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第七十二話『揺り籠に眠るのは』

 ダンジョンの名前にそれぞれはっきりとした命名理由があるだなんて話は聞いたこともないし、そんなこと考えたことすらない。だからこれはあくまで根拠のない想像に過ぎなくて、間違っている可能性も大いにある与太話のようなものだ。


 ……しかし、どれだけ自分にそう言い聞かせてもリリスの中の焦りは消えてくれない。その仮説一つで今まで存在していた疑問が全て氷解してしまうことが、逆に気持ち悪くすら感じられた。


「……リリス、何か閃いたのかい?」


 顎に手を当てて考え出したリリスの横顔を見つめながら、ツバキは問いを投げかける。それに恐る恐ると言った感じで頷きながら、リリスは脳裏によぎった考えを言葉へと変換した。


「……ここ、『プナークの揺り籠』じゃない? ……仮にその言葉が何の比喩でもないただの事実だったとして、アランとやらの言葉を信じるなら眠っていたのはこの怪物ってことになるんだけど」


 そこで一度言葉を切って、リリスは十メートルほど離れた位置に立っているプナークをあごで示す。その眼はしっかりとリリスたちを睨んでおり、いつ攻撃を仕掛けてきても何らおかしくないくらいのピリついた雰囲気を纏っていた。


 衝突が起こっていないのは、ひとえにリリスから迸っている魔力をプナークが警戒されているからに他ならない。右腕一本を切り飛ばしたリリスへの恐れが本能にかき消された時、戦いはさらに激しい段階へと切り替わっていくのは容易に想像できる話だった。……だからこそ、その時が来る前に早く情報を共有しなければ。


「……ツバキ。揺り籠に眠るのって、どんな存在だと思う?」


「……どんな、存在?」


 急に抽象的な質問が飛んで来たことに、ツバキは一瞬首をひねる。……しかし、瞬きの後にツバキの目は何かに気が付いたかのように大きく見開かれていた。


「……なるほど、それでさっきの呟きに繋がるわけか。やっとボクにも合点が行ったよ」


「一見すると滅茶苦茶な仮説だけど、筋は通ってしまっているでしょう? ……もしそれが正しいなら、私たちはさらに急がないといけなくなるけど」


 納得したようにうなずくツバキを見て、リリスも首を縦に振る。……信じたくない話ではあるが、状況証拠は無視できないレベルで揃ってしまっていた。


 謎の学習速度、そのくせ不器用が過ぎる戦い方、そして『揺り籠』に眠っていたとされる魔物の噂。……そのすべてが、プナークが『何か』の幼体だと考えれば納得がいくのだ。揺り籠とは、生まれたての幼子を穏やかに眠らせるために存在するものなのだから。


「……リリスの仮説では、放っておいたらアレはさらに成長するってことだよね。事実、二回目の攻撃ははじき返されてしまったわけだし」


「ええ、そうなるわね。……そうなったとき、私たちに勝機があるかどうかは定かじゃないわ」


 通っていたはずの攻撃が、二度目はあっけなくはじき返された。その防御自体はとても的確なのに、それをプナーク自身も分かっていないような様子なのがまた腹立たしいところだ。無自覚に全力をはじき返さないでほしい。


 そんな愚痴はともかくとしても、時間をかければかけるほどプナークに学習の時間を与えてしまうというのは事実だ。この仮説が全て当たっているのでないにしても、プナークの学習能力、あるいは対応力が高い事だけはれっきとした事実なのだから。


「だからこそ短期決戦、ってことか。……リリス、作戦は定まっているかい?」


「ある程度はね。真っ向勝負は通じないみたいだから、次はもうちょっとひねってやろうと思って」


 魔力を迸らせながら、リリスは強気な笑みを浮かべて見せる。お互いに牽制し合うかのような距離感を保っているプナークからは目を離さないまま、リリスはつま先を軽くダンジョンの床へと打ち付けた。


 それを合図としたかのように、指向性を持っていなかった魔力が意味のある魔術へと変換される。氷に炎に水に雷、その他多種多様な魔術が、リリスの手で弾丸へと成型されて背後に装填されていた。


「近くからがダメなら今度は遠くから、か。……君らしい作戦だね」


「そうでしょう? 学習なんてする暇もなく、あの体に風穴をぶち開けてやるわ」


 結局のところ力任せな作戦ではあるが、リリスは自慢げな笑みを浮かべている。結局のところそれがリリスの力を最大限に生かす方法であり、今までもリリスたちの危機を何度となく救ってきた作戦なのは間違いない。


「……それじゃあ、ボクはそれに紛れて仕込みでもしておこうかな。リリスの手が届かないような細かいところをしっかり回収するのが、君の相棒たるボクの役目だからさ」


 どんな戦場に立ったって、その役割分担はいつだって変わらない。まばゆいくらいの才覚を見せつけるリリスの陰で、ツバキは影の網を展開する。世界最高峰の正攻法と世界最高級の搦め手が揃った時、それに対応できた敵を二人は見たためしはなかった。


「ええ、頼りにしてるわ。……それじゃあ、一秒でも早く終わらせるわよ‼」


 いつも通り冷静なツバキの姿に満足げな笑みを浮かべて、リリスはプナークに向けて大きく踏み込む。いくつもの魔術を引き連れて進むその姿は、まるで砲撃部隊がそこにいるかのようだ。それを背負っているのがたった一人の魔術師だというのだから、ツバキも笑みを浮かべずにはいられない。


 何もかもが最悪だったあの商会で、リリスに出会えたことだけが唯一の希望だった。そしてその希望はツバキたちを外へと連れ出して、新たな希望との出会いをもたらして。……その背中は、初めて出会った時よりもはるかに大きくなっている。いつだってツバキの人生を照らしてくれた存在を信じることに、一体何の不安があろうか。――だから、ツバキはいつも通りの役目を果たすだけだ。


「……影よ、行き渡れ」


 リリスの勇ましい足取りを見守りながら、ツバキはひっそりと影を薄く地面へと伸ばす。その浸食はひどく静かで、そして優しい。……だが、それも網が完成するまでのことだ。それが完成した時、戦いはリリスたちの勝利で終わるだろう。問題は、それまでツバキの仕掛けが気づかれないかどうかなのだが――


「リリス、期待してるよ。……君の輝きで、ボクの策なんて覆い隠してくれ」


 あらん限りの魔術を叩きつけようとするその背中に、ツバキはいつも通りの信頼を託す。――リリスたちが思い描く決着は、ゆっくりとだが近づいてきていた。

次回、戦闘は次の段階へと進んでいきます! まだまだ続く激戦、楽しんでいただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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