだろう。……だから、有効活用できるのはこの一合だけだ。


 故にこそ、リリスはこの一合にすべてを乗せる。下手な出し惜しみも小細工もいらない。ただ、プナークに生まれたわずかな戸惑いを致命打へと変換する――


「そ、こおおおおッ‼」


 多彩な魔術による攻撃への対応に追われ、それを率いるようにしてきたリリスの突進への反応が遅れる。身体的な進化は起きたが、やはり知能に爆発的な変化はないらしい。もしそうなっていたら生存するための行動に全力を費やさなければならないところだったが、この世に魔物を産み落とした何者かもその程度の慈悲ぐらいは併せ持っているらしかった。


 一撃の重さに特化するために刀身は大きく作られ、その表面は鋭利な影が覆っている。不完全な防御など恐れるに足らないそれが頭部に直撃すれば、プナークと言えど大ダメージは避けられないだろう。そして今、それを阻めるほどの防御は存在していない。


「流れる血には、限界があるものね――‼」


 氷の大剣を振り下ろしながら、リリスは今度こそその直撃を確信する。まるで糸を引くかのように、リリスの一太刀はプナークの脳天へと振り下ろされて――


――肌を刺す、魔力の感覚がした。


「っ、また……‼」


 三度目の不快感に顔をしかめながら、リリスはとっさに大剣を変形させる。剣から盾へと転身を遂げたそれに殺傷力は微塵もなかったが、リリスの仮説が正しいならそうしなければいけなかった。……もっとも、一番最悪な形でその仮説は的中してしまいそうだが。


 原初魔術。所によっては古典魔術とも言われているらしいそれは、魔力を特定の属性へと変化させる段階をあえて行わず、純粋なエネルギーそのままの形で放出する魔術形態だ。冒険者にも、あるいは腕利きの護衛の中にも使い手は一人として存在しないその魔術こそが、プナークが用いる遠距離攻撃の正体だたとリリスは推測していた。


 魔力を特定の属性に変化させる段階を踏まないことにより、原初魔術は魔力の全てを攻撃に転換できるようになる。そこだけ聞くと最強の魔術のようにも思えるが、そもそもただの魔力を殺傷力のあるものとして放出するのにはありえない量の魔力を消費しなければならない。威力の代償に極限まで効率が悪いそれは、リリスの魔力量をもってしても行使に失敗するほどだった。


 だからこそ、リリスはそれをプナークの切り札だと読んでいた。成長の瞬間、あるいは命の危機に飲み発動するのがそれであり、それ以外の場合には別の出力法を取って来るのだ、と。


 しかし、その仮説は否定された。対応を間違えれば即死しかねないような魔術を何の制限もなく連打できるとなれば、その魔力量はいったいどれほどのものなのか。想像するだけで寒気がするが、それは一度横に置かなければなるまい。今はただ、目の前の危機に対応するのが最優先だ。


「ガ……ガガアアアアッ‼」


「水よ、受け止めて‼」


 プナークの方向が魔力の炸裂を命じたその刹那、リリスは大きな水の球体を自らの背後に展開する。その防御行動が完了した次の瞬間、氷が砕ける音とともにリリスの体が大きく吹き飛ばされた。


「づ、うううううッ……」


 鳩尾を殴りつけられたかのような不快感に、リリスの口から呻き声が漏れる。いくら咄嗟に防御を展開したところで、至近距離でそれを喰らって無傷という訳にはいかないらしい。


 だが、掛けておいた保険は正確に起動したようだ。吹き飛ばされたリリスの体は水の球体と衝突し、しぶきを上げながらその速度を大きく減速させることに成功していた。


 速度が完全に殺されたことを確認して、リリスは水の球体を消滅させる。落下する体を風魔術で受け止めながら、リリスはゆっくりと床に着地した。


「……っは、何でもやってみるものね……!」


 水の中で乱れた呼吸を整えながら、リリスはぐっと右の拳を握る。中々に応急処置的な対策だったのは否めないが、成功してしまえばそれが正義なのが戦場の流儀だ。


 だが、それを手放しで喜べるほど状況は芳しくない。魔力効率があり得ないくらいに悪い事に目を瞑ってしまえば、原初魔術というのは最強の魔術に数えられるものなのだ。それと打ち合おうというのは無謀な話であるし、そもそも防御があと何回成立するかも定かではない話だった。


「……防御パターンまで学習されてたら、本当にどうしようもないしね」


 脳内に思い浮かんでいる防御行動は三つ、しかしそのどれもが欠陥を抱えたものだ。一度それを見せてしまえば、学習能力を持つプナークがそれを通してくれるとも思えなかった。


「……今の私じゃジリ貧、か」


 攻撃手段も一個潰された上に、相手の攻撃手段に対する防ぎ方は数少ない。このままの戦いを繰り返していれば、遠からずリリスは窮地に追い込まれてしまうだろう。原初魔術が直撃したとなれば、この大部屋に倒れ伏すいくつもの屍と同じ末路をたどることになるのは言うまでもない。


 それを直感して、リリスはふと背後を見やる。……そこには、目を瞑って何かに集中している相棒の姿があった。その足元からはうっすらと影が伸び、どこまでも勢力圏を拡大しているように見えた。


「……ツバキ」


 その集中を遮らないように注意しつつ、リリスは相棒の名を呼ぶ。……すると、その呼びかけに答えるかのようにゆっくりと目が開かれた。


「――行けるわよね?」


 それを合図として、リリスはさらに問いを重ねる。それへの返答は、ほんのわずかな、しかし確かな頷きだった。――それを見届けて、リリスはふっと前を向き直る。


 このやり取りにかかった時間、僅か七秒足らず。たったそれだけの時間だが、長い時をともに戦ってきた二人にはその時間だけで十分すぎた。


「……この戦い、私だけじゃ勝てないみたい。原初魔術を連発してくるとか、どれだけ化け物なのよ」


 プナークの姿を見上げながら、リリスは軽く肩を竦める。まるで諦めたかのような言葉だが、その全身には魔力が滾っている。誰が見ても間違いなく、リリスの戦意は失われていない。


 それをプナークも感じ取ったのか、右肩から吹き出す血が指向性を得始める。今までは事後対応でコントロールしていたのだが、もう事前準備が出来るところまで来ていたらしい。目を見張るようなその学習能力を前にしては、力押しを得意とするリリスはどうしても苦戦してしまっていただろう。このまま戦い続けたら敗北すると、今まで数多の戦いを切り抜けてきたリリスの本能がそう告げていた。


「――だけど、ご生憎様ね。この戦い、私()()が勝つわ」


 ……だが、その直感をリリスは否定してみせる。プナークを睨むリリスの表情は、どこまでも強気で不遜なままだった。

ということで、リリスたちは勝機を見出すことができるのか!息をつかさぬ攻防はまだまだ続きます、是非お楽しみに!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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