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第六十九話『ファーストコンタクト』

 ――リリスの視界の端に、マルクがアランを連れて魔物の射程範囲外に走っていくのが見える。直接的な戦闘行為を放棄するその行動はリリスたちへの信頼の証であり、『お前たちがアイツを倒せ』という言外の指令でもある。……しかし、不思議とその重圧は悪いものではなかった。


「……あれだけ大きな魔物と戦うの、いつぶりかしらね」


「さあ、護衛の時でもあそこまで大きな奴との戦いは珍しかったからね……数の暴力の次は巨大な魔物とか、このダンジョンはボクたちにどれだけ障害を設ければ気が済むんだか」


 リリスの問いかけに軽くため息をつきながら、ツバキは影を自分の周りに展開する。それに呼応するかのように、リリスも氷の剣を虚空から引き抜くようにして右手に収めた。


 前衛にリリス、後衛にツバキ。いくつもの難局を乗り越えてきたこの陣形は、相手が誰であろうと変わらない。――何をしてる自分が一番強いかなんて、他ならぬ自分自身が一番知っていることだ。


「……それじゃあ、とりあえず突っ込んで後は流れで行くわよ。悠長にしてると、犠牲者が増えちゃいそうだし」


 魔物から決死に逃げ惑うパーティに視線をやりながら、リリスは方針を確認する。それを後押しするかのように、リリスの剣に一筋の影が絡みついた。


「うん、思うままに暴れておいで。細かいところはボクが全部カバーするからさ」


 リリスへの支援を贈りながら、ツバキははっきりとそう言い切って見せる。前だけを見つめられるリリスがいかに強いかは、その戦いを傍で見て来たツバキが誰よりも知っていた。


 ツバキも特異な人間であることに変わりはないが、リリスはそのさらに上を行く天才だ。彼女の魔術は誰よりも自由でありながら、何よりも力強い。その才能が躍動した時、同じステージに立てる魔術師は世界でも両手の指に収まるほどしかいないだろう。


 だから、ツバキはリリスの背後を固めるのだ。なんだかんだ優しくて他人を放っておけない彼女が、倒すべき敵だけを見つめていられるように。


「そう言ってもらえると助かるわ。……ほんと、ツバキがいなかったら私はどうなってたんだか」


 相棒からのエールを受けて、リリスは愛おしそうに影に包まれた刀身をさらりと撫でる。何者

をも飲み込む性質を持つはずの影が、この時ばかりはリリスの手を快く受け入れた。


「やだなあ、そんな怖い事を言わないでおくれよ。……ボクの命運は、いつだって君とともにあるんだからさ」


「そうね。……私たちは運命共同体。……これまでも、これからも変わらないわ」


「ああ、その通りだ。……さあ、行っておいで!」


 噛み締めるような相棒の言葉を全力で肯定し、ツバキは力強くその背中を押す。次の瞬間、その言葉を動力にしたかのようにリリスの体が宙を舞った。


「……あなたの相手は私よ、不可思議生物――‼」


 勇ましく吠えながら剣を構えるリリスの背後には、様々な属性の魔術が弾丸となって装填されている。剣の一振りを合図にして一斉に打ち放たれるそれは、『双頭の獅子』が何人もの後衛術師を引き連れて初めて到達する火力を悠々と超えるだろう。


 その濃密な魔力の気配を感じ取ったのか、魔物の上半身がパーティからリリスの方へと向けられる。……しかし、気が付いたときにはもう手遅れだ。


「……まずは、一撃‼」


 くすんだ灰色の毛におおわれている胴体に向かって、リリスは思い切り剣を振り降ろす。目にもとまらぬ速さで放たれた一撃は、魔物が慌てて組み上げた不完全な防御姿勢を易々とすり抜けた。


 影に彩られた剣閃が魔物の胴体を斜めに走り、赤黒い血が魔物の体から勢いよく吹き上げる。想定外の速度で放たれた一撃は、五メートルの巨躯を誇る魔物であっても体勢を崩さずにはいられなかった。


「……とりあえず攻撃は通るわね。これでダメだったら逃げるしかなかったけど、あなたとなら正面から戦ってもよさそうだわ」


 飛び退って距離を取りながら、リリスは痛みにのけぞる魔物の姿を見つめる。自分たちの攻撃が通用していることを確信して、リリスは頬を獰猛に釣り上げると――


「……だから、おまけにこれも喰らっときなさい‼」


 咆哮と同時、斬撃からワンテンポ遅れて放たれていた七色の魔術が魔物の体へと直撃する。炎に氷に雷に風にと、とにかくリリスが扱える魔術の全てを結集したそれは間違いなく今発揮できるリリスの全力だった。


 当然その火力はすさまじく、先ほどまで軽やかに大部屋を疾駆していた魔物は完全に動きを止めている。……だが、それだけでは満足も油断もしないのがリリス・アーガストだ。ここはまだ、勝利への中継地点でしかないのだから。


「このまま、一息で終わらせる‼」


 そう吠えると同時、リリスの右足に風が集う。その右足が地面を蹴り飛ばした瞬間、巻き起こった烈風とともにリリスの体は未だダメージにのけぞる魔物へと再び肉薄していた。


 戦いにロマンもドラマもいらない。戦いが終わったとき、自分たちが無事に立っていればそれ以外の条件なんてどうでもいいのだ。それが、今まで生きてきた中でリリスが得た結論だった。


 妙なことはさせない。反撃の素振りすら許さない。ただ、一瞬の火力で相手を殲滅すればいい。……誰も、傷つけさせはしない――


「……これで、切り飛ばしてあげるわ‼」


 再び剣を上段に構え、特徴的な四本の腕をその視界の中に捉える。この魔物を異形たらしめているものを切り飛ばしてやろうと、リリスは迷い無くその黒い刀身を魔物の肩口へと差し向けて――


「……づ、ううッ⁉」


――肌が焼かれるような魔力の気配を受け、とっさにその身をひるがえした。


 手にした氷の剣を放棄し、自分にできる最大速度で後退する。背後で控えてくれているツバキの姿を目印に、リリスは滑り込むようにして地面へと着地した。


「ガ……ゴオッ‼」


 その直後、魔物の咆哮が大部屋に響き渡る。……それがやむのを待たずに、部屋の壁に大きな切れ目が走った。


「あれ、は……」


「私があのまま攻撃を仕掛けてたら、まず間違いなく私は消し飛ばされてたでしょうね。……前触れがあってくれる魔術で助かったわ」


 自分で自分の体を抱きながら、リリスは低い声でそう呟く。一件冷静を保てているようにも見えるが、その額には一筋の汗が伝っていた。


 アランが言っていた攻撃は、おそらくこれと似たような魔術なのだろう。頑丈なはずのダンジョンの壁にあれだけの傷を刻み込める魔術が人間に直撃したらどうなるかなんて、言うまでもなくわかり切っている事だった。


「というか、そうなるとあのアランってのが生き残ってること自体が奇跡的ね……後でちゃんとお礼はしなくちゃいけないみたい」


 魔力感知があるおかげもあってリリスは回避できたが、何も知らない状態でこの魔物と相対していたら無事では済まなかっただろう。……もしかしたら、致命的なミスを犯す可能性だってあったかもしれない。流れる血を抑えながら助けを求めるのは、もしかしたらリリスだったかもしれないのだ。


「……リリス、行けそうかい?」


 そんなことを考えていると、隣からツバキの声が聞こえてくる。その声が微かに上ずっているのを見るに、ツバキからしてもあの魔術は衝撃的なものとして映ったのだろう。


「正直なところ、予想以上にめんどくさそうな相手だってことしか分かってないわ。このダンジョンに眠っているってされてる魔物……確かプナークって言ったっけ?」


 アランの言っていた言葉を思い出しながら、リリスはその名前を口にする。響き自体はどこか間の抜けたものだが、それが目の前の魔物に付けられたものだとするならば名付け親のセンスは皆無だと言ってよさそうだった。


 ……まあ、リリスはその噂を信じてはいないのだが。しかし、仮にアランの言葉通りこれがプナークとやらならば是非寝たままでいてほしかったものだ。そこそこの経験を積み上げてきた冒険者を易々と殺せてしまうような魔物など、自由に闊歩していていいものではないのだから。


「……いっそ、ギルドに報告するときはプナークってことにしてやろうかしら」


「そっちの方が分かり易くていいかもしれないね。……まあ、ボクたちがこいつを倒したらこのダンジョンの名前は考え直さなきゃいけないだろうけどさ」


 揺り籠の所有者がいなくなっちゃうわけだし――と。

 

 こちらに視線を向けてきている魔物――プナークを見つめ返しながら、リリスはぼそりと呟く。それを聞きつけたツバキも、苦笑しながらその意見に追随した。


 当のプナークはと言えば、傷を気にしながらもその意識は自分の敵へと向いている。さっきまで追い回していた六人組のことなどちっとも眼中になく、ただ二人だけに熱視線を送っていた。


 下半身を攻撃できていない以上、機動力でリリスが勝っていると考えるのは希望的観測が過ぎるだろう。初撃で決められなかったからには、後は流れで戦うだけ――言ってしまえば、出たとこ勝負の繰り返しだ。手の内を知らない相手に対して出たとこ勝負とは、命知らずにもほどがある作戦ではあるが――


「……それじゃあ、名前候補は後でのんびり考えとくとしましょ。……こんな怪物、眠らせといたっておっかないもの」


 手放してしまった氷の剣を再び手の中に作りあげるリリスの姿に、力みは全く感じられない。流れ任せの出たとこ勝負なんて、今まで生きてきた中ですっかり慣れ切ってしまっていた。


「そうだね。……リリスのアドリブ力、期待してるよ?」


 思わず微苦笑をこぼしながら、ツバキはリリスに影を預ける。剣と手足にだけ影を纏わせたその状態は、防御を度外視した超攻撃態勢だ。影の恩恵を与えながらツバキ自身の自由も保たれるその形態は、二人が短期決戦を目指している事の証拠だった。


「任せときなさい。……貴女の前に立つのは、最強の魔導士なんだから」


 影に染まった刀身を軽く一振りして、こちらを睨みつけているプナークを睨み返す。……戦いは、ここからが本番だ。

ここまで幾度とない難関を切り抜けてきたリリスたちですが、今立ちふさがる敵もそれらに引けを取らないものです。流れに任せた出たとこ勝負を、二人は果たして制することが出来るのか! 楽しみにしていただければ幸いです!

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