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第七十一話『変化する戦況』

「……思っていた以上に、あなたの生態は奇妙なものみたい。これでもいろんな魔物は見て来たし、意味の分からない修正を持つ魔物とかも色々見てきたつもりなんだけど」


 一度プナークから距離を取りながら、リリスは今起きた出来事を脳内でもう一度整理する。魔術全般に造詣が深いリリスでさえ、そうしなければその現象を正しく理解できそうになかった。


 信じたくはないが、今リリスに放たれた弾丸はプナークの血を素材として生み出されているものだ。停滞した赤銅色の弾丸から感じられる魔力の残滓が、信じたくない事実を否応なく突き付けてきていた。


 プナークの肩口からは今もなお血が噴き出しているが、それがプナークの命を削っている様子は見えない。仮にその血すべてを今のように弾丸へと成型したうえで制御できるのだとしたら、リリスの狙いは全くの逆効果だったと言ってもよかった。手数を奪う一手のはずが、結果として相手に遠距離攻撃の選択肢を与えてしまっているのだから。


「……私も、まだまだ知識不足ってことかしらね……?」


「――リリス、大丈夫かい⁉」


 リリスが小さく自嘲気味の笑みを浮かべていると、その背後からツバキの声が聞こえてくる。身の安全を案じるその問いかけに、リリスはひらひらと片手を振ることで応えた。


「大丈夫よ、少し驚いてるだけ。……考えるだけでいやな話だけど、もう少しだけややこしい戦いになりそうだわ」


 相手の最大値を削ってしまえば、そこからは消化試合のようなものだと思っていた。四本あるうちの腕の一本が切り落とされてから面倒さが増す魔物など、一体どんな人生を生きていれば想像できるというのだ。……何はともあれ、プナークという魔物はリリスの想像の範疇を飛び越えるところに言るような魔物なのは間違いない。それが強さに繋がるかと言えば、いまいち微妙なところではあるかもしれないが――


「……間違いなく、放っておいたらいけないわよね」


 出血がいつまで続くかは分からないが、こぼれ出た血を全て制御できるのだとすればジリ貧に追い込まれかねない。プナークがそれの有用性に気づく前に、もっと致命的な一撃を与える必要がある。つまり、必要なのはさらに苛烈な猛攻というわけだ。


「プラン変更……いや、ある意味ではそのままかしら?」


 氷の剣を両手で握りしめて、リリスは腰を低く構える。小細工合戦に付き合ってやる気もないし、かくし芸大会を開かせてやるほど優しくもなれない。……その命を絶ってしまえば、アレが何者であろうと関係のない話だった。


 そんな結論に基づいて、リリスは魔力を今一度集中させる。マルクの手によって修復された魔術神経は、クラウス戦での疲労をまるで感じさせなかった。マルク自身はそれの価値を軽く見ているようだが、アフターケアが万全な事のなんて頼もしい事か。世界一頼もしい後ろ盾があるからこそ、リリスは一切の躊躇なく自分の中のリミッターを外すことが出来るのだ。


「――だからツバキ、フォローは任せるわよ!」


 細かい事を相棒に丸投げしつつ、リリスは両足に集中させた魔力を解放する。念のため一度開けたプナークとの距離は、様々な支援の恩恵を受けたリリスの踏み込み一つでまたしても消失した。


「小細工なんて、力で押し切ればないも同然よね?」


 グロテスクな顔つきに笑いかけつつ、リリスは空中に氷の足場を作り上げる。つい先ほどは踏み込みを安定させるために使用したそれをもう一度展開しつつ、リリスは右足に再び魔力を凝縮させた。


 それによって生み出されたのは、直径一センチほどの風の球体だ。それが足場とリリスの靴に挟まれて破裂した瞬間、大部屋を一陣の烈風が吹き荒れて――


「……私たちの力、その身でしっかり味わいなさい‼」


 瞬きも許さぬ刹那の後に、リリスの剣が超高速で振り抜かれる。四本の腕を交錯させてもなお防ぎきれなかった一撃目よりもさらに鋭く、そして速い一撃。腕を一つ失った状態で、それを防げるはずもない――


――ない、はずだったのだが。


「……私のミス、そろそろ認めなくちゃいけないみたいね」


 その剣閃がプナークの顔面を切り裂かんとする直前、リリスに向かって放たれた弾丸とよく似た色をした塊がその間に割って入る。全力の一太刀を受けてもなお砕けないその耐久力に、リリスは思わず苦笑した。


 こうなってしまうと、腕を切り落としたのは完全なるミスだ。最初から致命的な一撃を狙っていれば、今頃プナークは命を落としている可能性だってあった訳なのだから。らしくもなく回りくどい作戦を取ってしまったことが、結果的には途轍もない裏目だった。


「……けど、起きてしまったはどうしようもないわね!」


 だが、そんな反省が頭をよぎったのも一瞬のことだ。剣を叩きつけた反動で体を浮かび上がらせ、眼前に生成した氷の壁を蹴ってリリスは大きく後退する。渾身の一撃が防がれた以上、プナークの得意な距離で戦ってやる道理などどこにもない。起きてしまったことはもう変えられないのだから、今考えるべきなのはどうやって強化されたプナークの防御を突き破るかというその一点だけだ。


 軽やかに地面に着地するなりバックステップし、リリスはツバキが待つ地点まで後退する。プナークの肩口から血が噴き出ているさまは遠目から見ると悪趣味な噴水の様で、リリスは思わず顔をしかめた。


「……ツバキ、あれなんだと思う?」


「今ある知識だけで考えるなら、あのプナークとやらは血にも魔力が流れてて、それを操作できるタイプの魔物、ってことになるんだけど……。あれ、相当硬くできてるよね?」


 リリスの一撃を防いだくらいだし、とツバキは半ば信じられないような口調で確認する。リリスと常にともにあったツバキからしても、全力の斬撃が受け止められるというのはあまり経験のない出来事だった。


「認めるのも癪な話だけど、アレが相当硬くできてるのは事実ね。……最初にぶつかったときは、あんな器用な防御が出来るような魔物には思えなかったんだけど」


 奇襲に対してかなり焦りを見せていたプナークの姿と、肩口からの出血を制御して自身の防御につなげる今のプナークの姿が、リリスの中でどうしても整合性を持たない。リリスに対応するその挙動は次第に効率化しているようにも思えて、リリスの背中に冷たいものが走った。


 戦いの中ですぐさま成長していく魔物なんて聞いたことがないが、この期に及んで『聞いたことがないから』は可能性を否定する理由にはならない。聞いたことも見たこともない現象が、この戦場では既に起こりすぎているのだ。


 プナークの挙動に注意を払いつつ、リリスは再び思考をフル回転させる。しかし、断片的にしか得られない情報は脳内で中々一つの形を作り上げられない。回避も知らないくらいに戦いに慣れてなくて、そのくせ腕を切ったらそこから流れた血を操って来て、それを契機にするかのように動きも洗練されていて、おまけに流れる血が尽きる様子は無くて。……そしてそれが、なんになる。そんな状況証拠から、リリスは何を導き出せばいいのだ。


「……ああもう、アレはなんだってんのよ……‼」


 情報はいくらでもあるが、それがリリスたちの突破口に繋がらないならばただの空論でしかない。大事なところで空転する思考に僅かないら立ちを感じつつあったその時、ツバキの呟きがリリスの鼓膜を震わせた。


「……『プナークの揺り籠』、ねえ」


「……ッ‼」


 その言葉を認識した瞬間、リリスは目を大きく見開く。雷に打たれたような感覚があるのだとすれば、きっとそれは今感じたものを指すのだろうという確信があった。


『揺り籠』。口にしてしまえばたった四文字の言葉をきっかけに、今までまとまらなかった考えが一気に一つの地点へと集約されていく。バラバラの方向を向いていたはずの情報たちが一つの結論を創り出し、それは閃きとしてリリスの脳内で言語化されて――


「……あれでまだ幼体、なの?」


 自分でも信じられないといった様子で、リリスはその仮説を口にする。……リリスの脳内に舞い降りた可能性は、出来ることならば外れてほしい『最悪の想定』とでも言うべきものだった。

次回、リリスの気づきの全容が明かされるかと思います! それを踏まえて戦いはどう変化していくのか、楽しみにしていただければ幸いです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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